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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第二章 『魔物殲滅隊』
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第六十五話 何故貴様等もここにいる

 継承戦の間滞在していた各国国主達も大半は自国に戻り、元の業務に戻っているであろう中。


ドイツ国主、エッダ・ハイデルベルクは、継承戦終結から十日経とうとしていた今日まで、日本に滞在したままだった。せっかく日本に来たのだから他の名家の元へ訪れたり、観光を楽しんだりするのも過ごし方の一つ。継承戦の間は原則ホテル内にいなくてはならなかったので、羽を伸ばす国主も多いと聞いている。


 エッダは継承戦が終わってから、日本にいる知り合いの元を訪れたりと、仕事として滞在していたのだが、それも昨日で終わり。あと数日でドイツに戻る予定だが、それまでは従者のレギーナが行きたいと言っていた飲食店に足を運んだり、観光地に赴いたりと楽しむつもりだ。


 本日はホテル本条から近く、細い路地を入った所にある中華料理店に訪れていた。雑誌に掲載されていた、いわゆる隠しスポットのようでこじんまりとした印象だったが、問題は料理の味だ。早速店の中に入ろうとした矢先、エッダは思わぬ人物の姿を見てしまった。


「……何故貴様等もここにいる、ティトゥレスク夫妻」


 エッダの前にいたのは、ルーマニア国主のアンドレイ・ティトゥレスクと妻のアリーナだった。大半の国主は自国に戻っているし、会う事もないだろうと油断していただけに、驚きが隠せなかった。


 それは相手も同様だったらしいが、エッダのように嫌な顔をする事はない。むしろ嬉々として手を振ってくる。


「わぁぁ偶然だね〜。二人もここでご飯食べるの?」


「レギーナ・フライリヒラート、日を改めよう」


「あれ、無視?」


 アンドレイの声を無視、もとい彼等の存在を見なかった事にしようとレギーナに提案するが、彼女は苦笑いを浮かべながら言う。


「私は、アンドレイ様とアリーナ様ともご一緒したいでしゅ……」


 レギーナならそう言うと思ったから会いたくなかったのに。思わずエッダは口に出してしまいそうになるが、代わりに「えぇぇ……」と嫌そうな顔をしておくだけに留める。

 そして、この場に「一緒に食事したくない」と思っているのはエッダ以外にはおらず――


「エッダ様、改めてお礼をさせてくださいな。あの時お二人が来てくださらなかったら、私はアンドレイ様に会えないままこの世を去っていたかもしれません」


「アリーナちゃんの言う通りだよ。お礼としてここのお代は俺がもつからさ。そうカリカリしないで、ね?」


 と、アリーナとアンドレイにも誘われてしまう。三人に詰め寄られてしまっては、これ以上嫌だと言う事は出来ない。


「……はぁ。こちらとて、好意を無下にする気はない。二人共、無事で良かったよ」


 ここは、素直に礼を受け取るべきなのだろう。本音としてはお礼などどうでも良かったのだが、そこまで言われてしまって断るのも申し訳ない。(嫌々ではあったが)四人で店内に入り、通された席でメニューを選ぶ。


「二人共、好きなだけ食べていいからね。遠慮しないで」


「……では、このページ全部頼んでいいですか?」


「…………。」


 言うのを忘れていた、とエッダは思わず頭を抱えた。

 レギーナはその小さな体躯のどこに入っていくのだというほどよく食べる。人より多く食べると言われているのはエッダも同様なのだが、レギーナはその三倍以上をぺろりと平らげてしまうのだ。


 「奢られる立場でそんなに頼む奴がいるか」と小声で叱責し、彼女の腕を小突く。ハッとしたレギーナは、途端に自分の発言が恥ずかしくなったのか、メニューで顔を隠しながら「そ、そうでしたぁ……」と呟いた。


