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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第三章 仮面舞踏会
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第八十一話 ……レディに手をあげるとは、美しくない行為ですね……

 ダンスパーティーが始まった頃。

 会場に到着してからずっと、用意されている食べ物を一人淡々と食していた七緒は、流れてくる音楽に耳を傾けながらデザートを選んでいた。


 眺めた限りでは、一華と白羽がペアになっているのを見付けたのだが、おそらく向こうは七緒の存在に気が付いていない。


 一華と白羽は、やはり注目されているらしい。ダンスに参加していない者達の視線は、ほぼ一華達に向けられている。隙間時間を見つけては練習しているのを見ていたし、練習の成果がしっかりと発揮されていた。


 ターンする時、白羽が一華の足を踏んだのを見逃さなかったが、七緒以外のギャラリーは気付いてすらないはずだ。二人の表情は、失敗した時ですら崩れない。常に堂々としたものだ。あれが、見られる事に慣れている人間なのだろうか、と七緒はフルーツタルトを口に運ぶ。


 二人共、屋敷にいる時は「緊張する」と口にしていたが、本番になると緊張している様子がまったく感じられない。七緒は少し、違和感を抱いたくらいだ。


 けれどもそんな違和感も、絶品のフルーツタルトの前では些細なものだった。


「んー! めっちゃ美味い! 八緒にも食べさせてやりてぇなぁ。持ち帰りとか出来ねぇのかな」


 一華に聞かれたら、「はしたないからやめろ」とでも言われそうだが、それくらい美味しいのだ。八緒は来る気がなかったと言っていたが、こんなに美味しい料理を一緒に食べられないのは残念でならない。


 もぐもぐとタルトを頬張りながら、次は何にしようかと吟味し始める。


「でも、八緒達も八緒達で寿司食いに行くとか言ってたし、羨ましい限りだぜー」


 初めて食べるような料理ばかりで七緒の気分は最高潮だが、それはそれとして寿司は食べたかった。少し前に食べたばかりのような気もするが、それでも羨ましいと思う。しかも、八緒達が食べに行っているのは回らない方の寿司らしい。尚の事羨ましい。


 こうなったら全種類網羅するつもりで食べてやろう、とデザートを盛り付けていた時の事だった。


〈いい加減にして下さいまし!〉


「?」


 ホール内にはかなりの音量で曲が演奏されているが、七緒の耳に届いた声に思わず顔を上げた。周囲を見渡しても、誰も気付いている様子はない。声が聞こえてきた方へ顔を向けると、バルコニー付近に立っていた招待客が怪訝そうに外の様子を窺っているのが見えた。どうやら、七緒が聞いた声の持ち主は、バルコニーの方にいるらしい。


 デザートを取り分けた皿を片手に、バルコニーの方へと向かう。すると、男性に怒鳴っている女性の姿が見えた。大層怒っている様子だが、どこか委縮しているような、微かに震えているようだった。


〈もう我慢の限界ですわ! 貴方の奴隷になるのは御免でしてよ!〉


〈何だと!? 貴様は俺の妻で、俺を引き立てるのは当然の事じゃないか!〉


〈知りません! 何度でも言いますわ、私は貴方の奴隷じゃない!!〉


 聞き取れた限りでは、どうやらいがみ合っている二人は夫婦らしい。目元を覆い隠すマスクのせいで顔は見えないが、どちらも七緒とそう年齢は変わらないようだった。


 女性が自分の思い通りに動かない事に強い苛立ちを覚えたのか、男性はばっと右手を振り上げる。


〈分からないのなら、その身体に分からせるまでだ!!〉


 七緒は詳しい事情を知らないが、身内への暴力沙汰は何より嫌いだ。八緒や二宮が傷付いていた事も、自身の行いもフラッシュバックするからだ。本来七緒には関係のない事だが、無視をしろというのも無理な話だった。


