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第3章 甘く、甘く、甘い 1

簡単に許可が下りるという話は本当だった。


「ほらね?」


ディクテが昨日の昼食後に書いた申請は、次の日の朝にはあっさりと許可が下りたのだった。

ふたりの外出を認める旨の書類にはあかあかと印鑑が押されている。


「ここの学園長は仕事が早いの」

「いえ、そういうことではなく」


押印の下に流れるようなサインがなされた書類を手に、エデイラは言葉に詰まってしまった。


「二人で出掛けるのか」


つい先ほど、自らやってきて書類を手渡してくれたゾラ様が尋ねる。


「ええ、そうです。物見遊山に」

「物見遊山、ね」


ゾラ様はどこか含みを持たせて言う。


今日のゾラ様の装いは先日までとはまた違い、ぴしりとした軍服を着こなした堂々たる「男」だった。声質もこの前聞いたのとはまったく変えており、低い、いかにも命令しなれたもの特有の話し方だ。


(変装……? だけど骨格が全然違う気が……。いやいやまさか。私の気のせい?)


「物見遊山でなければ、デートと申し上げておきますわ」

「それはいいな」


おかしそうにきらりと輝くゾラ様の瞳は、鷹に似た金茶色だ。

こんな色合いだったっけ、とエデイラはさらに思う。この前はどうだったか、思い出そうとしてもどうしても思い出せなかった。


(別人……に、見える)


だがディクテは疑問などさらさらありませんというように、当たり前にゾラ様と話している。


「ゾラ様もたまにはデートなさっていらしては」

「まずは相手がいるかな」

「ご冗談、ゾラ様ならよりどりみどりでしょう」

「デートなどここ何年もしていないさ。だが、お前が言うならたまには試してみてもいいか」

「──あのっ、私たち、女同士ですけど」


放っておいたらきりがなさそうなデート談議に、ようよう正気に戻ったエデイラが口を挟む。

女同士で普通、デートとは言わないのではなかろうか。


ところが、ディクテにきっとにらまれた。

「なにを言うの。お黙りなさい」

「はい」

「楽しく一緒に時間を過ごすのですからデートです」

「はいはい」


なんだかディクテの物言いが、王族ではなくて、年相応の女の子がわがままを言っているようなそれだったので、ついエデイラも気安く言ってしまってから気がついた。


しまった。私ったら、まるで友達みたいな口ぶり。

不敬だと思われただろうか。


相手の様子を伺ったが、彼女の横顔からは怒っている気配は読み取れなかった。


◇◇◇


さて、それでは。とディクテは改まって言った。

並んで歩く回廊には心地よい風が吹いている。


「確かにわたくしの手腕が見事だったとわかったところで、次の作戦会議としませんこと」

「次?」


次ってなんだ。デートの予定でも立てるのかとエデイラが思っていると、ディクテは不敵に薄笑いを浮かべた。


「カードというものは、はじめた限りは次々に切るものですからね」

「あなたは、以前からそういうことをおっしゃってたんですか? だとしたら、今後は、少し腹黒さを隠す努力をすべきだと思いますけど。謀反がどうのとか言われないように」

エデイラが漏らした軽口に、ディクテは反応しなかった。

回廊の中ほどでふと立ち止まる。

つられてエデイラも立ち止まったところに、ディクテは視線を遠くへ向けて言った。


「あそこのあの子が見える?」


指さすのではなく視線だけで告げられて、エデイラは目をすがめた。

中庭を挟んだ向こう側の回廊で、笑いあっている少女たちが見える。


「三人いるでしょう」

「ああ、はい。フードをかぶっているのが二人、かぶってないのがひとり」

「そのかぶっていないほうの、背の低い子」


その子はちょうど他の少女の陰になっていて表情までは見えなかった。


「そのかたが、なにか?」

「あの子を篭絡してもらいます」

「なんですって?」


篭絡? 篭絡ってなんだっけと、エデイラは頭の中の辞書をひらく。

そういうのって、女性が女性に対して使う言葉だろうか。


「あの、今、なんて?」

ディクテが答えないのでもう一度聞いた。仰ぎ見た彼女はいたって真顔だ。


「どんな形でもいいわ。説得するでも、条件を提示するでも、なんなら騙すでも色仕掛けでも」


色仕掛けって、あなた。

あまりにも淡々と言うものだから、聞いているエデイラのほうが複雑な気持ちになってしまう。


「いや、ですから、そういうのって」

「あの子をこちらの味方にできるなら、方法は問わない」

「問わなさすぎじゃないですか?」

「なぜなら、あの子は、アーロ本家の令嬢ですから」


その名を耳にした瞬間、びりっと、体に電流が流れたような気がした。

一瞬でスイッチが切り替わる。向こうの隅にいる少女に再び目をやる。自分の目つきが獰猛になっていることが自分でわかる。


そんなエデイラにディクテは続けた。

「わたくしの手腕はすでに垣間見たでしょう」


ディクテの声が遠くで聞こえるようだった。

目の前に、目の前に、憎い一族の娘が。今ここに。

今はとにかくそのことだけしか考えられない。


(──この場所は、中立)


