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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第五話 全ては正統なる当主様のために

  《本条家廊下》


 ――九月二十日。


 午前四時。

 五輝は右手にナイフを握り締め、銀治の部屋の前に忍び寄った。隣には六月もいて、静かに捕縛用の御札を構えている。四音は五輝が銀治を仕留めるまでの間、父の部屋の前に立ち、人が来たら五輝達に知らせる……いわゆる見張り役だった。


 銀治は剣道で数々の成績を収めた強者だ。実力方面で四音や五輝が勝っていても、気配を悟られてしまっては元も子もない。まずは六月が得意とする御札を使用した捕縛術で動きを封じてから、五輝が仕留めるという単純な作戦だ。四音は見張りでもあるが、その手には愛用している刀もある。


 今日、父を殺す。


 五輝と六月の作戦に、半ば強制的に参加させられた四音は、驚いた事に緊張感や罪悪感を抱いていなかった。だからといって、彼等が手を汚すのを許容した訳ではないが。

 結局、四音には彼等を止める事が出来なかったのだ。兄として、人として、彼等の道を正す事が出来なかった。誰にもこの事を告げずに、今この場に立っているのは、せめて一緒に罪を背負おうという身勝手な決意からなのかもしれない。


 至極落ち着いた心持ちのまま、四音は五輝の合図を待つ。

 一度辺りを見渡した五輝は、四音と六月に合図を送った。頷きを返した四音と六月を見てから、五輝はそっと襖を開ける。その瞬間、五輝は静かに目を見開いた。五輝に続いて部屋の中を覗き込んだ六月も、小さく息を飲んだ。


 二人の様子に疑問を抱いた四音は、恐る恐る部屋の中を覗き込む。

 暗がりでよく見えないが、鼻の奥を衝くような鉄の匂いが押し寄せてきた。思わず鼻を腕で覆った四音は目を凝らして部屋の中心に目を向けた。


「…………ひっ―――」


「叫ぶな」


 悲鳴を上げかけた四音の口を慌てて塞ぎ、五輝は六月に視線を向けて襖を閉めさせる。外に匂いが漏れてしまっては五輝達にとっても都合が悪い。


「…………もう、死んでる……」


 そっと銀治の元に歩み寄った六月は、彼の首元に触れそう言った。五輝は四音をゆっくりと解放し、ナイフを懐に仕舞った。


「死んでるならここにいる用はねぇ。戻って急いで風呂入れ。多分すぐに人が来る」


「分かった」「うん……」


「くれぐれも俺達がここにいた事を悟られるな」


 念を押すようにして、五輝は先に部屋を後にする。取り残された四音と六月はお互いに顔を見合わせて、息をついた。

 強敵を相手にするという緊張から解放されたからか、六月の表情は暗いながらも明るい。同時に表情に現れていた事が、四音には怖かったが。部屋も暗いので見間違いだろう、と思う事にした。


 六月は改めて、血の池の中心に眠っている父を見下ろした。改めて見ると凄惨なものだ。致命傷に至ったのは首の傷だろうか。それ以外に争った形跡もなかったが、出血量が多く、置かれていた家具にも血が飛び散っていた。


「パパ……誰がやったんだろう……」


「少なくとも、兄さんや姉さんではなさそうだね……」


 二宮は夜勤で屋敷にはいない。三央に至ってはそもそも身体が不自由な為、油断をついたとしても銀治を仕留める事は不可能だろう。日本にいない七緒と八緒にも犯行は不可能だし、幼い九実も論外。屋敷に住み込みで働いている使用人達もいるが、父と渡り合える程の実力者はいなかった筈だ。

 思い当たる人物がおらず四音は頭を悩ませていたが、六月はあっさりした様子で銀治から背を向けた。


「ま、死んでくれてラッキーじゃない。ライバルが一人減ったし、余計な労力も使わずに済んで」


「六月ちゃん、そんな言い方……!」


「うっさい。アタシ達も戻るよ」


 ギロッ、と睨んだ後、六月は四音を一瞥する事なく部屋を出て行ってしまう。

 ただ一人、残された四音は、血塗れになって横たわっている銀治に歩み寄った。しかし不思議と、何の感情も湧き上がってこなかった。父親が死んだというのに涙一つ浮かんでこない。それどころか、悲しいという感情すら浮かんでこないのだ。


(僕は……こんなに情がない人間だったのだろうか……)


 否。目の前で死んでいる銀治が何もなかったのだ。何もない人間に帰って来るものなど、与えられるものなど、何もない。四音は静かに手を合わせ、目を閉じた。


(さようなら、父さん) 


 “ありがとう”という言葉も出なかった。四音は感情の宿っていない瞳で銀治を映し、風呂場へと向かったのだった。




※※※※




 《本条家屋敷外》


 一人の男が、屋敷の瓦屋根の上で呆然と景色を眺めていた。二階建ての屋敷から見れる景色なんてたかが知れているが、やや高い立地に建てられているこの屋敷から見える景色は、なかなかに美しいものだ。男は少しの間その景色を目にしていたが、やがて思い出したかのように血に塗れたナイフを丁寧に布で拭き取り、懐のポーチへと仕舞った。

 続いて黒いジャケットの内ポケットから、連絡用の携帯電話を取り出す。ある番号へとかければ、三コールもしない内に相手は出てくれた。挨拶もなしに、男は用件だけを伝える。


「任務の方は問題ありません。まずは第一段階、遂行しました」


 「御苦労様です」という声が、携帯から聞こえてくる。形式的な労いの言葉は聞き飽きているのか、男は礼をする事なく報告を続けた。


「瀬波銀治の死亡も確認済みです。証拠も残していません」


 「当然です」という言葉には少し苛立ったらしい。男は不機嫌そうに唇を噤んでから続けた。


「厄介なのは、死因までは誤魔化せない事ですが……」


 「仕方がありません。手を回しておきます」という言葉。仕事の素早さと的確さは、電話の相手を上回る事が出来ないと思い知らされた。ただ相手がそういった処理が得意で、自分は前衛に立つのが得意だからこその役回りだが、どうにも納得がいかない気がする。

 とはいえ、昔から決められている事。そもそも、自身の得意分野を割り当てられているのだから、文句は言えない。そう区切りをつける事にして、男は


「では、任務を続行します」


 と一方的に言葉を残して通話を切った。


「全ては正統なる当主様のために」


 男の頭に、身体に、心に刷り込まれた言葉。その絶対忠義は、正当な血筋の当主のみに向けられる。そう、呪いのように受け継がれているから。

 男は携帯をジャケットの内ポケットに仕舞って、屋根伝いに移動して、音も立てずにその場を去っていく。何もなかったかのような静寂に包まれている屋敷は、数時間後には騒ぎになっている事だろう。




 そして九月二十日。ついに第百回目本条家当主継承戦が始まる――――



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