 振り上げられた男性の腕を掴んで、仲裁に入る。


〈なっ、何だ貴様は!?〉


「……レディに手をあげるとは、美しくない行為ですね……。なーんてね」


 男性の手を放して、そのまま拳を握り締めて頬目掛けて殴り付ける。


 ……身内にあげられる暴力沙汰は嫌いだが、それ以外は別に嫌いではない。むしろ自分の妻を殴る覚悟があるのだから、殴られても文句は言えまい。従って、自分の中では矛盾してなどいない。


 そう自分に言い聞かせながら、皿に取り分けていたケーキを一口食べる。


「んー、これも美味い。なぁなぁ、お前も食えよ。人様の誕生日パーティーで夫婦喧嘩なんざ、失礼にも程があるぜ……って、気絶してやがる。そんなに強く殴ってないんだけどなぁ」


 ぺちぺちと頬を叩くも、男性が起き上がる気配はない。受け身が取れず頭を打ち付けてしまったのだろうか、それとも単に七緒の力が強すぎたのか。後者はないな、と一人決めつけて、七緒は女性の方に向き直る。


 真正面から向き合ってみると、かなり美しい女性だ。輝かしく、毛先まで手入れの行き届いている、緩いウェーブがかった金髪。たくさんのレースと刺繍が施された真紅のマスクの向こうに見える黄土色の瞳も印象的だった。


 裾にかけてオレンジ色にグラデーションがかっているレモン色のドレスは、目を惹く派手さはないが花のようで可愛く感じられる。デザインに関しては、一華達に比べればやや控えめな印象だったが、それが女性の美しさを引き立てていた。


 夫を殴られて驚いている。しかし安堵しているような表情の女性を見つめながら、七緒は倒れている男性を指さして言った。


「ねぇ、これアンタの旦那? 暴力で言う事聞かせてくるタイプを選ぶのはあんまオススメしないぜ」


〈?〉


 忠告の言葉を、女性は理解していないようだ。日本語が分からないらしい。


「あれ、これ通じてない? コホンッ」


 わざとらしい咳払いをしてから、七緒はもう一度、フランス語で女性に話し掛ける。


〈喧嘩してたみたいだけど、大丈夫か?〉


〈! よかった、言葉が通じたのですね!〉


 七緒がフランス語を話せると分かるなり、女性はぱっと顔を明るくさせた。そして、身体の力が抜けたかのようにその場に膝をついて俯いてしまう。


〈良かった……〉


 そう呟く女性の目尻には、大粒の雫が浮かんでいて。七緒は思わず、ぎょっと目を剥いてしまった。


〈ちょっ、なんで泣くのさ!? なんでなんで!?〉


 慌てて七緒も女性と目を合わせるようにしゃがんで、その場にデザートが盛られた皿を置いておく。女性は泣き止むどころか、ぽろぽろと涙を流し続ける。胸ポケットに差し込まれていた未使用のハンカチーフを取り出して女性に手渡すも、受け取る余裕もないようで、嗚咽を洩らして泣きじゃくるばかりだ。


〈旦那殴っちゃ駄目だった? それともなんか当たっちゃった? 泣いてないで答えてよー〉


 事情は聞けそうにないか、と諦めて近くにいるステファーノの従者を呼ぼうか、と立ち上がろうとした瞬間の事だった。七緒の腕を掴んで、女性は静かに口にする。


〈…………て……助け──――〉


〈何があった? いやマジで〉


 何かを言おうとした女性の言葉を遮って、バルコニーにやって来た男性。料理を取り分けてきたところらしい、皿を両手に持って状況を確認するように視線を動かした。倒れている男性と、七緒の姿を交互に見つめて、ある程度を察したらしい。