 レギーナの発言に一瞬は驚いていたアンドレイも、


「あははっ、いいよ。たくさん食べるのはいい事だからね」


 と、笑いながら承諾してくれた。その一言で、レギーナはパッと顔を明るくさせて喜びを露わにする。


「す、すみません……ありがとうございましゅっ……!」


「すまんな……」


「お礼なんだから気にしないでよ」


 そうは言われても気にしてしまう。いくら関わりを持ちたくない相手であろうと、否、関わりの持ちたくない相手だからこそ大きすぎる礼を返されたくなかった。「お礼」と言ってはいるが、それが「貸し」になった時が厄介だ。エッダの財布に響かずレギーナの腹が満たされる事は、ある種救いではあったが。


 こうなったら出来るだけ安い品を頼もう、とエッダは嬉々とした表情でメニューを眺めるレギーナをよそに視線を下ろしたのだった。


 全員分の注文をして(当然の事だが店員に驚かれた)しばらく、アンドレイとアリーナから提示される話題に相槌を打ちつつ、エッダは店内の様子を見渡す。狭い店内に客はエッダ達の他に二人しかいなかった。

 だからこそ他の客の声も意識せずとも聞こえてくるのだが、エッダが気付いた時には、もう一組の客は何やら盛り上がっている様子だった。


 盛り上がっているのは会話ではなく、一人の少女が真っ赤なラーメンを食している様子にだ。淡い桃色のグラデーションがかった癖一つない銀髪が特徴的な少女は、何食わぬ表情でラーメンを口に運んでいく。よくよく見ると真っ赤なだけではなく、ラーメンの器のサイズも大きいではないか。


「お嬢ちゃんあと少しだ! 残り一分!」


「頑張れ!」


 彼女のテーブルの傍には、店員の男性がタイマーを片手にそう告げる。

 

 少女の向かいに座っていた夜空のような青い髪をした青年が激励の声をかけると、少女は一度頷いて器を持ち上げ、スープを一気に飲み干していく。そして――


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 笑みを浮かべて、手を合わせた。


「完食! 大盛り超激辛ラーメン完食!! おめでとうございます!!」


「凄いぞ陽羽!」


 わっ、と盛り上がる場を眺めながら、レギーナは不思議そうに呟く。


「何かの催しでしょうか……?」


「時間内に完食したらタダになる、とかそんなものだろう。お前も挑戦すれば良かったな、余裕だろうに」


「か、辛いものはちょっと……」


 辛いものは苦手だが、量的には余裕で完食出来るらしい。つくづくエッダの想像を超えてくるな、と呆れながらお冷を流し込む。


「エッダちゃんは挑戦しないの?」


「しないな」


 アンドレイからの質問に、エッダは即答した。

 どんな事でも危ない橋は渡りたくないのがエッダだ。チャレンジ失敗で出費が増えるなど、リスクを考えると挑戦しないのが一番に決まっている。


「ま、俺も挑戦しない派だけど。でも、ここ数日は胃に優しいものばっかりだったし、今日は解禁しちゃうんだ」


「程々にな」


 アンドレイも継承戦の間は『霞』に拉致されており、まともな食事は勿論、自由に身体を動かす事もままならなかったと聞いている。今日まで日本に滞在していたのも、ある程度体力が回復するまで休んでいたからなのだろうか。話を区切るように相槌を打って、エッダは話題を逸らす。


 しばらくすると注文した品が運ばれてきたので、それまでと同じようにアンドレイとアリーナからの話に相槌を打ちながら、食事を始める。レギーナが注文した品が次々とテーブルに運ばれてくるので、そこそこ広いはずのテーブルの上があっという間に食べ物で埋め尽くされてしまった。レギーナはそれらを見るなり目を輝かせて、物凄いスピードで胃に流し込んでいく。何度もこの光景を目にしているが、正直見ているだけで満腹感に苛まれそうになる。


 彼女の食べっぷりは初見のアンドレイとアリーナは、驚きを隠しきれていなかった。二人揃ってラーメンを食べていた手を止めて、感興をそそられたかのようにレギーナを見つめている。その様子は見ていて愉快な気もしたので、エッダは内心笑みを含みながら食事に勤しんでいた。


