1.記憶喪失の少女
「まさかヒカリエのお二人が来てくれるとは。ありがたやありがたや」
「やめてくださいよ。そんな大した者じゃないんですから」
俺たちを見るなり、拝むように感謝してくる町の老人。
俺は恥ずかしくなって慌ててやめさせる。
「ふぅ、よしルナ。どんどんやるぞ!」
俺は気合を入れ直し、横に立つ眠たげな目をした美女に声をかける。
凛とした横顔に一瞬ドキッとしてしまったのは内緒だ。
俺の言葉に、ルナはコクリと頷くと、ゴミ袋と火バサミを手に取った。
大成功を収めた収穫祭。
一夜明け、朝から俺たちは祭りの後片付けに加わっていた。
担当区域は町の南部。
広場のある北部やメインストリート周辺の区域は人手が足りている。
手薄になりやすいこの南側を手伝ってあげてほしいと、冒険者クラン『ヒカリエ』のリーダーであり、収穫祭の運営の一人でもあるルージュさんに頼まれた。
「サボんないでよね!」
「うふふ、ゴミを拾う姿がここまで似合うのはあなただけですわ」
毛先の跳ねた赤髪ショートヘアの少女と、神官衣をまとう桃色の髪の美女が、口々に俺に言ってくる。
「リリィ、マリン、お前ら後で覚えてろよ」
言うだけ言って自分たちの持ち場へ向かう二人に、俺はジト目で返す。
ちなみにルージュさんは運営の仕事で朝から忙しくしている。
あの人はのんびりしているように見えて、いつもバタバタとそそっかしくしている。
とりま、冒険者クラン『ヒカリエ』全員で祭りの後片付けに参加している都合で、本日のカフェは臨時休業となった。
うちだけでなく、町の大半の商店が今日は休んでいて、祭りの片付けをしていたり、疲れを癒したりしている。
本当にのんびりした町だ。
町の話ついでに、今いる町の南方からは町と町を繋ぐような整備された街道は通っていない。
小さな農村はいくつかあるが、その先は樹木が生い茂る森林地帯となっている。
森は魔物や魔獣が発生しやすく、一般人が気軽に入れるような場所ではない。
それは俺の生まれ育ったルブル王国と同じ認識だった。
さらに南下すると、俺とルナが出会ったグローム山があるグランズロック山脈となっている。
ちなみに、ルナと一泊した例の宿がある思い出の宿場町は森の手前あたりにある。
「知っとるかい? 大昔、この先には大きな森があったんじゃよ」
一緒に掃除をしていたおじいさんが、町外れの方を見ながら教えてくれる。
「へ、へぇ。そうなんですか」
俺は町の南方に広がる草原を見渡しながら、苦笑するのを我慢して相槌を打つ。
多少の高低差はあるものの、ほとんど平地で木も少ないその光景を見ると、本当かよって思ってしまった。
……言わないが。
「『夜寝ないと森に食われる』なんて、子供の頃によく言われたもんじゃ」
懐かしそうに笑うおじいさん。
あれかな?
子供に言うことを聞かせるのにお化けとか使うやつ。
「気をつけますよ」と、笑いながら適当に話を合わせて作業を続けた。
――
そろそろ昼食の時間だ。
キリのいいところで一度店に戻ろう。
作業に集中していたら、結構町外れまで来ていたらしい。
建物もまばらで、人もほとんどいなくなっていた。
ふと町の外を見渡すと、何もない原っぱに白っぽい物が落ちているのが見えた。
「何だあれ?」
ゴミが飛んでったのかな?
いや、結構大きいぞ?
