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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第二章 『魔物殲滅隊』
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第六十七話 お姉様が正しいと思う決断をなさってください

 ――それは、一華がフォルストと対面する数十分前の事。

 強盗犯三名が立てこもる中華料理店。店の外には数名の警察官が待機しているが、行動を起こす様子は見せない。裏の世界の重鎮が複数人いるため、介入は不要と指示を出されているのだろう。その方が白羽達にとっても楽だ。治安組織の者だとしても、武器を振り回す事が当たり前の裏の世界の住人を相手にするのはかなりの危険を伴う。


 強盗犯と金銭を要求するための電話はずっと続けられているようだが、進展はしていないらしい。リーダー格の男の焦るような苛立った声が店内に響き渡った。


「クソッ、まだ用意出来ねぇのかよ!」


「兄貴、人質は無事なのかって聞いてきてます」


「全員無傷だって言っとけ」


 おそらく人質解放のための金銭も用意されていない。エッダの言った通り、もう少し連携が取れるようになってほしい、と心の中で溜息をつきながら、覆面強盗犯の仲間に扮した白羽はこっそりと、壁に掛けられている時計に目を向けた。


(十分、経った。一華さんは来る気配がない……)


 言っては申し訳ないが、一華は基本的に短気な性格らしい。冷静であろうとするが、身内の不幸や危険が迫っていると感情的になりやすい。彼女の弱点ともいえるそれがあるにもかかわらず、突入してくる気配はない。銃声のような音がした方へ向かい、こちらには来れない状況にあるのだろう。


(やるしかないか)


 一華の指示通り、十分は待った。銃を向けられる事にも慣れている国主達がいるとはいえ、無関係な店員や一般人の客もいる。彼等の命も守らなくては。それが今の白羽に課せられた責務でもあるのだから。


 ちらりとエッダに目配せすると、察してくれたらしい。エッダは一度力強く頷いて、少しだけ腰を上げた。


 エッダが動きやすくなるように、一瞬の隙を作るべきだろう。そう判断した白羽は、イライラした様子でスマホと外の様子を見ていたリーダー格の男に殴り掛かった。男目掛けて繰り出した右ストレート、綺麗に決まってくれた。


「なっ!?」


「兄貴!」


 仲間だと思っていた者からの突然の行動に、電話で警察と交渉していた男も動揺を露わにする。その隙を、エッダは逃さない。


「ふっ!!」


 カウンターテーブルに手をついて飛び上がり、もう一人の男に飛び蹴りをかますエッダ。とてつもない勢いで厨房の方まで吹っ飛んでいったが、気にしている場合ではない。


「こちらは取り押さえました!」


「こっちは気を失っているようだ。レギーナ・フライリヒラート、外に出て警察を呼んでこい。アリーナ・ティトゥレスクは電話で無事と犯人確保の連絡を」


「は、ひゃいっ!」

「了解しました!」


 リーダー格の男を拘束し、手にしていた銃を回収する。エッダの方も事なきを得たようで、店内は安堵感に包まれた。被っていた覆面を外して一息つくと、緊張が解けたような気がした。




 ――――が。

 その一瞬。油断したのが間違いだった。


「う、動くな! 動いたらこの女の命はないぞ!!」


「きゃっ!?」

「陽羽!」


 銃を片手に、一般人客としてきていた銀髪の少女を人質に取ったのは、中華料理店の店員の男だった。少女と一緒に来ていた青髪の少年は、少女の名を呼びながら手の中に赤い石のようなものを忍ばせている。


(あれは……)


 魔法石、否、魔物の魂の結晶である魔石ではないか。何故彼がそれを所持しているのかは分からないが、少女が人質に取られている以上は動けない。そして、それだけではなかった。


「ったく、とんだ客が紛れ込んでいたな」


「うっ……!」

「九実様!」


 もう一人の店員もグルだったらしい。もう一人の男は九実を人質にして、銃口を向けて動くなと警告する。


 店内には、外に警察官を呼びに行ったレギーナを除いて白羽、九実、鈴、エッダ、アンドレイ、アリーナ。そして人質に取られている少女と、魔石を所有した少年の八人が残されている。状況は変わらず、むしろ悪化しているといえるだろう。一度弛んだ緊張感が戻って来ただけではなく、先程よりもさらに強いものとなり、場の空気はより張りつめたものとなっていた。


