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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第二章 『魔物殲滅隊』
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第六十六話 武器屋をナメなさんな

「あ、あの……」


「何だ」


「お手洗いに行きたいのですが……」


「はぁ!? 我慢しろ!」


「で、ですが……そろそろ限界で、漏れてしまいそうなのデース……」


 やや後ろの方から、微かに笑いを噛み殺すかのような声が聞こえてきたが、エッダは無視する事にした。見なくとも分かる、絶対アンドレイ・ティトゥレスクが笑っている。もしも彼が隣にいたら、弱々しい女性のフリが無意味になってしまうほどに顔が歪んでいた事だろう。込み上げてくる苛立ちを抑え込み、「お願いします……」と再度懇願する。


「おい、トイレは何処にある」


「そ、外に出て右に曲がったところです!」


「クソッ……仕方ねぇ。逃げねぇように見張ってろよ」


「うっす。ほら、さっさと行くぞ」


 何とか、無事に外に出る事が出来そうだ。エッダは内心安堵しながら立ち上がる。


〈エッダ……〉


 心配そうに視線を送ってくるレギーナに、エッダは柔らかく微笑みかける。もっとも、本当に柔らかい笑みだったかは、自分では分からないが。


〈案ずるな。皆を頼んだぞ〉


〈は、はいっ!〉


「早く来い!」


 促されて、エッダは強盗犯の一人と共に店を出る。やや不安は残っているが、いざとなればアンドレイやアリーナもいるのだから、そう心配する事もないはずだ。彼等に任せる事は癪だが、手負いのエッダよりかは余力もある。


 そう自分に言い聞かせて、エッダは店を出て右折した瞬間、後ろからついて来ていた強盗犯に飛びつき、彼の首元に腕を廻した。


 普段は短機関銃を武器として戦闘に挑むエッダだが、愛銃は店内に残したまま。暗器の類も持ち合わせていない彼女に出来る事は限られている。骨折が完治していないとはいえ、素人相手ならば数分と掛からないはずだ。


 容赦なく前方から首をぎりぎりと絞め上げ、もがき苦しむ相手が昏倒するまで力を弛めないように、しっかりと拘束する。やがて、呻き声をあげていた強盗犯は意識を失った。だらん、と抵抗が見られなくなってから、エッダは腕を解放して一息つく。


 すると、よく知った声が聞こえてきた。


「エッダさん!」


「本条一華に一条白羽! 本当に来ていたのか」


 一華と白羽は慌てた様子でエッダの元に駆け寄り、無事を確認しほっと息をついていた。エッダの足元で倒れている覆面の黒服男を一瞬見下ろしてから、一華は経緯を説明してくれる。その間に、白羽は強盗犯の覆面を剥ぎ取って、他に危険物を所持していないか確認をしていくようだ。


「元々、九実君とここで会う予定だったんだ。急に立ち入り禁止になっていて驚いたぞ」


「中に覆面を被った奴等が押し入ってきてな。三人……今は中に二人だが、銃を持っている。人質は私を含めて十人だ。身代金を要求していたから、警察は呼んだのだろう」


「あぁ……だが、数名しか寄越せないとの事だ」


「何故だ……って、私達がいるからだよな……」


 表の世界と裏の世界では特に、治安維持組織との関係については完全に隔離されている節がある。表の世界で当たり前とされている法律も、裏の世界ではないようなもの。争いの際に銃器や刀剣の類が出てくるのも珍しくはないし、むしろそれが正常である場合もある。


 そのため、裏の世界の住人代表の存在である国主が絡んでいる案件では、表の世界の治安組織は機能しないとも言われているのだ。


 今回の件も、人質に国主が複数いる事が原因だろう。人質には何の関係もない一般人もいるのだから、もう少し人を寄越すべきだとエッダは思うが、一華が「動かせない」と言うのだからどうしようもない。


「すまない。どうにも表の組織と連携が取れないらしくてな……」


「一般人もいる、とは伝わっているはずなんですが、やはり関わりたくないようで……」


「だとしても、人の命がかかっている場面だぞ。私が言うのも何だが、どうかしているんじゃないのか!? 治安維持に関する対策は、表の世界も裏の世界も手を取り合うべきだろうに! ……と、今は文句を言っていても仕方がないな」


