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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第八話 継承戦を中止してください!

 《本条家屋敷・廊下》


 首に巻かれた編紐に違和感を覚えつつも、一華は早々に大広間を出た。が、すぐにとある人物に捕まってしまう。後ろから抱きすくめられ、背中に柔らかいものが当たった。一華もずば抜けたスタイルをしているが、それを軽く凌駕するであろう胸の持ち主は、後ろからそのままの体制で話し始めた。


「はぁ~い一華ちゃん! 久し振りねぇ。元気~?」


「す、ステファーノさん……!?」


 ふふふっ、と笑いながらステファーノは一華の肩に顔を埋める。そして、それまでの陽気な雰囲気を消し去って、静かな声色で問い掛けた。


「大丈夫?」


「……何がですか?」


「色々。数予さんの事も……継承戦の事も」


 ステファーノと会う事は少なかったものの、彼女の事はある程度知っているつもりだ。

 時たま母の口から、ステファーノとお茶会をした、たくさんお話してくれた、と聞かされていたし、きっと本当に仲が良かったのだと思う。辛いのは彼女も一緒だろうに。一華を気遣うような言葉に、嬉しさが込み上げてくる。


「……正直、悲しい気持ちもありますし、不安とか……兄さん達と闘う事への抵抗とか、ないとは言いません。でも、私が当主にならないといけない。そう言われました」


 ステファーノはハッと目を見開いて、一華を解放した。すぐさまステファーノの方へと振り返って、安心させるように笑い掛ける。


「私なら大丈夫です。ちゃんと、自分の成すべき事を遂行します」


「そう。私達は見てる事しか出来ないけど……頑張って頂戴ね」


「はい!」


 ステファーノ、並びに他の五大権が勝敗を見守ってくれている。それだけでも心強いものだった。

 それでは、と一礼して踵を返そうとした瞬間、誰かにどんっ、と腰に抱き着かれ、一華の動きを阻まれた。


「お姉様!」

「うぐっ」


 一華の胸の下くらいまでしかない小さな体躯。淡い水色の髪をした少年は、二宮と同じ赤い瞳を涙で濡らしながら一華を見上げている。まだ幼く、際立ったところはないが、庇護欲を駆り立てられる愛らしい顔立ちだ。


 本条九(ほんじょうここ)()。本条家の五男で、銀治と数予の息子。一華とは半分血の繋がった姉弟、という事になる。


「九実君、どうしたんだ?」


 腰の痛みを感じつつ、九実の目に浮かんだ涙をそっと服の袖口で拭ってやる。九実が泣くのも無理はない。一華が銀治の事を嫌いでも、九実にとってはたった一人の父親だ。

 それは二宮達にとっても同じ事なのだが、九実と二宮達の銀治を見る目が違うのは重々承知している。加えて、母親である数予も失ってしまったのだ。九実が縋る事が出来る居場所は、年の離れた兄妹達の元だけだ。


 どうした、と聞いたが、一華自身答えは分かっている。だからこそいつもと変わらない様子で接しようと努めようとした。しかし、九実の口から発せられたのは、全く想像していなかった内容であった。


「継承戦を中止してください!」


「……うん?」


「あらあらまぁまぁ……」


 これにはステファーノも驚いたらしい。目を丸くして口元を手で隠した。その優雅な仕草に思わず横目を向けたものの、すぐに九実に向き直って問い掛ける。


「九実君、それは私の一存ではどうにも出来ないというか……」


「で、でしたら、ステファーノ様ならなんとか出来ますか!?」


「うぅん、普通に無理というかぁ」


 縋るようにステファーノを見上げるも不可能であると告げられ、そんなぁ、と九実は眉尻を下げた。とはいえ九実も一華達を困らせたくてそう言った訳ではないの筈だ。まずは理由を聞くべきだろう、と一華はその場に膝をついて九実と視線を合わせた。


「九実君、話を聞こう。落ち着いて話してくれるな?」


「……継承戦は命懸けだと聞きました。僕はまだ子どもだから参加出来ないとも……。でも、一華お姉様達が死ぬのは嫌です! 誰も……誰も……もう離れ離れになってしまうのは嫌なんです!」


 ぽろぽろと大粒の涙を零して、九実は声を震わせた。

 九実に残されたのは、兄妹だけだ。この幼い少年は、父と母の死をすでに受け入れているのだ。受け入れて、次は兄妹達が死なないように行動している。


「九実君……君は強いな」


 一華には、そんな九実の姿がとても眩しく見えた。まだ幼く、一華よりもずっと小さな体躯の筈なのに、自身よりも大きく見えた気がする。まだ十歳になったばかりの彼を、これ以上悲しませる訳にはいかない。


