第九十五話 本条五輝
「お誕生日おめでとう、一華ちゃん」
二宮はお菓子の詰め合わせを。
「お誕生日おめでとう。いい年になるといいわね」
三央はドライフラワーを。
「おめでとう。喜んでくれるかは分からないけど……」
四音は文房具セットを。
「誕生日おめでとー! これ、アタシが好きなブランドなの! ちゃんと塗ってよね!」
六月はマニキュアを。
「おめでとう! これ、俺と八緒から!」
「使ってくれると嬉しいなぁ」
七緒と八緒はスポーツタオルのセットを。
「お誕生日おめでとうございます、お姉様」
九実は可愛らしいウサギのぬいぐるみを。
「お誕生日おめでとうございます、一華様。今年も良い一年をお過ごしください」
泉達従者は大きなホールケーキを。
「…………おめでとう」
銀治は参考書のセットを。
「お誕生日おめでとう一華。生まれてきてくれてありがとう」
数予は手編みのコースターを。
そして、
「おめでとさん」
五輝からは、おそろいのピアスを送った。
それは五年前の、一華の誕生日が何ヶ月か過ぎたある日。
一華は分かりやすいほどに浮ついた様子で、屋敷の廊下をスキップしていた。それを見つけた五輝は、「何してんだお前は」と目を細めて声をかける。
「あ、五輝君。丁度良かった、君にも伝えておくよ」
そう言って、一華は横髪を耳にかけて見せた。明らかに喜んでいる表情はどこまでも子どもらしいのに、その仕草は大人の女性のようで、五輝は一瞬だけどきりと胸が高鳴ったのを感じた。
「どうだ? 君が誕生日プレゼントにくれたピアス。ようやくホールが完成して、つけられるようになったんだ」
伝えておく事とは、その報告だったらしい。一華はこれまでピアスを開けていなかったし、ずっと楽しみにしていたと聞いていた。
五輝とおそろいのピアスを送ったのは、特に理由はない。けれども、自身と同じものを一華が身につけている、というのは、筆舌に尽くしがたい喜びの感情があった。
けれども、五輝は終始表情を動かす事はしない。あくまで平然とした様子で、
「おぉ、良かったな。似合ってる」
とだけ口にする。
簡素な言葉なのに、一華はにこりと笑みを深めて頷いた。
「ありがとう。大切にするよ」
客人が来ているらしく、一華はすぐにその場を去っていってしまったが、五輝はしばらくその場から動き出す事が出来なかった。
一華は、感情が顔に出るタイプだが、年相応に無邪気な笑みを浮かべる事は少なかった。彼女を取り囲む環境がそうさせているのだろう、五輝もとっくに気付いている。
だからこそ、自分が送ったプレゼントであそこまで喜んでくれるとは思ってもみなかった。
少し……いや、かなり嬉しい。
五輝も少しだけ頬を綻ばせて、自室へと戻った。
────宿題を終わらせ、何だか小腹が空いたな、と五輝が感じたのは、午後四時半頃の事。もう数時間もすれば夕食の時間だが、買い溜めているカップ麺でも食べてしまおう、と部屋を出る。
すると、庭の方から声が聞こえてきた。
「一華様! 血が出ています、先に止血しないと……」
血が出ている、その言葉にいてもたってもいられず、五輝は声のする方に向かって走り出した。
「どうせすぐに治る。それより、早く見つけないと……大事なものなんだ」
「止血が先です! 落としものなら、私も探すのを手伝いますから、どうか一度……」
「後でいい!!」
声が近くなったあたりで、一華が声を荒らげる。姿は見えていないが、その声色は聞いた事がないくらいに怒っているようだった。その剣幕に押され、五輝は思わずその場で足を止めてしまう。
とても、「何があったんだ?」と駆けつけられる状況ではない。そう悟った五輝は、物陰に隠れて会話に聞き耳を立てる事にした。
使用人の女性と思わしき人物の制止を振り切って、一華は呟く。
「早く……見つけないと……」
「一華様……」
使用人の女性も、どう声をかければいいのか迷っているのだろう。彼女の名を呼ぶ声は、とても弱々しいものだった。
