1.ムーンライトの日常と収穫祭
ハルジオンへやって来て一月が経過した。
「……あっという間だったな」
横に並ぶパーティーメンバーを見ながら、俺はしみじみとそう呟いた。
冒険者ギルドハルジオン支部にて、今日の依頼報告を終わらせた俺たちは、明日の依頼はどれにしようかと、クエストボードの前に立ち物色している。
「ん? 今日の仕事も楽勝だったってこと? アタシがいるんだから当然だよ!」
毛先の跳ねた赤毛の少女が腕を組み、無い胸を張って自慢げに俺の呟きに答える。
「リリィ、油断禁物」
少女の隣に立つ眠たげな目をした黒髪の美女が、慢心する少女を嗜める。
「ルナ!? アタシ結構活躍してるよ!?」
そんな美女に自身の功績を涙ながらに訴える少女。
「うふふ、いつ見てもリリィの泣き顔には嗜虐心を煽られますわ」
黒髪の美女に泣きつく少女を見て、神官衣を着た桃色の髪の美女が、恍惚とした表情で頬に手を当てている。
「マリン、外ではあまり……それはしない方がいい」
黒髪美女の一歩引いた言葉にショックを受ける桃髪の美女。
「ドSのくせに打たれ弱いってなんだよ」
俺はしょげる桃色の髪の美女に、ここぞとばかりに追い討ちをかけた。
冒険者クラン『ヒカリエ』に所属するルナ、リリィ、マリン。
依頼ボードの前でわいわいと騒がしいこの三人が、今の俺のパーティーメンバーだ。
リーダーであるルージュさんの提案で、俺たちはパーティーで依頼を受けるようになった。
その方が高ランク・高報酬な依頼を受けることができ、売名に繋がる。
それに何より安全だ。
「ねぇねぇ! 明日はこの依頼にしようよ!」
リリィが背伸びをしながら、上の方に貼ってある依頼書を指差した。
「えーと、『謎の森の調査』。町外れに目に見えない森があるという目撃情報が上がっています。見つけ出し調査を希望。依頼難易度S……」
「面白そうじゃない? ルナがいるからSランクの依頼も受けられるでしょ?」
リリィが明日が待ちどうしいと言わんばかりに、ソワソワしながら嬉しそうに言ってくる。
ギルドを通して受ける依頼は、全て難易度で分けられている。
依頼難易度は冒険者の階級と同じでF〜Sまである。
原則、自身の冒険者階級と同難易度か、それ以下の依頼しか受けることができない。
そのため俺やリリィではSランクの依頼など、本来受けられるはずがない。
「お馬鹿。ルナ一人ならともかく、わたくしたちが一緒では足手まといになりますわ」
舞い上がるリリィにマリンが現実を叩きつける。
俺たち『月光』のパーティー階級はE。
ランクは依頼の達成数などで評価されるので、結成したばかりの俺たちのランクが低いのは当たり前の事だ。
メンバー個人のランクは……
ハル:Cランク
リリィ:Cランク
マリン:Eランク
ルナ:Sランク
俺たちは当然S難易度の依頼は受けられない。
しかし、ルナだけは最高ランクのS。
つまり、ルナ個人が受注した依頼にパーティーで挑めてしまう。
ルールの抜け道のようだが、この行為は黙認されている。
元々命がけの冒険者稼業。
自身の力を見誤って命を落としたとしても、それは自己責任と判断されてしまう。
金に困った者やリリィのように調子に乗った者以外は、自分たちの力と相談しながら安全マージンを取るのが一般的な考え方になる。
というか、ベヒモスを簡単に倒したり、三十人近い野盗を一人で全滅させたりと、すごい奴だとは思っていたが、まさかSランクだったとは。
「S難易度の依頼は危険。みんなを守り切れるか分からない」
ルナもマリンに同調するような発言をして、リリィの提案を却下する。
正直者のルナが言うのだから、S難易度の依頼は本当に危険なんだと思う。
「えー! 早く有名になりたいじゃん! アタシたちが活躍して有名になれば、ルー姉の助けにもなるでしょ?」
「確かに、忙しいルージュさんのことを案じる気持ちも大切だけどさ、ルージュさんの願いはみんなが安全に仕事することだと思うんだ。きっとそのためのパーティーなんだよ」
「うう……それは、そうかもだけど」
ふふふ、俺のリーダーらしい言葉に反論できないみたいだ。
「まぁコツコツ依頼こなしててもランクは上がるらしいし、焦らずいこう」
みんなが俺の意見に頷き返す。
嫌々引き受けたリーダーだったけど、勇者パーティー時代も暴走する仲間たちをまとめてたし、意外と性に合ってるのかもしれない。
俺はため息交じりにそう思うのだった。
――
「こっちだ豚野郎! こっちに来やがれ!」
「ブヒィィィィィイイイイ!!!」
二本の大きな牙を持つ巨大な牙猪が、興奮しながら突進してくる。
俺はその牙を剣で受け流しつつ、身を反転して斬撃をカウンターを決める。
急所を狙ったのだが……浅いか。
剣の扱いにも慣れてきたが、まだまだのようだ。
「大地を守護する四つ柱にして、火を司る女神、ヘルメザードよ。我らが祈りを聞き届け、神聖なる御身の御力を我らに与え給え。降り注ぐ業火の雨を降らせ、全ての悪を焼き滅ぼせ!」