「……分かった。決めたよ九実君。私は、君の為に闘うよ」


 芯の通った、力強い声色に九実だけでなく、ステファーノも目を見開いた。


「私の目的は、当主になる事だ。約束しよう。決して誰も死なせはしない、と」


 誰も殺さず、一人も欠ける事なく、この継承戦を終わらせる、と。


 一華は他でもない、自身の信念と役目の為に闘うつもりでいた。だが、そうもいかなくなったらしい。ここに、一華の決意は固まった。


「必ず。来月には、皆揃って帰ってくると誓う」


「本当ですか……?」


 まだ声が震えている。幼い彼を安心させる為にも、一華は強い所を見せてやらねばいけない。不安でいっぱいであろう九実を慰めるように、そっと抱き寄せる。


「あぁ。だから九実君。いい子で待っていてくれるか?」


「はい! 僕、いい子で待ってます……!」


 ぎゅっ、と一華の背に腕を廻して九実は頷いた。

 九実はこれから本条家の所有する別荘に移る事になる。戦いに巻き込まれないようにという配慮だ。小さな体躯をしっかりと抱き締めてから、一華は立ち上がった。


「それじゃあ」


「お姉様、頑張って下さい!」


 九実の激励を受け止め、力強く頷く。ステファーノにも軽く会釈して、白羽の元へと足を進めたのだった。





※※※※





  《本条家廊下》


 人がいない事を確認してからエドヴァルドの従者、アクセルは屋敷内を探っていた。勿論、金品を盗もうなどとは考えていない。


 『透視の魔眼』で目視した惨状。あれは恐らく、昨夜起こったものであるとアクセルは考えた。継承戦の準備で立て込んでいたのも事実だろうが、一日以上経っているのであれば、とっくに処理されている筈だ。遺体は運び出されたようだが、何か痕跡が残されているやもしれない。


 気配を押し殺して銀治の部屋へと向かう。が、ふとして物陰に身を潜めた。進行方向から足音が聞こえてきたからだ。


「マジで親父殺されたんだなぁ」


「お部屋血塗れだったね~」


「俺が殺してやろうと思ってなのになぁ」


「仕方ないよ。でもまだ、二宮が残ってるじゃん」


「それもそっか。いつ殺す?」


「いつでもいいよ」 


 物騒な会話を弾ませながら、その二人は歩いていた。アクセルは物陰に身を隠したまま、声だけを頼りに気配を探る。


(七緒様と八緒様か……)


 今日まで海外留学していた為か、彼等に関する詳しい情報はないに等しい。先程の殺気といい、警戒するに越した事はないだろう。


「あ、そーだ。一華んとこ行こーぜ」


「うん! 久々にお喋りしたい!」


 そして先程とはうって変わって、年頃の少年と少女のような顔をして去っていった。話し声が遠くなり、完全に気配がなくなってから、アクセルは恐る恐る顔を覗かせた。七緒と八緒の姿はもう見えなくなっていて、廊下にも静けさが戻っている。


 父親と血の繋がった兄へ向けられた殺意と、一華に向けられた無邪気な子どものような笑み。普通逆ではないのだろうか、とアクセルは不思議に思いながらも、足を進める。


 中に人がいないのを確認してから、こっそりと現場に侵入する。部屋の中は非常に殺風景で、部屋の真ん中に布団が敷かれているだけであった。まだ家具を運び出された様子はなく、そのままのようだ。真ん中に敷かれている布団は、銀治のものらしい血液で赤く染め上げられている。


(出血量が多い……それにしては争った形跡がないのは妙ですね。身内の犯行か……?)


 屋敷の人間の犯行にしろ、外部の者による犯行にしろ、相当な腕を持っているのは間違いないようだ。アクセルは集中力を研ぎ澄まし、光を帯びる目を開いた。『透視の魔眼』の範囲を部屋の中に限定して、天井裏から床下まで、くまなく不審な形跡がないか探る。

 そして、畳の下に不自然に置かれたあるものを捉えた。


 血に塗れた畳を一枚剥がすと、A4サイズの封筒が隠されていた。宛名等は記されていないが、一度封が破られた形跡がある。封筒の中から書類の束を取り出し、パラパラとめくって中身を確認する。全て日本語で記されているものの、暗号の類でもないので内容は簡単に把握出来た。


「……成程。これは、一度報告しなければ」


 現場にあったものを持ち帰るのはまずい、と封筒を元の場所に戻して畳も張り直す。帰りも人とすれ違わないように気を配りながら、アクセルは主であるエドヴァルドの元へと急いだのだった。


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