9.ハルVSニューキャッスル
勇者の攻撃はさすがの一言だった。
以前ギルドで絡んできた男の動きとは全く別物。
的確に俺のバランスを崩し、吸い込まれるように急所へと剣が飛んでくるようだった。
だが、なんとか初撃をしのいだ。
……いける。
俺はそう確信した。
今の攻防で勇者のマナの動きを完璧に補足した。
勇者の踏み込みは速く鋭い。
だが、『マナ視の魔眼』を開眼している俺は、勇者の動きを読み、踏み込みと同時に回避行動を取ることができた。
剣がくるより早く、剣の軌道から回避しているようなもの。
当然、余裕を持って反撃に回ることができるようになった。
「おいてめぇ! これはどういうことだ! また何か魔法を使ってんだろ!」
明らかに見てとれる、勇者の焦りと動揺。
後ろで仲間たちが勇者を煽ったことで、怒りに身を任せる勇者の攻撃は激しさを増すが、その分単調な動きになっていく。
昔からずっと後ろで見ていた動きだ。
こうしたらこうくる。
そんな勇者のクセを知っていた俺は、いつしかマナの動きを見ることなく、迫りくる剣を完璧に捌けるようになった。
「怒涛の攻撃が通用せず焦り始めたかー!? このままではニューキャッスルの敗北が濃厚だ!」
アナウンスの大音声が、勇者やニューキャッスルの面々を煽る。
観客たちの俺に対するヤジも聞こえなくなってきた。
そんな中、勇者が雄叫びを上げる。
――
怒りがとうとう脳天から噴き出した。
「クソ雑魚野郎……絶対に……絶対にぶっ殺してやる……そこから動くんじゃねぇ……ぶっ殺してやる!」
自分でも何を言っているのか理解が追いつかない。
怒りで脳が沸騰したのかもしれない。
俺がまた剣で斬りかかろうとした時、
「ここまで馬鹿にされては黙っていられないぞ!」
「めっちゃムカつく! ハルのくせに生意気なんですけど!」
タッと地を蹴り、ダンとアスカがステージへ飛び上がる。
「お前たちが魔法とやらでハルを援護するのであれば、俺も俺のやり方でカナタの助けになろう!」
腕を組み、ふてぶてしくダンが言い放つ。
「卑怯な力で私たちの仲間を侮辱するなんて、許せないんですけど!」
ヒカリエサイドを指を差し、格好をつけながらアスカも言う。
これから俺がハルを嬲り殺しにするところだったのに……
こいつらの魂胆は分かりきっている。
相手の不正を主張しつつ、自分たちの名声を取り繕うつもりだ。
自分のことしか考えないクソどもめ!
「てめぇら! 邪魔するんじゃねぇ!」
俺の静止も周囲の抗議も聞かず、二人は動き出した。
「オラァァァ!!」
盾がないダンは、体の前で腕をクロスさせると、姿勢を低くし、巨大な猪のようにハルに向かって突進する。
「い、いきなり何すんだ!?」
突然のことに慌てて回避したハルはバランスを崩す。
そこに待ち構えていたのはアスカだ。
「口とか胸とかお尻とか足とか、いつもチラチラ見てきてキモいんですけど!」
アスカは息つく暇もないほどの速度で、必殺の拳を繰り出す。
「ブフッ!」
「あの男、本当に見境がありませんわね」
「べべ、別に見てねぇよ! たまにチラッと視界に入るだけだよ!」
ヒカリエの女どもは爆笑し、ハルは赤面しつつ必死になって避けている。
挙動不審になりながらも、アスカの怒涛の攻撃をハルはしのいでいた。
「もう一丁! オルァァァ!」
ハルの背後に回ったダンが、挟み撃ちをするように突進を仕掛けた。
「やぁ!」
アスカも気合を込め、トドメの背面回し蹴りを繰り出した。
「残念! 見えてるぞ!」
言いながらハルは、身を低く屈め、片足を伸ばしてダンの足を払った。
「ぬぅ!?」
バランスを崩し、前屈みに倒れ込むダン。
バキッ!!
