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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第三章 仮面舞踏会
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第七十七話 期待、してるくせに

 ある程度荷解きを終えた頃、一華と白羽の部屋にステファーノがやって来た。彼女の方も用事が一段落ついたようだが、これからパーティー会場に赴いて準備をしに行かなくてはならないらしい。


「お待たせ、一華ちゃん。用意したお部屋は気に入ってくれたかしら?」


「とても素敵な部屋だよ。ありがとうございます」


「あら、思っていたより……。もしかして、まだだった?」


 一華と白羽が同室だった件については、やはりステファーノなりの気遣いがあったようだ。先程心の中では「まだ早い」と悶えていたものだが、今回はあくまで表情に出す事はせずに、


「何の事ですか?」


 と、何も気付いていないかのように振舞う。


「あらあらまぁまぁ……いいのよ、気にしないで頂戴」


 一華の反応を不審に思いつつも、ステファーノは「余計なお世話だったわね」と手にしていた扇子で口元を隠す。しかし一華の後ろに控えて立っている白羽を見て、くすっ、と一笑をもらしたのを一華は見逃さなかった。


 しかしそれは一瞬の出来事。一華が白羽を振り返るよりも先にステファーノが「それで……」と口火を切ったので、彼の様子を盗み見る事は叶わなかった。


「今回のパーティーなのだけれどね、明日の夜十八時には会場に到着しておいてほしいの。メインの舞踏会は、二十時から。でも基本的には好きにしていてくれて構わないわ」


「分かりました」


「それと、当日はこれをつけて来てほしいの」


「これは……」


 ステファーノから手渡されたのは、細やかな装飾が施されたマスカレードマスクだった。(これを見るとある人物を思い出してしまうのだが、それは置いておいて)これを渡されたという事は、今回のパーティーのコンセプトは――――


「成程、仮面舞踏会ですね」


「正解よ。人生で一度は経験しておきたかったの。とはいっても、正体を隠す必要はないから、あくまで装飾品の一部として使って欲しいわ」


「分かりました。弟達にもそのように伝えておきます」


 ステファーノが主催するパーティーは、毎度コンセプトがあり評判だ。ある時はパステルカラーの衣装を指定していたり。ある時は特定の装飾品を身につけてくるようにと、毎度華やかなパーティーだそうだ。


 今回の仮面舞踏会も、ステファーノは心から楽しみにしているらしい。表情や雰囲気からも伝わってくる。


「えぇ、よろしくね。そろそろ行かなくちゃ。またゆっくりお話ししましょう。屋敷の中なら自由にしていてくれて構わないわ」


「ありがとう。本当に、感謝しています」


「一華ちゃんのためだもの。たくさん頑張ってた事も知っているし、これくらいはね」


 血の繋がらない兄妹達を受け入れてもらうには、まだまだ時間がかかるだろう。そんな中で、自身の誕生日パーティーに弟達も招待してくれたステファーノには、感謝してもしきれない。


 ステファーノを見送り、一華はテーブルの上に置かれていたマスカレードマスクを手に取った。一華が特に目を惹かれたのは黒いレースを基調とした華やかなデザインで、金色の飾り糸がよく映えている一品だった。人数分用意されているが、色やデザインはそれぞれ違うらしい。


「仮面舞踏会か……映画でしか見た事がなかったから、楽しみだよ」


「僕も興味はあったので、こういう形で参加出来て嬉しいよ」


 パーティーは明日だが、緊張と共に楽しみが募って仕方がない。試しに手にしていたマスカレードマスクを付けてみると、白羽がうん、と頷いて微笑んでくれる。


「よく似合っています」


「ありがとう。しかし、顔が隠れているのに似合っているというのも、妙な感覚だな」


「確かに、一華さんは綺麗な瞳をしているから、見えにくくなってしまうのは残念だけれど……」


 ソファーの隣に腰かけた白羽は、そっと一華の頬に手を添えた。じっと見つめられている上に、妙に静まり返った部屋の空気がより緊張感を高める。


「は、白羽さん……?」


「一瞬だけ」


 これはもしかしなくとも、もしかするのではないだろうか。


 そう直感的に悟った瞬間、かぁっ、と顔に熱が集中するのが分かった。マスクで顔の半分が隠れているのは救いだったが、気を抜くと上がりそうになる口角は見えてしまっている。気付かれないようにとわざとらしい咳払いをしてから、一華は述べる。