気になって見に行くと、
「え!? お、おい! 大丈夫か!?」
そこには落ちていた……いや、倒れていたのは白髪の少女だった。
うつ伏せに倒れていたのはその子を、俺は慌てて抱き起す。
息は……ある。
でも顔が青く見るからに弱ってそうだ。
急いで町に連れ帰った。
「ハル」
俺の慌て具合に気付いたのか、ルナも駆け寄ってくる。
「ルナ! 大変だ! 町の外で女の子が倒れてた! マリンのところへ連れて行くぞ!」
すぐにマリンたちと合流し、そのままヒカリエに戻った。
「……病気や怪我はありませんが、かなり衰弱していますわ」
ヒカリエ二階のクラン用スペース。
ソファー寝かせた少女を診察しながら、真剣な面持ちでマリンが言う。
「大丈夫なの?」
リリィはさっきから、不安そうに少女を見ている。
「ええ、私の回復魔法で体力は回復できますので、あとは意識が戻るのを待ちましょう」
マリンがそう言って回復魔法を唱えると、淡い光が少女の体を包みこんだ。
倒れた時についたであろう擦り傷なんかは、一瞬で治癒していく。
「流石だなマリン。今のお前を見てると、本当に聖女様に見えるよ」
慈愛の表情で少女を救う聖女。
いや、魔法の神々しい光のせいか、女神にすら見えた。
「マリンの回復魔法は超一流」
俺がマリンを褒めたのが嬉しかったのか、ルナも誇らしげにマリンを褒める。
「照れ臭いのでやめてください」
褒めたのが俺だけならドヤ顔してきたんだろうが、ルナまで褒めるもんだから照れたみたいだ。
恥じらうマリンの顔は新鮮で可愛かった。
急にドキッとした。
落ち着け……目の前のこの人は女神ではなくただのドSだ。
精神を落ち着けることで、俺はことなきを得た。
ちょうど居合わせたルージュさんは、
「ギ、ギルドと警備隊に伝えてくるわ!」
少女を見るなりそう言って、慌てて出て行ってしまった。
本当に慌ただしい人だ。
しばらくして、少女が目を覚ました。
「ここ……は?」
弱々しい、怯えたような声。
見知らぬ店の中で、見知らぬ大人たちに囲まれてるんだからしょうがないか。
「大丈夫だ。怖くないよ」
俺はその子を怖がらせないように、そばにしゃがみ込んで宥めるように言う。
「……お兄……ちゃん? ……お兄ちゃん!」
俺の顔を見るなり、少女は泣きながらしがみついてきた。
「え? え!?」
お兄ちゃん!?
俺って妹がいたの!?
いや、そんなはずないか……
突然のことに困惑していると、
「アンタ、妹がいたの?」と、リリィがニヤニヤしながら聞いてきた。
「うふふ、微笑ましい光景ですわ」と、マリンも頬に手を当て笑う。
「お前らなぁ」
こいつら困ってる俺をからかって楽しんでるな。
そんな二人に黙ってろよと目で訴え、気を取り直して少女に声をかける。
「えーっと、お兄ちゃん?じゃないと思うんだけど」
その言葉に、少女はじっと俺の顔を見つめる。
そしてハッとした顔になり、すぐに俺から離れてソファーにちょこんと座った。
「ごめん……なさい」
「大丈夫。気にしてないよ」
うつむきながら謝る少女に、俺は紳士の笑顔を向ける。
カナタ率いる勇者パーティー時代。
遠征先での子供の相手は大抵俺の仕事だった。
他の三人は自分勝手に好き放題してたからな。
子どもの扱いには少し自信がある。
リリィとマリンがいちいちからかってくるけど、もう気にせず話を進めた。
「名前、教えてくれるかい?」
俺の質問に、少女はしばらく沈黙した後、
「ア、アラーネ」
と小さな声で答えてくれた。
「アラーネか。可愛い名前だな」
ポンポンと頭を優しく撫でながら、笑ってみせる。
アラーネと名乗った少女も少し気を許したのか、抵抗することなく俺を見ていた。
「アラーネちゃん! どこから来たの?」
リリィがグイッと顔を寄せながら聞く。
アラーネはそれに一瞬ビクッと怯える素振りを見せるが、すぐに落ち着いて答えようとして、またうつむいた。
「……分からない」
「ワカラナイ? そんな町あったっけ?」
「アホか。分かんないってことだろ」
俺のツッコミにリリィがキッと睨んでくる。
「分からないとは、どういうことでしょう?」
マリンが首をかしげる。
「えっと……ね、何も……思い出せないの」
アラーネはおずおずと答える。
「それって、記憶喪失ってやつか? マリン、治せないの?」
「無茶を言わないでください。回復魔法には体の傷や毒の治療はできますが、記憶を復元するような魔法はありませんわ」
何言ってんの?という顔でマリンが答える。
「あの……ごめんなさい」
俺たちが困っていることを察したのか、アラーネはまた謝りながうつむいてしまう。
「大丈夫。俺たちが何とかしてあげるさ。こう見えて俺たち、結構すごいんだぜ」
俺は少し大袈裟に笑ってみせながらアラーネを励ます。
「そうだよ! アタシたちに任せなよ!」
無い胸を張って言うリリィ。
「この男は頼りになりませんが、わたくしたちが責任を持ってあなたを助けますわ」
マリンも女神のような笑みを浮かべる。
ふとルナを見ると、うんうんと頷くだけ。
こいつ……こんな小さな子にまで人見知りするのかよ。
大丈夫か?
記憶喪失で子供のアラーネより、大人であるルナの将来の方が心配なんだが。
「ありがとう……ございます」
アラーネは俺たちに感謝を述べる。
強張っていた顔が少し緩んだようで、俺たちのことを信用してくれたのかなと思う。
相当疲れていたのか、話が終わると、アラーネはすぐに眠りについてしまった。
「それにしても記憶喪失か」
俺はどうしたらいいのか、と頭を掻きながらそう漏らした。
三人もスヤスヤと寝息をたてるアラーネを、心配そうに見つめるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




