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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第五十八話 私が代表して問いましょう

  《ホテル本条二号店・大会議室》


 ホテルの最上階に作られた会議室。大会議室はホールよりは狭いものの、集められた国主と従者が余裕をもって座れるくらいの広さを兼ね備えている。長いテーブルに三人から五人ずつ腰掛け、全員の視線が向けられる白板の前に、五大権が着席する。

 これからもそうらしいが、会議では五大権が指揮を執っていくらしい。ひとまずは会議の流れを理解する事を目標として、一華は指定の席につく。


 大きな白板を背に、右側に梓豪とアーサー、左側にエドヴァルドとステファーノがいる。そして目の前には、裏の世界を構成する重鎮達の姿。昨日程ではないが、凄まじいプレッシャーを感じて、一瞬身を引きそうになってしまう。


「緊張するか?」


 ふと、隣に座っていた梓豪が話し掛けてきた。梓豪は一華の返事を待たずに、


「まぁ初めは誰だって緊張するさ。徐々に慣れるだろうし、気楽にいけばいいだろうよ」


 と言ってくれた。顔や態度に出したつもりはなかったのだが、彼には分かってしまったらしい。


「そうだな。ありがとうございます」


 気を遣ってくれた梓豪に礼を言いつつ、チラッと彼の後ろに立っている神美に視線を向ける。彼女は何もなかったかのようにそこに立っていて、ぼんやりと梓豪の背中を見つめていた。


(大丈夫そうだな……)


 ナンパされた時、恐怖感を覚える事もあると聞いていたが、今の彼女を見る限り問題はなさそうだ。よし、と気を引き締めて一華は立ち上がり、目の前に見える国主達、従者達を概観した。


「それでは、会議を始めます。」


 本来なら秘書役である二条泉が進行を務めてくれるようだが、本日は(無理矢理)休暇を取らせたので不在だ。代わりに、スウェーデン国主、エドヴァルドの従者――アクセル・ヴェランデルが務めてくれる。

 一礼してから、アクセルはマイクにその声を通した。


「本日、二条泉様に代わり司会進行を務めさせて頂きます、アクセル・ヴェランデルと申します。何卒、よろしくお願い致します。早速ですが、本日は新たな本条家当主様が即位なさってから初の会議となります。宣言通り、国主の順位制撤廃には判が押されました。以降、年末に行われる順位発表はありませんので御了承下さい」


 すらすらと、アクセルは流暢な日本語で述べていく。裏の世界では主に日本語が使用されているが、当然疎い国主もいる。そう言った場合は通訳の出来る従者か、通訳を交えて行っているので心配はないようだ。かくいう一華も、常用英語と、各国の挨拶以外は得意ではない。


 順位制の撤廃の話が終わると、次の議題に移る。


「次に、五大権の選抜についてです。順位制の撤廃に伴い、選抜制へと移行します。新たな五大権は、三ヵ月以内……来年の一月末までに決めて頂きます」


 五大権は国主を纏める重要な役割を持っている。一人は一華で、残りの四人は、一華が直々に選ぶ事になっている。正直言うとまだ検討すらしていないのだが、この件に関してはなるべく早急に決めなくてはいけないだろう。


「了解した」


 既に決めている、とも、考えている、とも一華は口にしなかった。ここで経過の話をしても、ややこしだろうと判断しての事だ。その選択は、正しいものだったと思える。


 その後もアクセルの進行による会議は滞りなく進み、小一時間程で終了すると思われた。


「――本日の会議は以上となります。御意見等ある方はいらっしゃいますか」


 すっ、とエドヴァルドが静かに手を挙げる。


「エドヴァルド様、どうぞ」


 アクセルに振られてから、エドヴァルドは立ち上がる。ガスマスク越しのくぐもった声をマイクに通して、


「皆様気にしていらっしゃるようですし、私が代表して問いましょう。一華さん、本当(・・)()血の繋がりのない御兄妹を本条家に迎えるつもりなのですか?」


 と、意見を口にした。

 とはいえ、前置きを聞く限りエドヴァルドの本心ではないようだ。でも、今し方エドヴァルドが述べた意見は、この場にいる国主も疑念を抱いているに違いない。


 血縁関係のない身内を、本当に『本条家』の一員として扱うのか。そう言いたいのだろうが、まさか直接言葉にしてくるとは思わなかった。


 元より、そういう噂は耳にしていたし、だからこそ一華が当主にならなくてはいけない、という使命感が強く存在していたのだが。ひしひしと「本当に邪険に思われている」という実感が湧いてきて、正直不快極まりなかった。


