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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第三章 仮面舞踏会
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第八十三話 いい思い出の一つです

 ステファーノの誕生日パーティーから翌日。

 後片付け等もあるだろうと早々に帰国する事にした一華達を、空港までステファーノ達が見送ってくれるとの事で、彼女達も同乗したリムジンで空港までやって来ていた。


 荷物を下ろしてもらい、忘れ物がないかもう一度確認してからステファーノに向き直る。


「それでは、お世話になりました。私の方も、とても素敵な思い出になった。我儘を聞いてくれてありがとう、ステファーノさん」


「こちらこそありがとう。来年は、兄妹皆が来れるように頑張るわ!」


「…………」


 ステファーノの後ろから、じっとりと目を細めて「それは如何なものかと」といったジュリオの視線が一華の目にも見えた。


「く、くれぐれも、ジュリオさんを困らせないようにな」


 気持ちはもちろん嬉しいし、可能であれば兄妹全員でイベントに参加したいとも思っているが、建前上そう言っておく。


 五輝達にも挨拶がしたい、とステファーノが一華の元を離れたタイミングで、一華はそっとジュリオに歩み寄った。


「ジュリオさん、後悔のない選択をしたのか?」


 聞こえてしまっても真意の取れないような質問を投げかけると、察してくれたジュリオはにこやかに微笑んだ。


「えぇ。この歳になって、盛大な我儘を言ってしまいました。それに、おそろいなんですよ」


 そう言って、ジュリオは自身の胸の辺りに手を置いた。今朝もステファーノが見せてくれた、三角のイヤリングだったそれは、ネックレスとして身につけていると言っていた。


 チェーンを通して調節したのはジュリオだと言っていたし、ついでにもう一つの片割れも同様にして、自身も身につけているのだろう。


 思ったより、大胆で可愛らしいと思ってしまう行動に、一華はふっと口の端を持ち上げた。


「バレないようにな」


「勿論」


 バレてしまったとしても、ジュリオならば上手い言い訳の一つや二つ、すぐに思い付いてしまうのだろう。何にしても、一華はステファーノやジュリオから相談されない限り、何も知らないふりを突き通すだけだ。


 さて、ステファーノの挨拶も終わっただろうか、と五輝達の方に視線を向けると、何やらこそこそと内緒話をしている様子だった。


 ステファーノと六月、七緒の元へ少しだけ近付いて、聞き耳を立てる。五輝に関しては、一華の思惑に気づいたのか、我関せずとスマホに視線を落としていた。


「ステファーノさん、あのお願い聞いてくれて本当にありがとう。一華から何か聞いた?」


「何も教えてくれなかったわ。けれど、思えば一華ちゃんは真面目な子だもの。私の家でするのは厳しかったんじゃないかしら」


「でもわりとイチャついてたぞ、初日」


「あら。という事は、無駄ではなかったみたいね」


「進展あったら報告するね!」


「お願いね!」


「さっきから何の話をしているんだ?」


 白羽と部屋が同室だった件について。そして、ステファーノやジュリオに一華達が恋仲である事を知られていた件について。暇な時に思考を巡らせていたのだが、ようやく合点がいった気がする。


 六月と七緒が、ステファーノに知らせていたのだ。五輝に関しては分からないが、最早確定しているといっても過言ではない。


 現に、一華が盗み聞きしているとは思っていなかったらしい三人は、びくりと肩を揺らして一華の方を振り返った。


「あれっ、ジュリオさんと話してたんじゃないの!?」


「妙だとは思っていたんだ……まさか、グルだったとはな」


 じっとりと視線を向けると、慌てて手を振りながらステファーノが弁明する。


「ち、違うのよ一華ちゃん! この子達から『白羽ちゃんと二人きりでゆっくり出来る部屋にしてあげてほしい』ってお願いされたからであって……って、言い訳ではないのだけれど! 私も一華ちゃんの恋愛事情とか気になっていたし!」


