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メリオン城の悪魔  作者: 西条さき
来訪者
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取引

「お言葉だが、ギデオン殿。ルクシタニアの裏事情にあまねく通じておられるあなたに公正など語って欲しくないね。」


 ダリウスの師匠は、ため息まじりにそうこぼした。あまねく、とは明らかに嫌味だな、とダリウスは思った。


 相手は人灯術の塾舎ヘラルメの塾長ギデオンだ。師匠に言わせれば、出世欲が強く金で動く、「簡単な」男だ。


 学長室の桁外れに壮麗な内装をみれば、教育を施す者の節度をこの男がいかに欠いているかわかる。


生徒の宿舎の壁が断熱機能すら疑わしい薄い漆喰壁一枚なのに対して、この部屋の壁は精緻な彫刻を施した重厚な羽目板に覆われ、おまけに暖炉までついている。


 ダリウスは椅子に座る師匠の背後に立ったまま、窓際に置かれた大きな書斎机を見やる。繊細なアストロラーべ。砂時計。瑪瑙の文鎮。金細工がくどいガラスの置物。高価だがどうも趣味がわるい。


 ダリウスは一日前の小法廷での出来事を思い起こしていた。


 彼は自分の師匠のとなりで裁判のいく末を見守っている間、始終、ザンダという娘のか細い後ろ姿を見つめていた。


 彼女が法廷に入ってきたときに見せた蒼白な横顔が忘れられない。


 長い髪をきつく後ろに編み込んでいるせいか華奢な卵顔が貧弱に見える。でもその貧弱さの中に、勇気というか、覚悟みたいなものがあった。


 彼はそういう娘の芯の強さに心を奪われた。


 悔しいが、一目惚れだ、と彼は思う。


 女を好きになったことはないでもなかったが、心が疼くほど守ってやりたいと思った女はザンダが初めてだった。


 だが、生憎そういう女に限って、彼は守るための手段を欠いている。


 金と権力。そして、容姿。


 それらを全部持ち合わせ、実際にザンダを窮地から救い出そうとしているのは、他でもない、今、書斎机に前に座ってギデオンと対峙するダリウスの師匠だ。


 いろいろな事情があって、師匠は人前に出るとき、顔の半分を隠す白い仮面をつける。貴族社会では、白仮面、あるいはメリオン公の名で通っていた。


 師匠が要求を口にすると、一言目にギデオンは


「しかしですな。ザンダ・モランを解放しろとはー」

と、渋ってみせた。


「解放しろなどと言っているのではないよ。わたしに身柄を預けろと言っているのだ。」


 師匠のテノールはよく通る。しかも正確な貴族のアクセントが高飛車だ。


 手袋をはめた指で机を軽く叩き始める。沈黙がおり、ギデオンの目が泳ぎ始めた。


 でた。師匠の焦らし作戦だ。


 師匠は心理戦でじわりと敵を追い込んでいくのが得意だ。


 しかし、ダリウスは師匠がこの手を滅多に使わないのを知っている。彼がこの手にうって出るときはどうしても獲物が欲しい時だった。


 相手が言い訳を言い出す前に、師匠が言った。


「いくら、欲しいのだ。」


 ギデオンの目がきらりと光る。やがて卑屈は笑みを浮かべて、


「ザンダ・モランは仮にも我々ヘラルメの大事な門下生であったことお忘れなきようー」


 ダリウスの師匠は沈黙で応酬する。すると、相手はおずおずと


「まあ、しかし口止め料という形でお受けするのであればー」

と言いおき、師匠の出方を待つらしかった。


「口止め料だな。では、六千。」


「ー」


「八千。」


「ー」


「全く、あなたの強欲さには頭が下がるよ、一万でどうだ。」

と彼の師匠が言った。


「結構です。」

と、ギデオンが答える。


 一万ティグレは大金だ。4頭のサラブレット種と黒塗りの馬車を買って釣りが来る。ダリウスはそんな高額な口止め料を聞いたことがない。


 こんな法外な値を払おうという師匠も師匠だが、平然と受け取る方も受け取る方だ。


 強欲で何がわるい、そういいたげにギデオンがニンマリ笑った。


 師匠は手早く数字を小切手に走らせて裏書きすると、相手に渡した。


 交渉成立だ。師匠がおもむろに立ち上がる。


 ダリウスはほっとして師匠の背を見やった。不公正な方法であるにしろ、あの蒼白な顔の娘をこれで救うことができる。


「では、後始末はよろしく。」


 後始末、とは娘を救出したあとでおこるであろう様々な不都合のことだ。たとえば、土牢が空になった理由を説明することなど。


「もちろんですとも、メリオン公。」


 師匠はギデオンが差し出した手を一瞥しただけで握ろうとはしない。金の亡者に対する蔑みを隠さないとみえた。


「いくぞ、ダリウス。長居は無用だ。」

 

 外套(ケープ)を優雅にひるがえらせて立ち去る師匠のあとに、ダリウスは続いた。

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