 下手をすれば死者が出るかもしれないというのに、互いの関係を優先するとは許しがたいものだった。しかし申し訳なさそうに眉尻が下がっている一華達の手前、これ以上責め立てる事はエッダの良心が痛む。それに、彼女達に文句を言っても、この状況が解決するわけでもない。


「一条白羽。『停止の魔眼』で、強盗犯の動きを止める事は可能だろうか」


 どちらにしても、抵抗が難しいとはいえ犯人の近くにいるエッダ達が解決のために動いた方が手早そうだ。強盗犯の武器を押収していた白羽に視線を向けて、そう問い掛ける。


「はい。それ自体は容易なのですが……あまり人がいる場所では使いにくいですね。範囲を細かく指定出来ないので、人質の方を巻き込んでしまう可能性があります」


「人質は一箇所に固まっているが、厳しそうか?」


「……いえ。それなら、いけるかもしれません」


 白羽の返答に、エッダはほっと息をつく。『停止の魔眼』の威力をエッダは実際に目にした事がないが、記憶の通りであれば対象の動きを数分止められるはず。エッダ達にかかれば、十分すぎる時間だ。


「ともかく、人質の命が最優先だ。ひとまず、エッダさんは店に戻って下さい」


「そうだな。あまり長いと何が起こるか分からんしな」


 一応は、トイレに行きたいとごねて出て来た身。そろそろ戻らなくては、流石に不審に思われてしまうだろう。


「白羽さんは、そこでノビてる強盗のフリをしていて下さい。エッダさんと共に戻れば、少しだけでも時間は稼げるはずだ」


「一華さんはどうするんですか?」


「私は裏口から――」


 ――バンッ!!

 一華の声を遮って聞こえてきた破裂音。音に気が付いたエッダ達は、慌てて辺りを見渡す。


「な、何だ、今の音は!」


「銃声……のようですが、近いですね」


 聞こえてきた破裂音は、白羽の言う通り銃声に近いもののように思える。周囲を見る限り誰かが撃たれたわけでもないようで、大きな騒ぎにもなっていないようだ。


 何かのイベントにしては、聞こえてきた音が一発だけというのが疑問だ。嫌な予感は考え出すと止まらず、エッダは段々と焦りを覚え始める。それは一華も同様らしく、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。


 やがて、何かを決意したかのように口を開いた。


「……白羽さん、十分だ。十分間は何もせず、様子を伺っていて下さい。その間に、私はあの音が何だったのか確認する。それでもしも……あちらの方が深刻だった場合、貴方を……いえ、貴方達を信じてお任せしてしまう事なってしまいます」


 聞こえてきた音が銃声とは限らないし、エッダ達の杞憂である可能性の方が高い。しかし一華は、小さな可能性も捨てない決断をしたようだ。

 静かに一度頷いた白羽を後目に、エッダはやや緊張した様子の一華の肩に手を置いた。


「元より、自分達で対処する予定だったんだ。案ずるな、手負いとはいえ捩じ伏せる事くらいは出来る」


「……では、その場の判断はお任せします。あちら側が無関係であったのならば、裏口から侵入して一網打尽にする」


 エッダの手に自身の手を重ねて、一華は言う。


「九実君を頼みます」と。


 本当は、今すぐにでも弟を助けに行きたいだろうに。どこか迷いのあるように感じられる黄金の瞳を見つめ返して、エッダは不敵な笑みを張り付ける。


「私を誰だと思っている。任せろ、本条一華」


「……ありがとうございます」


 そう言って、一華はエッダの手を離した。くるり、と方向転換して音のした方へと駆け出したのを確認してから、エッダは強盗犯の上着と覆面を着用した白羽に声をかける。


「そいつは他の強盗犯の事を『兄貴』と呼んでいた。元々あまり口を開かないタイプのようだから、喋らなくても問題ないだろう」


「分かりました。準備は出来ています、行きましょう」


「あぁ」


 とりあえずは十分。時間が過ぎるのを待つしかない。幸い強盗犯の顔は見えていないし、白羽の正体についても目視だけでは判別がつかないはずだ。店に戻る前に大きく息を吐き出してから、入り口のドアを引き開ける。