「落ち着いてから言うつもりだったんだ。まだ家族にしか言ってないし、他に知っている人も数える程しかいない」


「まぁ、時期的にはまだよねぇ……」


 タイミング的には、早くて半年後くらいがベストのはずだ。今はまだ当主としての仕事を覚えなくてはならないし、イベントも目白押しで休む暇もない。


 ただでさえ侮られる事も多い一華は、すでに恋人がいるという事実をあまり知られたくなかった。遊んでいる、と思われたくないのが一番の理由だ。


 ――――しかし、そうは思っていてもその場の流れや感情に流される事もある。


「……でも遊園地行った時、白羽と手繋いだり、キスしてたじゃん」


「!!!!???」


 何故七緒が知っている、と一華は思わず息を飲んでしまった。「何の話をしているんだ」とでも言っておけば、まだ誤魔化しがきいたかもしれないが、あまりの衝撃でそこまでの余裕はなかったのだ。


「うそっ、それマジなの!?」


「まぁまぁ、どうだったのかしら!?」


 一華の反応からして、そこそこ進んでいると察したらしい。六月とステファーノは、そろって興奮した様子で一華に詰め寄った。


 上手く流せる言葉が見つからない。それどころか焦る一方で、一華は顔を真っ赤にさせながら否定するしかなかった。


「ちがっ、あれ、あれはだな! 未遂というか、その場の空気とか色々あって……あ、き、キスはしていないぞ! ほっぺにちょんって、くらいで……」


 余計な事を言ったと気付いたのは、六月とステファーノがにんまりと口角を上げてからの事。七緒がからかうように口笛を鳴らしたのが、恥ずかしくもあるが異様に腹立たしい。


「ともかく! ちゃんと節度を持ってるつもりだし、遊びとかじゃないんだからな! ちゃんと、真剣なんだからな!」


 そうだ、白羽との交際も真剣に考えているつもりだ。将来の事なども考えたり(妄想の域に近い)しているし、何より周囲の目にはかなり気を配っている。


 落ち着いたら堂々と紹介するつもりだったのに、予定が狂う一方だ。


「分かっているわ。こっそり仕組んだ事は謝るわ。だから怒らないで、ね?」


「怒ってない……恥ずかしいんだ……」


 ステファーノに謝らせたかったわけではないのだ。好きな人に迫られる事もそうだが、周りに囃し立てられるとどうしていいのか分からなくなる。


 つい語気を強めて言ってしまったが、決して嫌な思いはしていない。


「その、そういう意図があったのだとしても、あの素敵な部屋で恋人と過ごせたというのは……いい思い出の一つです」


「……そう。なら、次回も同部屋にしましょうかしら」


「それは……。…………」


 はたして、お願いします、と言ってもいいものだろうか。口篭る一華に代わるように七緒が、


「満更でもなさそうだし、いいんじゃね?」


 と述べる。


「それもそうね!」


 そして、あっさり承諾したステファーノ。きっと、彼女達のノリを止める事は出来ないのだろう。


 もうそれでいいか、と半ば諦める形でその話は終結した。


「あ、そうだ。それとは別に、一つ頼みがあるんだけどさ……」


「あら、何かしら」


 先程とは一転し、何やら真剣な面持ちでステファーノと話をしている七緒。それまでの賑やかな雰囲気はどこへ行ったのか、その表情はどこか強ばっているようだった。


 一体何の話をしているのだろうか、少し耳を澄ませて聞いてみるか、と集中力を研ぎ澄ませようとした瞬間。


「一華さん、そろそろ行きましょう。早めに出てきたとはいえ、飛行機に遅れてしまいます」


「あ、そうだな」


 白羽の声がすぐ傍から聞こえてきたので、注意をそちらに持っていかれてしまった。ちらっ、と横目で七緒とステファーノの方を見やるも、もう話は終えていたらしい。


 何を話していたのか、飛行機の中で七緒に聞いてみるか、と区切りをつけて、一華はもう一度荷物の確認を始める。鞄の数も揃っているし、忘れ物もないはずだ。


 よし、と一度頷いていると、白羽は一華の耳元に唇を寄せて、囁く。


「僕との交際、真剣に向き合ってくれて嬉しいです」


「……当然の事だよ」


 満足気に笑みを浮かべている白羽に、一華も笑みを返す。こういう事をしているとバレるとからかわれるのが目に見えているので、今度こそ何事もなかったかのように、散らばりつつあった五輝達を呼び寄せる。