「丁度いい、女。電話で伝えろ。強盗犯はまだいるってな」


「アリーナちゃん、ここは指示通りに」


「……分かりました」


 アンドレイも表情は飄々としたものだが、内心穏やかではないらしい。アリーナに指示を出す声色は、いつもより低いものだった。


「まさか、店員二人もグルだったとは……」


 三人以外にも、仲間がいる可能性については頭にあった。しかし、その仲間が店員二人だったとは誰が考えるだろうか。とはいえ、一瞬油断した自分の落ち度でもある、と白羽は悔しげに呟く。


「お前等は、俺達の仲間の拘束を解け。今度こそ大人しくしていろよ。お前達全員、俺達の事が怖くないみたいなんでな……。変な動きをしたら容赦なくコイツの頭をぶち抜く」


「…………」


 このまま、指示に従った方が得策なのは明白だが、それではさっきのように不意を衝く事も出来なくなってしまう。緊張感が高まっている今だからこそ、早々に手を打つべきではないだろうか。


 何より、人質に取られている九実と少女を早く救い出さなくてはならない。そんな使命感から、白羽は一度目を閉じ、右目だけを開いた。瞬間、水色の瞳が少しの輝きを帯びて――――


「動くなって言われたでしょ」


「ッ!?」


 『停止の魔眼』で店主達の動きを封じようとした刹那。ぽん、と肩に手を置かれて、聞いた事のない声がすぐ傍で聞こえてきた。店内にいたのは、強盗犯二人とその仲間の店主二人、そして白羽達の八人だけのはずだ。それなのに、どこからともなくその男性は現れた。


「くすくす……これから面白くなるんだから、いい子で見てようね」


 そう白羽の耳元で囁いて、男性は悠々と店主二人の元へ歩いて行く。長い茶髪を一つに纏めた後ろ姿を呆然と見つめて、白羽は思わず魔眼の発動を止めてしまった。


 ――耳が尖っている。

 一目見て人間のそれではないと思わせられる耳と、禍々しい魔力の気配。今まで出会った事のない存在に、一瞬身震いしてしまった。


「ヴァルトさん! やっと来てくれたんすね!」


「はぁ? うっせ、ヘマこいといて何言っちゃってんの」


 リーダー格の男が呟いていた「強力な助っ人」とは彼の事だろうか。出方を伺うも、男性の奇妙な存在感に圧倒されて動くに動けずにいた。それは、白羽だけではないようだ。エッダやアンドレイ達も、静かに現状を見守る事しか出来ない。


 尖った耳をした男性が、ジャケットの内ポケットに手を伸ばす。次の瞬間、男性の両手には銃が握られていて。


「死ねよ」


 そんな声と共に、店主二人の頭を撃ち抜いた。悲鳴をあげる者はおらず、銃声の重い音が耳の奥にこべりついている。頭部を撃ち抜かれその場に倒れた店員二人を中心に、血の池が広がっていく。

 しかし白羽は、そちらに意識を向ける事が出来なかった。


 九実と少女はまだ椅子に括りつけられたまま、状況は好転していない。店主二人を手にかけた男性は、くすくすと肩を揺らしながら振り返る。


 長い茶髪を一つに纏め、艶やかな緑の瞳をしている。それを隠すようにかけられた眼鏡もよく似合っているが、何よりも特徴的だったのは、顔に描かれた真っ赤な花のペイントだった。


「くすくす、やっぱり全員場慣れしてやがる。面白いね、殺しがいがありそう」


 今しがた人を二人殺した銃を慣れた手付きでくるくると回して遊んだ後、二つのうち一つをジャケットに仕舞った。


「でも、俺達の目的は、あくまで兄ちゃんの魔石を取り戻す事。お前達はその餌な」


 そう語りながら、男性はテーブルの上にスマホを置いた。見たところビデオ通話が繋がれているらしく、画面には一華の姿が映っていた。


『ヴァルト、交渉決裂だ』


「そんな事だろうと思ったぜ」


『! 九実君!?』


 一華もこちらの状況を察したらしい。怒りに顔を歪ませながら、刀を握り締めていた。そして通話相手の男性が、思いもよらぬ条件を提示する。


『さて、もう一度問いましょうか。魔物殲滅隊を解散させる……同意して頂けますか?』


「魔物殲滅隊の解散だと!?」


「どうして……」


 魔物殲滅隊、という単語に、青髪の少年と銀髪の少女が反応した。白羽でさえも最近知ったばかりの組織の名前で、ましてや海外には拠点がないのでエッダ達は初めて聞く名前だ。その組織の名前を、何故一般人のはずの少年少女が知っているのだろうか。