「遅いぞ!」


「すみません……」


 おずおずと謝りながら、元いた場所に戻る。横に座る九実に「やったぞ」と目配せをすると、察したように口角を上げて頷いた。


 白羽の方も違和感を持たれていないようで、リーダー格と思わしき男は外の様子と時計とを交互に見ている。もう一人は電話口で話をしているようで、そもそもこちらを見ていない。


 椅子の下に隠しているアタッシュケースも動かしたような形跡がない。エッダが席を外していた間、特に動きはなかったようだ。


「兄貴、警察が人質を解放しろ、と」


「一千万と交換で解放する、ともう一回伝えろ! それ以外の条件は飲み込まねぇともな!」


 用意されていないんだろうな……、とエッダは溜息をつきたくなった。リーダー格と思わしき男は、ふてぶてしく腕を組んで呟く。


「こっちには強力な助っ人もいるんだ。金さえ受け取ればそれで終わりだ……」


(強力な助っ人……?)


 強盗犯は三人だけではないのだろうか。黒幕がいる、という可能性はまったくの予想外というわけでもないが、妙に男の言葉が耳について残った。




※※※※




 音のした方角に向かって人の波を割って走りながら、一華はスマホを取り出す。連絡帳を開き、画面をスクロールして彼女(・・)の連絡先を探す。

 ボタンを押して数回コールの後、軽快な声がスマホから聞こえてきた。


『やっほ〜い。キミから電話だなんて珍しいね……って、ついこの間も押し掛けてきたから、突然の連絡はもう珍しくないのかな』


 一華が電話をかけた相手は九条家当主・九条(くじょう)(こお)()。九条家は本条家専属の武器屋でもあり、一華の刀をうったのも彼女である。そこそこ頻繁に会うが、電話で要件を伝える事は基本的にしないので、氷利にとっては驚きだったのだろう。もっとも、彼女の声色は驚いているというより面白がっているように感じられるのだが。


「こんにちは九条さん、その節はお世話になりました! そちらの方角から銃声のようなものが聞こえてきましたが何かご存知ですか!?」


『ナルホド、お急ぎ案件だったか失礼! さっきの銃声ね、確かに聞こえてきたよ。室内にいても聞こえてきたんだから、あれは爆弾の一種じゃなかろうか』


「爆弾!?」


 早口で要件を伝えると、氷利もすぐさま答えてくれる。

 一華達が銃声と思っていたそれは、爆弾によるものだったらしい。氷利の様子では周辺に大きな被害が出ているわけではなさそうだが、規模によってはそちらを優先する事になるだろう。


『そう。気になったから今は店の外にいるんだけど……ただ事ではなさそうだね。工事やイベントの予定はなかったし。周辺にいた人達も動揺してるみたい。パニックに陥っていないだけマシだろうけど』


「状況は分かるか?」


『オーケー、通話はそのままに。サクッと現地調査してきますよ』


「くれぐれも気を付けて」


『任せときんさい。現在地は歓楽街の雑居ビルの屋上、爆発音があった場所とみて間違いないわ。火薬の臭いがする』


「早っ!?」


 行く、と宣言してからまだ一分も経っていないにもかかわらず、氷利はすでに現場に到着しているらしい。あまりの速さに瞬間移動でもしたのかと驚いたが、氷利は電話越しに「ふっふっふ~」と笑っている。


『武器屋をナメなさんな。あたしはしがない武器屋だがね、本条家御用達って最高級のブランドがついてんのよ。お得意様の頼みを察せなくて営業なんて出来ないわよ』


 顔が見えなくとも、現在彼女はドヤァッ、と効果音がつきそうな表情をして胸を張っているのだろうと察しがついた。

 口振りから察するに、彼女は一華が電話をかけて来た時点で要件を察し、現場へ直行していたのだろう。その判断力と行動力は尊敬ものだが、一華はツッコまずにはいられなかった。