「持ってきていた荷物もあるし、お土産も大量に買った。さて、帰るぞ」


 ようやく、家に帰れる。これから数時間、飛行機に乗らなくてはならないが、あっという間だろう。


 二宮達にも、たくさん土産話を聞かせたい。イタリアのお土産もバッチリ用意してあるので、その点においても楽しみだった。


「それでは、また年末の会議でお会いしましょう」


「えぇ。また、恋バナに付き合ってね」


「その時は、私の恋バナにも付き合ってもらうぞ」


 ステファーノとそんなやり取りを経てから、一華達一行は飛行機に乗るべく搭乗ゲートの方に向かう。


 次の。次へ。次に。楽しみが押し寄せてくるようだ。また兄妹達と、我儘を言うのであれば兄妹皆と、パーティーに参加したいと思うのだった。




※※※※




 飛行機内。

 パーティーの疲れからか、はたまた八時間を超える空の旅に疲れたからか、はたまたやる事がなくて寝落ちしてしまったのか。


 飛行機が着陸するには、まだ三時間ほど時間を有する。チラッと視線を動かしてみると、一華も白羽も、六月も七緒も、眠っている様子だった。


 少し考え事をするつもりが、かなり長い時間が経ってらしい。五輝も一旦寝るか、と目を閉じた瞬間の事だった。


「お兄様。起きてる?」


 不意に、隣に座る七緒から声をかけられた。


「なんだよ」


 今から寝るところだったのに、と文句をこぼしながら、七緒の方に顔を向ける。てっきり眠っているものだと思っていたのに、ぱっちりと目が開いているではないか。狸寝入りをしていただけだったらしい。


「ちょっち、聞きたい事があんのね」


「『ちょっち』って死語だぞ」


「知ってる、前に八緒にも言われたし」


 それでも使うのかよ、と五輝は少し呆れた。七緒はときどき、死語を使う。何か思い入れでもあるのだろうか、五輝には分からないが、面白いと思ってやっているのなら今すぐやめた方がいいと感じた。五輝にしてみれば面白くないからだ。


 口にはしないものの、寝ようとしていたところを呼びかけられて不満に思っているのは、七緒にも伝わっているはずだ。それなのに、七緒は気に止める様子も、申し訳なさそうにするでもなく、自分の要件を口にする。


「五輝って、もしかして……」


 そう、言葉を区切って。七緒は五輝の耳元で問い掛ける。


「一華の事、好きだったりする? 恋愛的な意味で」


「ハッ、何を馬鹿な事を。どうせなら、もうちょっと面白い冗談を覚えてから来いよ」


 何故バレた。

 内心、とても焦っている。


 しかし五輝は、顔色一つ変える事も、声色を変える事もなく、いつも通りの調子で一笑した。心臓はバグバクいっているし、背中には嫌な汗が伝っている気もするが、七緒にはバレていないと確信出来る。


「視線がうるさいんだよなぁ。隠すのは上手いし、本人にはバレてねぇだろうけどさ」


 しかし七緒は、その場の五輝の様子よりももっと前の様子を観察していたらしい。流石に七緒の視線には気付けなかった、と心の中で舌打ちする。


 加えて、


「見すぎ。そんなに、あの背中開いたデザイン好きだったわけ?」


 からかうかのように告げられて、いよいよ五輝は冷静さを失いそうになっていた。確かに、少し背中が開きすぎではないかと見ていたかもしれない。


 それに、少しばかり滾るものを感じたのも否定はしない。けれども、邪な感情は表に出していなかったはずだ。


 いくら相手が七緒とはいえ、そこに恋愛感情があると気が付くはずがない。


 「背筋もすげぇな、って思って見てただけ」と建前を口にしようとした刹那。


「こっから突き落としてもいいんだぞ」


 焦りのあまり、先走って脅し文句を口にしてしまった。完全に五輝のミスである。これでは、彼女の背中を(いやらしい気持ちを持って)見ていた、と認めたようなものではないか。


