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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第二章 『魔物殲滅隊』
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第六十九話 素直に受け取っておこう

 繁華街の出口付近、歓楽街の入口にある個室制レストランの一室。部屋の外で白羽に待機してもらい、一華はテーブルを挟んで座る夜鳥海に視線を向けた。


 食事に誘ってきたのは海の方だった。なんでも、先日の謝礼を込めてとの事。

 一華は屋敷に赴くからと断ったのだが、相手も折れてはくれず。渋々ではあったが誘いを受ける事にしたのだ。


 白羽からも、「そういった付き合いも今後必要になってくるので、行ってみたほうがいいですよ」と助言をもらったので、いよいよ断る事が出来なかった。とはいえ、今のところはただ無言で食事しているだけ。運ばれてくる料理を堪能する事が出来るのは良かったが、こうも会話がないと逆に緊張してしまうではないか。


 一華はまだ未成年なのでオレンジジュースを飲んでいるが、海は一人ワインを飲んでいる。そこそこ飲んでいる気がするが、酔っている様子もない。きっと酒が強いのだろう。


 食事も終えてしばらく経った頃、ようやく海は口を開いた。

 

「今回は手間をかけさせたな」


 その一言を聞くために一時間近くかかっていたのだが、美味しい料理をごちそうしてもらっている手前文句は言えない。


「いえ。私達の方が助けられたんだ。感謝している」


「長月……部下から聞いた。魔物を一人倒したそうだな」


 長月という部下というと、先日一華の前に現れた青髪の少年の事だ。しっかりと報告されていたのか、と納得しながら頷く。


「あぁ。私は、魔物とは異形の化物だと思っていたから、人間に近い姿をしていた事には驚いたよ」


 事前に海から魔物に関する情報は書類でもらっていたとはいえ、想像とかなりかけ離れていたのは驚きだった。一華等人間と違うところは、尖った耳と禍々しい魔力の気配だけ。人間の姿に変化させて紛れているとの事で、意外と近くにいるのかもしれない、と疑心が募りそうになる。

 

 とはいえ、一番驚いたのは魔物が一華達人間と同じように思考を有し、誰かのために行動しようとする心を持ち合わせていた事だ。一華と対峙したフォルストという男性も、本心から兄の事を大切に想っていたのだろう。だからといって九実達への仕打ちや、犠牲となった一般人に対する行いは到底許せるものではないが。


「私が殺めた魔物にいい印象はないが、価値観は違えど、誰かを愛する感情も持ち合わせているようだった」


「……そうだな」


 それは、海も同じ感想らしい。きっとこれまで、数え切れないほどの魔物と向き合い、殺してきたのだろう。その目にはどこか、苦衷の色が映っていた。

 冷酷な男だと思っていたが、『魔物殲滅隊』という組織を設立し、そのトップにたっている事も。異人という本来存在しえないひとを生み出した事も。彼なりに葛藤があり、それでも“やるしかない”と決め込んだ。


 批判も、異人達に向けられる差別的な目も全て庇い、圧倒的な力と意思で説き伏せる。まるでそれが正論であるかのように。


 裏の世界のことわりの一つでもある『絶対不可侵』は、力を持ち過ぎた者達が自重しているだけで、処罰が下るわけではなかった。高度な魔法術を創造し、監査する機関も。裏の世界そのものの情勢を把握し、客観的に見つめて指示を出す組織も。千年以上もの間に成長し続けた裏の世界を統率し、平和を築きたいという共通の願いから生まれたものだった。


 生まれた時からその思想の元に育った一華や白羽、事情を理解している二宮達と違い、海達は魔物という存在に会うまではただの一般人で、ただ魔物から無力な人々を守りたいという願いで組織を設立したという。


 その点でいえば、裏の世界にある数々の組織と変わりはないのかもしれない。喜和子が指摘したように、言いようによっては他種族殺しのレッテルを貼られても可笑しくはないが、実際に被害が出ているので強く指摘する事は出来ないだろう。


 しかしそれでも、魔物が同じ言語を話し、それぞれに意思が宿っている事。なにより今を生きる者達を相手に、命を懸けて戦うという事は相当な苦しみを伴うはずだ。今まで、何人も手にかけてきた一華が言える事ではないのかもしれないが、一華は心配だった。