会話の内容からして、一華は何かを探しているらしい。一華があそこまで感情を露わにする事は滅多にない。怒りや焦りの感情ともなれば尚更だ。
余程、大事なものだったのだろう。五輝も、どうすればいいのか分からなかった。
けれども、その場に訪れた人物が、その様子を見て声を張り上げる。
「おい一華!」
父の声だった。
騒ぎを聞き付けて、何事かとやって来たのだろう。不機嫌そうな声色のまま、銀治は一華の元へ歩み寄った。
「客人が来ているのだぞ。みっともない真似をするな」
「落としものを探しているだけだ。放っておいてくれ」
銀治が窘める声すら、今の一華には届いていない。言う事を聞かなかった苛立ちからか、銀治はさらに一華に詰め寄った。
「やめろと言っているのが聞こえないのか! そんな小さなものに固執するな。それでもお前はあの男の娘なのか!?」
「小さなものなんかじゃない!!」
銀治に負けないくらいの怒声を、一華は発した。その剣幕に、銀治ですらも一歩後退ってしまう。
「大切なものなんだ……大切にする、って約束したんだ。お義父さんに分かるものか!」
銀治に背を向けたまま、一華は口にする。
これは、父も諦めて一華の元を離れるのだろうか、と五輝は物陰から顔を覗かせて様子を見守った。
すると、銀治は一華の首根っこを掴んで無理矢理立たせて、勢いのままに傍に立っていた使用人の女性に押し付けるように一華を突き放す。
「鏡、さっさと連れて行け」
「は、はい……」
「離して、離してくれ鏡さん!」
鏡にしっかりと押さえつけられているのか、じたばたと一華は暴れているがびくともしない。その様子を後目に、銀治は背を向けてこちらにやって来た。
物陰に隠れていた五輝を見下ろして、銀治は言い放つ。
「五輝。お前も用がないなら部屋に戻っておけ」
「用はあったんだけどよ……」
いつもなら、それらしい言い訳が口から出てくるのに、この時は誤魔化す事すら出来なかった。いっそ、父の言う通りに去ってしまえばいいか、と立ち上がった瞬間、銀治が何かに気付いたかのように目を見開く。
「…………そういう事か」
「あ? どういう事だよ」
「お前には関係ない。あの男を追い出してくる」
「ちょ、親父!?」
その後は五輝には目もくれず、すたすたと大股で歩いていく。五輝は思わず、その背を追いかけた。
銀治が向かった先は、庭から少し離れた客間だった。勢いよく襖を開けると、部屋の中で待っていた男は何事か、と顔を上げる。
五輝とは、初対面の男だった。灰色の髪に、氷のような冷たい水色の瞳が印象的な男に向けて、銀治は即座に言い放つ。
「お引き取り願おうか、九条香月殿」
男は、九条香月というらしい。名前からして、各条家の人間だろう。
客人が来ている、と銀治は先程口にしていたが、もしかしなくても彼の事だったのだろうか。一華に会いに来る条家の人間は少なくないが、銀治に会いに来ている人間は珍しい。
香月という男は、銀治に言われるなり困ったように眉尻を下げる。
「そんなぁ、話くらい聞いてくれたっていいじゃねぇか。こんな機会めったにねぇんだ、蝶花殿にもきつく言われてるんでな。銀治殿と交渉を進めてこい、と」
また、知らない名前が出てきた。
口振りからして、香月は蝶花という人に言われてこの場に訪れたらしいが、父と何の交渉をするというのだろうか。
探るように父の背を見つめていると、
「急用を思い出してな。それに、俺達が会っていると使用人達の空気が悪くなる。次から、交渉の席は外で頼みたい」
と口にした。
「それはそれで面倒……なんだっけ? ほら、未来の当主様の様子を見に来てる建前? みたいなのがなくなっちゃうわけで」
五輝や銀治の前で、“建前”だと言いきった。
各条家とは、本条家当主に忠誠を誓った存在ではないのか、と五輝は困惑してしまう。
それは銀治も同じはずなのに、まるで彼はその事を最初から知っていたかのように、反応を示さなかった。
「外だと悪い方向に噂が飛ぶだろう? それは困る、と、蝶花殿も仰っていたしな」