「だ、だが人様のお家でこういう事をするのは――――」


 よろしくないのではないだろうか、と言い切る前に、白羽はにやりと口の端を持ち上げて言う。その表情は、今までに見た事のない蠱惑的なもので。


「期待、してるくせに」


「なっ!」


 心の内を読まれたかのように指摘されてしまい、とうとう一華の顔は誤魔化しが効かなくなるほどに赤く染まってしまっていた。


「な、ななな何を言うんだ! 私は、断じてそんな事、」


「では、したくないですか」


 間違いなく、白羽は一華の本心を見抜いている。あと少し距離を縮めてしまえば、唇同士がくっついてしまうし、そうなってしまえばいいのにと期待していた。するのなら、何も言わずに強引にしてくれてもいいのに、一華の反応を楽しむかのように問われてしまって、つい口籠ってしまう。


 したい、と言えば済む話かもしれないが、そういうのは何だか恥ずかしい。人様の家とはいえ、一瞬だけなら許されるのではないだろうか、と甘い考えが脳裏を過ってからは早かった。


「……そういう言い方は、ずるいと思うぞ」


「ははっ……可愛い人……」


 そんなやり取りを経て、白羽の顔が少し近付いた。どきどきと高鳴る鼓動を感じながら、そっと目を閉じてその時を待つ。




 しかしふと、一華は部屋の前に近付いてきた気配を察知して、勢いよく白羽を突き飛ばしてしまった。それとほぼ同時に、一華達の部屋の扉が押し開けられる。


「姉貴ー!! さっき許可とったから、ここの屋敷散策しに行こうぜー!!」


「美味しいケーキも用意してくれてるんだってー! 一緒に行きましょ……って、何してんの?」


 一華の察知した気配、その正体は七緒達だった。

 七緒に続いて部屋に入って来た六月は、腕を伸ばした状態で固まってる一華と、その先で倒れ込んでいる白羽を交互に見つめて眉を顰めた。


 いくら兄妹とはいえ、部屋で恋人と甘い時間を過ごしていたとは言えず。一華は慌てて言い訳の言葉を模索する。


「あー、えっと、ちょっと手押し相撲をしていてな!」


「何それ面白そー!」


「どう見ても違うだろ……」


 しかし二人の後をついてきた五輝は、その様子を見て呆れていた。やはり聡い彼は気が付いているのだろうか。はぁ、とわざとらしい溜息をこぼして、六月と七緒の肩を掴んで部屋を出ようと試みる。


「邪魔して悪かったな、コイツ等は連れ帰ってやるよ」


「ちょっ、なんでよ五輝!?」


「姉貴も誘って散策行くんじゃなかったのかよー!?」


しかし二人は納得がいっていない様子だ。確かに「一緒に行こう」と誘いに来てくれたのは嬉しいし、気まずいからという理由で何も知らない二人を追い返してしまうのも心苦しい。


それはそれとして、先程までの弛み切った自分の心を思い出した一華は、一人我に返って憂鬱な気分に苛まれていた。突き飛ばしてしまった白羽に謝りながら起き上がれるように手を貸そうとした瞬間、


「この、お馬鹿共!! どう見たって恋人とイチャイチャしてる雰囲気だっただろうが!!」


 と、まさかの五輝からの言葉である。

 彼なら気付いているとは思っていたが、そんな本人達の前で言わなくてもいいではないか、と中腰姿勢のまま一華は口を一の字に結んだ。流石の白羽も気恥ずかしさを覚えたのか、サングラスの向こうで目を閉じていた。


 五輝に指摘されて顔を赤くしている一華達を一瞥した六月と七緒は、しばしの沈黙の後に事態に気が付いたらしい。ハッとした六月まで顔を赤くさせて、忙しなく視線を彷徨わせている。あちらも気まずさ全開である。


「あ、あーそういう事ね!? アタシ達お邪魔だったのねー!! おほほほほほほ!」


「さっきあぁ言ったとはいえ、昼間っからお盛んな事で……」


「いや、違うからな! その、そこまでじゃないんだ! ただ、その……えっと……さ、散策だったな! 私も行くよ!!」


 居た堪れない気持ちでいっぱいいっぱいだったが、人様の家でふしだらな事をしようとした罰でもあるのだろう。一華はそう区切りをつけて、ステファーノの邸宅散策について行く事にした。


 「もう邪魔しないし二人でいてもいいのよ」と視線を逸らしながら言う六月に「いや、行く!!」と強引に彼女の腕を掴んで部屋を出る。


(けれども次は……)


 出来るといいな、と思いつつ、一華は先陣をきって歩き始めた。




 その後数分は、五人の間に気まずい空気が流れていたものだが、少し歩き始めるとだんだんと落ち着いてきた。手狭、とステファーノは言っていたが、お世辞にも狭いとは言えない豪勢な屋敷だ。


