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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第二章 『魔物殲滅隊』
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第七十一話 存分に息抜きしてらっしゃい

 翌日。

 畳の上で寝たからか背中が痛い。


 一華が目を覚ましたのは、七時頃だった。居間で眠っていた二宮、四音の姿が見当たらず、一華はきょろきょろと室内を見渡す。


 廊下からは静かに、しかし忙しなく使用人達が仕事を始めていた。一華も軽くストレッチをしよう、と物音を立てないように移動して外に出る。


 今日は久々の休みだ。

 課題も少しずつ進めてきたし、自分の時間を過ごす事が出来そうだな、と朝日を浴びながら考える。


 とはいえ、これといった趣味はないので筋トレしかやる事がないのだが。


 八時頃にもなると、居間で雑魚寝していた兄妹達も目を覚ましていた。最後に五輝を起こして、いつもより遅めの朝食をとる。


 と、思い出したかのように、九実が問い掛けてきた。


「あの……お兄様達は、今日何をする予定なんですか?」


「特に何も考えてないかな」と二宮。

「溜め込んでいた本を読みます」と三央。

「ジョギングに行く予定だよ」と四音。

「私も筋トレをする予定だ」と一華。

「俺は寝る」と五輝。

「アタシは部屋の掃除かな」と六月。

「何もねぇなぁ。ゲームでもするかな」と七緒。

「うぅん……街まで行くのは少し面倒かも。私もゲームかなぁ」と八緒。


 珍しく兄妹全員の休日が被っているとはいえ、遊びに行く予定を立てていたわけでもない。むしろ、各々ゆっくりしたい気持ちの方が強いようだ。


「どこか行きたい?」


「いえ、少し気になっただけです」


「そう……」


 ──そんな会話をしたのが、ついさっき。

 九実に言った通り、自室で筋トレをしていると、おずおずと六月が顔を覗かせてきた。

 襖の隙間からじっと見つめられるのも気恥ずかしかったので、一旦中断して彼女と向かい合って座る。


 そして、六月は思い切ったように口火を切った。


「やっぱさ、今日皆でどっか遊びに行かない?」


「どこか行きたい所があるのか?」


「なんか、九実に我慢させてるみたいでさ……。ワガママとか全然言わないし、さっきの質問も、本当はどこか遊びに行きたかったんじゃないかな、って」


 六月の意見も尤もだ。かくいう一華も、久し振りの休日とはいえ、せっかく兄妹全員が揃っているのだから、どこか出かけたいと思っていた。

 それぞれ外出するつもりはなかったようなので、一華から提案する事はしなかったが。


「実は、私も考えていた。とはいえ、今からどこか遠出するとなると間に合わないし…………そうだな……少し待ってくれないか」


 六月にそう断ってから、一華は机の上に置いていたスマホで近くの施設が営業しているかを確認する。一華がぱっと頭に思い浮かんだのは、屋敷から片道一時間半くらいの場所にあるファミリー向けの遊園地だった。


 幼い頃に何度か連れて行ってもらった記憶があり、人は多いだろうがすぐにでも赴ける場所だ。ホームページの画面を六月に見せ、意見を求める。


「ここはどうだろうか」


「あ、ここクラスの子達と行った事ある! うんうん、いいと思う!」


「じゃあ、兄さん達も誘いにいこうか」


 六月的にも問題はないようだったので、画面を閉じて立ち上がる。一華同様に立ち上がった六月は、あっ! とまるでいい事を思いついた、とでもいいたげに口角を上げた。


「そうだ、白羽も誘いなよ! タイミング見て二人きりにしてあげるしさ」


「……………………」


 しかしその提案は、やや予想外だった。

 白羽も本日は休みだと言っていたが、まだ身体の疲れが取れていないのではないだろうか。

 それに当日に誘うのは迷惑ではないだろうか、と考え込んでしまうのだが、一方で交際をスタートさせてから初めてのデートがしたい、という思いがせめぎ合っている。


「それって、デートに入るのか……?」


「入るって! むしろ家族公認って事!」


「……一応誘ってみるよ……」


 最終的に、彼女の好意に甘えてしまった。六月はニマニマと笑みを浮かべながら、


「じゃあ、アタシは皆呼んでくる!」


 と、一華の部屋を後にする。

 襖が閉められ、足音が遠ざかっていくのを待ってから、手にしていたスマホで白羽に電話をかける。数回のコール音の後、白羽の声が耳に届いた。


『一華さん、どうかしましたか?』


「あ、白羽さん。その……いきなりなんだが、今日皆で遊園地に行こうか、って話をしてて……六月ちゃんが白羽さんも一緒にどうだ、って言ってくれたから……」


 もう少し誘うための文言を考えてから電話するべきだったか、と少し後悔する。顔の見えない白羽が、今どのような表情をしているか分からず、沈黙も加わって恥ずかしさも込み上げてきた。