「貴様等の目的なんぞどうでもいい。俺の邪魔さえしなければな。ともかくこの場で交渉に応じる気はない。早く出て行ってもらえないか? 俺は忙しいのでな」
銀治はそう言い切って、顎をしゃくって出ていくように催促する。
香月はしばらく考える素振りを取っていたが、これ以上居座っても取り合ってもらえないと判断したらしい。ゆっくりと、立ち上がった。
「はいはい。とりあえず、蝶花殿には伝えておきますよ、っと……」
ぱちり、と五輝と目が合った。氷のような冷たい目で見下ろされ、ぞくりと背筋が凍りついたような感覚に襲われる。
目測でも百九十センチ近くあり、体格もいいからだろうか。父よりも威圧感があって、それなのに、にこにこと張り付けられた笑みが不気味で。
五輝は思わず、一歩後退ってしまった。
「……五輝殿、だっけ? お父さん怒らせて悪かったな。じゃ、また会おうぜ」
右手を上げて、五輝にそう告げる。けれども、上げられた香月の右手には、赤い血のような液体がこべりついていた。それを見た五輝は、ぎょっ、と目を見開いてしまった。
あからさまに恐怖感を抱いている五輝を見下ろして、香月はにやりと口角を持ち上げた。けれどもそれ以上何かを言ってくる事はなく、血のついた手をズボンのポケットに突っ込んで、玄関の方へと向かって行ってしまう。
「まさか、一華のやつ……」
五輝は、ある考察に辿り着いてしまった。
庭では、血が出ているという一華が、探し物をしていた。九条香月という男には、手に血がついていた。
香月に、何かされたのではないか。
早く一華の元へ向かわないと、と五輝は部屋を出るが、
「そっとしておいてやれ」
と父から制止の声がかかる。
「何でだよ!?」
「あの子は、お前にこそ知られなくないんじゃないか」
「かもしれねぇけど……それでも、俺はあいつのところへ行く」
「…………」
父は、何も言ってこなかった。五輝の事を止める気は、もうないらしい。
五輝が庭の方へ戻ってくると、手当てを終えたらしい一華がそこにいた。探し物はまだ見つからないらしく、地面に膝をついている。
彼女の後ろに歩み寄って、五輝は声をかけた。
「一華」
「あ……」
一華が顔を上げる。声の主が五輝だと分かるなり、さらに顔を青くさせて、ぎこちない笑みを浮かべた。いつもなら、絶対に見られない表情だ。
「やぁ五輝君……どうしたんだ?」
「お前こそ、何してんだよ。それに、その怪我も……」
「…………」
一華の耳には、少し血の滲んだガーゼがはられている。それを隠すようにして一華は顔を背けたが、すぐに誤魔化す事は出来ないと悟ったらしい。
「ごめん、五輝君……」
小さな声で、言った。いつになく弱気な彼女の隣にしゃがみ込んで、「何で謝るんだよ」と返す。
「君から貰ったピアスを、落としてしまったんだ」
「…………」
まぁ、そうだろうな、と思っていた。
一華の耳にはられているガーゼは、先程まで五輝がプレゼントしたピアスがつけられているはずの場所だ。一華が心底焦った様子で何かを探しているのも、五輝を見て表情がぎこちなくなったのも。五輝がプレゼントしたピアスを失くしたからだとすれば、全てに合点がいく。
そして、そうなった原因は――――
「九条香月」
「ッ、何で、その名前を……」
五輝がその名を口にした瞬間、一華はぱっと顔を上げて動揺をあらわにした。当たりのようだ。
「さっき、親父と会ってたみたいだぜ。その男の手に、血がついてた。お前の耳のそれと、何か関係があるんじゃねぇのか?」
「…………」
一華は否定も肯定もしなかった。だが、五輝は肯定であると確信していた。
出血量から考えるに、つけていたピアスを無理矢理引きちぎられたのだろう。この分では、耳たぶのところが裂けてしまっているかもしれない。
五輝がそんな考察を終えた頃、一華がゆっくりと唇を動かした。
「……私が、悪いんだ」
彼女の口から出てきたのは自責の言葉だった。
「私が……嬉しそうにしていたから……あの人の前で楽しそうにしていた事が、いけなかったんだ」
何だその理由は。何故一華が嬉しそうにしていた事が、いけない事になるんだ?
