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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第四章 音城学院
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第八十六話 お嬢殿が嬉しそうにしているのがいけないんだろう?

再開は七月を予定していたのですが、校閲が早く終わったので掲載していきます。

第四章はやや暴力的な描写が多くなりますので、苦手な方は御注意下さい。

 とある国、とある地域、とある場所、とある時間にて。

 部下の一人から、緊急連絡が入った。机の上に散らばった書類に目を通しながら、報告をするように指示を出す。


 男の耳に装着されているインカムに、軽々とした青年の声でそれは告げられた。


『当主様が通われている音城学院に、何者かが侵入したようです』


 音城学院とは。

 現本条家当主のみならず、先代、先々代より前の時代から、一般的な教養を学ぶ場として選ばれた学校だ。


 小等部、中等部、高等部、そして大学までに渡り成り立ち、当然、裏の世界の事情を一切知らない表の世界の人間も多く通っている。


「ふむ……当主様の学び舎……そして何より、一般人も多く通う場所に、不届き者がいるのは度し難い」


 表の世界への干渉が目的であるならば、しかるべき機関に報告しなければならない。とはいえ、部下からの報告で聞く限り、まだ対象の素性や目的も分かっていないようだ。


「幹部を派遣します。早急に対処しなさい」


 一刻も早く、調査して解決しなければ。幹部クラスともなれば、スムーズに事が進むはずだ。そんな期待とともに、男はテーブルの上に置かれていた『1』とシールが貼られた呼び鈴を鳴らした。


 数秒後、『1』が男の前に姿を現す。


 任務内容を伝えると、『1』は「御意」と一礼して姿を消した。早速、準備をして現地へ向かうのだろう。


 何事もなければいいのだが。男はふぅ、と息を吐き出しながら、止めていた書類作業を再開した。




※※※※




 ぽたぽたと畳の上に血が落ちる。


 何が起こったのか、その時は分からなかった。


 左耳がじくじくと痛んで、思わず耳を押さえながら後退る。


 目の前に立っている男の手には、血がついていた。


 そして、気付く。

 血がついた男の手に、きらりと輝くピアスがある事に。

 

 そして、気付く。

 血が出ている左耳につけていたピアスがなくなっていた事に。


「か、返して……」


 手を伸ばすと、男はにこりと笑みを浮かべてから、背を向ける。


 ピアスを手にしたまま、部屋を出て行ってしまう。慌てて追いかけるも、少し遅かった。


 男は、ピアスを手離していた。小さなピアスはきらきらと太陽の光を反射しながら、広い庭に落ちていく。


「そんな……どうして……」


 靴も履かずに、ピアスが落ちたと思わしき場所へと向かう。小さなピアスを探す事は困難だった。砂を掻き分けてみても、それらしきものは見当たらなかった。


「ない……どうしよう……」


 プレゼントでもらった大切なピアスだったのに。

 なくしたと知ったら、きっと怒るし悲しむだろう。


「……どうして……」


 どうして、こんな事が出来る。

 もらった物だ、と説明したじゃないか。


 あの人が、自分をよく思っていない事は知っていた。


 ――――未来の本条家当主にはふさわしくない。


 そんな理由で、自分は嫌煙されている。幼い頃から分かっていた事だ。


 だが、こんな事が正当化されてなるものか。

 拳を握り締めて、愉快そうに事を眺めていた男を睨みつける。


「どうしてこんな事をするんだ! 私が何をしたって言うんだ!?」


 男は不気味な笑みを張りつけたまま、ゆっくりと口を開く。


「お嬢殿が嬉しそうにしているのがいけないんだろう?」


 その言葉を聞いた瞬間、初めてある感情を抱いた。


 殺したい、と。


 激しい殺意が渦巻いていく。

 男が「じゃ、俺は用事があるからまたな」と手を振って去っていく間も。


 一華の心臓は激しく脈打ち、「あの男を早く殺せ」と訴えかけていた。




※※※※




 ステファーノの誕生日パーティーから十日後。溜まっていた仕事をほぼ徹夜でこなして、ようやく一息つけたのは、十一月二十二日の夜中の事だった。


 達成感を抱きながら、襲いかかる睡魔に抗えず机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。ゆっくりと瞬きを繰り返してから、身体を起こす。ぐい、と両腕を伸ばしながら、一華は先程見ていた夢の内容を思い出した。


(それにしても、嫌な夢を見たな……)