 しかしそこで、白羽は思い出す。少年が持っていた魔石が本物だとすれば、この二人は魔物殲滅隊の関係者なのではないか。さっきも、人が目の前で撃たれて血を流しているのを見ても、衝撃は受けたようだが怯えている様子はなかった。男性の言う「場慣れしている」という言葉にも納得がいく。


「ま、現状整理出来てねぇみたいだし、一から説明してやろうじゃん」


『そうですね。では、まずは簡単な自己紹介から。私の名前はフォルスト、そちらにいるのは弟のヴァルトです』


 白羽の目の前にいる男性は、ヴァルトというらしい。フォルストと名乗る男性から紹介を受けたヴァルトは、笑みを浮かべて手を振っている。


『私達は魔物と呼ばれる存在。兄の魔石を取り戻すべく、此度の立て篭り事件、および本条家当主を誘き寄せる作戦を決行致しました。金に困っていた人間を唆して、ね』


「くすくす、フォルスト天才〜」


「魔物……って、日本にいる妖怪とかそういうの?」


 ふと、アンドレイがそんな疑問を口にした。それに答えるのは、画面の向こうにいるフォルストだった。


『いいえ。貴方方のいる世界……つまりはここが人間界。我々の出身は、魔物が住まう世界――魔界です』


「知ってた? 魔力を持ち合わせた人間がいるのも、俺達魔物の存在があるからなんだって。くすくす、ますます可笑しな話だよな〜。俺等魔物のおかげでお前等人間は力を手に入れる事が出来てんのに、邪魔だからって殺そうとするなんて」


 この場にいる者達は、全員魔力を有している。故に、魔物であるヴァルトの姿が見えているし、彼の話もそこそこ理解が及ぶ。

 白羽は先日一華と魔物殲滅隊という組織についても調べ、職務内容や目的も知っているが、その知識がなければ魔物という存在も空想上のものだと信じて疑わなかっただろう。しかしヴァルトから感じる禍々しい魔力の気配も、魔物だから、という理由なら納得出来そうだった。


 フォルストとヴァルトは魔物、人間にとっては敵という認識だ。

 しかし魔物だという事を差し引いても、彼等は九実達を危険に晒し、人間を利用し殺めてしまった。白羽にとっても、それは許せない行いだった。


『改めて、要件を伝えます。私達が望むのは、魔物殲滅隊の解散。そして、兄の魔石の返還です。合意して頂けない場合は……そうですね』


 フォルストはわざとらしく悩む素振りをとってから、にやりと口角を上げる。


『当主様の大切な、小さな弟様の指を折ってしまいましょう』


『やめろ! 九実君に手を出すな!』


『それじゃあ、そちらのお嬢さんの方にします?』


 別に私はどちらでもいいですよ、とフォルストがにこやかに告げると、銀髪の少女がびくりと肩を揺らした。嬉々として交渉に応じるように仕向けるフォルストに反して、ヴァルトはあまり乗り気ではないらしい。その表情は先程よりも憂鬱そうだ。


「ガキの方からにしようぜ〜。この人、何か嫌な魔力してるし……出来るなら近付きたくない」


 気乗りしていないわけではなかったようだ。ヴァルトは少女の方を一瞥して、すぐに目を逸らしてしまう。まるで、後ろめたい事があるかのように。

 先程「どちらでもいい」と言っていたフォルストは、弟の意見を尊重する事にしたらしい。


『やれやれ、ではやはり弟様の方からですね。さぁ当主様、ご決断を』


 標的は、九実に定められたらしい。流石に動くべきだ、と身構えた瞬間、そっとアンドレイに肩を叩かれた。視線だけを動かして彼の方を見ると、首を横に振って「動くな」と牽制をかける。


 確かに、この場で動いてしまっては九実も少女も巻き込んでしまうかもしれない。ヴァルト目掛けて発砲するにしても、彼は人質二人を盾にするような位置についている。至近距離とはいえ、万が一の事を考えると銃を構える事は望ましくない。