「そんな事は――――」
「でも、どうして。どうして、『お嬢殿が嬉しそうにしているのがいけないんだろう』って理由で、君からのプレゼントを捨てられなくちゃならない」
一華は、自分を責めていたわけではなかったようだ。
九条香月という男に対して、怒っている。
正しい感情は抱いていたようだ、と五輝は安心してしまった。だからこそ、次に来る言葉を予測する事が出来なかった。
「なぁ五輝君。あの人、殺してしまってもいいだろうか」
「ッ、は?」
一華は、淡々と口にした。
特徴的な黄金の瞳には、いつものまっすぐで眩しい光がない。それなのに、美しいと思わせられる。
けれども、五輝は背筋が凍りつく感覚を覚えていた。
一華から、感じた事のない気配が放たれていたからだ。解答を間違えたら、気分を損ねてしまったら、殺されてしまうのは自分のような気がする。
一華は幼い頃から何度も命を狙われてきたらしいし、そのたびに返り討ちにする場面も見てきて、自身で制裁を加えた事もあると言っていた。だが、そんな一華でも「殺していいか?」なんて聞いてくる事はなかった。
一華は、こんな目をする人ではない。頭では理解しているのに、五輝の心拍は恐怖によって上がり続ける。
これは、何と答えるのが正解なのだろうか。五輝は、頭をフル回転させた。一華が満足出来る答えを考えて、考えて、考えて。
眩暈がするのを感じながら、五輝はそれまでに考えていた答えを、全て掻き消した。そして――――
「やめておけ。それはお前のする事じゃない」
一華の問いを、否定した。
もしも彼女が五輝に同意を求めていた場合、五輝の解答は間違いとなってしまう。
だが五輝の知っている一華ならば、そんな忖度は必要ないと思い出したのだ。
そして、それが正しかったようだ。
「……そうか。君なら、そう言ってくれると分かっていたよ」
それまで放っていた殺気は、もう感じられなかった。黄金の瞳にも、いつものまっすぐで眩しい光が宿っている。ほっ、と五輝は息を吐き出して安堵した。そしてまた、油断してしまったのだ。
「ありがとう。五輝君がいてくれてよかった」
「……な、んだよ……それ」
誤解してしまいそうな言葉に、五輝は思わず言葉を詰まらせてしまう。
一華は自身の事を兄妹としか思っていない。他意はないのだ、と自分に言い聞かせながらも、気恥ずかしさは残ってしまっている。誤魔化すように頭をがしがしとかいていると、一華は視線を地面に戻した。
「夕飯には遅れると伝えておいてくれ。見つけたら行くから」
まだ、失くしたピアスを探し続けるつもりらしい。砂を掻き分けようと手を伸ばした一華の腕を掴んで、五輝は言った。
「駄目だ」
「何故」
「頼むからやめてくれ。新しいやつ買ってやるから……もうやめろ」
「でも――――」
「いいじゃねぇか。俺だけ、誕生日プレゼント二つ贈っても。だから、部屋に戻ろう。な?」
「…………」
納得していない様子の一華の腕を引っ張って、一緒に居間へと向かう。
正直言うと、五輝の方が見ていられなかった。誕生日プレゼントとはいえ、高価なものをあげたわけではない。小さなもののために、これ以上一華が傷つくところを見たくはなかったのだ。
父が、一華を無理矢理地面から引きはがした事も、そういった理由からだったのだろうか。少しだけ、父の気持ちが理解出来た気がする。
廊下をゆっくり歩いていると、ふと一華が立ち止まった。やはりまだ気になるか、と頭の隅で察しつつも、五輝も立ち止まって「どうした」と問いかける。
「……ごめんな、五輝君」
「謝んなって。怒ってねぇし」
