間話4.リリィの料理研究
チーム月光結成から数日。
いつも通りカフェの仕事をしていたハルの元へ、困り顔のルージュがやってきた。
「リリィの様子はどう? 最近どこか変わったところはないかしら?」
「どう……とは?」
そう返したハルの視線は、ルージュの瞳から胸元までを彷徨っている。
本人は気付かれていないつもりなのかもしれないが、傍から見るとその視線はバレバレである。
そんな視線に気付かないのか、それとも気にしていないのか、ルージュは困った顔のまま話を続けた。
「悩んでたり……疲れてたりしてないかしら?」
ルージュの問いに思い当たることがあったのか、ハルはハッとした顔になり、
「そういえば、先週の依頼中、ずっと調子悪そうでしたね。どうしたのか聞いても「何でもない!」って逆ギレされましたよ」
その時のことを思い出したのか。
苦笑しながらハルは答えた。
「やっぱり」
はぁ、とため息をつくルージュ。
「何かあったんですか?」
リリィの様子を聞き、さらに困り顔になったルージュを見かねて、ハルは目線をしっかり瞳に固定して聞く姿勢となった。
「実はあの子、仕事のことで悩んでるのよ」
「ええ!?」
思わぬ発言に驚きの声をあげるハル。
もしかして、俺のやり方に不満が?
それとも、ついみんなをチラチラ見てしまうことに嫌気が?
ハルは内心で焦りつつ、カウンターの奥へ視線を向けた。
そのまま二人は厨房を覗き見る。
「ソースにこの野菜を……いや、思い切ってパスタの種類を……」
まだオープンしたての暇な厨房では、リリィがブツブツと何かを呟きながら、木のボードにガリガリとメモを書いていた。
「これもダメだ……ああもう!」
リリィはガシガシと頭をかきむしり、手に持っていた木のボードを床へ叩きつけ、地団駄を踏んで癇癪を起こしていた。
「な、何やってんだ?」
小声で呟くハルの顔は困惑に染まっている。
「新しいレシピを考えているのよ」
それに答えたのは、真剣な表情のルージュだ。
「レシピ……って、仕事の悩みってこっちですか!?」
てっきり自分の童貞心が原因だと思っていたハルは、思わず大きな声で聞き返してしまう。
「アンタ……何やってんの?」
そんなハルに気付き、ジト目でハルを睨むリリィ。
「あっ、いやっ」
「ち、違うのよ。リリィがレシピのことで悩んでるなんて、ハルくんに言ってないわよ」
慌てて弁明しようとするハルと、早々に白状してしまうルージュ。
盛大に舌打ちするリリィに、ハルは恐る恐る話を切り出した。
「なぁ、どうしたんだ? レシピで悩んでるって聞いたけど、レシピ通りに美味く作れないとかか? 俺はリリィの作る料理は美味いと思うんだけど」
ハルがそう言うと、リリィはフイッとそっぽを向いて腕を組んだ。
「は、はぁ? アンタに美味しいとか言われても何とも思わないんだけど!?」
リリィの頬は赤く染まっており、ルージュはそれを見てニヤニヤと笑っている。
素直じゃないわね、と内心で笑うルージュとは裏腹に、ハルは褒めたのに怒られたと内心で落ち込みつつ苦笑していた。
「アタシはね、今までにないような新作レシピを考えてんの」
気を取り直したリリィの話によると、大好きなパスタ料理でルージュに勝ちたいと考えているようだ。
「私の作るパスタより、リリィの作るパスタの方が全然美味しいわよ?」
ルージュはリリィを本心からなだめているが、本人はそれに納得しない。
現在のカフェ・ヒカリエにあるパスタメニューは『海鮮トマトパスタ』、『濃厚チーズパスタ』、『ピリ辛オイルパスタ』の三品である。
メジャーなレシピにアレンジを加えたメニューではあるが、開業当時ルージュが一生懸命試行錯誤したレシピであり、どれも非常に美味であった。
「つまり、料理の腕前だけでなく、レシピの創作でもルージュさんに勝ちたいってことか? なんでそんなムキになるんだ?」
若干呆れ口調のハルの問いに、リリィはまたしてもフイっとそっぽを向き、憮然としてしまう。
それはアンタがパスタが好きって言ってたから……
って、アタシは何を考えてんだ!
アタシがパスタが好きなだけだよ!
モヤモヤする気持ちに苛立ち、リリィはハルを睨んで言う。
「別に理由なんてアンタには関係ないでしょ!? そんなことより、アンタはどんなパスタがいいと思うの!? どんなパスタが好きなのか教えてよ!」
「な、なんだよ」
逆ギレされて戸惑うハル。
何で俺はリリィに怒られてんだ?
