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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第三章 仮面舞踏会
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第八十二話 可愛い弟分のためですからね!

 王子様としての変装を解いて、ジュリオは改めて会場に訪れた。

 パーティーが終わり、全ての客人が建物を後にして。深夜十二時頃から、使用人の者達で一斉に片付けが行われる。


 前日までキリキリと働いていたジュリオだが、肝心の当日に自分の仕事をチェルソに任せてしまう事になってしまった。ジュリオがチェルソの仕事を請け負うのは当然の対価だ。


 チェルソが担当するのは、各部屋の点検だった。忘れ物がないかの確認はもちろん、置物などが盗まれていないかのチェックも行われる、重大な役割である。


 事前に用意されていたチェックシートを片手に、ジュリオは片付けが終わった箇所から順番にチェックしていく。今のところ、何処にも異常はなかった。


 次はホール横にある休憩所だ。急いで済ませてしまおう、と廊下を早歩きしていると。


〈パーティーは無事に終わりましたよ、ジュリオ〉


 そう、後ろから話しかけられた。

 聞き慣れた声に、ジュリオは振り返って声の主に笑みを向ける。


〈それは良かった。フィオレにも、迷惑をかけました。私の我儘を聞いてくださって、本当にありがとうございます〉


 ジュリオがそう言うと声の主――――フィオレ・フランチェスキーニは、えっへん、と胸を張って口角を上げた。


〈可愛い弟分のためですからね! 皆、ジュリオの事は大好きだし信頼しています。だから、もっと我儘を言ってもいいんですよ〉


〈……これ以上は、バチが当たってしまいます。もう充分、幸せに浸れました〉


 ずっとずっと叶えたかった願いを、叶える事が出来たのだ。ジュリオ・イウラート・バッチェッリとしてではなく、ステファーノを助け出した名もない一人の男として、彼女と再会する事が出来た。


 好きな女性と言葉を交わして、一曲とはいえダンスをして、おさがりだがプレゼントを渡す事も出来た。三十分にも満たないであろう短い時間だったが、永遠にも感じられるような幸せな時間だった事は確かで。


 気を抜くと、口角が上がりそうになるのだ。


 けれどもフィオレは、どこか納得がいっていない様子で唇を尖らせる。


〈区切りをつけたから、あとは従者として添い遂げるだけ……ですか?〉


 彼女の言う通り、丁度いい区切りとなった。

 彼女に告げた通り、夢のままで終わらせれば──――


〈本当に、それでいいんですね?〉


〈…………〉


 ジュリオの真意を確かめるかのように、フィオレは畳み掛ける。いつものように即答出来ない。満足しているのは事実だ。


 ――――けれども、これ以上を望んではいけない。


〈私は……あの方の従者です。恋愛的な目を向けていると知られたら、きっと困ってしまいます〉


〈ステファーノ様はそんな人じゃないって、ジュリオも知っているじゃないですか〉


〈だからこそです。ステファーノ様にはもう、可能な限り苦労はしてほしくない〉


〈…………〉


 火事で両親や当時の使用人を亡くし、当主になってからも一人でアッバーテ家を守ってきた彼女には、これからの人生では幸せでいてほしい。


 そこに、ジュリオの感情は邪魔なだけだ。長年、自分にそう言い聞かせてきたし、これからもこの想いを伝える気はない。


 しかし――――


〈フィオレ。私がこの選択をして後悔する時は、きっとあると思います。今でも、最後に抱き締めてから出てくればよかったかな、とか思っています〉


〈あ、我慢したんですね〉


〈……けれども、その時はその時です。我慢は慣れていますからね〉


 ジュリオが耐えればいいだけなのだ。

 ステファーノは今日の事で、きっと区切りをつける事が出来た。政略結婚も覚悟していると言っていたし、もともとそのつもりでいるひとだ。


 ジュリオが我慢すれば、ステファーノは幸せに人生を送れる。そう思えば、辛い事でもない。


〈……いつか爆発しても知りませんよ〉


 もう、ジュリオには何を言っても無駄だと判断したらしい。肩を竦めながら、フィオレは言った。


〈もし我慢出来なくなった時、ちゃんと理性が働くのか心配です。ジュリオに限ってそんな事はない、って……私言い切らないからね〉


〈……留めておきます〉


 フィオレとも二十年以上の付き合いがある。身近な存在の彼女からの忠告は、きっと聞いておいた方がいい。そこは、素直に受け取る事が出来た。


〈さ、残りの仕事に取り掛かりましょう。我儘を聞いてもらった分、しっかり働きます〉


〈は、はいっ!〉


 ジュリオが早く仕事を終わらせたいのは、単に早く休みたいからではない。明日の事を考えてでもない。一秒でも早く、今日という日の余韻に浸りたいのだ。


 日記につけるとバレてしまう可能性もあるので、忘れないようにもう一度、最初から振り返るのだ。楽しみで仕方がない。


 手元のチェックシートを確認しながらも、ジュリオの心は舞い上がる一方だ。


 そんな最中、ジュリオの後ろを着いてきていたフィオレが、再び口火を切る。


〈でも、ジュリオ。私もチェルソも……きっと他の皆も。好きな人に会いたいって思って行動した事、我儘だなんて思わないですよ〉


〈…………〉


 酷い我儘だと思っていたが、フィオレ達から見るとそうではないらしい。従者としてはふさわしくない行動のはずなのに、それで良かったのだと言ってくれている気がして。


〈……ありがとうございます〉


 それは純粋に、嬉しかった。




※※※※




 パーティーも終わり、ステファーノの邸宅に戻ってきた一華は、半ば無理矢理ステファーノの部屋に招かれていた。いわく「聞いてほしい話がある」との事。ちなみに六月も誘いに行ったが、疲れたのかもう眠ってしまったらしい。