五輝がそう言っても、一華はスッキリしていないらしい。ぎゅっ、と拳を握り締めて、俯いている。そして、小さく呟いた。
「……強くなりたい。誰にも負けないくらい……自分の大切なものを守り通せるくらいに……」
「刀を振り回すのは一般人のする事じゃねぇからお前は充分強いと思う」
「いや……うん……そうじゃなくてだな……。純粋に、もっと強くなりたい。誰も、私に喧嘩を吹っかけてこなくなるくらい」
一華の願いは、五輝にも理解出来る。
余程、今回の事はショックだったに違いない。そして、今までになく激しい怒りを覚えている。五輝が感じた殺気は、無意識のうちに放たれていたもののようだが、きっと一華の今後にも大きな変化を与えるはずだ。
少なくとも、人に対して明確な殺意を抱いてしまった。これから、一華がどうなっていくのかなんて想像もつかないが、五輝は一華に嬉々として人の命を奪うような事をしてほしくない。
強くなってしまえば、道を踏み外してしまうんじゃないか。そんな不安が五輝の胸の内に浮かび上がってきた。
「それは、難しいだろうよ。お前は、多分これからも誰かしらにやっかみを持たれるはずさ」
力を持ったところで、現状が変わるわけでもなく、ましてや、必ずしもいい方向に進むとも限らない。だから、これ以上一華が思い詰める要因を増やしたくはなかった。
守られる存在であってくれれば、一華が殺意に呑まれる事もないはずだから。
――――けれども、五輝は分かっていた。
本当は、一華は背中を押してくれる一言が欲しいのだと。
悟ったからには、嘘をつきたくはなかった。ぐっ、と親指を立てて、五輝は口の端を持ち上げる。
「だから、そいつ等全員木っ端みじんに出来るくらい、強くなれよ」
一華は、目標に向かってまっすぐ突き進めるひとだ。彼女の事を信じていたからこそ、五輝はそう言葉をかける事が出来た。
五輝の言葉を聞いた一華は、黄金の瞳に強い光を宿らせながら頷いた。五輝のポーズを真似るように、親指を立てて笑みを浮かべる。
「あぁ。私、誰にも負けない絶対的な力を手に入れるよ」
「ほどほどにな」
――――その時は冗談として笑い合っていたのだが、現在。本当に誰にも負けない絶対的な力を手に入れてしまったのだった。
※※※※
五輝が数年前の事を思い出しているとは露知らず、一華は食べ終えた弁当箱を袋の中にしまい、立ち上がった。
「急に呼び出してすまなかったな。本当にありがとう」
「おう。必要なら呼べよ。手伝う」
「大丈夫だよ。少し調査して、他の人に対応してもらうつもりだからな」
とはいえ、白羽は出張で広島に赴いているので頼れない。五輝も「手伝う」と言ってくれているが、出来れば巻き込みたくはない。
とはいえ、魔法術が絡んでいるとなれば、一華一人で対処するには無理がある。
学校以外で出歩く事も良しとされないだろうし、護衛は泉に頼んでみるとして、他に専門の人はいないだろうか、と考える。ダメもとで、あの人に頼んでみるか、と一華が思案していると、五輝が溜息交じりに言った。
「……嘘つけ。全部一人でやろうとしてるくせに」
「…………」
呟くかのように言われたその言葉は、どこか暗い感情が込められていた。一華はすぐに返事をする事が出来ずに、少しの間黙り込んでしまう。
決して、五輝達の事を信頼していないわけではないのだ。大切な存在だからこそ、危険な事に巻き込みたくない。継承戦の時のように、頼りたくはないと思ってしまう。それが、五輝にとって「信頼していない」と言っているようなものだとしても、一華は譲りたくなかった。
「本当に困った時は、頼りたいと思っている」
