3.帰ってきた受付嬢
アラーネがヒカリエに来て一週間が過ぎた。
少しマイペースなところもあるが、みんなと楽しく頑張っている。
「ルージュちゃん。あのね……ケーキ作り教えてください!」
「うーん。まずはホールで間違えずに注文をもらえるようになりましょうね。ホール、カウンターのお仕事ができるようになったら、キッチンのお仕事も教えてあげます」
「が、頑張ります!」
アラーネは多分、まだ10歳かそこらだと思う。
幼いのに一生懸命頑張っていて、実に微笑ましい。
それにしても、意外とルージュさんにも厳しいところがあるんだな。
優しいお姉さんとしてではなく、店長としてしっかりアラーネを鍛えるつもりみたいだ。
俺の時はルージュさんではなく、ルナたち三人から仕事を教わったんだが……やっぱり三人の方が厳しかったかな。
リリィやマリンはもちろん、ルナも仕事では意外と厳しいところがある。
お陰ですぐ仕事も覚えられたんだが。
そんなことを考えながら、シフトが休みの番だった俺は、朝からギルドに来ていた。
魔法の練習もしたいところだが、生きるためには金も必要だ。
そう思い、ソロで出来そうな依頼を探しに来た。
「あーーー!!」
ギルドに入るなり、俺の耳に大声が飛び込んでくる。
「え!? なに!?」
ビックリして思わず跳ね上がりそうになる俺。
なんとか我慢して声の方を向く。
「ハル様!」
依頼ボードの前に立つギルド職員が、駆け寄りながら元気な声で言ってきた。
一瞬、誰だ?と思ったけど、すぐに思い出した。
「受付の眼鏡さん!?」
サラサラしたプラチナブルーのショートヘア。
知性的な眼鏡。
整った顔立ち。
そして細身なのに主張が激しい胸部。
「はい! エリーと申します! お久しぶりです!」
そう言ってバッと頭を下げたその女性は、冒険者登録の時に俺の担当をし、ハンマー男から襲われかけた美少女だ。
「あの時は助けていただき、本当にありがとうございました!」
キラキラしながら俺の手を握るエリーさん。
知的な雰囲気の超美人にズイと顔を寄せられ、俺の思春期童貞心はカチカチに緊張してしまう。
「おおおお久しぶりです。あわわあれくらいとと当然ですよ。エ、エリーさんはどうしてこんなところに?」
視線を泳がせ、声を上擦らせ、なんとも情けないと自分でも思う。
確か、眼鏡さんは俺の冒険者登録を受け付けたした翌日に、王都の本部に異動したはずだ。
すごい出世だと、支部長が言っていたのを覚えている。
挙動不審な俺の様子を気にすることなく、エリーさんはハキハキと答えた。
「はい! 実はどうしてもハル様を応援したくて、引っ越してきました!」
「ええ!?」
驚愕した。
今までの人生において、こんなことを言われたことがない俺は、どう返していいのか困惑した。
「ななななんで俺なんかを?」
「そ、それは……」
急に顔を赤くして目を逸らすエリーさん。
上目遣いでチラッチラッと見つめてくる。
どうなってる!?
どうしたら!?
