表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
8/128

第七話 第百回・本条家当主継承戦の開幕を宣言致します

 《本条家玄関前》


「亡くなった!?」


 今しがた耳にした使用人の言葉を、一華は反芻する。一華の前に立つ茶髪の着物を着た女性、三条(さんじょう)(すず)はしっかりと頷いた。彼女は各条家と呼ばれる、本条家に忠誠を誓った従家出身と一人──主に屋敷の手伝いを任されている三条家の人間。零の時代から本条の屋敷に勤め、幼い一華の面倒も見てくれていた、いわゆる乳母のような存在だ。


 彼女は、継承戦が始まる前に命を狙われないように、と開幕宣言が始まる直前に屋敷に戻って来た一華と、それについて来てくれた白羽を出迎えるなり、今朝方銀治が遺体で発見されたと報告した。


「はい。何者かに、刃物で首を切り付けられたようです」


「犯人は分かっているのか?」


「残念ながら……侵入した痕跡も見られず。ひとまず検死が行われるので、今この場に遺体はありませんが、お部屋はそのままです」


「そうか……」


 侵入した痕跡がないとなると、犯人は屋敷にいる誰かか、相当な手練れと見受けられる。だが、言い方は悪いが一華にとっては好都合だ。銀治という男は、目的の為なら手段を厭わない危険な人物だった。それはもう、身をもって経験している。


「分かった。何かあれば、また教えて欲しい」


「かしこまりました」


 ぺこり、と頭を下げて鈴はその場を後にした。取り残された一華と白羽は、玄関先に立ったまま、しばらく動けずにいた。


「……なあ白羽さん。どう思う?」


 一華はおもむろに、白羽にそう問い掛ける。

 銀治は決して弱い人ではない。むしろ一華の強敵となり得る実力者だった。そんな彼が、継承戦が始まる前に死亡してしまうとは夢にも思わなかったのもあり、答えを今すぐにでも知りたい気分だったのかもしれない。

 勿論、白羽が真相を知っているとは思っていなかったし、単に彼の考察を聞きたいだけだ。白羽は「うーん」と悩む素振りをとってから、静かに首を横に振った。


「皆目見当もつかないや。そもそも、僕は瀬波銀治に会った事すらないからね。一華さんに心当たりは?」


「ないな。反感を買う人ではあったが、彼は弱い人じゃない」


「……そうだね」


「突然聞いてすまなかったな。まぁ、義父の件は置いておこう。これから、継承戦だからな」


 今日の開幕宣言から、兄妹達と争う事となる。武器を手に取り、殺し合ってでも、当主の座を手に入れる為に。一華が負ける事は許されない。これ以上、本条家を失墜させる訳にはいかないからだ。


 が、一華は二宮達と殺し合いをしたいとは思わない。思えない。

 血の繋がりがなくとも、十年以上を共に暮らしてきた兄妹だから。一華の心境は白羽にも自然と伝わったらしい。何も言わず、励ますように一華の肩に手を置いた。


「僕達も行こう。といっても、僕は部屋の前で待つだけどね」


 まだ正式に護衛役とは決まっていない白羽に、各国の国主が集まる場にいる資格はないらしい。なので、一華を部屋の前まで見送り、その後は部屋の入り口で待機するとの事。

 一華は一度だけ強く頷きを返して、開幕宣言が行われる大広間へと向かった。




※※※※





  《本条家大広間》


 ざわざわ、と大広間内が動揺に満ちる。それは五大権の肩書きを持つ四人もそうだった。顔には出さないものの、確かな驚きがある。この場で動揺を見せなかった者といえば、事前に銀治の死を知らされていたであろう二宮達と泉。そして『透視の魔眼』で血に塗れている部屋を発見したアクセルくらいだろう。


(零様、数予様を殺害したのは恐らく銀治様だ。だが、誰が銀治様を……)


 アクセルは一人、思案を巡らせる。

 『透視の魔眼』で見た限り、まだ銀治が死亡してから時間は経っていない筈。遺体はすでに運び出されているだろうが、痕跡はまだ探れそうだ。


(今の内に、可能な限り見ておくべきか……)


 今重要なのは銀治の死よりも継承戦だが、だからこそ誰よりも早急に調べておくべきだとアクセルは判断した。再度『透視の魔眼』を発動させ、屋敷内を見渡す。一華がこの屋敷にいるのは分かっているし、あの二人も――――


