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第4章 不安は不安を 1

「あの、ですから、なぜ私がドレスを着なければいけないんですか?」

「あなたもわからない人ね、何度も言わせないで。夜会に出るのだからドレスを着るのは当然でしょう」

「あの、ですから、なぜ……」


このやりとりがここまで何度繰り返されたか、もう思い出せない。

実際、何度頭で納得しても、いざ着付けをされる段になるとエデイラの根っこにあるどこかの部分が激しく抵抗するのだった。


理屈は、一応、わかっている。


三十年に一度入り口をあけるというアーロ一族の式典、その日鶏と詳しい場所をエデイラはまだ知らない。もちろん、マリアカルラも知らない。

式典をぶち壊し、アーロ当主の面目を潰すにはそれを知らねば話にならない。もちろん大々的に発表されるわけではないので、なにかしらの人目を忍ぶ方法を使って告知されるわけだが、次の夜会にその情報がある、とマリアカルラは言うのである。


『あのね、わが実家ながらとてもうっとうしいのだけど』


そう前置きしてマリアカルラは言った。


『夜会が鍵なの』


要するに、そこに招待されない人間は必要な情報すら手に入れられないというわけだ。


『夜会のとある場所に、知ってる人は知っている一角があるのね。そこへ行くと、式典の日時や集合場所が記されたものがもらえる仕組みになっているの』


夜会の広間とは別の場所にあるので、無関係なゲストはそこまでたどり着けないというわけだ。よしんば偶然たどり着いても、その日時と場所を見ただけではなんのことだかわからないように書かれている。