 それはいずれ、“魔界という他国への侵攻に発展するのではないか”と。


「殺す事に抵抗はないのか? 私が聞く事でもないが」


「俺があると言ってしまえば、部下達が今以上に気負う事になる」

 

 核心を突くべく投げ掛けた質問に対する答えは、想像していたものと少し違った。やはり海には海なりの苦悩があるようだが、それを捻じ伏せ進み続ける原動力は何なのか。

 一華が危惧している最悪の可能性は、芽生える前に摘んでおきたい。そのためには、もう少し彼の事を知っておく必要がある。そんな思いを胸に、一華はもう一つ質問を投げ掛ける。


「夜鳥さんは、魔物を恨んでいるのか?」


「…………」


 海は数秒、黙り込んでしまった。

 そして、


「恨んでいるとも」


 と、隠す事なく告げる。

 海はいつも不機嫌そうに眉間に皺が寄せられているが、そう口にした時の表情は目に見えて怒りに包まれていた。


「俺が初めて魔物に会ったのは、高校生の時だった。幼馴染の両親が殺された場面に遭遇して、俺達にも襲い掛かってきた。無我夢中で逃げて、とにかく幼馴染を守りたい一心で、魔物を殺した。その頃は刀も扱えなかったし、魔物に関する知識もなかった」


「では、誰に教わったんですか」


「殲滅隊を設立すると宣言した女がいた。今の上層部のメンバーもあいつが集めていた者達だ。そして……俺がトップになるんだ、と言われたな」


「それは……」


 利用されたのか?

 喉まで出かかった言葉は、すんでのところで留まってくれた。海に『魔物殲滅隊』という組織のトップにたてと言った女性。海の口振りから察するに、彼女こそが組織を設立するに当たって最重要人物のはずだ。その女性が現在も『魔物殲滅隊』に関与していると仮定すると、一華が本当に話を聞くべきは彼女ではないのだろうか。


「……その女性は、今は何をされているんだ?」


「数か月前に交通事故で死んだそうだ」


 ならばどうしようもないか、と一華は「そうでしたか」と短く返す。 

 しかし何故その女性は海に『魔物殲滅隊』のトップを任せたのだろうか。考えても一向に答えが出ない。一華が沈黙している間に、海は思い至ったかのように呟いた。


「……思い返せば、俺はあいつに言われた事を熟しているだけにすぎないのかもしれないな。だがトップにたつと決めて、全ての責任を背負う覚悟をしたのは他でもない俺だ。だから、ここに立っている」


「……そうですか」


 その覚悟は、二十年前からずっと背負い続けてきたものだろう。だからこそ、どんなに責め立てられようと、揺らぐ事のない自信を持っているのかもしれない。それは一華も、見習いたいと思わせられる。


「あぁ。隊長達……異人の子達の人生を全て背負うつもりでいる。俺は自分のために動けない人間らしいからな。都合もいい」


 本当にそれでいいのか。

 やはり、紡ごうとした言葉は出てきてくれなかった。


 これまでの会話の中から、目の前に座っている夜鳥海という男は威圧的で不愛想、しかし身内への愛は持っているという事を知れた。しかし彼自身の想いは、終始“誰かのため”でしかない。


 一華も兄妹達の事が好きで、兄妹達のために何とかしたいという想いで継承戦に挑んでいた。しかし海のように、自分の意思がまるで読み取れないのは不気味だった。人間らしくない、どこか機械的で、しかしどこまでも愚直だ。


 そんな彼だから組織のトップを務めていられるのか。一華には理解が及ばなかった。


「だが、魔物の事を恨みはしても、それを理由に活動したくはない。普段は、忘れるようにしている」


「そうか……嫌な事を思い出させてしまったな。すみません」


 忘れるようにしている、とまで言われて、これ以上話を掘り下げる気にもなれなかったので、一華はどうしても聞きたかった質問を投げる事にする。


「あと、一つだけ聞かせてください。『魔物殲滅隊』を組織として認証した時、私の父は何か言っていたか?」


「好きにしろ、とだけ言っていたな」


「……そうですか」


 期待した私が間違っていた、と一華は溜息をつく代わりにジュースを飲み干した。しかし海は父の事を聞いてきた一華に対して、驚嘆の眼差しを向ける。


「お前は……父親が好きなんだな」


「……どうして、そう思うんだ?」


「嫌いな奴の事なんぞ知りたくもないだろう」


「それはそうだろうが……」


 嫌いではないのだろうが、好きというのは違うような気がしてならない。当主になるに当たって、先々代であった父の事は気になるし、(手本にしたいとは思わないが)教わりたい事もたくさんあった。