 ラフな装いに着替えた一華とステファーノは並んでソファーに腰掛けて、ホットミルクを飲みながら話に花を咲かせていた。


 いわゆる、恋バナである。


 ステファーノは一華に、件の王子様が来てくれた事。自身の事を覚えていてくれた事。一曲踊ってくれた事。イヤリングの片割れをプレゼントしてくれた事と、嬉々として語り聞かせてくれた。


 一華は静かに彼女の声に耳を傾け、時に相槌を打つ。一華の予想通り、王子様ジュリオはステファーノに会いにいったらしい。彼女の口振りからして、正体は明かしていないようなので、そこは知らないふりをする所存だ。


 一通り語り終えたステファーノは、ふと両手で顔を覆って叫ぶように言った。


「きゃぁぁあ~!! かっこよすぎる! かっこよすぎたわぁ~!!」


 その姿はまさしく、恋する乙女であった。じたばたと足を動かして、ステファーノは赤く染まった顔を綻ばせる。


「ちょっと強引なところがたまらない……それなのにあの優しい笑顔! 王子様が過ぎるじゃない~!」


「強引なところに惹かれるのは、ちょっと分かる気がします」


「あら、本当? やっぱり、心のどこかではリードされたい、って思っちゃうわよねぇ」


「はい。特に普段優しかったり、紳士的なひとから繰り出されると、とてつもない攻撃力がありますよね」


「分かるっ! 乙女の血が騒いじゃう!」


「なるほど、あれは乙女の血だったのか……」


 一華も、白羽から強引に迫られるとどきりとしてしまう。心のどこかで修行が足りないのかと思っていたが、それは内々に眠る“乙女の血”というものらしい。一華がふむふむ、と頷いていると、ステファーノが愛おしそうに溜息をこぼした。


「はぁぁ……かっこいい……」


「王子様、来てくれた良かったな。私も一目見てみたかったよ」


「本当に、とてもかっこよかったわ。でも、ちょっと不思議なのよね……」


 それまで終始嬉々としていたステファーノだったが、ふと首を傾げて疑問を口にする。


「ちゃんと顔を見たのに、どこかぼんやりとしているの。おかしいでしょう? かなり見つめていたのに、妙に記憶に残らない、と言ったらいいのかしら……」


 ステファーノとジュリオは、そこそこ長い間一緒にいると聞いた。ジュリオは正体がバレないように変装していたはずだが、それでもステファーノが気付いてしまう可能性だってある。


 それなのにステファーノは「顔が記憶に残らない」と言っている。一華としても疑問だった。


「たしかに、それは妙な話だな。マスクのせいではないのか?」


「うぅん……そんな感じじゃないわね……。あ、もしかして」


 思い当たる節があるらしい、ステファーノはハッとした様子で言った。


「彼、魔法術が使えるのかも」


「どうしてそう思われるんですか?」


「変装術が得意な部下がいるのだけれどね、彼が言っていたのよ。認識しにくくなる術がある、って」


「そんなものがあったんですね……知りませんでした」


「おまじない程度、って言っていたけれどね。やっぱり、顔を知られたくなかったのかも……。案外、知っている人だったりして」


「ゴホッ」


 どこからか、むせたような咳をする声が聞こえた。部屋の外からだ。第三者の声に気付いたステファーノが「誰かいるの?」と問いかけると、ゆっくりと部屋のドアが開かれる。


「あら、チェルソじゃない」


 部屋の外にいたのはチェルソ、と呼ばれた濃紺の髪をした男性だった。目の下に薄らと残るくまは、やや男性の印象を悪くしているような気もする。彼は確か、ステファーノの部下の一人だったはずだ。


 チェルソはドアを開けてからも何度か咳込んでいたが、すぐに落ち着きを取り戻したらしい。手にしていた資料をステファーノに差し出しながら、要件を述べた。


「お話中失礼します。確認作業が終わったので、その報告に参りました」


「そう、お疲れ様。皆にも、ゆっくり休んで、って伝えてほしいわ」


「かしこまりました」


 ステファーノに書類を手渡したチェルソが部屋を出たのに続くようにして、一華も「では、私もそろそろ部屋に戻ります」とソファーから立ち上がる。するとステファーノは、名残惜しそうに唇を尖らせた。


「あら、もう少しお話したかったのに」


「私がいては、王子様との思い出に浸れないだろう」


「そんな事はないわよ、誰かに共有したいのも事実だもの。けれど、一華ちゃんも休まないとね……また今度、付き合ってくれるかしら」


「あぁ、勿論だ」


 とはいえ、かれこれ二時間以上ステファーノの部屋にいたのだが。彼女はまだまだ語り足りないらしいが、日付もとっくに変わっているので一華としてはそろそろ眠りたい。ステファーノには申し訳ない気もするが、区切りをつけるには丁度良かったのかもしれない。


 チェルソと共にステファーノの部屋を後にして、彼女の部屋からそこそこ離れた頃。一華は前を歩いていたチェルソに話しかけた。


「チェルソさん」


「はい?」


「動揺したんですか? さっき」


「…………」


 部屋の前から聞こえてきた咽たような咳、一華からは動揺したように思えたのだ。そしてそれは図星だったらしく、チェルソは眉を顰め、溜息交じりに言った。


「変装魔法術の事、言わなければよかった、と思いました」


「ははっ……」


「内緒でお願いします……」


「分かっているよ」


 部屋の前でチェルソと別れて、一華は明かりの消されている部屋に入る。白羽は先に眠ってしまったようで、ベッドの中から静かな寝息が聞こえてきていた。


 白羽を起こさないようにベッドに入って、一華も目を閉じる。


 素敵な時間を、思い出しながら。


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