『多分、カード状のものだと思うわ。それか書状。単語しか書かれていなくて、ちょっと見には、なにかのゲームかなと思うような』


それを手に入れるためにエデイラとディクテはその夜会へ行く。もちろんマリアカルラも行く。ドレスを着る必要があるのは、そのためだ。

わかってはいるが、どうにも受け付けない。


「あのう、やっぱり私も着ないといけないんですか」


ディクテは不機嫌そうに口をつぐんでいる。もう聞き飽きたのだろう。


「夜会に出るのが嫌ではないんです。ただ、私はメイドというか、あなたの侍女という扱いにでもしてもらえたらいいんじゃないかと……」


それならば、慣れている。

夜会でお客様をおもてなしするのは慣れたものだ。

だが、自分がそこに盛装して出るとなると、戸惑いよりも拒否感が先に立ってしまうのだった。


「エデイラ、あなた、面倒がっているの?」

「まさか!」

「自分のことでしょ」

「わかっていますよ!」

「確かにマリアカルラがそのカード? を貰ってきてくれて、あなたに日時と場所を知らせてくれれば用は足りるのかもしれませんけど」

「いえいえ、いえいえ、そんな」


頭と両手を同時に振ってエデイラは言う。


「あなた、彼女の立場を考えなさい。わたくしたちを招待するためには、彼女は恨み心頭の父親に頭を下げる必要があったはずですよ」

「わかっていますってば!」

「なにもかもまかせっきりにして自分は待っているという態度は、いかがなものかと思うわ」

「ですから違います!」

「それに、あんなにも恨んでいる一族の中で、彼女をひとりにしておけないでしょう」

「……それも、わかっています」


ですから行くのが嫌なわけではないんですってば、とエデイラの声は小さくなる。


「ドレスだなんて、おこがましい、ですよ……」

「あーもう、うるさい」

「うるさい!?」

「これはもう決まったことなの。あなたも招待客として一緒に行くの。いいわね、わたくしが決めたの。はい、おしまい」


それ以上は取り付くしまもないディクテなのだった。


◇◇◇


そんなふうにして話はまとまり、またしてもディクテは粛々と外出許可をとり、エデイラはマリアカルラと三人で馬を飛ばして再びカタイに赴いた。

マリアカルラは実家で身支度をして現地で合流すると言い、ここにいるのはディクテと二人だ。


着替え場所はディクテが用意してくれた。

なんでも、古い知人の家だという。


第三王女に知人呼ばわりされる家とは、と考えただけでそらおそろしいが、出迎えに来てくれた夫人は笑顔のまろやかな、人をほっとさせるたたずまいの人だった。


「どうぞどうぞ。長旅お疲れだったでしょう。まずはこちらでお茶でもいかが?」


ディクテの知人というからには、こちらも相当な家柄なのだろうが、無駄にごてごてしていない室内のしつらえや出迎えのあたたかさには気取ったところがまるでない。

もとメイドとしては出入りの際に門のまわりを注意して見ていたが、それらしき家紋も見当たらなかったのが、妙と言えば妙だった。


「足も延ばして、お楽になさっててね。お腹は? すいていらっしゃる? お菓子もあるけど、サンドウィッチとどっち?」


なにくれとなく世話を焼いてくれる夫人のみならず、使用人たちも腰が低く、通り一遍ではない気の遣いようなのがエデイラにはよくわかった。


「お声の届くところに誰かしらおります。御用の際は、どうぞご遠慮なく」


しかも、ディクテだけではなく、エデイラに対しても態度が変わらない。


「夜会へのお支度はもう、ご心配なく。こちらですべて間に合うように仕上げてみせますから。馬車も一台、用意させていただきました」

「ありがとう」


細やかな扱いを受け、ディクテは落ち着き払っている。このあたりは、さすが王族の風格と言うべきだった。


あれよあれよという間に日の当たるサロンに通され、熱いお茶とお菓子、それに軽食が続けざまに出され、しばらくお休みいただけるように、と二人きりにされた。


「ほどよいお時間になれば、お知らせに参りますので」


こうやって、本当にくつろげる時間をあえて作ってくれるのも上等な心配りだとエデイラは思った。

もてなす側としては、つい、あれもこれも見せたり案内したり、はたまたそばを離れずしゃべったりと、客を過剰に構って疲れさせてしまいがちだからだ。


◇◇◇


ディクテに用意されたドレスは濃いめのワインレッドだった。

派手さはないが格式高く、仕立てのよさが細部に出ている。

まさかこの日のために用意したはずはないけれど、しかしあつらえたように彼女にぴったりだった。


「よくお似合いです」


ひとめ見るなり、エデイラは褒めた。

深みのある赤は彼女の黒髪によく映えていたし、なによりもディクテ本人がドレスを着こなしている。


「宝石はこちらをどうぞ。ドレスの色によく合いますので」

「ありがとう、お借りする」


だがなぜだろう、エデイラには、ディクテがあまり喜んでいないように見えた。

ドレスなど着慣れているということなのだろうか。


(そういうのとも少し違う気がするけど……)


「お連れ様の宝石は、こちらを」

「私などにまで、恐れ入ります。でもいいのでしょうか」

「なにがですか?」


エデイラのドレスは青だった。

濃淡のある明るい青色で、薄手のレースがふんだんに使われており、こんなかわいらしいドレスは私に似合うはずがない、と直前になってエデイラがひるみそうになってしまったくらいだった。

布地の明るさを引き締めるために金と茶のつやつや光る糸で刺繍が施されている。宝石は、彼女の瞳の色に合わせたはちみつ色の石を金線細工で取り囲んだ、なかなか凝った意匠のものだった。


「おふたりとも、おそろいの型にいたしましたが、いかがでしょう? 動きづらくはありませんか?」

「いいえ、ちっとも」

「肩の部分から薄布を縫い付けて腕よりも長く垂らすのが、今年の春から流行しておりますの。そちらにボリュームが出るぶん、スカートのふくらみは抑えめにしてあります」

「へえ……」


ドレスの流行などエデイラはまったくわからないが、少なくとも、ここの使用人たちが急いで針仕事をしてくれたことだけはよくわかる。髪を短く切ってしまったエデイラのために、ウイッグまで用意されていた。


「あのう、私顔に傷があって、それで」

「大丈夫ですよ、お化粧で十分隠せますからね」


彼女が言う通りだった。左頬に大きく斜めについた傷跡は、筆でペタペタとなにか塗られると、きれいに消えた。

ウィッグをつけ、丁寧に化粧をされてから鏡をのぞくと、最初は腰が引けていたはずのドレスが不思議としっくりなじんでいた。

なにやら上等な手品でも見せられた思いで、エデイラは礼を言う。


「こんなになにからなにまでしてもらって、本当に、なんてお礼を言ったらいいかわかりません」


すると夫人は両頬にえくぼを浮かべてにっこりした。


「とんでもない。わたくしどもの感謝の気持ちは、このようなことでは表しきれません」


感謝の気持ち? エデイラはディクテを振り返る。


「むしろ、お困りの時に当家を思い出してくださったことが、嬉しくてなりませんのよ」


彼女はディクテに向かって深く腰を折るお辞儀をしてから、では、お時間になったらお声かけに伺いますので、と言って下がっていった。


二人きりになってから、エデイラはディクテに詰め寄る。

ドレスの裾が長いので、両手でたくし上げなくては踏んでしまいそうだ。


「すごいね」

「……ああそう」


ディクテは明らかにこの話に触れたくなさそうだ。


「いったいなにすればこんなによくしてもらえるの。だってこれ、絶対今日一日で縫ったんだよ。新しいもん。着ればわかるよ、すごい手間だよ」


思わず口調も乱れがちになるほどエデイラは興奮している。自らがメイドの立場だったからこそわかることというのもあるのだ。


「そうねえ……」


とディクテは言葉を濁して説明を拒んだ。

エデイラには、この家との関係性について触れられたくないからそっけなくしているのか、それとも他のことで機嫌が悪いのか、わからなかった。

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