〈ったく、今度は何をやらかしたのやら……面倒事だけは起こすなって言ったのに〉


やれやれ、と溜息をつく男性。青みの強い黒髪を揺らして、一歩、また一歩と近付いてくる。


〈で、お前は誰〉


 マスク越しでも分かる、目付きの悪い男性だ。七緒も目付きは悪い方だが、彼ほど殺気に満ちてはいないだろう、そう思わせられる冷酷さが垣間見えた。


 目付きの悪い男性が現れてからというもの、再び女性は委縮してしまっている様子。彼女を庇うように前に出て、七緒は言う。


「アンタこそ誰?」


 目付きの悪い男性は反応しない。彼にも日本語は通じないらしいので、もう一度フランス語で言い直す。


〈人に名前を聞く時は、先に名乗るってのが礼儀じゃね?〉


〈ここでのびてる男の従者〉


 名前を名乗る気はないらしい。正体を知られたくないのか、はたまた名乗るつもりがないのかは不明だが、どちらにせよ嫌な雰囲気を感じる。


〈奥様、介抱するのでそこで待ってて。いいっすね〉


〈……分かっていましてよ〉


 七緒の後ろで委縮していた女性は、話し掛けられると、ぐっと涙を堪えて唇を結んだ。ゆっくりと立ち上がり、数歩後ろに下がってしまった。夫だけでなく、夫の従者にも恐怖感を抱いているらしい。


(仮面付けてるし、俺の正体バレてねぇよな。全員日本語が分かってねぇみたいだったし……)


 別段正体を隠しているわけではないが、彼女達三人の素性も分からないのに七緒だけ正体を明かすのはフェアじゃない。これは、直接話を聞くよりこっそり調べた方が良さそうだ、と七緒は考える。


〈……そこにいられると邪魔だ。失せろ〉


〈はいはい、戻りますよーだ〉


 従者の男は、七緒を警戒しているらしい。失せろ、とまで言われて居座っていては、いざこざが起こりかねない。一応は人様の誕生日パーティーに招待されている身だし、ここで七緒が何か問題を起こしたら、一華へのクレームが寄せられるかもしれない。(すでに男を殴っているが、あれはノーカンだ)


 全員仮面をつけているとはいえ、声と特徴は覚えた。次にマスクなしで相まみえたとしても識別出来るだろう。


〈あ、そうだ。皿持っていかねぇと〉


 会場に戻ろうとして、持って来ていた皿を置いたままな事に気付いた七緒は、再び女性の傍に向かう。それに気付いた女性は、足元に置かれていた皿を手渡してくれた。


 それを受け取りながら、七緒は告げる。男達に気付かれないように、小さな声で。


〈絶対助けてやるから、待ってろよ〉


〈え……?〉


〈任せとけ〉


 マスクの向こうで、女性の目が大きく見開かれたのが分かった。頷く代わりににっと笑みを浮かべてから、七緒はホール内へと戻る。皿の上に残っていたデザートを食べ進めながら、


(さて、どうしようかねぇ)


 と、彼女を助け出すための策を模索していた。




※※※※



 メインのダンスが始まって一時間ほど経った頃。

 六月は辟易としていた。隣にいる五輝を揺さぶりながら愚痴をこぼす。


「あぁ、もうっ! 本当に何なのあの男!」


「何かどっかで見た事あるんだけどなぁ……」


「しばらく夢に出てきそうだわ……五輝、離れないでよね」


「分かったって」


 ダンスが始まってから、五輝は参加者の女性達に引っ張りだこになっていて、六月はその間一人で食事を楽しんでいた。その時に、赤茶色の髪をした男性にしつこく付きまとわれていたのだ。


 挨拶こそしたが、やれ顔を見せてほしいだの、やれ今度二人でお茶しないかだのと、誘われ続ける事数十分。一緒に踊らないか、と誘われたので一度だけ踊って去ろうとしたのだが、それでもしつこく話を振られ続け。


 最終的に状況を察した五輝に助けてもらったのだ。


 そして、現在に至る。


 六月だってダンスを楽しみたいが、五輝が追い返してくれた赤茶髪の男も、いつまた来るか分からない。五輝が「いい加減にしろ」と凄んでも動揺すらしていなかったからだ。


 こうなったら、五輝にダンスの相手を務めてもらおう、と一人決めていると、


「どうかしたのか?」


 と、話し掛けられた。男性の声に一瞬警戒したものの、その姿を目にした瞬間緊張解けていくのが分かった。


「あ、ファリドさんだ! ……と?」


「………………」


 先程姿を見かけたので挨拶したファリドと、その後ろには見慣れない女性が立っていた。腰の辺りまで伸ばされた美しい白銀の髪もそうだが、胸元や裾にビーズ刺繍があしらわれたドレスをばっちり着こなしている姿は、誰が見ても美しいと評するだろう。