 頭がどんよりと重い。

 思い出したくもない出来事。何故夢で見てしまったのか。どうせなら楽しい、いい夢を見せてくれよ、と一人溜息をつく。


 するとふと、スマホの画面が点滅している事に気がついた。どうやら、誰かから着信があったらしい。


 慌てて画面を開き確認すると、三十分程前に白羽から着信があった。急用でもあったのだろうか、と折り返しの電話をかけ、用件を聞く。


 そして、白羽から知らされた言葉を反芻した。


「――――出張?」


『はい。明日から一週間、母の付き添いで広島に行く事になったんです。急な連絡で申し訳ないのですが……』


「大丈夫だよ。仕事の方は落ち着いているし、明日からは私も学校へ行けそうなんだ。だから、気負わなくても大丈夫だよ」


 学校に行くのは、およそ一ヶ月ぶりだ。溜まりに溜まっていた課題も提出しなければならないし、何より教室に行って授業は受けておきたい。


 ……授業内容についていけるかはともかく、楽しみなのだ。


 とはいえ、学校の中では護衛である白羽は入れない。会議やイベントの際に車で送迎してくれる昭寿にも、学校の送り迎えはいらない、と伝えてある。


 これまで護衛や送迎はなかったし、せめて学校という場では普通の女子高生でいたい、という我儘も含まれているのだが、気恥しいので言う事はしない。


「だが、何日か用事があって出なくてはならなくて……その間の護衛は一条さん……早道さどうさんにお願いしたいんだが──――」


『それは駄目です!』


 電話越しに、白羽は声を張り上げた。驚いて、思わずスマホを耳から離してしまうが、何かまずい事を言ってしまっただろうか、とすぐさま耳にあてがう。


「ど、どうしてだ……?」


『と……父さんは駄目なんです。父さん、僕より弱いので……』


 白羽は、あからさまに人を下に見るような発言はしない人のはずだ。一華もそうだが、相手が自分よりも弱いと過信すれば痛い目を見るし、誰にだって優れた部分があるのだから、一概に「弱い」と片付けられる事はない。


 ましてや、自身の父をそんなふうに言うとは、一華としては驚きを隠せなかった。


「白羽さんがそんな事を言うなんて珍しいな……。よほど嫌なのか?」


『あ……すみません、言葉が悪かったですね。ただ……出来れば、父さんを護衛につけるのはやめてほしいです』


「…………」


 何か理由があるらしいが、白羽はその理由を話そうとしない。言いにくい内容なのか、それとも一華の耳に入れたくない内容なのかは分からないが、詮索する気は不思議と起こらなかった。


 白羽の父、早道とは何度か会った事がある。父、そして母の護衛を勤めていた男性だが、頻繁に屋敷に顔を出す人ではなかった。


 彼の姿もおぼろげなので、ここ数年は会ってすらいないのだろう。こちらで少し調べてみるべきか、と心の中で決めてから、一華は電話越しに柔らかく伝えた。


「……分かったよ。白羽さんがそこまで言うのだから、それなりの理由があるんだろう」


『……すみません……』


「大丈夫だよ。相手の方にリモートで対応してもらえないか聞いておくし、学校以外の外出も控える事にするよ」


『そうしてくださるとありがたいです……』


 その後いくつか言葉を交わしてから通話を切り、時間を確認する。シャワーだけ浴びてから寝る事にしよう、と重い腰を上げて、着替えを手に風呂場に向かって歩き始めた。


 もう皆眠っているのだろうか。兄妹達の私室から物音は聞こえてこない。なるべく音を立てないようにしなくては、と気を配りながら廊下を歩く。


 風呂場に到着し、服を脱ぐべくシャツに手をかけた瞬間の事だった。


「いい加減にしてください。以前から申し上げている通り、私はそちらの考えに同意出来かねます」


 そんな声が、脱衣所の外から聞こえてきた。

 その声はよく聞き慣れたものだ。本条家の屋敷に住み込みで働いている三条鈴さんじょうすずのものと思わしきものに、一華は思わず手を止めて視線を外の方に向けてしまう。


(三条さんも電話か……?)


 鈴以外の人の気配が感じられない。会話もどこか一方的なものなので、きっと電話での会話が聞こえてきてしまったのだろう。


 ただならぬ雰囲気に意識は引っ張られたものの、聞き耳を立てる事は憚られる。聞かなかった事にしてシャワーを済ませてしまおう、と視線を戻したが……。


「話を逸らさないでください、二条さん!」


「ッ、」


 “二条”という名前に、一華は思わず息を飲んだ。鈴が静かに怒りを宿しながら話をする相手。二条という苗字だが、おそらく泉や市子の事ではない。


 そうなればきっと、鈴の言う二条というのは、二条家当主の事だろう。三条家当主である鈴ならば交流する機会も多いだろうし、きっとそうに違いない。


 聞き耳を立てるのは良くない、と自粛しようとしていたのも忘れて、一華はその場に立ち尽くしてしまった。


「零様や数予様からも、貴方方は屋敷に入れるな、と仰せつかっています。………………挨拶って貴方ね、一華様が当主になられて一ヶ月も経っているのですよ? これまで音沙汰なかったのに、一体どういう風の吹き回しで…………ちょっと、二条さん!」


「…………」


 以降、鈴の声は聞こえてこなかった。どうやら、一方的に通話を切られたらしい。鈴の気配が遠ざかってから、脱力したかのようにその場に蹲る。


 シャワーを浴びるのが、億劫に感じられた。


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