 しかし『停止の魔眼』ならば、まだチャンスがある。先程はヴァルトに悟られてしまったが、意識が九実に向いている今ならば。


 だが、白羽はアンドレイが何故牽制してきたのか、その意味をすぐに知る事となる。


『…………』


「お姉様!」


 返答に迷っていた一華に、九実は声を張り上げて呼び掛ける。思わず白羽も、その声に顔を上げてしまった。


「絶対に承諾してはいけません。こんな時に助けに来てくれるのが、魔物殲滅隊なのでしょう?」


 そこで、九実はくるりと顔を青髪の少年の方へと向けた。会話の流れから、少年が魔物殲滅隊の関係者であると読み取ったのだろうか。


「そうですよね、お兄さん」


「……あぁ。相手が魔物であるならば、奴等を片付けるのも俺の役目だ」


 そして、考察は合っていたようだ。

 少年は手にしていた魔石を握る手に力を込めて、力強く頷いた。その言葉に励まされたのか、はたまた希望を取り戻したのか。ターゲットになるかもしれないと恐怖心を抱いていたであろう少女の瞳にも、強い光が宿っていた。


 それを確認した九実は、もう一押しするかのように再度声を張り上げる。


「一華お姉様。どうか、お姉様が正しいと思う決断をなさってください!」


『…………』


 呆気に取られたように、一華は目を見開いていた。それは白羽達も同様だった。

 人質に取られ、指を折ると脅されているにも関わらず、九実は一切の恐怖心を表情に出さずに呼び掛けたのだから。その精神力は、とても幼い子どものものとは思えなかった。


 だが、返答を迷っていた一華の心は、九実の言葉で決まったらしい。ぐっと一度強く頷いて、刀を構え直した。


『同意は、出来ない。『魔物殲滅隊』――彼等がいなくては、この世は守れない』


 通話越しでもよく通る凛とした声に、空気が震えたような気がした。状況は何も変わっていないというのに、前向きに事が進んでいるかのようだ。

 しかしそれも、ヴァルトの至極愉快そうな笑い声によって打ち消されてしまう。


「くすくす……くすくすくす……バッカな女だぜ! 酷いお姉様だねぇ、残念。それじゃあ、指一本いちゃおうか」


 ステップを刻むかのように九実の元へと歩み寄り、ヴァルトは九実の手を取った。


 ――瞬間、椅子にくくり付けられていたはずの少女が立ち上がった。その手には魔石が握られており、少女はそれをヴァルト目掛けて投げ付ける。


「!?」


 魔石はヴァルトに当たる直前で、白い煙を噴射しながら飛散した。どうやら、魔力を込めると目くらましの魔法術が発動する仕組みになっていたらしい。だがこれは好機だ、と今度こそ白羽は駆け出した。

 九実が括り付けられている椅子ごと持ち上げ、窓を蹴破って外へ脱出する。


「九実君、大丈夫?」


「はい。七緒お兄様から、縄抜けの術を教わっていたので」


 ほら、と見せられた頃には、九実を縛っていた縄が解けていた。役に立ったのはいい事だが、何故七緒は九実に縄抜けの術なんて教えていたのか、かなり気になる。


「あのお姉さんの縄には、六月お姉様から頂いていた御札をこっそり貼っていたんです。お姉さんが、縄が焼き切れていた事に気が付いてくれて助かりました」


 九実はにこやかに述べているが、齢十の子どもが出来る業ではない、と白羽は混乱していた。恐怖のあまり泣き出していても不思議ではないのに、むしろそちらが当たり前ではないのか。九実は動じる事なく、淡々と見極めていたとでも言うのか。


(これは将来が楽しみというか、不安というか……)


 幼子ながら「敵に回したくない」と思わせられる度量だ。少なくとも、今後は少し評価を改めた方が良さそうだ、と白羽は心の中で片付けて、店内の様子を遠目から伺う。窓を割って出て来たので、煙幕の煙が思った以上に早く晴れている。

 白羽が視線を向けた頃には、その姿が鮮明に映っていた。


「陽羽、行くぞ」


「うん、長月君」


 少年と少女が、まっすぐに敵を見据えていた。

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