 壁に掛けられた絵や写真、廊下を彩る花々や、それに負けじと華やかさを醸し出す花瓶や置物。高い天井に広い廊下と、何処に視線を向けても圧倒されてしまいそうになる。


「にしても広いお屋敷だよね。お城みたい」


 これまでずっと無言だったが、今度は屋敷の雰囲気に圧倒されて耐えられなくなったらしい。六月はそう口火を切った。


「こちらはステファーノさんの御自宅にあたる場所だ。明日のパーティーは、ここから少し離れた別荘で行うらしい。そっちはダンスホールとか、広い部屋が少しあるだけ、と仰っていたな」


「金持ちの感覚はよく分からねぇな。鳥肌が治まらねぇよ」


「五輝君は意外に貧乏性だな……」


 とはいえ、ステファーノの金銭感覚はやや常軌を逸していると耳にした事がある。金額を見ずに買い物する癖は勿論、一華にはイマイチ価値が理解出来ない芸術品の類を高額で競り落としたりと、その行いの数々は有名らしい。


 本人曰く無駄遣いではないと言い張っているが、真偽の程は定かではない。しかし内装を見ている限り、ステファーノの好みが浮き彫りになっているようだった。煌びやかなデザインのものが多いが、決して下品な派手さは感じられない。細やかで繊細な、作り手のこだわりが垣間見えるものばかりだ。


 統一性はないので作者はバラバラだろうが、絶妙に調和がとれている。本条家の屋敷ももう少し調度品を集めた方がいいのだろうか、と考えながら屋敷の中を練り歩いていると、ある一室からよく見知った人物が顔を覗かせた。


「おや、皆様。もういらしていたのですね」


「ジュリオさん。こんにちは」


 部屋から顔を覗かせたのは、ステファーノの従者のジュリオだった。そういえばいつも彼女に付き添っているが、ここに到着してから彼の姿は見ていなかった。ジュリオはジュリオで別の用事があったのだろうが、まさかここで会うとは思っていなかったので少し驚きだ。


「こんにちは。皆さんお集まりで、どうかなさいましたか?」


「お屋敷の中を少し見させてもらってたんだ。ここはジュリオさんの部屋か?」


「そうですね。私物的な物はあまり置いていませんが……」


「ん、ホントだ。なんかサッパリしてんなー」


 部屋の前で会話をしていると、開けっ放しにされていたドアの向こうを覗き見ながら七緒が感想を述べた。慌てて七緒の肩を掴んで覗きを辞めさせる。


「こら、勝手に部屋を覗くんじゃない」


「構いませんよ。本当に何もありませんから」


 どうぞ、と中途半端に開けられていたドアを開けて、ジュリオは促してくれる。少し申し訳なさを抱きつつも、純粋にジュリオの部屋の内装は気になったので、おずおずと一歩前に出て部屋の中を概観した。


 クローゼットにベッド、そして小さなテーブルと椅子、本当に必要なものしか置かれていない印象だ。壁にかけられていた写真に目を向けると、古いものから最近のものまで、何枚か飾られている。ほとんどが従者仲間との写真か、ステファーノと写っているものが多い。


 若い頃のジュリオは髪が短く、火傷の痕があるという顔の左側に包帯が巻かれている。彼がステファーノの従者になったのは十年くらい前だと聞いているので、きっとその頃の写真なのだろう。


 七緒が言ったように殺風景に感じられるが、それよりも部屋が広いだけではないだろうか。しかし生活感があまり感じられないのも事実だ。そんな事を考えながらふと本棚に視線を移すと、一華でも知っているような漫画書籍が並べられていた。


 さらにその下段には筋トレ雑誌や教本等が並べられているではないか。イタリア語らしいので読めないが、一華としても気になるところではある。


 気になったのは六月も同様だったらしい。雑誌に目を留めていた彼女は、ふとジュリオの方に向き直って問いかけた。


「ジュリオさんって筋トレ好きなの?」


「はい、そればかりは完全に趣味です」


「一華も五輝も、よく部屋で腹筋してるのよ」


 そういえば五輝も趣味は筋トレと言っていたっけ、と一華は思い出す。一華は単にそれくらいしか趣味と呼べるものがないのだが、五輝の方はどうか分からない。さらにいうのであれば、ジュリオは筋トレ以外の趣味があるかも分からないのだ。


 ステファーノの邸宅に住み込みで仕事をしているジュリオの私物は、バッチェッリ家の方に置かれているのだろうか。そこまでくると一華には関係のない話なので、そろそろ切り上げるべきか、と視線を外した瞬間。


 一華は、見てしまった。


「……三角のイヤリング……」


 その声は、誰の耳に届く事もなく消えてしまったが、妙に目に焼き付いたようで忘れる事が出来なかった。


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