「い、忙しいかな。急な話だから、無理なら無理でいいんだが」


『いえ。ぜひご一緒させてください』


 聞こえてきた声は、どこか嬉々とした雰囲気を帯びていた。急な誘いだったが了承してもらえて、一華もほっと息をつきそうになる。


『あの、一つお願いがあるんですが、いいですか?』


「何だ?」


『実は僕も亜閖も、生まれてこのかた遊園地に行った事がなくて……。亜閖も連れて行ってやりたいんです』


「勿論だ。亜閖ちゃんも連れてきてくれ」


『ありがとうございます。きっと喜びます』


「では、入口の前で待ち合わせしよう。時間は……十一時頃を目安に。また連絡する」


『分かりました』


「じゃあ、また後で」


 そんなやり取りを経て通話を切り、一華も準備をしよう、と着替えを済ませて部屋を出る。するとちょうど、廊下の向こうから六月が走ってくるのが見えた。


「一華、皆オッケーだって!」


 OKサインを作りながら、六月は喜びを隠しきれない様子で一華に駆け寄る。


「そうか。白羽さんも行けるって言ってくれたよ。あと、彼の妹も一緒に」


「あの人妹いたんだ〜。一華はいいの?」


「勿論。亜閖ちゃんには世話になったし、六月ちゃん達とも仲良くなれると思うぞ」


「マジで? どんな子か楽しみ」


 一華の認識では、亜閖はオシャレが好きで愛嬌のある子だ。くだけた態度で接してくれるが、一方では流石一条家の息女というべきか、所作や礼儀も備わっている。歳は一華と同い年だが、六月や八緒とはすぐに仲良くなれそうだ、と勝手ながら思ったのだ。


「それにしても、皆すぐにオッケーしてくれたとは意外だったな」


「魔法の言葉があるの。一華には内緒だけどね」


「教えてくれたっていいじゃないか」


「だーめ。内緒なの」


「気になるじゃないか」


「えへへっ」


 玄関に到着するまでも似たような問答を続けたが、六月は誤魔化し続けるばかりで答えてはくれなかった。心底気になるが、他の兄妹達が準備を済ませてやって来たので、渋々話を切り上げて目的地へ向かうのだった。




※※※※




 一華達が目的地としている遊園地『ひかりのくに』は、ファミリー向けの施設となっている。小、中学生の遠足や、子連れの家族が多い印象だが、数年前に行われた改装工事以降、大人向けのアトラクションも追加されたようだ。


 様々な年代の客が出入りしている様子を見て、三央が忌々しげに眉を寄せた。


「……人、多っ……」


「そういえば遊園地って、小学校の卒業遠足でしか来た事ないや」


「僕もです……」


 二宮、四音も、記憶とは少し違った場所に変化している事に驚いているらしい。ましてや遊園地に来る事自体久し振りのようで、そわそわした様子で辺りを見渡していた。


「友達と来たりとかしなかったの?」


「友達いないからね」


「嘘ぉ……」


 六月と二宮のやり取りも耳に入れつつ、一華はもう到着していると言っていた白羽と亜閖の姿を探す。

 チケット売り場から少し離れた場所で、二人は待っていた。


 白羽はいつもと似たり寄ったりのストリートファッションにサングラススタイル。もう見なれたものだ。


 亜閖は普段と違って黒いマスクをつけておらず、少し薄めのメイクを施しているようだった。紺色のエプロンワンピースがよく似合っている。


「白羽さん! 亜閖ちゃん!」


 少し声を張り上げて二人を呼ぶと、それまで仲睦まじく会話していたらしい白羽達は一華の方に視線を向けてくれた。

 サングラス越しでも分かる、白羽は普段よりも表情が柔らかい。亜閖もマスクをしていないので、口角が上がっている事がひと目で分かる。


「こんにちは。今日は誘ってくれてありがとうございます」


「とても嬉しいっす!」


「私も、二人も一緒で嬉しいよ。あっちで兄さん達が待っているから行こう」


 一華が白羽達を連れてくる間に、五輝達が人数分のチケットを購入してくれていたらしい。チケット売り場の近くに、兄妹達は集まっていた。


 皆白羽の事は知っているが、亜閖とはほぼ初対面だ。二人の事を軽く紹介した後で、早速六月が亜閖に話しかけていた。


 その間、一華はきらきらとした眼差しで数々のアトラクションを見上げている九実に話しかける。


「九実君、遊園地は初めてだったよな。今日は楽しもうな。行きたいところがあったら、遠慮せずに言ってくれ」


「はい!」


 九実の事だから、念を押しておかないと遠慮してしまうだろう。せっかくの機会なのだから、九実には心の底から楽しんでもらいたい。

 そんな思いを抱きながら、一行は施設内に足を踏み入れたのだった。


早速、入口付近で最初に目がいくであろう正面にジェットコースターがあった。線路を見る限り、急降下が何度も来るタイプのものらしい。


「うおっ、入っていきなりジェットコースターあるじゃん! 行こうぜ四音!」


 コースを決めるよりも、目に入ったものに乗っていくつもりらしい。七緒に腕をがっしりと掴まれた四音は「何で僕!?」と動揺を顕にしている。そんな四音に、七緒はきっぱりと言いきった。