「ハル! ルナ! リリィの詠唱が済みましたわ!」
「〈蝶の羽〉」
マリンの声に合わせて、ルナが俺を抱えて前線から離脱する。
「ブィ!?」
急に標的だった俺の姿が消えたことで、巨大な牙猪は驚きの声を上げた。
「リリィ! 側面からだ! 前足の付け根少し上だ!」
「くらえええ! 【トリプルファイヤーボール】!」
驚きで一瞬足を止めた巨大な牙猪を目掛け、三つの火球が矢のごとく放たれる。
高速で走りまわる猪に遠距離攻撃を当てるのは至難の業だが、こうして足を止めた状態ならただのでかい的だ。
急所に火球の直撃を受けた巨大な牙猪は横転。
起き上がれずにもがき、そのまま炎に飲まれた。
「ふぅ、上手くいったな」
地面に下ろされた俺は、その場に腰を落としながら言う。
「作戦通り」
ルナも俺の横に立ち誇らしげに言う。
ちなみに作戦を考えたのは俺な。
「ねぇねぇ! 見た見た! 今の魔法! 上手く制御できてたでしょ!」
リリィが嬉しそうに駆け寄ってくる。
改良された新品の杖を嬉しそうに振り回している姿は、実に子供らしいと思う。
「ハルはもう少し剣の腕を磨いた方がよいのでは? 『聖剣ハルスカリバー』が泣いていますわよ?」
駆け寄るリリィの後ろから、マリンがうふふと笑いながら言ってくる。
「俺の愛剣をその名で呼ぶなよ」
俺が憮然としていると、「いい名前だと思う」と、ルナが熱視線を送ってきた。
ルナの視線の先は俺の腰に携えられた剣に向いている。
そう、謎の老人に餞別として渡されたあの剣だ。
先日、この名もなき剣に名前をつけようというメンバー会議が行われ、『聖剣ハルスカリバー』とかいう馬鹿みたいな名前を付けられたのだ。
俺は、ルナの言葉にニヤニヤと笑みを深めるリリィとマリンを睨んだが、もうこのやり取りにも飽きたので、これ以上は取り合わないことにする。
今日は畑に出没する魔物の討伐依頼に来ていた。
巨大な牙猪はギルドが設定している魔物の等級ではD危険度。
Eランクパーティーであるにもかかわらず、格上の魔物でも安定して討伐できている現状を鑑みると、もしかするとこのパーティーは強いのかもしれない。
リリィに言うとまた調子に乗るから絶対言わないが、かなりバランスがいいと思う。
まず俺が前衛に出て敵の注意を引き付ける。
今までとは正反対のポジションだけど、敵に近ければ近いほど『マナ視の魔眼』が効果を発揮できるため、前に出ても不意打ちを受けにくいし、弱点も探りやすい。
パーティーで最強のルナは中衛として俺や他のメンバーのフォローをする。
俺が対処しきれない時は前衛に、火力や支援が足りない時は後衛に、と忙しいポジションのはずだが、ルナは難なくこなしている。
リリィとマリンは後衛。
リリィは強力な火属性魔法によるアタッカー。
改良された杖をルナからもらったリリィは、高火力の魔法も制御できるようになった。
マリンは得意な光属性魔法の回復魔法で、みんな体力管理をしている。
回復魔法に関して、マリンの右に出る者はいない。
これはSランク冒険者であるルナのお言葉。
その言葉の通り、俺が猪に受けた傷もあっという間に癒してくれた。
魔法の有無も勿論あるが、近接戦闘しかできなかった勇者パーティーと比べると、総合力には雲泥の差があると感じた。
俺がそう自分たちの力を分析していると、
「ヒカリエのみなさん。ありがとうございます。これで安心して仕事が続けられます」
「お役に立ててよかったですよ」
近くで見ていた依頼主が深々と頭を下げてくる。
俺は笑って感謝の言葉を受け取った。
「そういえば、もうすぐ収穫祭ですね。またみなさんの仮装が見られると思うと楽しみで」
「収穫祭? 仮装?」
新出単語だ。
俺は周りのメンバーに説明を求めた。
リリィがやれやれと呆れ顔で説明してくれる。
いちいち癪に障るけど我慢だ。
「収穫祭ってのはね、いろんな服を着て遊ぶお祭りだよ」
……なるほど、分からん。
マリンの補足説明によると、収穫祭は一年の豊作を神に感謝し、来年の実りを祈る行事らしい。
その祭りの一環として、様々な衣装を着て町を散策したり、露店を巡って楽しむそうだ。
「ハルジオンの名物行事なのです。わたくしも楽しみで楽しみで。みなさまの衣装も準備中ですわ」
マリンはうふふと笑いながら、そう締めくくった。
「それは楽しみだな」
何の気なしに俺はそう言ったけど、他の二人は何やら静かだ。
「どうした?」
気になって聞いてみる。
「いやぁ、マリンが作ってくれる衣装は毎回すごくてね……」
本人の前で言いにくいのか、リリィが目を泳がせながら曖昧な返事をする。
すごく気になったけど、何があったのかは結局聞けずに終わった。
なんか不安なんだけど……
まぁ名物イベントらしいし、それはそれで楽しみだ。
俺はそう思うことにした。
ちなみに、依頼主がいる間、ルナは一言も発することはなかった。
「面白かった!」
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