「伏せて下さい!!」


 アクセルの声が大広間内に響き渡る。それと同時にドンッ、という大きな音と共に、鶴が描かれた襖が宙を舞った。それは一直線に、若い青年の元へと向かっていく。


 アクセルが駆け出すと同時に、若い青年の隣に座っていた男性が刀を抜いた。その人は目にも止まらぬ早さでいくつもの閃光を描き、刀を振るう。細切れにされた襖が、何が起こったのかを物語っていた。若い青年は目を瞬かせながら、ゆっくりと男性を見上げる。


「怪我はないか?」


「Thank you……あ。ありがとう、ございます……」


 まだ日本語に慣れていないらしい。拙いながらも礼の言葉を紡ぎながら男性に頭を下げた。


「ッ、ゲホッ……!」


 刀を鞘に納めた男性は、小さく咳込んだ。が、すぐに何事もなかったかのよう、にもともと座っていた席に戻る。青年は心配そうにその後姿を見つめていたが、やがて入り口の方へと視線を向けた。


 襖を蹴り飛ばしたらしい人物は、涼し気な表情でそこに立っていた。


「間に合った? セーフ?」


 トパーズのような黄色の瞳が、広間全体を捉えている。二宮と同じ青い髪が、さらさらと風に揺られていた。少年らしい体躯に声だが、どういう訳か彼が穿いているのは可愛らしいミニスカートだった。アーサーと同じ、女装しているのだろうか。細くしなやかながらもしっかりとした筋肉が見えている。


 少年の名は本条七(ほんじょうなな)()。訳あって日本を離れていた本条家の四男である。


「お兄ちゃん待ってよー!」


 次いで姿を現したのは、七緒と瓜二つの顔をした少女だった。彼女もまた青い髪にトパーズのような黄色の瞳をしている。身長を七緒とほぼ同じだ。が、髪質は七緒ではなく二宮に似ているらしい。ボーイッシュに切り揃えられた髪は、微かに毛先が跳ねている。


 少女の名は本条八(ほんじょうや)()。本条家の四女で七緒の双子の妹だ。


「駄目だよ! お客さん沢山いるのに……」


「いいじゃんいいじゃん。つか、こんな程度で狼狽えるなら、それこそ国主失格じゃね?」


「それもそう……なのかな?」


 七緒と八緒の、まるで挑発するかのような物言いに、大半の国主達は苛立ちを感じた事だろう。が、一番心に刺さったのは先程の青年だ。現に彼は、行き場をなくした視線を下に向けている。

 これは一悶着あるか……、とアクセルが出方を伺っていると、


「七緒君に八緒ちゃんじゃないか」


 待ち望んでいた声が響いた。正統な継承権を持つ者、一華だ。彼女は七緒と八緒を交互に見つめて、にこりと微笑む。


「ぅおっ、姉貴じゃん!」


「お姉ちゃん! 久し振り!」


「あぁ、久し振りだな。遅刻したのは私もだが、早く中に入るんだ」


「「はーい」」


 驚いた事に、二人は一華に言われると、従順に返事をして大人しく席に着いた。しかし、アクセルは気付いてしまった。七緒の二宮を見る視線が、酷く殺意を帯びていた事に。

 そんな彼を知ってか知らずか、二宮はただ口元に笑みを張り付けているだけだった。七緒の殺意に気付いてしまったアクセルにとっては、それすらも恐怖に感じられる。


 襖が破壊された事により、完全に締め切られていた大広間に、外から太陽の光が差し込んできている。それはまさに、快晴と呼べるであろう天気だった。


 空気を戻すかのように、司会の泉はわざとらしく咳払いをしてマイクに声を通す。継承戦が、いよいよ始まるのだ。


「……これで全員揃いましたね。では、私から改めて説明をさせて頂きます」




 ──期間は本日、九月二十日正午から十月二十日正午まで。ルールはこれまでと同じく、継承権を持つ者達は赤い編紐を首に巻き、それを奪い合う。編紐が首から外れた時点でその者は失格。此度の継承戦での参加資格を失う事となる。

 最後に、参加者全員の編紐を所有していた者を、第百代目当主とする。


 継承権を所有する参加者は一華、九実、二宮、三央、四音、五輝、六月、七緒、八緒。以上九名。


 なお、九実は本人からの申告により、此度に置いての継承権を破棄するものとする。期限内に勝敗がつかなかった場合、十月二十日正午時点で編紐を多く所有していた者を当主とする。


 最大の注意事項として、無関係の一般人を巻き込む事を禁ずる。




「──それではここに、第百回・本条家当主継承戦の開幕を宣言致します」




 泉の声と共に、正午を告げる時計の鐘が鳴った。いよいよ、戦いが始まる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