「すみません、二人です」


 と、新たな客が来店してきた。それだけならば気にもならなかったのだが、聞き覚えのある声にエッダは反応してしまったのだ。声の主を確認するべく、エッダは手を止めて顔を店の入り口に向ける。


 淡い水色の髪に、血のように赤い瞳。幼い顔立ちと体躯の中に見られる大人びた出で立ちは、やや違和感を覚えてしまう。彼は本条家五男・九実ではないか。

 彼の後ろに控えるように立っているのは、女中の三条鈴だ。彼女に至っては書面上で顔と名を知った程度なのだが、黒を基調とした婦人服を身に纏った姿は目を惹くものがあった。


 彼等も、こういった場所で食事をするのかと感想を抱いていると、九実がこちらに気が付いたらしい。一瞬だけ目を見開くと、すぐさま表情を引き締めてこちらに歩み寄ってくる。鈴もそれに続いて歩みを進めた。


「こんにちは、エッダ様とアンドレイ様、それからレギーナ様とアリーナ様。お久しぶりです、本条家五男の九実です」


 何度も練習したのだろう。どこか初々しさが残りつつも、とても洗練された挨拶だった。こちらも挨拶を返すと、九実はチラッと料理で埋め尽くされたテーブルに視線を移す。何か言いたそうに目を瞬かせていたが、


「お食事中話しかけてしまってすみません。僕はこれで失礼しますね」


 と、話題に触れる事はなく一礼して踵を返してしまった。九実の後ろに控えていた鈴もそれに倣い、その場を後にする。


「……随分としっかりした子どもだな」


 エッダの記憶が正しければ、九実はまだ十歳頃だったはず。幼い頃から礼儀を叩き込まれたにしても、あそこまで落ち着いた雰囲気を兼ね備えているのは珍しいだろう。感心のあまり呟くと、アンドレイも同調してきた。


「俺、十歳の頃何してたかなぁ。少なくとも、年上の人にあんな礼儀正しく出来なかったよ」


「ふふっ。どちらかといえばやんちゃ坊主でしたからね」


 アリーナがくすくすと思い出し笑いしている間に、エッダは九実達の姿をもう一度探す。九実と鈴が案内されたのは、先程激辛ラーメンに挑戦していた少女達の隣の席だった。


 一緒に来ているのが一華達他の兄妹でない事にやや驚きだったのだが、彼は最近まで屋敷から離れた別荘に移っていたらしいので、別段不思議な事ではないのかもしれない。それに、従者の者と食事に来るのはエッダ達も同じだ。


気にせずに食事を続けよう、と箸で餃子を持ち上げた瞬間の事――




「動くな!! 全員手を挙げろ!!」


「「「「!!!!」」」」


「命が惜しくば、大人しく俺達の命令に従え!! 分かったか!」


 勢いよく扉を開けて押し入ってきたかと思いきや、突如声を荒げた男。男の手元には銃が握られており、エッダは椅子の下に押し込んでいたアタッシュケースを足で手繰り寄せる。


「ご、強盗……!?」


「陽羽、下がっていろ」


「…………」


 しかしすぐさま、エッダはアタッシュケースを椅子の下に押し戻した。この場に居合わせたのが店員と、九実等だけだったのならば、すぐさま応戦した事だろう。しかし、一般人と思わしき少年少女がいる狭い店内で、短機関銃を乱射する事態は避けるべきだと判断したのだ。


「九実様、私の傍から離れないで下さい」


「はい……」


 鈴、九実もエッダと同様の思考に至ったらしい。男の指示に従って、ゆっくりと両手を挙げた。


〈あなた……〉


〈大丈夫、おそらくは素人だよ。落ち着いて〉


 アリーナはやや不安そうだが、アンドレイの方は冷静そうだ。母国語で言葉を交わした後、両手を挙げる。


〈レギーナ・フライリヒラート。一旦様子を見る。日本語は分からないフリをしておけ〉


〈りょ、了解〉


 エッダも隣で挙動不審になっているレギーナに指示を出し、大人しく手を挙げ降参の意を示した。店員二人も手を挙げたのを確認してから、男は再度口を開く。


「全員、妙な動きをしたらぶっ殺すからな! いいか、お前等は人質だ! そこの店員は警察に連絡しろ! 人質を無事に解放してほしくば、二時間以内に一千万用意しろとな!」