「そこにいたから」


「位置取りを間違えた……」


 その間も、七緒は四音を離そうともしない。道連れにしてやろう、という魂胆が丸見えだった。


「お姉ちゃんも行こ!」


「あぁ」


 一華も八緒にがっしりと腕を掴まれてしまったので、行くしかなさそうだ。ジェットコースターには久々に乗るので、どのくらいの速度が出るのだろうか、と昂りを抑えられそうにない。


「じゃ、あそこのベンチで待ってるね」


「楽しんできてね」


「行ってらっしゃい」


 しかし、乗り気な一華達とは正反対な態度で手を振っている二宮、三央、五輝。どうやら三人はここで待っているつもりらしい。


「お兄様達は乗らないのですか?」


「お兄様はね、ジェットコースターでははしゃげない年齢になってしまったんだよ」


 真顔で九実の質問に答える二宮。確かに、ジェットコースターではしゃいでいる二宮は想像がつかないが、どうにも嘘をついているように思える。


「そんな事言って、本当は怖いだけだろ」


 七緒も同意見だったらしい。図星だったのか、二宮はぎくり、と肩を揺らしてから誤魔化すように笑みを貼り付けた。


「まさか。でも、皆の荷物を預かる役も必要でしょ。僕はいいから、皆楽しんでおいで」


 それらしい理由を並べているが、やはり怖いらしい。とはいえ、荷物を預かってくれるのは助かる気もする。


「五輝はこっちに来なさいよ!」


「いや、俺は精神年齢六十くらいだし。あんなん乗ったら心臓止まる」


「ピッチピチの十七歳でしょーが!!」


 ずるずると引き摺られながら、五輝は六月と共に列に並び始めていた。やや気の毒に思えるが、もっと違う言い訳もあっただろうに、と苦笑いを浮かべるしかなかった。一華達も並びに行こう、と肩にかけていた鞄を三央に手渡す。


「じゃあ三央姉さん、荷物を任せてもいいか?」


「いいわよ。一華ちゃんも、存分に息抜きしてらっしゃい」


「あぁ……ありがとう」


 ひらひらと手を振って見送ってくれる二宮と三央に手を振り返して、一華と八緒も列に並び始める。入口付近にあるためか、さほど混んではいない。

 数分後には、一華達の順番が回ってきた。一華と八緒が先頭に、その後ろには白羽と亜閖が乗っているのが見えた。安全バーを下ろしながら、八緒はにこにこと笑みを深める。


「私、ジェットコースター乗るの初めてなの。話には聞いてたけど、どんな感じなのかなぁ」


「私も、子ども用のものしか乗った事がないから楽しみだよ」


「小さい時にも来たの?」


「あぁ。頼み込んで連れてきてもらったんだ」


「お母さんに?」


「ううん。父さんに」


 一華の回答が予想外だったのか、八緒の笑みが薄れたような気がした。

 五歳頃の話なので、一華もよく覚えているわけではない。しかし、数少ない父との思い出なので、印象に残っているのだ。


「お父さんって、本条零さんだよね。お話で聞く限り、あんまりいい印象はないけれど……」


「そうだな。『あの程度、魔法術でどうとでも出来る』と終始言っていたよ」


 「そういう事じゃないのにな」と、今でも思う。しかし父は、曇りなき眼でそういう事を口にする人だったので、最早気にしない方がいいのかもしれない。

 八緒も同意見だったのか、気まずそうに苦笑いを貼り付けている。


「父さんが当主だった頃、当時の五大権メンバーとここに来たらしい」


「そうなんだ。意外だなぁ」


「その時の話をする父さんが、いつもと違う表情をしていたから……私も、ここに来れば父さんの違う顔が見られると思ったんだ。見れなかったがな」


 ガコンッ、とコースターが動き出すのを感じながら、幼い頃の記憶を引っ張り出す。


 園内を父と手を繋いで歩き、人の波が多くなると抱き上げてもらっていたような気がする。ちらちらと顔を盗み見ても、いつもと同じ、仮面のように動かない表情のままだった。


 結局、その日も父が何を考えているのか分からず、楽しかったがモヤモヤした気分だったのを覚えている。今となっては数少ない父との思い出で、笑い話にも出来るものだが、八緒は話を聞いていて違和感を抱いていたようだ。


「……そりゃあ娘と来るのと、歳の近い人と来るのじゃ反応も変わるんじゃないかな」


 八緒の言う通り、一華と来た父はとても楽しめる状況ではなかっただろう。

 当時、梓豪達と遊びに来た時の方が楽しかったに決まっている。


(……楽しめたのか……?)


 それはそれで想像がつかないが、一華に遊園地に行った事を語り聞かせた、という事は父にとって思い出深いものだったのだろう。


「お姉ちゃんにとっては、いい思い出になってる?」


 八緒にそう問われて、一華は一瞬時が止まったかのような感覚を覚えた。


 確かに、父の表情が変わらなかった事は残念だったが、一華の我儘を聞いて、連れてきてくれた事には感謝しているし、大切な思い出だ。


 そして今、八緒達や白羽達と一緒にいるこの瞬間も。


「……そうだな。大切な思い出だ──」


 言い切る前に、いつの間にか頂上に到達していたコースターが急降下した。


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