 父の事をよく知っている人は、多いようで少ない。だからこそ、会った事がある海から見て、父がどんな人だったのか知りたいと思ったのだが、まさかそんな風に思われていたとは意外だった。


「父の事はよく覚えていないから、単純に知りたいんだと思う。深い意味はないよ」


「そうか」


 そう返事をしてから、海は思い出したかのように告げる。


「組織を設立した際、お前の父親に……それは禁忌を犯してまでする事か、と問われた事がある。答える前に、組織としては必要だからやっぱり答えなくていい、と言われたが」


「…………」


 自分の中で答えを出すなよ、と、亡き父に思ったのは内緒である。話に聞く限り、父もひとの感情に疎いようだ。しかし海が続けて言った言葉に、一華は思わず呆けた声を出してしまった。


「あの男は、とても分かりやすい男だったと思う」


「えっ……?」


「世界にとってそれが必要か、そうでないか。俺達も、それがいい事か悪い事かの分別はつく。その上でやると決めた事を、あの男は分かってくれた…………はずだ」


「はぁ……」


 微妙に説得力のない言葉だ。

 しかし、父は父なりに考えて、その上で海達の意思を尊重し、人々のためになると決定したのだろう。話に聞く父の人物像を繋げ合わせる限り、面白半分で決定した可能性もあるのだが。


「……殲滅隊を、解散させるのか」


 ふと、海はそう問うてきた。もしかして、本当に聞きたかったのはその事だったのだろうか。手紙でのやり取りではなく、直接顔を合わせて一華の真意を探るために。流石に隊長の少年から報告はされていなかったか、と息をついて、背筋を伸ばして答えた。


「私なりに考えてみました。その上で、私は黙秘を貫きます」


「…………」


「少なくとも、隊長さん達にとっては必要な場所なのだろう。解散させてしまえば、彼等の居場所がなくなってしまう。その代わり、上手くやってくれ」


「そのつもりだ」


 一華の下した答えに、海は安堵したような、それでいて当然だ、とでも言いたげに目を閉じて一笑した。結局、一華も彼等の行いを容認する事になってしまった。しかし黙秘はしても、目を逸らす事も庇う事もするつもりはない。


 彼等が今後、さらなる禁忌を犯そうとした場合は、全力を尽くして止めるつもりだ。海が全ての責任を負う覚悟をしているように、一華も腹を括らなくてはならない。


「……夜鳥さん。貴方に、言っておきたい事があるんだ」


 一華はそう前置きをして、口にする。


「私達を守ってくれてありがとうございます。見えない敵から守られているという安心感は、嘘ではありません。一人のひととして、お礼を言います」


「…………」


 一華の感謝の言葉は、やや意外だったらしい。面を食らったかのように薄く目を見開いた海は、やがて可笑しそうに笑みをこぼす。


「……そうか。そちらの言葉は、素直に受け取っておこう」


 そうしてくれ、と一華も口角を上げて、おもむろに席を立った。食事はとっくに終えているし、そろそろ店を出ようとコートを羽織りながら、海に視線を向ける。


「それでは、失礼します。ごちそうさまでした。父の事も、教えてくれてありがとうございます」


「あぁ」


「そうだ。きぃちゃんさんと仲良くな」


 個室の扉を開ける前に、思い出した事を海に言ってやる。喜和子と言い争う事は多々あるようだが、公の場では慎んでもらいたい。一華の忠告に、海は数秒悩んでから断言した。


「……無理がある」


「……努力はしてくれよ」


 やはりどこか読めない人だ、と一華は肩を竦める。「それでは、また」と言い残して、一華は部屋の外で待機していた白羽と帰路についたのだった。


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