「些細な事でもいいんだよ」
……これは、自分も協力させろ、という意味合いなのだろうか。
一華は迷った。五輝は、戦闘能力はやや低めだが、圧倒的な考察力がある。味方として傍にいてくれれば、これ以上に心強い人はいないだろう。未来予知にも近しいその頭脳は、一華がどれだけ努力しても手に入らないものなのだから。
――――だからこそ、利用するような事はしたくない。
「三央姉さんにも言われたんだが……実を言うと、私は頼り方が分からない。“そっちの醤油を取ってくれ”と“あの敵を殺してくれ”と言うのでは、頼るの度合いが違いすぎる」
「例えが極端すぎるだろ」
「まぁ、今のはかなり極端な例だが……ようは、そういう事なんだ。敵を殺すという事は、こちらも殺されるかもしれないという事だ。そんなやり取りを、君達にしてほしくない」
階段の段差に腰掛けたままの五輝の瞳を見つめて、一華は続ける。
「継承戦の時も、本当は怖かった。私がお願いしたら、五輝君達は断れないだろう」
「まぁな。皆、お前の事好きだもんな」
「私も、君達の事が好きだよ。とても嬉しいが……それが怖い。失った時、離れていくのが……」
父の時も、母の時も。
大切な家族がいなくなった時の喪失感は嫌というほど知っている。命懸けで行われる継承戦の際にも、周りの人々の期待に応えたいと思う一方で、何とかして兄妹達を救いたいと考えていた。
本条家と各条家の間にある溝の事だって、本当は五輝にも、三央にも知られたくなかった。ここのところ、上手くいかない事ばかりで、余計に気が急いているのかもしれないが、多少不自然だとしてもこの場を切り抜けたい。
そんな思いを抱きながら、一華は告げる。
「だから、私が何とかする」
何とかしなくてはならない。
一華が断言すると、五輝は説得する事を諦めたかのように溜息をこぼした。
「人はいずれ死ぬし、可能性の話ばかりじゃ疲れるぞ。特にマイナスの方はな」
そして、おもむろに立ち上がって、からかうかのように一笑する。
「それとも、白羽に会えなくてナイーブになってんのか? 脳筋ゴリラでもしゅんとする事はあるんだな」
「…………」
「怒んなって。場を盛り上げただけだろうが」
「盛り上がってないぞ」
白羽に出会ったのは継承戦が始まる数日前――――(対面したのはもっと前だが)つまり、白羽と一緒にいる事が当たり前になって、まだ二カ月も経っていないのだ。確かに心細い気もするし、白羽がいないときに限って会いたくない人達と会う事になったので、一華にとっては最悪の一週間となっている。
とはいえ、まずは目先の問題を解決しなければならない。少しは寂しさも紛らわせる事が出来るかもしれない、とそんな事を考えながら、一華は口の端を持ち上げた。
「だが、五輝君の言う通りだな。もう少しポジティブにならないとな」
「……そうかよ」
五輝も、これ以上の説得は無意味であると判断したらしい。もう、食い下がる事もしてこなかった。
「じゃあ、そろそろ戻るよ」とその場から去ろうとして、五輝に念を押される。
「もう一度言うが、一人で抱え込もうとすんなよ」
「分かっているよ。一人で解決しようなんて思っていないさ。私は、そこまで強い人間じゃない」
「よく言うぜ」
五輝から背を向けてしまっていたので、彼の表情は伺えなかった。しかし、おかしそうに笑ったのが、声色で分かった。一華もこっそり笑みを浮かべながら、教室に向かって歩き始める。
教室に戻ったら、あの人に協力を仰げないか聞かなくてはならない。どうやって話を切り出そうかな、と思案を巡らせるのだった。