「ひ、ひぃっ……」


「さっさとしろ!」


「お前達は一ヵ所に集まれ。ここで大人しくしてろ」


 最初に入って来た男が店員を見張っている間に、他の二人がエッダ達客を一ヵ所に集めるべく行動する。

 強盗犯と見られる三人は全員覆面を被っており、それぞれ銃を手にしていた。


(手口が雑な所を見る限り、表の世界の人間か。銃は危惧すべきだが、ほぼハッタリと捉えても問題ないな)


 とはいえ、一般人もいる以上、下手に刺激するのは避けた方が賢明だろう。それに、エッダにはもう一つの不安が残っていた。

 エッダが座っていた椅子の下に置かれているアタッシュケース。あの中にはエッダの愛銃が仕込んであるのだが、男達に開けられてしまっては敵に塩を送る事になってしまう。これに関しては開けられないように祈るしかないのだが、現状エッダ達に出来る事はないに等しい。


 ふと、隣に座っている九実に視線を向けた。彼は俯いたまま、膝の上で拳を握り締めている。


(流石に本条九実も怯えているか……無理もない。誰だって恐怖感は――)


 しかし次の瞬間、エッダは思わず息を飲んでしまった。


(な……何だ、今の目は……)


 前髪で隠れてはいたものの、隙間から見えた九実の目に恐怖の色は一切なかった。それどころか、勝機を確信しているようでもある。少なくとも十の子どもが、もしかすると死ぬかもしれない局面でする目ではなかった。

 そんな子どもらしからぬ表情を浮かべたのも束の間、九実は突如嗚咽を漏らして肩を震わせ始める。


「…………ふぇっ……うぅっ……」


 エッダは瞬間的に悟った。「あ、嘘泣きだ」と。

 とはいえ、この場で九実が恐怖のあまり泣き崩れる事に違和感を抱いている人間は、エッダ以外にいない。九実の後ろに座っていた少女が、九実の背を擦りながら励ました。


「大丈夫よ。だから泣かないで」


「そこ! 静かにしろ!」


「ならば、せめてこの子に銃を向けるのはやめてほしい。騒がれると困るのだろう」


 九実と少女に銃口を向け、静かにするよう脅してきた強盗犯に対して、青髪の青年が二人を庇うように制する。強盗犯は小さく舌打ちして銃を下ろしたが、九実は落ち着く素振りを見せなかった。


「うぅぅっ……怖いよぉ……」


 声を震わせながら、九実はエッダに抱き着いた。その際に、至極落ち着いた声色で告げる。


「外に一華お姉様がいます。エッダ様、外に出て一華お姉様を呼んできてください」


 と。


(な……なんという無茶振り!)


 エッダは思わずそう叫びそうになった。一般人も人質に取られている以上、下手に動く事は避けるべきだとエッダとアンドレイは大人しくしている道を選んだというのに。あろう事か、九実はエッダに無理難題を要求してきたのだ。何か考えているとは思っていたが、そんなリスクの高い方法だとは思ってもみなかった。

 「流石に無理がある」と指摘しようとした瞬間、九実は続けて言う。


「一条さんもいるはずです」


(一条……一条白羽か。奴ならば『停止の魔眼』を持ち合わせている。やってみる価値はありそうだな)


 『停止の魔眼』の能力があれば、強盗犯の動きを止め、その間に避難させたり武器を奪ったりと対処出来るはずだ。少なくとも、店員や一般客の安全は確保されるだろう。


 問題は、どうやって外に出るか。可能な限り安全な方法を使いたいものだが、どうあっても波風はたってしまうように思える。失敗した時は強硬手段に出よう、とエッダは一度息を深く吐き出してから、おずおずと手を挙げた。


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