2.アラーネの好きな物
「おっ、起きたか?」
俺はソファーから起き上がったアラーネに声をかける。
少しの間キョトンとするアラーネ。
「あ、あの……」
アラーネはおずおずと俺に話しかけてきた。
「あの、お名前は……」
「ああ、言ってなかったっけ? 俺はハル。よろしくなアラーネ」
「ハル……お兄ちゃん」
アラーネは一瞬の戸惑いの後、そう言って俺に笑顔を向けてくれた。
きゅぅぅぅ
「……」
小さな可愛い音が聞こえたと思ったら、アラーネが恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「お腹空いてるのか? ちょうどいい、下に行こう」
恥じらうアラーネの手を引いて、俺は一階のホールに降りた。
「リリィ! できてるか?」
キッチンに声をかけると、奥からリリィとルナが器を持って出てくる。
「今出来上がったとこだよ! あ! アラーネちゃん! 目が覚めたんだね!」
テーブルに手際よく食器を並べていくリリィを、アラーネに紹介した。
「この子はリリィ。ちょっと気が強いけど、料理も上手いし頼りになるぞ」
「一言多い!」
俺の尻に蹴りを入れるリリィを見て、アラーネは若干怯えていた。
視線を逸らすように、リリィの隣に立つルナに目を向ける。
「彼女はルナ。かなりの人見知りだけど、すごくいいやつだよ」
俺の言葉に、ルナはいつもの眠たげな目のままコクリと頷く。
アラーネもそれに頷き返す。
「今はいないけど、アラーネのことを介抱してくれてた女の人はマリン。たまに変なこと言うけど、優しいやつだから安心してくれ」
自己紹介も終わり、リリィが配膳を済ませる。
最近開発した新作パスタで、近々メニューにも追加するらしい。
一口いただく。
「やっぱり美味いな!」
モチっとしたパスタに濃厚なクリームソースがよく絡んでいる。
俺が食べるのを見て、アラーネも慣れない手つきでフォーク持つ。
「……美味しい……美味しい!」
一口食べるなり、アラーネは目を輝かせる。
余程腹が減っていたのか、無言になって必死に食べていた。
リリィも満足そうだ。
「リリィちゃんすごいね。アーと同じくらいなのに、こんなに美味しいお料理作れるなんて」
キラキラとした、純粋な瞳でリリィを見つめるアラーネ。
「あ、あはは……ありがとう」
自分と同じくらいと言われて怒るかと思ったが、流石にこんな小さい子には大人の対応をするんだな。
複雑そうな表情をするリリィを、俺はニヤニヤと笑いながらそう思った。
しばらくしてルージュさんとマリンが戻ってくる。
ルージュさんはギルドや警備隊にアラーネのことを報告に行っていた。
マリンは知り合いの医者を訪ね、記憶喪失に関することを詳しく聞きに行ってくれていた。
「やはり、時間をかける必要があるようですわ」
一時的な記憶喪失なら、時間が経てば徐々に回復するだろうとのこと。
「とりあえずハルくんたちに懐いてるみたいだし、当分はうちで預かって様子を見るしかないわね」
アラーネの口を拭いてやっていた俺を見て、そう言ったルージュさんは優しい笑顔を見せる。
「私はルージュ。私の部屋のベッドは大きめだから、今日から一緒に寝ましょうね」
俺とアラーネの前に屈み込み、アラーネの頭を撫でる。
ルージュさんの優しそうな雰囲気が良かったのか、アラーネもなんだか嬉しそうに頭を撫でられている。
微笑ましい……
微笑ましい光景なのに……
椅子に座っていた俺たちの高さに合わせるよう、前屈みになったルージュさん。
サラサラの金髪から香る女の子の匂い。
そして、豊満な胸の谷間が……すぐそこに……
「四回……この数秒であなたが何を見た回数か、教えて差し上げましょうか?」
ルージュさんの後ろに立つマリンから、怒気の混じった声が聞こえてきた。
「べべ、別に何も見てねぇよ……みみ見えただけで」
ベシッとリリィからも頭を叩かれる。
し、仕方ねぇじゃん!
こんなの俺の思春期童貞心には刺激が強すぎだよ!
見ない方が無理だよ!