「九条さん……武器屋、関係あります……?」


 おずおずと問い掛ける。一華の指摘は氷利も自覚していたようで、さっきまでの自慢げな声色から一転して弱々しく言った。


『そ、そこはほらぁ……あたしの肩書きってそれしかないしぃ? ぶっちゃけ武器を作るか、武器を持って戦う事しか出来んのだわ――』


 そこで、氷利の声が途切れた。否、途切れたのは声ではなく言葉だった。


『ぎゃっ!?』


 スマホ越しに聞こえてきた氷利の悲鳴に、一華は一抹の不安を覚えた。


「九条さん!?」


『だぁぁぁあチクショー! どこから攻撃しやがっ――ぅぐっ!?』


「九条さん! おい!」


 何度呼び掛けても、以降氷利の声が聞こえてこない。通話が切れたわけではないので、氷利のスマホが彼女の手元から離れてしまったようだ。

 しかし彼女は「どこから攻撃しやがった」と言っていた。現場には犯人が残っていても不思議ではないし、むしろ犯人と交戦中であると考えた方が合点がいく。


 爆発を引き起こした犯人と交戦している氷利。強盗犯に人質にとられている九実達。


 氷利だって決して弱い人ではないし、状況の確認だけしたら戻るつもりでいた。しかし現状、九実達を助けに戻る事は難しくなってしまった。氷利がいる方角と、九実達がいる中華料理店がある後方を交互に視線を向けて、一華は頭を抱える。


 本音を言ってしまえば、今すぐにでも九実の無事を確保したい。店員や一般客の安全も確保しなくてはならないし、距離的にも近いのですぐに対応出来るだろう。


 しかし、氷利の方も気掛かりでならない。感情は九実等の方へ、しかし一華の直感は氷利の方へと向いていた。


「クソッ……落ち着け……中には人質もいるが、白羽さんやエッダさんもいる、大丈夫だ……」


 焦っても納得のいく答えは出てこない。そう自分に言い聞かせて、すぐさま落ち着きを取り戻す。最後に息を大きく吐き出して、一華は強盗犯が立てこもっている中華料理店から完全に背を向けた。


「白羽さん、頼みました」


 そう、短く残して。




※※※※




 先程まで一華がいた繁華街の大通りを抜け、建物と建物の間に出来た細道に入ってしばらく進むと、歓楽街の中心に出てこれる。夜になれば人の波でいっぱいになるここも、昼間になると人通りは少ないように感じられた。

 氷利は雑居ビルの屋上にいると言っていた。非常階段が併設された建物を探し、一気に建物の屋上まで上り氷利の居場所を探る。


(火薬の臭い……)


 ふと、風に乗って一華の鼻を掠めた火薬臭。風が吹いてきた方向に向かって屋根伝いに移動していくと、倒れている氷利の姿が見えてきた。彼女の傍には愛用している薙刀も落ちていて、慌てて刀を鞘から抜いて氷利に駆け寄った。


「九条さん!」


 ところどころに殴られたような痕があり、何者かに襲われたのだと察する。氷利の安否を確認するように名を呼ぶと、彼女はハッとして声を張り上げた。


「一華ちゃん逃げな! ソイツ、姿が見えねぇ!!」


「!」


 氷利のいる建物の屋上に足をつけた瞬間、禍々しい気配を感じた。

 屋上には、一華と氷利以外の人物の姿は見えないのに、一華は直感的に「誰かがいる」と確信したのだ。


 氷利の言う通り、敵の姿が見えないのだとすればかなり厄介だ。火薬の臭いが強く残っているせいか、はたまた禍々しい気配のせいか、敵の気配がよく感じ取れない。少し動いてみるか、と一歩踏み込んだ瞬間の事だった。


「ぐっ!?」


 唐突に訪れた腹部への鈍い衝撃。誰かに殴られたようだが、やはりこの場には一華と氷利以外の姿は見えない。腹部を抑えつつ敵の気配を探るも、やはり上手く感知する事が出来なかった。


「どういう事だ……魔法術で姿を消しているのか……?」


 姿を見えなくする魔法術は存在すると、三央に聞いた事がある。一華は魔力を持ち合わせていないので、魔法術によって起こされる現象にはめっぽう弱い。

 分が悪かったか、と奥歯を噛み締めていると、どこからか声が聞こえてきた。


「――あぁ、すみません。この姿だと見えないんでしたね」


 その声と同時に、それまでそこにいなかった人物が露わになる。一華の前に立っていたのは、茶髪の男性だった。鮮やかな緑の瞳はどこか妖艶な雰囲気を宿しており、目の横に描かれた赤い花のペイントが特徴的だった。