 けれども、いまさら訂正すれば、いよいよ焦っている事がバレてしまう。あくまで苛立っている理由は「寝ようとしていたところを邪魔されたから」という感じを貫こうとした。


「怒らないでくれよ、お兄様。別に、俺は五輝が誰を好きになろうが知ったこっちゃないし、勝手にすればいいんだけどさ」


 人が怒っているというのに、七緒はへらへらとお構いなしに話を続ける。けれども、


「お前の想いは実らねぇよ」


 と、確信を持ったように告げた。

 そんな事は、百も承知だ。恋心を自覚した瞬間に失恋したようなものだ。いまさら何を言われようと、この想いを伝える気はないし、誰かに話す事もしないと誓った。


 たとえ七緒に追求されようとも、知らぬ存ぜぬを貫き通すだけ。


 とはいえ、自分以外の誰かから指摘されると、存外ショックを受けた。事実を突き付けられた途端、あれだけうるさく音を立てていた心臓が、次第に落ち着いていくような気がした。


「何が言いたい。くだらねぇ話に付き合うほど暇じゃねぇんだよ」


「俺が暇なの。眠くねぇし、いっそ起きてようかな、って」


「俺は寝るんだよ」


「五輝ってよく寝るよなぁ。成長期?」


「多分、反動だよ」


 五輝は日頃、意識があると深く深く考え込んでしまう事がある。何手、何十手、何百手先の行動パターンを考え、いつでも動けるように情報収集も欠かさない。


 いわば五輝が活動している時間帯には、常人の何十倍以上もの負荷がかかっている事になる。


 そのせいか、甘いものが異様に欲しくなったり、睡眠時間が長くなったりしているのだ。


「一日十二時間は寝ないと、まともに頭が働かねぇんだよな」


「天才も大変だなぁ」


「お前が言うか」


 そう言いながら、途中で欠伸が出てきてしまった。ほどよく、眠気がやって来てくれたらしい。いずれにしても、これで七緒の話に区切りがつけられそうだ。


「もういいな? 俺は寝る」


「……悪かった」


 さぁ寝よう、とした矢先、ふと七緒はそう謝罪してきた。まさか謝られるとは思わず、五輝は思わず顔を上げてしまう。


「五輝が一華の事好きって知ってて……六月と画策した」


「どうでもいい。勝手に盛り上がっとけよ」


 実際、なんだかんだと言いつつ一華も嬉しそうにしていたのだから。それに、一華は白羽と交際していて、すっかり相手に夢中になっている。


 五輝の入り込む隙もなくて、出来る事といえば、彼女の幸せを願う事くらい。


 お前の隣に俺がいたらなぁ、とはよく考えたものだ。しかし、一華はきっと、五輝をそういう目では見てくれない。


「どうせ、アイツにとっては俺も……可愛い弟の一人なんだろうよ」


「実際弟じゃん。何言ってんのさ」


 一華にとって、五輝は弟だ。血は繋がっていないとはいえ、流石に五輝も一線を引くべきだと判断している。


 七緒もその認識は、ちゃんと頭にあったようで安心した。


「それでも二宮は、告白しやがったぞ」


「だろうな」


 二宮は、「それでも」と言える人間だ。立場もあるし、いざとなれば一華と二人で逃げ出す事も考えていたのではないだろうか。


 けれども、一華の心はどうしたって奪えないのだ。当の本人は、彼女の従者である白羽に向けられているのだから。


 白羽に向けられる年頃の少女らしい笑顔は、きっと五輝や二宮には向けられる事はない。分かっているからこそ、


「俺は、美味しいポジションで長く多く得をするんだよ。ほっとけ」


 諦めて、ただの弟として、彼女の傍にいるのだ。


「あっそ」


 七緒は、至極つまらなさそうに返事をした。まるで、そう返ってくる事を知っているように。


 五輝の返答のせいか、七緒ははぁ、と溜息をついて目を閉じてしまう。


「なんか眠くなってきた。おやすみ」


 嘘だろオイ、と五輝は思わずツッコミそうになった。三秒後には、すぅすぅ、と寝息を立て始めたので、本当に眠くなっていたらしい。


 ……また、狸寝入りをしている可能性もあったが。


「……相変わらず、自由な弟だな……」


 とはいえ、これでようやく五輝も眠れそうだ。今度こそ、と目を瞑ると、やけに七緒の言葉が耳について離れない。これでは眠れないではないか。


(…………そんなに見てたのか、俺……)


 言われてみれば、結構見ていた気がする。もう少し気を付けないと、彼女の弟ではいられなくなってしまう。


 気を付けろよ、俺。ともう一度自身に言い聞かせてから、五輝は考える事を停止させた。


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