その顔面に、アスカの突き出すような蹴りがめり込んだ。
「な、何やってん……キャァ!」
渾身の蹴りを受け、意識を刈り取られたダンの背後に回ったハルは、動揺するアスカに向け、ダンのデカい図体を蹴り飛ばす。
アスカはそのままダンの下敷きになってしまう。
「乱闘になったかと思いきや、ハルが素晴らしい反応を見せた!! あっという間に行動不能にされたぞニューキャッスル!」
アナウンスが声に力を込めて実況している。
鬱陶しい。
「ど、どうなってるんだ!?」
「勇者様だけでなく、お付きの方々が加わっても勝てない……のか?」
「流石におかしくねーか? 本当に勇者様なのか?」
観客も俺たちに疑問を持ち始めている。
黙りやがれ。
無意識のうちに聖剣を握る俺の手に力が込められた。
また馬鹿どものせいで俺までこんな屈辱を。
「てめぇら全員死んじまえぇぇぇぇ!!!!」
俺はハルを殺すために聖剣を振り上げ駆け出した。
この際だ。
馬鹿二人諸共、消しとばしてやる!
「死ぃぃぃいいねぇぇぇえええええ!!!」
「【アイス】!」
ズルッ
ハルを斬り殺そうと踏み込んだ足が……滑った。
ゆっくりと視界が進む中、俺は足元を確認する。
地面に触れているハルの左手から俺の足元まで、その範囲が一直線に凍りついていた。
氷で足が滑ったってことか!?
ハルはしてやったりというかのように笑みを浮かべ、後方へ飛び退いていた。
ク、クッソォォォォォ!!!
前方へ倒れ込む俺。
握っていた剣が地に突き刺さる。
ハルを消し飛ばすために力を溜めていた聖剣は、俺とダン、アスカの三人を巻き込んで盛大に暴発した。
――
ドゴォォォオオオオオン!!!!!
目の前で凄まじい爆発が起きた。
俺はその爆発を見ながら、ホッと息をつく。
上手くいってよかった。
練習の成果だ。
最初の頃は手で触れた場所しか凍らせることができなかったが、今ではある程度広範囲を凍らせることができる。
今回はスピード重視で、俺から勇者まで一直線に氷を走らせた。
怒りで視野が狭くなったところに、意識の外からの罠。
狙い通り勇者の足を取り、自滅させることができた。
「うう、嘘だろ!? 激怒し暴走した挙句、転けて自滅……? ダメだ……我慢、できない……あは、あはははは!」
我慢できず、アナウンスが笑い始める。
爆煙が晴れ、そこには満身創痍の勇者の姿。
他の二人は白目を剥き、面白い格好で倒れている。
「アハハハ! お腹痛い! ヤバい!」と、爆笑するリリィ。
「……こ、滑稽」と、笑いをこらえるルナ。
「わ、わたくしを笑わせるとは、なかなかやりますわ」と、感嘆するマリン。
「ゴホッ! ゲホッ! し、死んじゃう……」と、笑いすぎて咳き込むルージュさん。
「おぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉれええええええ!!!!」
勇者が今までにないくらい酷い顔で、俺を睨みつける。
プライドをズタズタにされ、怒りや憎しみ、悔しさが血の涙となって勇者の顔を歪めた。
「殺してやる……殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる!!!」
ボロボロの体を酷使するように、勇者は剣を振り上げて突進してきた。
全身全霊。
今の勇者を表すのに相応しい言葉だった。
全力で体を強化、全力で聖剣に闘気を込め、全力で殺意をぶつけようとしている。
「これで終わりにしてやる!」
俺は勇者にそう叫び返し、剣を構えて襲いかかる勇者へ突っ込んだ。
最初の打ち合いで、闘気を練るコツは掴んでいる。
マナを魔力ではなく、闘気に変換するだけだ。
勇者の肥大化した怒りの闘気に負けないよう、俺も走りながら、大量の闘気を練り上げていく。
「いっけー! トドメだー!」
「負けないで」
「さっさと終わらせなさい!」
「ちょっとこれは……」
リリィ、ルナ、マリンは呑気に声援を送り、ルージュさんは何やら心配そうだ。
なぜだろう。
こんな時だってのにみんなの声はしっかり聞こえる。
俺はそのことに少し嬉しくなりつつも、今は目の前の敵に全力を注ぐべく意識を集中させる。
もっと……もっとだ!
俺は練り上げた大量の闘気で、己の肉体を強化し、変な老人にもらった剣に力を送り込んだ。
「ハァァァルゥゥゥゥ!!! 死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!!!」
「負けるかァァァァァアアア!!!!」
勇者の真っ黒に染まった聖剣と、俺の白銀に輝くの剣がぶつかり合う。
刹那、白と黒の入り混じった閃光が、落雷のように天と地を繋げた。
そして……最初とは比べものにならないほどの爆発が会場を飲み込んだ。
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