第2章 復讐とはどういうことか 4
「わかりました。では言い方を変えましょう。あなたはどうやってヴァージデルの当主を見つけ出すつもり。顔も知らないでしょう。アーロほどの大貴族になれば住まいは国中、いえ、大陸中にあるわ。いつどこに顔を出すか、知る手立てはあるの?」
はっと胸を突かれて、エデイラは息をのんだ。
心臓が嫌な感じに騒いでいる。
不安とも違う。恐怖とも違う。心臓が内側からひとりでにざわめいて、エデイラになにか大事なことを知らせるのだ。
それはかつて、何度も味わった感覚だった。
どんなに準備を周到に重ねても、計画のどこかに漏れがある時。自分に油断や見落としがある時。エデイラの胸は必ずざわざわし、そしてそのいやな感じは外れたことがないのだった。
(いやだ、認めたくない……彼女の言葉を受け入れるのはいや)
傷ついたように唇を引き結ぶエデイラに、ディクテは少しだけやさしい表情になった。
「意地悪で言っているのではないの。……本当よ。ただ、あなたには無防備さからくる失敗をしてほしくないだけ」
「あなたは」
あなたは、それで失敗したんですか。そう聞こうとして、思いとどまった。
聞かなくてもきっとそうなのだろうし、だから彼女はここにいるのだろう。
エデイラが途中で口をつぐむと、ディクテはその先を肯定するように静かにうなずいてから続ける。
「どうしたらいいと思う? どうすることが本物の復讐になると思って? ――考えてみるといいわ」
「今、ですか」
「今よ」
殺す。どんなことがあっても殺す。
旦那様を陥れた人間は全員死なせてあげる。
馬鹿のひとつおぼえみたいに、それしか考えていなかった。
だがディクテはそれではだめだという。足りないという。
(では、どうすれば……。いや、どうすることが……?)
「仮に本人を殺したとしましょう。それでも、親族がいるでしょう。弟や息子や娘婿。利害をひとつにする親族たちはきっと死者の遺志を継ぐわ。――あなたが、亡くなったかたの遺志をついで今生きているように」
エデイラの肩が力なく落ちた。
さっきディクテに対して抱いていた、敵意の刺が抜け落ちていく。
「ではそうした人間は、いったいなにを奪われたら死ぬよりも苦しむのか、そこなわれるのか、あなたは考え付くかしら?」
エデイラは懸命に考えてみた。こめかみが痛くなるほど集中して。
大貴族が考えることなんてわからないと切り捨てるのは簡単だが、それでは復讐は遂げられないと目の前の人は言っている。
旦那様の仇をうちたい。そのためならなんでもすると誓ったのだ。
(わからない、なんて……言っている場合ではない)
ゆっくり考えてから、エデイラは声を震わせて口に出した。
「アーロは、身分の剥奪を。……ヴァージデルには、破産を」
「あら」
面白がるように、ディクテは眉を持ち上げた。
アーロ家は国内最高位の貴族であり、カルテルの中でも貴族や政治家とのつながりを担っていた。ヴァージデルはというと商人身分ではあるものの、それを補って余りあるほどの資産家だ。ヴァージデル家の持つ総資産額は、常に国全体でも五本の指に入る。
「理由は」
「もっとも大切にしているものを奪われた時、人はこの上なくそこなわれると思うからです」
だから、アーロは身分の剥奪が、ヴァージデルには破産を与えるのがふさわしいと思ったのだ。
それを聞いてディクテは白い歯を見せて笑った。
「とても良い答えね」
それから、すっと真顔になった。
「あなたがその気なら、わたくし、力になれるわ」
「あなたが……ですか」
ディクテはじっとエデイラを見つめた。
「いかが?」
半信半疑の表情で、それでもエデイラは小さくうなずいた。
◇◇◇
その翌週のことだ。
アンダルトン修学園がいつになくざわついているのに気がついたエデイラは、ディクテになにがあったのかと尋ねてみた。
その頃にはもう、一緒に並んで食事をとる程度の仲になっていた廃王女は、サラダを上品にフォークに乗せて口へ運びながらこう言った。
「ヴァージデルの関係者が全員ここから出ていったのよ」
「えっ」
「当然ね。ここの使用料は条件にもよるけれど、安くはない。破産した一族がおいそれと支払えるような額ではないのよ」
「使用料……」
やっぱり知らなかったのね。という顔でディクテはエデイラのことをちらりと見て、またランチの皿に目を落とした。
「私、それ、払っていません」
「払わなくても十分に利益があると、ゾラ様が判断したのでしょう。おそらくはあなたが持ちこんだ情報、もしくは薬品の配合で」
「どうしてわかるんですか」
「逆算して想像しただけよ。だって一足す一は二でしょう」
エデイラは季節野菜のキッシュを食べる手を止めて、まじまじとディクテの横顔を見つめた。
誰も、なにも、言っていないのに。
(この人は、聡明なんだ……)
もしも子どもの頃からこの聡明さが備わっていたとしたら、謀反の罪を着せて島流しにするほど恐れられたのも理解できるとすら思うほどに。
あえぐようにエデイラは尋ねた。
「ヴァージデルを……破産、させたのはあなたがしたことですか」
ディクテは銀のカトラリーを優雅に使いながら答えない。だがその凪いだ湖面のような表情が、無言のうちに肯定している。
(本当に、そらおそろしい人だ……)
「どうして……どうやって」
だって、わずか一週間ほどのことだ。ディクテはここから一歩も動いていない。
(そんなことが……できるんだ)
「どうやって、という質問には答えづらいわね」
パンを小さくちぎって口の中へ送りながら彼女は言う。
「多分聞かないほうがいいと思うし」
「では、どうして、のほうは?」
「そうしないと、信用できないでしょう」
「え?」
「あなたが、わたくしのことを」
再び、え? と問いかけたいのをエデイラはこらえた。
口に入れたパンを飲み下してから、ディクテはエデイラのほうを向いて、にこっと笑う。
「そのうち、見に行きましょうね」
「え?」
あまり何度も聞き返すと馬鹿に見えるから言わないつもりだったのに、言ってしまった。
見に行く? なにを?
「ヴァージデルが確かに破産したということを、ご自分の目で確かめたらよいわ」
「確かめるって」
「外出許可は申請すれば出る。わたくしと一緒だとどうしても監視付きになってしまうけど、それでもいいなら」
(出られる、んだ……)
エデイラは、口を半開きにしたまま彼女の顔をぽかんと見つめた。
ディクテの顔は真剣で、冗談を言っているようには思えなかった。