「……どういう事だ、と聞き返しはしないよ。確かに、それについては不満を持つ方も多そうだ」


 だが、一華の意思は既に決まっている。怒りを顔や態度には出さずに一華も立ち上がり、マイクを通さずに高らかに宣言する。


「私の兄妹である事に変わりはない。今更破門する気は毛頭ない」


 断固とした宣言に、この場にいる国主数名が顔を歪めるのが分かった。他にもどよめく声や、困惑の表情を浮かべる者もいたが、彼等を概観して一華は続ける。


「継承戦の記録を見てもらえれば分かる事だが、兄さ……兄達には裏の世界で生きていけるだけの知識と実力がある。婚姻や同盟、交友関係の口実も出来ますし、兄達もそれを許容しています。皆様方にとってもデメリットはないと思われます。それとも、何か不都合がおありか」


 語気を強くして言えば、今にも野次を飛ばしてきそうだった者達含め、全員が口を噤んだ。しん、と室内が静寂に包まれた所で、一華は着席する。


「……私からは以上。質疑があるなら答えます」


 代表役を買って出て質問したエドヴァルドは「私からは異論はありません」と、一華に続いて席につく。それ以降も、誰かが声を発する事はなかった。


「…………。ないようですので、これにて会議を終了とさせて頂きます」


 そう締め括って、アクセルは一礼する。すると、そのタイミングを見計らっていたかのように、会議室の扉が開かれた。外に控えていたホテルの従業員の者が開けてくれたのだろう。


 持って来ていた資料と、渡した資料をまとめて、国主達は会議室を後にしていく。通常通りの会議なら、この後五大権のみで小話をしたりする、と聞いている。一華等と向かい合って座っていた国主達が全員去って行った後、ふっと緊張が解けたのが分かった。それと同時に、少しの後悔も。


「お疲れさん。いやぁ、初会議とは思えない程堂々した出で立ちで……んん?」


 隣に座っていた梓豪が、落ち込んだ面持ちの一華を見てぎょっと目を見張る。堂々とした出で立ちでいるのは容易いものだが、一華の中に渦巻く後悔の念は留まる事を知らなかった。


「少し高慢だっただろうか……小娘が何を言っているんだと思われただろうか……今になって全員に謝りたくなってきたよ……」


「そこそこ堪えてるみたいねぇ。大丈夫よ。一華ちゃんはトップなのだから、その位でいいんじゃない」


「だが、もっと言い方があった筈だ……」


「まぁ後悔しても仕方ねぇさ。これから慣れていけばいい」


「……はい」


 ステファーノと梓豪が励ましてくれたので、これ以上暗い顔をする訳にはいかないだろう。反省は帰ってからしよう、と一旦区切りをつける事にして、一華は話題を探った。頭に真っ先に浮かんだ話題といえば、彼等がこれから帰国するのかどうか、だった。


「皆さんは、もう帰国されるんですか?」


(わたし)はまだ一週間程滞在する予定だ。ちょっと観光も兼ねてな」


 きっと家族で楽しむのだろう。梓豪の後ろに立つ神美も、どこかそわそわした様子でいる。


「私とアーサーちゃんは今日の夜の便で帰るの。お仕事が残っているからねぇ」


「いいなぁ、観光。私大阪に行きたいんだよね。たこ焼きとか食べてみたい」


 大半の国主は、今日か明日にでも帰国するのだろう。一ヵ月近く滞在していた訳だし、家族も待っている事だろう。もちろん、仕事も残っているようだ。


「私はまだ三日程滞在する予定です。亜閖様と会食もありますから」


「あぁ、そうか……婚約しているんだったな。楽しんで」


「ありがとうございます」


 継承戦では、亜閖には沢山サポートをしてもらった。負傷した一華の手当てをしたのも彼女だし、一華のフリをしていてくれていた時もある。何かお礼をしなくては、と考えつつ、一華は立ち上がった。


「では、お先に失礼します」


 梓豪達に一礼して、会議室を出る。ホテルの廊下を歩きながら、三歩後ろを歩いている白羽に視線を向けた。会議中、一言も言葉を発しなかった白羽だが、一華が振り返るとにこやかに口の端を持ち上げる。


「白羽さんも、ありがとう」


「いえ。僕まで緊張してしまいました」


「そうだったのか? とてもそんな風には見えなかったが……。白羽さんが後ろに立っていてくれたから、安心出来たよ」


「……なら、良かったです」


 余程緊張していたのだろうか、白羽の表情はまだどこか強張っている。しかしエレベーターを待つ間に、白羽はおもむろに口を開いた。


「二宮君達の事を、認めてもらえる日は来そうですか?」


 強気に国主達に宣言したものの、実際はそう上手くはいかないだろう。血統を重んじる裏の世界では、尚の事だ。勿論、非難や困難がある事も分かって宣言したのだから、今更一華の意思が変わる事はないのだが。


「さぁな。でも、そうであって欲しいと思っている。頑張らなくてはな」


「一華さんならきっと大丈夫だよ。僕に出来る事があれば、何なりと」


「あぁ。信頼しています」


 強く頷いていると、エレベーターが到着した。屋敷の自室に戻るのは久し振りだし、兄妹達との時間も戻って来る。そう思うと、家に帰るのが楽しみでならなかった。



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