 男性は姿を現すなり、まるで目上の者に敬意を払うかのように仰々しく一礼してみせる。


「お初にお目にかかります、百代目本条家当主様。私、フォルストと申します」


「……貴様、魔物か?」


 感じた事のない禍々しい気配に、突如として現れた事実から一華はそう推測した。ただの魔法術士にしては、魔法術を使って闘う様子を見せなかったからだ。


 一部を除いて、魔法術士は接近戦を苦手としている。しかし彼は先程、一華の腹部を殴ってきた。手元にも武器と思わしきものはなく、武器の類を隠し持っている様子でもない。


 極めつけは「この姿だと見えない」という台詞だった。先日魔物についての話を聞かされた一華の頭の中では、以上の事を踏まえてもフォルストと名乗る男性が魔物である可能性が高いと示し出していたのだ。


「左様です。お察しが良くて助かりま――」


 にこやかに述べるフォルストの胴体目掛けて、一華は刀を振り下ろす。フォルストは攻撃の気配を察知した途端、上げていた口角を引き結んで後退し、攻撃を躱した。悠々とした態度からは想像もつかない俊敏さに驚きつつ、一華は真っ直ぐにフォルストを見据える。


「わざわざ姿を見せてくれて感謝する。先程、私の腹に一発入れた借りを返そうじゃないか」


「何を仰います。こちらだって、貴女の腹を殴った時に手が痺れちゃいました。だいぶ固いですね」


「鍛えているからな」


「それはそれは、努力家なのですね。ですが、与太話もそこそこに本題へ移らせてください。本日は、貴女にお会いするためにこの場を用意したのですから」


「何の用だ」


 警戒は解かず、刀を構えたまま一華はフォルストの言葉に耳を傾ける。一華が様子を窺っているのをいい事に、フォルストは武器も構えず饒舌に語り出した。


「現在、貴女の弟様や裏の世界の重鎮の方々が人質にされていますよね。あれ、私達の差し金なんです。金に困っていた人間を唆し、強盗を働いてもらいました。他の国主の方がいたのは少し予想外でしたが……それ以外は計画通り。貴女はここに来てくれると思っておりました。だって強い方がたくさん集まっていらっしゃる。でしたら、貴女は弱い方を救うために来てくれるって」


「なにさ、あたしが弱いって言いたいのかい?」


 挑発するかのようなフォルストの物言いに、氷利がむっとした様子で反応した。立ち上がる余力はないようだが、反論する余力は残っているようで内心ほっとしてしまう。しかし、挑発に乗って相手のペースに呑まれてしまっては不利になってしまいかねない。片手で氷利を制して、一華は述べる。


「随分とお喋りが好きなようだな。それで、何が目的だ」


「……魔物殲滅隊を、解散させてください」


 フォルストの目的は、予想外と言えば予想外で。想定内と言えば想定内だった。

 むしろ、彼が魔物であるのなら、敵である殲滅隊を解散させたいと考えるのは当然の事だ。


「困っていたんです。私の兄の魔石が、彼等の手に渡ってしまって。兄は、私が十の時に死んで、魔石となりました。まぁ色々あって私達は人間界にやって来たんですが……なんと兄の魔石も人間界にあったのです」


 だいぶ端折ったな、と一華は思った。氷利も少なからずそう思っているようで、一華の後ろで「色々って何だよ。気になるじゃないか」とでも言いたげに唇を尖らせている。


 しかし端折った部分を語りたくはないらしく、フォルストは気付いていないフリを決め込んで話を続けた。


「ですが、殲滅隊の手に渡っている以上、兄を取り戻す事は容易ではありません」


「お兄さんの魔石を取り戻してどうするつもりだ」


生き・・返らせます(・・・・・)