 六月が視線を向けると、女性はびくりと肩を揺らしてファリドの後ろに隠れてしまった。


「こら、挨拶くらいはしなさい」


「…………」


 ファリドに注意されると、女性はぐっと唇を結びながらおずおずと六月達の前に立った。ドレスを摘まみ上げ、見惚れそうになる美しい礼をして、


「……ス……ス、……スヴェトラ…………ファリ……ヴナ……アスタ……フィエヴァ……」


 口籠ってしまった。もしかして、人見知りが激しいのだろうか。


 所作は美しいのに、挨拶は苦手らしい。その様子を見かねたファリドが、


「娘のスヴェトラーナ・ファリドヴナ・アスタフィエヴァだ」


 と、改めて紹介してくれる。スヴェトラーナ、という名の女性は、ぺこりと頭を下げてファリドの後ろに戻って行ってしまう。


「よろしくね! アタシは本条六月。こっちは兄の五輝よ」


 六月が紹介しても、五輝が「どうも」と一礼しても、スヴェトラーナはぺこぺこと会釈するだけで言葉を発しようとはしなかった。よほど人と会話する事が苦手らしい。気まずい空気を誤魔化すようにファリドが咳払いをしてから、


「六月ちゃん。かなり怒っていたようだが、何かあったのか?」


 と、問うた。どうやら、五輝との会話を聞かれてしまっていたらしい。


「あー……さっきまで変な男に誘われてて……」


「そうだったのか……。これはライーサが言っていたのだが……そういう時は、さりげなく足を踏むといいらしい」


 ファリドからの助言に、五輝が眉を顰めた。


「それどうなんだ?」


「俺的にはあまりおすすめしたくないが……女の子は特にそういう被害が多いと聞くし、自衛はしておかないとだろう。一番いいのは、親兄弟の傍にいる事だがな」


 やはり、何処の世界にもそういった事はあるらしい。しかし六月は、ファリドの助言に素直に返事をする事が出来なかった。


「それがね、足踏んだら誘いがエスカレートしたのよ」


「えっ」


 一度だけ、赤茶髪の男とダンスを踊った際の事。六月はわざと男性の足を踏んでやったのだ。するとどういうわけか、口説きがより一層激しくなった。かなり嫌悪感をあらわにしていたというのに、よほどの変わり者らしい。


「マジで……キモかった……」


「……それはびっくりしたな……」


 ファリドも「それはどうしたものか……」といったふうに言った。ファリドの後ろで顔色を悪くしているスヴェトラーナにも注意を促しておこう、と六月は彼女を見上げる。


「スヴェトラーナさんも気を付けてね。赤茶髪の男だったわ」


「赤茶髪……もしかして、赤いリボンタイをしていたか?」


「! してた! ファリドさん会ったの?」


「……あの子はだな……」


 六月の問いに、ファリドは言葉を詰まらせる。まるで、何かを言い淀んでいるかのようだ。


「……知り合いの子だ」


 最終的に、それしか教えてくれなかった。

 彼の話をちゃんと聞いていなかった六月は、赤茶髪の男の名前も家門も知らないのだが、ファリドの知り合い、というと国主の子息にあたるのだろうか。


「マジかぁ……。まぁいいや。記憶から消す事にするわ」


「そうするといい。俺からも注意しておこう」


 仮面をつけていたし、顔を覚えられたわけではないだろう。せっかくパーティーに来ているのだから、これからは楽しまないと、と六月は気持ちを入れ替える事にした。


「それにしても、一華ちゃんはずっと踊りっぱなしだが大丈夫なのか?」


 ファリドの視線が、ホール中央の方へ向けられる。最初こそ白羽と踊っていた一華だが、その後は他の男性参加者から誘われているようで、ずっと踊っている。その顔に疲れは出ていないが、誤魔化しているだけかもしれない、と六月も不安を覚えていた頃だ。


