序章
その野獣のような者たちはある日突然、村に現れた。
血痕に汚れた甲冑に身を包み、垢と毛だらけの体躯から獰猛な異臭を匂い立たせた騎馬隊の一行である。
吹雪と吹雪の谷間の、底冷えの厳しい日のことだった。
村の入り口に向かって一列になって進んでくる騎士たちを、家の軒先で毛皮づくりに余念のない村人の何人かが見ていた。
やがて、彼らは馬に乗ったまま村に入り、雪に覆われた一本道を進んでいった。
顔を兜の下にすっぽりと隠している者もあったが、多くは伸び放題の髪をじっとりと脂に湿らせ、もつれ絡まった髭に口を覆わせるままにさせていた。
氷のような目をしている、とおれは先頭を行く一行の統率者を見上げて思った。
村の中心の小さな広場に来ると、騎士たちは一斉に馬を降りた。先頭にいた男が村人をここに全員集めるようにと野太い声をはりあげた。
―今すぐだ!男たちは作業を中止しろ。女も残らず子供を連れて家から出てくるように。
騎士はしかし、村人を集めて何をするつもりなのかいっさい、告げなかった。
おれが小母とともにやってくると、すでに多くの村人たちが雪敷きの広場の中央に、整列させられている。
その中にはあの娘もいた。
周辺を騎士たちが裸の剣を手に取り囲んでいた。
やがて、集合をかけた騎士が
―お前たちを全員、殺す!
と、声高に宣言した。
突如として、騎士の数人が大股に進み出た。最前列の三人の女の肩をわしづかみにすると列から引き離す。
ーアリス!
おれは叫んだ。
男たちはそこへ、どこから持ってきたかもしれぬ油を浴びせ、たてつづけに火を放った。
殺すという言葉に嘘のないことを示すための最初の生贄に違いなかった。
女たちが悲鳴をあげた。もだえ苦しむ三つの人影が燃え盛る炎のなかにみとめられた。
炎はまたたくまに黒い噴煙を吐き出し始める。
肉の焼けこげる匂いが辺りにたちはじめた。
おれはふいに凍えていた足先が熱で温み始めるのを感じて、白い地面を見おろした。
炎の熱が人々の脚の間を縫っておれの立つ場所まで届いているのだった。
騎士たちの統率者は、三人の生贄を凝る目つきで一瞥すると、村人たちの方へ向き直った。
―今、隣に欠けている隣人がいることを報告した者は命を助けてやる。心辺りのある者は進み出ろ!
すると村人の中からあの者がいない、この者がいないと声が上がった。
村人たちのなかに、村の異変を知る由もなくいまだに森で狩りをしたり木を切っている者がいるのに違いなかった。
声をあげた村人たちは騎士たちによって列から離された。
―おろかな―
と、おれの父が低い声で言った。
―父さん?
おれは静まった声音に怒りのようなものを感じて、思わず父を見上げた。
―息子よ、お前は騙されてはいけない。
ああやって列から離れさせ、隠れているものたちを連れてこさせたら、殺すのだ。
どのみちね。わかるか。
奴らは我々を一人残らず殺すつもりなのだ。
―なんのために?
すると、父は前方を見やったまま緊迫した声で答えた。
―我々の冬の蓄えを根こそぎ奪うためだろう。
おれは足元に火影がぼうっとさすのをしばらくの間見つめていたが、やがて思いついて
―それだけじゃないよ、父さん。
と正した。
―食糧のためだけだったら、斬り殺せばいいんだ。
でもそうしないのは、光がほしいからなんだ。
おれたちを薪がわりに燃やして、そこからあがる火の光を夜通し体いっぱいに浴びるつもりでいるんだ。
騎士たちはその荒れ果てた風貌からして、幾日もの間を雪深いトウヒの森のただ中で過ごしてきたに違いなかった。
冬空の下の山塊にはただでさえ薄い日の光は、ほとんど届かない。
薄闇と凝るような冷たさと雪の湿り気とに、おれでさえ森に入れば半日もたたぬうちに光に飢える。
騎士たちの場合、その飢え方はさらに切羽詰まったものであるに違いないのだ。
空腹の獣のような貪婪な表情がそれをなによりも物語っていた。
もう昔のことだ。あの悲惨な出来事にまつわる感情は全て時の経過とともに色あせた。
だが、アリスのこととなると別だ。今でも彼女のことを思うと激しい思慕に胸がうずく。
そして、あの娘。法廷の前に立つあの娘、アリスに似ている。おれの許嫁であった娘に。
おれが救えなかったアリスに。