そんなやりとりを、ルナとルージュさんは不思議そうに見ていた。
結局、今晩は二階クラン用スペースの奥にある、ルージュさんの部屋でアラーネを預かってもらうことになった。
――
明けて翌朝。
今日はチーム月光が店番の日。
ただ順番的に休みだった俺は、アラーネを誘ってハルジオンの町を案内することにした。
「アラーネ。今日は町を案内してやるよ」
「お兄ちゃん。よろしくお願いします」
アラーネは嬉しそうに返事をすると、ちょこちょこと俺の後に着いてきた。
子供って順応性が高いなと感心すると共に、自分に懐いてくれたことに少し喜びも感じる。
ついてくるアラーネに振り返る。
膝裏まで伸びるウェーブのかかった白銀髪。
少しのほほんとした幼い顔に、大きな赤い瞳。
背はリリィより少し低いくらい。
リリィが145センチくらいだから、多分140前後だと思う。
どこか不思議な雰囲気を持つ美少女だ。
まだ慌ただしい町を見て、アラーネが聞いてくる。
「お兄ちゃん。なんだかみんな忙しそう」
「ああ、一昨日この町でお祭りがあったんだよ。普段は結構のんびりした町なんだけど、まだその余韻みたいなのが残ってるのかな」
昨日で町の片付けも大分終わった。
ヒカリエもそうだが、他の商店もほとんどが営業を再開している。
今日も忙しくしているのは、ルージュさんのような運営関係者か、昨日ゆっくり休んだ人たちだろう。
「ルージュさん、優しいのに偉い人なんだね」
「あはは、そうなんだよ。俺たち『ヒカリエ』のリーダーだしな」
俺の言葉に、アラーネはルージュさんへの尊敬の念をさらに強く持ったみたいだ。
そのまま、アラーネを連れて町のメインストリートを歩く。
「んー、よく考えたら……俺もこの町のこと、まだよく知らないな」
大変なことが判明した。
ハルジオンへ来て約ひと月。
依頼や店の買い出しで行った場所以外のことを、俺はまだよく知らなかった。
「お兄ちゃん?」
焦る俺を不安げに見上げるアラーネ。
俺は悟られぬよう動揺を押し隠しながら、見て分かるようなところを案内した。
あれは八百屋だよ。
あっちは魚屋だよ。
この道は港町まで続いてるんだ。
なんて話をしながら町を歩く。
ふと、アラーネが立ち止まる。
「どうしたんだ?」
「あれは?」
アラーネの指の先にはあるのはケーキ屋だった。
「あれはケーキ屋だよ。ケーキって分かるか?」
俺の質問に首を振るアラーネ。
「ケーキってのはめちゃくちゃ甘い食べ物だ。ふわふわで美味しいぞ」
俺の説明によだれを垂らすアラーネ。
分かりやすい奴だな。
「甘いの好きなのか?」
「うん。甘いの好き」
ケーキ屋から一切目を離さないまま、しきりにコクコクと頷くアラーネに、俺は得意げに言う。
「しっかたねーな。今日はこのハルお兄さんが特別に奢ってやろう」
その言葉に目を輝かせるアラーネを連れ店に入ろうとして……
いや、待てよ……
「アラーネ。もっといいモンがある。教えてやるよ」
そう言って俺は、アラーネの手を引いて駆けだした。
アラーネは少しの間逡巡していたが、もっといいものと聞いてすぐに興味をそちらに移した。
カランカラーン
「いらっしゃ……なんだハルか。アラーネちゃんおかえりなさい」
店に入った俺は、いつものようにリリィから舐めたことを言われる。
というか、俺とアラーネで対応が違いすぎだろ。
俺がアラーネを連れてやって来たのは元いた店、『カフェ・ヒカリエ』だ。
俺はアラーネとカウンターに座る。
なぜ連れ帰られたのかと、不思議そな顔をしているアラーネ。
俺はそんなアラーネを見てニヤリと笑い、カウンターのマリンに注文する。
「マリン。アラーネは甘いものが好きみたいなんだ。ケーキセットを頼むよ」
「なるほど。てっきりわたくしの胸を見に来たのかと思ったのですが、たまには気が利きますね。今お持ちします」
マリンといいリリィといい、俺への扱いが酷くないか?
釈然としないが、勇者たちといた時とは何か違うんだよな、と不思議にも思う。
マリンはすぐに注文したケーキを持ってきてくれた。
「アラーネちゃん。これはイチゴのショートケーキといいます。あまーいクリームを存分に使用したケーキですわ」
マリンの説明を聞き、アラーネは目を輝かせる。
「いただきます!」
ケーキを頬張り、幸せそうな顔をするアラーネ。
それを俺たちは微笑ましく見守った。
あっという間に食べ終わったアラーネは、何かを決意したような顔をして、
「ハルお兄ちゃん、マリンお姉ちゃん、アーはこのお店で働きたい! 美味しいケーキが作れるようになりたい!」
勢い込んでそう頼んできた。
おお、そんなに美味しかったのか。
「まぁ、いい考えですわ」
「そうだな。俺からもルージュさんにお願いしてみるよ」
俺たちの返答にアラーネはまた嬉しそうに笑った。
後でルージュさんにお願いしたら、
「もちろんよ。アラーネちゃん、一緒に頑張りましょう!」
と、快く引き受けてくれた。
こうしてアラーネは、ヒカリエの仲間入りを果たしたのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
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