嫌気がさしつつも、機嫌の悪いリリィに逆らうことはせず、ハルも一応は考える。
一連のやり取りを、ニヤニヤしながら見ていたルージュも、一応真剣に考えた。
「そういえば……前にルナと護衛依頼に行った時、魔物の肉を食べたんだよ。モークっていう牛みたいなやつ。意外と美味かったんだよな」
料理の知識が乏しいハルは、珍しい食べ物として、ルナと食べたモークの串焼きを思い出す。
しかし、
「モークは確かに珍しい魔物かもしれないけど、新しくはないよ」と、イライラした調子のリリィ。
「そうね、この店でもモークを使ったシチューを数量限定で出してるわ」と、リリィの意見を肯定するルージュ。
二人からのダメ出しに若干しょげるハル。
「モークから採れるミルクならレアなんじゃないかって思ったんだけど……」
肩を落としたハルの言葉に、リリィはハッとして顔を上げる。
「モークのミルク……」
リリィの頭の中で何かが閃きかかっていたが、ルージュが現実を突きつける。
「モークのミルクは確かに希少よ。でもあれは扱いがとても難しいわ。保存も難しかったはずよ」
モークの肉は使えるが、ミルクは無理と断言するルージュ。
その言葉に、ハルは残念そうに言う。
「保存できないんですか……どうにかして新鮮なミルクを仕入れることができれば……いや、相手は魔物だし難しいか」
自分でも間違ったことを言っていると思ったのか、ハルは自嘲気味に笑った。
しかし、そんなハルの言葉を聞いたリリィは、雷に打たれたかのように目を丸くして固まっていた。
「モークを……飼う」
リリィの頭の中で何かがカチッとハマった音がした。
「ルー姉! ちょっと今日、用事ができた! キッチンお願い!」
「え? ちょ、待って……リリィ!?」
慌てるルージュを置き去りに、リリィはものすごい勢いで店を飛び出していってしまった。
――
数日後。
カウンターに並んで座るハルとルージュの目の前に、食欲をそそる香り高いパスタが並べられていた。
「こ、これはまさか……」と、ゴクリと喉を鳴らせるハル。
「もう完成したの?」と、驚きを隠せないルージュ。
「えへへ、まぁ食べてみてよ」
誇らしげに胸を張るリリィにすすめられるまま、二人はフォークを手に取った。
濃厚でトロトロなクリームソースが、モチモチのフィットチーネによく絡んでくる。
「「んん!?」」
一口食べた二人は目を丸くする。
チーズでは生み出せない芳醇で濃厚なクリームソースの香りが鼻を抜け、モチモチのパスタを噛めば噛むほど、口の中が幸せで満たされていく。
今までにない、美味であった。
「う、美味い!」と、口の中一杯に頬張りながら絶賛するハル。
「とても濃厚……なのにしつこくない。何これ……」と、目を閉じて未知の味を噛み締めるルージュ。
「どう? すごいでしょ?」
二人の反応に気分をよくしたリリィは、鼻高々に語り出した。
「実はね、このパスタ、モークのミルクを使ったんだよ」
「それって……この前話してたやつだよな?」
「うん。苦労したんだよー」
モークは野生の牛が変異した魔物であり、低危険度ではあるが個体数が少ない。
そんな見つけるだけでも一苦労なモークを、リリィはハルたちとの会話の後、単独で捜索を行い、見事見つけ出していたのだ。
「珍しい魔物なんだろ? すごいな」
感心するハルの言葉に、薄い胸を張るリリィ。
「でも、取り扱いは難しいって聞いたわよ?」
首をかしげるルージュに、リリィは「そうなんだよそうなんだよ」と言って続きを語る。
「その場でモークからミルクを採取しても、持ち帰ってる間にどんどんダメになっちゃうみたいなんだよね。だからさ、捕まえて連れて帰ってきたんだよ!」
リリィの発言に驚き唖然とする二人。
なんとリリィは、野生の魔物を捕獲し、あろうことか自宅に連れ帰っていた。
「そうしないと新鮮なミルクが使えないんだよ」
「な、なんというか、パスタにかける情熱がすごいな」
嬉しそうに語るリリィに、ハルは苦笑した。
それだけじゃないよ、とさらに話を続ける。
「モークのミルクはすっごくクリーミーなんだけど、入れすぎるとドロドロに固まっちゃうんだ。だから分量の調整がかなり大変だったんだよ。それこそ、ケーキ作りより細かいよ」
「へぇー」と、リリィの説明よりパスタを食べることを優先するハル。
「きっとかなり試行錯誤したのね」と、リリィをねぎらうルージュ。
二人の皿はあっという間に空になった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「えへへ、お粗末さま。ふふふ、どうだった?」
ニマニマと笑うリリィに苦笑しつつ、二人は素直な感想を告げる。
「すごく美味かった。こんな美味いパスタは生まれて初めてだよ」
「ええ、とても美味しかったわ。今までにない最高のパスタよ」
「えへへ、そうでしょ? 美味しいよね? とうとう作っちゃったなー最高のパスタ」
余程嬉しかったのであろう。
二人の称賛に、リリィはすっかり有頂天になった。
「で、このパスタの名前は何で言うんだ? 普通のクリームパスタじゃないんだろ?」
ふと、ハルがそんなことを聞く。
「スーパーミルキークリームパスタ」
「え?」
「まぁ、いい名前ね。ミルキーってところが可愛いわ」
天まで届けと言わんばかりに踏ん反り返っていたリリィの一言に、ハルの思考は停止し、隣に座るルージュは絶賛した。
こうして、ヒカリエの新メニュー『スーパーミルキークリームパスタ』は完成したのだった。
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