「……はぁ?」


 フォルストの回答に、氷利が呆気に取られたように抜けた声を発した。一華も同様に衝撃をくらったものだが、声を出す事はなかった。一華と氷利の反応が意外だったのか、フォルストは「何を驚かれているんです?」と目を丸くしていたが、すぐに祖語に気が付いて補足した。


「あぁ、失礼。説明が足りませんでしたね。魔物というのは病気や寿命以外の死……定められた運命以外の死を迎えると、魔石になるのです。その魔石にある条件を加えると、生き返るんです」


「……本当に、それでいいのか?」


「はい。生き返る時に死ぬ要因となった傷はなかった事になりますし。たとえ死んだとしても、チャンスがあるのならもう一度あれば生き返りたいに決まっているじゃないですか」


「私はそうは思わない。死ねばそこで終わりだ。残されたものが受け継いでいく、やり直す事も、進む事も出来やしない」


 死んだ者は帰ってこない。一華にも帰って来てほしい、これから先も共に生きていきたいと思う人はいる。そかしそれは叶わない夢なのだ。実現してはならない禁忌でもあり、犯してはならない領域なのである。


 魔物が住まうという魔界の常識と、人間界の常識とでは大きく異なるだろうが、ここは人間界。死者蘇生、人体実験が禁忌とされている世界なのだ。例えフォルストが魔物であっても、人間界にいる限りはそのことわりに従ってもらわなくては困る。


「そうまでしてお兄さんを取り戻したいという事は、貴方は本当にお兄さんが好きだったんだろう。だが、その話を受ける事は出来ないな。そもそも、ただ一人のお願いで一つの組織を解散させるつもりもない。ましてや、私の大切な人達や関係のない人達を巻き込んだ輩の言う事を、私が聞き入れるとでも思ったのか?」


 確かに一華は悩んでいた。禁忌を犯した魔物殲滅隊という組織を解散させるべきなのだろうか、と。だが、それ以上に九実達を危険な目に遭わせている事実は見過ごせない。彼等の事情も、同情はしてもそれ以上の感情は浮かんでこないのだ。

 少なくとも、初めから対話を望んでいたのであれば、また違った感情が生まれていたのかもしれないが。


 現時点で一華の中には、兄弟がいる身でありながら一華の兄妹を利用するフォルストへの怒りでいっぱいだった。語気を強めて問いかけるも、フォルストは物怖じする様子を見せない。それどころか、一華の問いに満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。


「思いましたよ。だってこの話を受けないと、その貴女の大切な人達が死んじゃう事になるんですから」


 おかしくてたまらない、とでも言いたげに、フォルストは口角を上げる。そのただならぬ気配に、一華は思わず刀を握る手に力を込めた。


「可哀想ですねぇ、人間は死んだらそこで終わりなんですから。価値観の違い、ってやつですね」


「貴様等から見たらそうだろうな。人間と魔物の違いがよく分かったよ。魔物殲滅隊には、確かに解散させるだけの理由がある。だが、貴様のような輩を野放しにするよりかは、良い選択だったんだろうな」


「おや、残念。お悩み中の当主様ならば、聞き入れて下さると思ったのに。残念ですねぇ」


 説得、及び交渉が無駄だと判断したらしいフォルストは、スーツジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。


「ヴァルト、交渉決裂だ」


『そんな事だろうと思ったぜ』


 通話相手の声は、男性のようだった。ヴァルト、と呼ばれていたが、フォルストの仲間だろうか。そんな考察をしていると、フォルストはビデオ通話に切り替えて、画面をこちらに見せつける。


「! 九実君!?」


 画面に映されていたのは、現在強盗が立てこもっている中華料理店の内部の様子。パッと一華の目に入ってきたのは、椅子の上に拘束された九実の姿だった。怪我はないようだが、すぐそばにはフォルストに似たペイントを顔に施した男性の姿が映っている。彼の手には銃が握られており、その銃口は九実に向けられているではないか。


「さて、もう一度問いましょうか。魔物殲滅隊を解散させる……同意して頂けますか?」


 フォルストが笑う。これでもまだ決意を変えないのか、と。

 事態は思っていたより、悪化していたようだ。ギリッ、と奥歯を噛み締めて、一華は真っ直ぐにフォルストを睨み付けた。


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