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メリオン城の悪魔  作者: 西条さき
来訪者
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危機

人灯術の見習いザンダは、失踪中の師匠を守るために覚えのない罪を認め、投獄される。そんなザンダを牢獄から出そうと交渉を開始する、奇妙な男がいる。白い仮面を被ったその男は何者なのか。

 禁じられた恋は往々にしてひとの身を滅ぼす、という古言がザンダが生まれ育った村にはある。


 もっと早くに、この先人の(いまし)めを思い出すべきだった。灯しびとになるべく人灯術の門を叩き、あの人に出会ったときに。


けれど、時すでにおそし。


 それがザンダの脳裏をかすめていったのは、結局、デルミ島の小法廷の荘重な格間天井の下に立ったときだった。


 今、ザンダは人生の異常事態を迎えている。それを物語るように、法廷の広間が尋常でなく明るかった。


 壁の羽目板に彫りつけられた格子彫刻の細部まで見えるほど辺りが明るいというのは、この国では普通ではない。 天空を常に『雲の蓋』によって封じられたルクシタニアの地では、万年、曇天、雨天、雪天。どこでも部屋というものは大体、仄暗い闇に沈んでいるからだ。


 煌々とした明るさの理由。それは広間の壁づたいに並んだ二十人の男女の灯しびとたち、いわゆる人灯だ。


人灯の存在はルクシタニアでは傭兵と同様にありふれ、かつ、重要だ。自然の光と蝋燭の光では照らしきれない場所を人灯が補う。


 灯しびとたちは、みな、深緑のチュニックに身を包み、仁王立ちになって、両手に握った長い錫杖型のトーチの先から明るい光を放っていた。


 彼らは皆、言ってみれば、ザンダの先輩たちだ。こんな場所で法の裁きを受ける立場になければ、ザンダだって彼らのようになり得た、かもしれないのだ。


ザンダはいまだに人灯術の見習いだ。デルミ島にある人灯術の総本山『光の使徒の会』が運営する、ヘラルメという塾舎に属している。


 というか、裁判が始める今まではそのような身分でいた。

 

 ザンダの背後の傍聴席では好奇心満々の無慈悲な傍聴人たちがヒソヒソと囁きあう。


 目前の初老の裁判長はけだるい目をザンダに向けている。


 数歩(へだ)たった場所では、検事が無用な詳細を馬鹿みたいに次から次へとまくしたてていた。


 ザンダの『殺害行為』を裁判長に認めさせようと、必死なのだ。


 しかし、ザンダはジャクストンを殺していない。


 あのいやらしい、師匠の助手が問題のあの日、秘密の訓練場にしている廃墟までザンダを尾行し、襲おうとしたことは確かだ。しかし、殺してはいないのだ。


 気がつくと押し倒され、組み敷かれていた。近くにあった石を必死で掴み取り、相手の額を目がけて打ちつけると、それは見事に命中した。


 相手の体の重みが消え、にわかに体が自由になった。


 身を起こしてみれば、ジャクストンが頭から血を流して仰向けに倒れている。


 殺してしまった!


 慌てて近寄ると、相手は意識を失っているだけだった。


 動揺が高波のように押し寄せ、どうしたら良いのかわからなかった。一旦はすくんだ足がようやく動くようになった時、ザンダは、人の気配を背後に感じた。


 朽ち果てた長屋(バラック)を振り向けば、蝶番の外れ、錆きった扉の奥に確かに何者かが潜む気配がある。


 ザンダにはその正体を直感的に悟った。


 確かに師匠だ。失踪したはずの師匠が近くで自分を見守っている。


 不安がほんの一瞬の間、喜びに変わった。もう四ヶ月になります、お師匠様、どこへいっていらしたのですか、心配していたのです。


 確かめようと気配のする方向へ体を向けたとき、ジャクストンの弱々しいうめき声がした。


 逃げなければ!


 ザンダは途端に師匠の気配も忘れて、一目散にその場から駆け出した。どのような結果が待ち受けているか考える余裕もなくただ、やみくもに走った。


 彼を殺したのはあの人だ。


 あの人の名前さえ吐けば!


 そうすればザンダは助かるのだ。だが、それをあえて選ばないのは、無実と引き換えにしてでもあの人を守りたいからだった。


 あの人。トリスタン。四ヶ月前に失踪した、ザンダの人灯術の師匠だ。


 無実を証明しようとしないザンダに勝ち目はない。有罪を言い渡されるのはほぼ、確実だ。


 赤い法廷服に身を包んだ裁判長がゆっくりと立ち上がる。ザンダは大きく息を吸って宙を凝視した。まるでそこに守るべきあの人の姿が浮かび上がったかのように。


 そして、罪状が読み上げられる。


「デルミの小法廷は、ザンダ・モランを終身幽閉の刑に処する。」


 辺りがどよめいた。もう数十年も間、塾舎の門下生どころか島中の人々に久しく科されていない刑でだ。


「収容場所はメタ岬の監獄とする。」


 聴衆のどよめきはさらに大きくなった。


 メタ岬!メタ岬だと!


 メタ岬は、島の北西に突き出た岬だ。その突端に百年戦争時代に建設された要塞があり、地上階の土牢(ウーブリエット)がある。


 一旦その狭いタテ穴に放り込まれた罪人は、一生出られないよう上から蓋をされ、暗闇のなかで水も食料も一切与えられない。


 そして狂い死ぬのだ。長い、長い間をかけて。


 ザンダの顔がみるみるうちに、蒼白になった。


 こんな酷刑は想定してない。まずい。本当にまずい。これならばギロチン刑になった方がマシだ。


 警護兵がザンダの腕に手をかけ、グイと引いた。


 引かれていくザンダの視界の端には不気味な男の姿が入っていた。傍聴席の最前列に座っている。 


 男は額から鼻までを真っ白い石膏の仮面で覆っていた。黒い外套とその中から覗くダブレットからして、貴族階級だ。


 変な男!なんだって白い仮面をかぶるのだろう。


 普段ならば、この奇妙な風貌の男に興味を持ったかもしれない。


 しかし、今のザンダにそんな心の余裕はない。


 感情の麻痺が解けて、じわりとザンダに忍び寄るのは何と言っても、真っ暗闇に閉じ込められ、狂い死ぬ恐怖だ。ザンダはそれに打ちのめされていた。


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