俺は何も言えず固まってしまった。
本当に情けないと自分でも思うが、思春期童貞心を患っている俺にはどうすることもできない。
「そ、そんなことより、ハル様、本日は何をしにギルドへ? 依頼ですか?」
慌てて話題を変えるエリーさん。
「あ、えーと、ソロでも出来る依頼を探しに」
「なるほど! でしたらこれなんてどうですか?」
エリーが一枚の依頼書を手に取る。
『小竜討伐依頼』
村の近くにスモールドレイクが居座ってしまったため、討伐をお願いします。
依頼難易度B。
「あー、俺まだランクCだから受けられないよ」
「ええ!?」
残念だけどと言った俺の言葉に、エリーさんが驚愕する。
討伐依頼だから報酬はそこそこいい感じだが、俺にはまだ受注資格がない。
いつも依頼はパーティーみんなで受けている。
チーム月光で依頼を受ける時は、大体D〜Bランクの依頼を狙ってルナかリリィが受け、それを四人でこなしていた。
だから俺個人のランクは上がってない。
そもそもソロで依頼を受けにきたのも、今日が初めてだったりする。
そういう経緯を伝えると、
「おかしいです! ユニークスキル持ちであるハル様がランクCのままだなんて! ちょっと支部長に抗議してきます!」
「待って待って! 落ち着いて!」
憤慨しながら支部長に直談判しに行こうとするエリーさんを、俺は慌てて引き止める。
「これからはソロでもコツコツ依頼を受けようと思ってるから! 頑張ってランク上げるから落ち着いて!」
俺は何を言ってるんだろうと内心で思いながらも、なんとかエリーさんを引き止めることに成功する。
危うく支部長さんからクレーマー認定を受けてしまうところだった。
「あっ! ……す、すみません。ハル様が真っ当な評価をされてないことについカッとなってしまいました」
申し訳なさそうにするエリーさん。
なんというか、この人は「思い立ったら即行動!」ってタイプなんだろうな。
ちょっと見境がないがないが。
急に引っ越してくるくらいだし。
まぁ、こんな綺麗な人に応援されるのは嫌ではないし、期待に応えられるように頑張ろう。
そう思った俺は、落ち込むエリーさんに苦笑しながらも感謝を告げるのだった。
――
「ふぅ、結構重労働だったな」
俺は背負った荷物を下ろしながらそうボヤいた。
今いるのはハルジオンから徒歩で3〜4時間のところにある小さな村。
あの後、
「頑張ってランク上げます! おすすめの依頼はありますか?」
「そうですね……これなんてどうでしょう?」
と、エリーさんおさすめの依頼を受けて来た。
依頼内容は村への荷物配達。
荷物配達を生業とする仕事もあるにはあるが、今回は少し高価な荷物らしく、荷馬車に積んで雑に運ばれるのが怖いという心配性な人がわざわざ依頼したらしい。
移動が徒歩ということで交通費が浮く。
それを考慮すれば、悪くない報酬設定だとエリーさんが教えてくれた。
「ハル様なら徒歩で往復するくらい問題ないでしょう」
と、いい笑顔で言われ、強がって受けたんだけど少し後悔。
そんなことを考えながら荷物を無事に届け終えた。
「ありがとうございます。最近強力な魔物を見たという噂を聞きましたので、どうかお気をつけて」
荷物を届けた時、そんなフラグみたいなことを言われた。
いやいや。
まさかそんな……
「グルルルル」
道の真ん中。
一対の翼を大きく広げ、威嚇するように喉を唸らせる魔物が一匹。
ハルジオンへの帰り道、俺はスモールドレイクに遭遇してしまった。
「マ、マジかよ!」
スモールドレイクはドラゴン系統の魔物の中ではかなり下位の魔物だったはず。
翼を広げた状態で体長約2〜3メートル程。
ドラゴンというより、巨大な鳥といった感じだ。
鳥との違いは身体を覆う鱗と、トカゲのような顔に強靭な顎、鋭い牙と爪といったところか。
「キェェェ!」
剣を抜いて臨戦態勢に入った俺に向け、スモールドレイクは上空から急降下し自慢の爪で切り裂いてくる。
「くそっ!」
常に高い位置を陣取るスモールドレイクに、俺は防戦一方となってしまう。
相手の攻撃は俺に当たるのに、俺の攻撃は届かない。
触れないと魔法で凍らせることができない俺にとって、空飛ぶスモールドレイクは脅威だった。
スピードのある変幻自在な爪の攻撃を、なんとか剣で防ぐ。
このままじゃダメだ!
危険だが、下降してくるところにカウンターを合わせるしかない!
「キェェェエエエ!」
上空に舞い上がったスモールドレイクは、そこからクルッと身を捻り、地面目掛けて急降下。
集中しろ……集中……
俺は『マナ視の魔眼』を開眼し、急下降してくるスモールドレイクを凝視する。
うっすらと、翼に黒いマナ集まっているのが見えた。
翼を使ってギリギリで進路を変えるつもりだ。
俺は剣を両手でしっかり握り、背負うように構える。
……見えた!