賢明に理性が押しとどめようとし、相反する感情で指先がぶるぶる震える。


「次は、あなたの番よ」

「えっ」


一瞬なにを言われているかわからなくて聞き返すと、ディクテはすべて飲み込んでいるような静かなまなざしで言った。


「あなたがわたくしに証明する番だと言ったのよ」

「証明……」

「わたくしが手を貸したはいいけれど、いざとなると覚悟が座らず逃げだすような人では困るの。そんな人とは協力も共闘もできない。だから、あなたが本気で復讐を果たしたいと思っていることを、わたくしに証明して」


そう言われて、エデイラは姿勢を正した。震えていた指先が止まっている。


「──わかりました」


◇◇◇


マリアカルラ・アーロは風の通る回廊で立ち話に興じていた。


揃いの象牙色の上着を着た女の子たちは、まぶしい光をさえぎるためにフードを目深にかぶっている。

マリアカルラは等間隔に並ぶ石の柱の陰に立っており、ひとりだけフードを外していた。


「あの……ええと」

その彼女に近づいて、エデイラは声をかける。

「マリアカルラ、様」


とっさの時にはついメイドとしての習い性が出てしまう。


様づけで呼びかけると、栗茶色のゆるい巻き毛がぱっとエデイラを振り向いた。明るいはしばみ色の瞳が驚いたようにエデイラを見ている。


「あのう……ただいまお声かけしても、よろしいでしょうか……」

「ええ、いいわ」

その人は気軽に答えると、小首をかしげてつけくわえる。


「それと、様はいらないのよ。私たち同じアンダルトンで暮らすもの同士だもの」

「あの……では、はい」


その人は勘がよかった。エデイラが口ごもったのを察して、それとなく友人の輪から離れて、エデイラと二人きりになってくれた。

人のいない回廊のはしまで彼女はエデイラを連れていくと、自分から口火を切った。


「私になにか御用? 凛々しいかた」

(凛々しい……)


エデイラは思わず、切りっぱなしになっている短い髪に手をやった。

メイドの時はずっと伸ばしていたから見苦しくないよう手入れを欠かさないでいたのだが、今となってはいろいろと必要がなくなって、まるで少年のように見えている自覚もあった。


「そんなふうにほめていただいたのは初めてです。この髪のせいでしょうね」

「よくお似合いだと思うわ。それだけが理由じゃないけれど」

「それだけじゃない」


ええ、とマリアカルラはうなずいた。

「たとえば髪の短い男性すべてに、あなただったら凛々しいという感想をもつの?」

「ああ……もちませんね」

「でしょ」

にこっ、と彼女は微笑んだ。


「人に与える印象というのは、見た目がどうというだけじゃなくて、その人の内面がにじみ出て伝わるものだと、私、思うわ」

「そのとおりですね」


風が吹き込んできて、マリアカルラが片手をあげて髪をおさえる。まぶしい光を受けて、その髪が明るいピンクがかった栗色であることをエデイラは発見した。

「あっ」

「なあに」

「いえ、それに該当しない人を、ひとり、思いついてしまって」


彼女は察しも早かった。

「ああ、ゾラさま!」


彼女が笑い、エデイラも笑った。

彼女を篭絡しなければならないというのに、軽やかな笑い声が回廊に響く。

「確かにそうね、あの人は化け物ね」


どうしよう、とエデイラは思った。

話がするするとよどみなく進んで、しかも楽しい。


(この人を、篭絡しなくてはいけないのか……)

できるかどうかというよりも、

(そんなこと、私、したいだろうか)


「あの」

気がついたら口に出していた。


「お願いがあって」

「なあに?」

「あなたにどうしても味方になってもらいたいんです」


マリアカルラの大きな瞳がまばたきをする。


「そんなこと、頼める筋合いじゃないのはわかってます。でも私、どうしても復讐がしたいんです」


馬鹿正直が過ぎる。ディクテがその場にいたら、そう叱られたかもしれなかった。

「誰に?」

「あなたの家に」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガールズの可愛らしく羨ましすぎて苦しいような(これはきっと、私が女友達の極端に少ないせい)憧れてたまらないような、素敵な友情が育まれていくのをドキドキしながら拝読していたら、今度はストン、…
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