「色んな人からダンス誘われてるみてぇだし、休憩しようにも厳しいだろうな。白羽も一緒だけど」


 踊りっぱなしなのは、白羽も同じだ。彼の方にはやや疲れが見える。ダンスも苦手と言っていたし、余計に気を張っているのだろう。白羽の事も心配である。


「二人共体力はありそうだが、そろそろ心配だな。俺は白羽君を呼びに行くから、二人は一華ちゃんを呼んできてあげなさい」


「了解でーす」


 そろそろ、曲も終わる頃だ。すぐに一華を呼んであげられるように、六月は五輝と共にホールの中心へと向かって歩き始めた。




※※※※




 曲が終わり、エスコートしてくれた男性に一礼すると、六月と五輝が歩み寄ってきた。どうやら一華の状況に気がついてくれたらしい。


 六月に手を引かれて、会場の隅に用意されていた休憩スペースにやってきてようやく、一華は一息つく事が出来た。


「はぁ……流石に疲れた……」


 一時間はぶっ通しだった気がする。もう一度深く息を吐き出してから、六月と五輝に向き直ってお礼の言葉を伝える。


「助かったよ、五輝君、六月ちゃん」


「礼ならファリドさんに言いな。気を利かせてくれたのはあの人だからな」


「そうか。そういえば、ファリドさんは娘さんと合流出来たのだろうか……」


 先程、娘がトイレから帰ってこない、と嘆いていたが、どうなったのだろうか。一華が呟いた疑問の言葉に応えたのは、六月だった。


「スヴェトラーナさん、って人と一緒だったわよ」


「スヴェトラーナさん……」


 六月の口から告げられた名前を反芻していると、ちょうどファリド達がやって来た。白羽も助けられたらしく、ふらふらになりながら一華の隣に腰を下ろした。


「大丈夫か、白羽さん」


「目が……回ってます……」


「お疲れ様」


 しばらくは休ませないと、と白羽に水を手渡してから、ファリドを見上げる。


「ファリドさんも、ありがとうございました」


「気にするな。それと……さっき言っていた娘のスヴェトラーナだ」


「…………」


 ファリドの後ろから顔を覗かせたのは、先程一華とすれ違った女性だった。近くでよく見ると、本当に美しい女性だ。顔の半分は見えていないが。


「初めまして、スヴェトラーナさん。本条一華です」


「………………」


 ぺこり、とスヴェトラーナは無言で一礼した。人見知りが激しく、会話がろくに出来ない、と聞いていたので驚きはしなかったが、その様子をじっとりと目を細めてみているファリドは絶妙に怖かった。見なかった事にしておく。


 と、耳につくマイクのノイズ音が会場に響き渡った。その音に釣られるように、一華は顔を舞台の上に向ける。


 深みのある緑色のドレスを身に纏ったステファーノが登壇していた。マイクの音量を確認してから、改めてその声を通す。


「今日は、私の誕生日パーティーに来てくれてありがとう。さっきはダンス開始の挨拶が出来なくてごめんなさいね。パーティーは楽しんでくれているかしら」


 確かに、最初の挨拶の時、ステファーノの姿は見受けられなかった。他の対応をしていたのかもしれない、と気にしないようにしていたが、一華はそれに気付いてしまったのだ。


(あのイヤリングは……)


 ジュリオの部屋で見かけた、三角のイヤリングが耳につけられていた。それは、ステファーノが嬉々として語ってくれた思い出の品だろう。片耳だけ、というのに違和感はあったが、彼女が例のイヤリングをつけている、という事は――――


(そうか……素敵な時間を過ごせたのだろうな)


 一華は何も知らないふりをする。ジュリオが正体を明かしたのかは分からないが、きっと伝えていないだろう、と思ったからだ。静かに、ステファーノの言葉に耳を傾ける。


「パーティーはまだまだ始まったばかりよ。存分に楽しんでいってね」


 そう、締め括った彼女の表情は、いつもより幸せそうに見えた。


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