「くらぇぇぇえええ!」
俺はスモールドレイクが想定していたであろう攻撃ポイントから、さらに一歩前に踏み込んだ。
同時に、剣を背に担いだ状態からまっすぐに振り下ろし、進路変更が間に合わずに突っ込んでくるスモールドレイクを一刀両断に斬り捨てた。
「よ、よっしゃぁ……」
俺はその場にしゃがみ込み、両断したスモールドレイクを見て肩を撫で下ろした。
――
「ハル様! お疲れ様でした!」
ギルドに戻ってきた俺に、エリーさんがいい笑顔で声をかけてきた。
「エ、エリーさんもお仕事お疲れ様です。ク、依頼の完了報告を……」
受付で荷物配達の証明を手渡し、依頼の完了手続きをしてもらう。
「あ、あの、あとこれも」
俺は小遣い稼ぎのつもりで、遭遇したスモールドレイクから使えそうな爪や鱗を剥ぎ取って持ち帰っていた。
それを受付のカウンターに置く。
「これは……スモールドレイクですか!?」
エリーが驚いた声を上げる。
それから俺は事情を説明し、素材の買い取りを頼む。
「フィップ村への道ですよね?」
そう確認してきたエリーさんは、そのまま依頼ボードへ駆けて行き、一枚の依頼書を取って戻ってきた。
「ハル様! これです! この依頼!」
それは今朝、エリーさんから最初におすすめされた依頼書だった。
「ハル様が討伐したスモールドレイクはこの依頼の標的だったんですよ!」
なんとビックリ。
偶然討伐した魔物が、今朝受けられなかった依頼の討伐対象だったらしい。
「これって……どうなるんですか?」
俺の疑問にエリーさんは笑顔で答える。
「はい! すでに討伐してしまった場合はランクに関係なく受注でき、報酬も出ます!」
マジか!
これはラッキーだ!
喜ぶ俺にエリーさんはさらに続ける。
「ギルドの規定には自身の冒険者ランクより上の依頼を受注、達成した場合、昇級試験の受験資格を得ることができます! つまりハル様は、Bランク試験に挑戦できるんです! 計算通りです!」
マジかよ!
こんなことってあんの!?
自分の幸運に舞い上がる俺に、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
「エリーさん、計算通りって……?」
俺の質問にエリーさんは、肩をビクッとさせて固まる。
「え?」
「い、いえ、違いますよ。ハル様のランクを上げるためにスモールドレイク討伐依頼の近場を選ぶなんてこと……し、してませんよ」
明らかに焦るエリーさんを、俺は無言で見つめる。
「す、すみません……計算通りです」
申し訳なさそうに頭を下げるエリーさん。
何とこの人、スモールドレイクが活動する時間帯まで考慮した上で、荷物配達の依頼をおすすめしたらしい。
俺は呆れを通り越し、感心してしまった。
「ま、まぁ今回は上手く討伐できたから……よかったかな。それにしてもすごいですね、そこまで計算できるなんて」
俺はエリーさんを励ますように言う。
実際すごいと思う。
スモールドレイクの生態を熟知し、ハルジオンとフィップ村との位置関係から遭遇しそうな場所を割り出し、荷物が軽くなる帰路で遭遇するように計算するなんて。
俺の言葉で、エリーさんはすぐに立ち直った。
「ではハル様! 早速昇級試験を受けましょう! ハルジオン支部では受けられないので、馬車で中央の町へ向かいます! ハル様と私の未来は明るいですね!」
カウンターの裏から、すでに準備済みの旅行バッグを取り出し、ギルドを出ようとするエリーさんを俺は大慌てで引き止めた。
美人で明るくて頭のいいエリーさんに、最初こそ緊張していた俺だが、超が付くほどの行動力に振り回されているうちに、エリーさんに対する緊張は吹き飛んでしまった。
今回はエリーさんのおかげで、依頼二つ分の報酬と昇級のチャンスまでゲット出来た訳し、よかったということにしよう。
そう思うことにしよう。
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