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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第五十二話 流されないように気を付けな

 続いて行われる対面式。式といっても厳かなものではなく、新たな国主である一華と、各国国主が一堂に会して軽い挨拶をする場でもある。

 対面式に一度に入室する事が許されるのは、一華、白羽、泉。そして各国の国主、同伴者、従者の数名。盗聴対策も事前に行われており、気兼ねなく対話出来るように準備されている。


「…………」


 即位式を終え、先に対面式が行われる部屋のソファーへと腰掛けていた一華はふと、部屋の隅で資料を確認している泉に視線を向けた。


 二条泉。

 本条家に昔から仕えている二条の家系の長男。秘書役として仕事に励んでいる彼は、一華の父の代からその役職に就いている。つまり、かなりのベテランだ。

幼い頃から遊び相手にもなってくれていたし、知らない人ではない。むしろよく知っている方だ。


 聞いた話では二十ヶ国語以上をマスターし、武の才にも恵まれているという。二条家の中では、正しく望んでいた人材と言われている程。一華の両親に留まらず、他国の国主からも信頼も得ているのだから、彼の本当の実力は計り知れない。


(ん……?)


 ふと、一華は不審に思った。

 ほんの一瞬だが、泉が顔を歪めたからだ。まるで何かを堪えているかのような、苦悶の表情だった。彼が顔を俯かせた拍子に、ピアスに繋がっていたモノクルが落ちてしまう。


「あ――」


 モノクルの重さで耳が切れてしまう――と思いきや、泉はそれを難なくキャッチし、モノクルをかけ直した。


「…………」


 そして一華の視線に気付いたのか、人差し指を唇に当てて「内緒ですよ」とでも言いたげに微笑みを向ける。


「あ、はは……」


 見なかった事にしておこう、と一華は咳払いをして壁に掛けられた時計を見上げた。


「そろそろだな。初めは……梓豪さんか」


 一番初めが知っている人で、少し気が楽に思える。美朱とも会うのは久し振りなので、緊張よりもやや楽しみの方が上回っていた。


 少ししてから、部屋の扉が開かれ梓豪達が入って来る。梓豪、神美、美朱が部屋に入室したのを視認してから立ち上がり、軽く会釈する。


「梓豪さん、美朱さん、神美さん。よろしくお願いします」


「こちらこそ」


「……ん」


「こうしてまたお話が出来て嬉しいわ」


「私も嬉しいですよ」


 美朱と話した記憶もかなり古いように思える。朗らかな雰囲気は以前と変わらず、酷く安心感を抱いてしまいそうだ。


 神美はまだこういった場に慣れていないのか、梓豪の腕から離れようとしない。梓豪を中心に左に美朱、右に神美と三人がソファーに腰掛けた所で、一華も再度腰を下ろす。すると早速、と梓豪が口火を切った。


「まずは継承戦。お疲れさん」


「ありがとう。梓豪さん達も色々と迷惑をかけてしまってすまなかったな」


「まさか『霞』が介入してくるとは誰も思わんだろうさ。嬢ちゃんが謝る事はねぇよ」


「しかし……」


「ま、その話はエドのが詳しくしてくれるだろ。俺が初めの対面っつー事で、一つアドバイスしておいてやるよ」


 体よく流されたようにも思えるが、確かに、長らくトップの傍らについてきた彼には、彼にしか話せないような内容があるに違いない。一番初めの対面という事もあり、そちらを優先するべき、という事なのだろう。


「アドバイス……?」


「対面式での会話内容は主に、金絡みと権力絡み、それと婚姻絡みだ。婚姻絡みについては覚悟しておいた方がいい。嬢ちゃんの場合、婚約者が決まってないのもあるが……本条家と血の繋がりがない兄妹達を、本条家に残す選択をとった。それは最高八人、婿と嫁の候補者がいるという事になる」


 覚悟はしていたが、改めて言われると言葉の重みを感じた。二宮達もそこは理解していると言っていたし、申し訳ない気もしつつ考えていくつもりだ。


「政略結婚か。一応頭にはあるが、やはり重要だよな」


「そりゃ、誰だってトップとの親密なコネクションが欲しいだろ。結婚が一番単純で効率的ってだけでな。対面式ではそういった話題が良く出る。一応、流されないように気を付けな」


 成程、確かに梓豪から聞いてよかった話だ。

 強く頷いて、一華は気になっていた話題を出す事にする。


「分かりました。一応聞いておくが、神美さんに婚約者は……」


 梓豪の娘、神美。可愛らしい顔立ちをしており、年も一華の一個下だった筈だ。婚約者がいても可笑しくはないが、その割には梓豪の口から話を聞いた事がない。

 しかし一華がその話題を振った途端、梓豪の顔が若干引き攣ったような気がした。


「どっかの坊主が蹴ったせいで破談になったんだよなぁ。丁度、嬢ちゃんの後ろにいる坊主にそっくりだなぁおい」


「…………」


 梓豪にじろりと視線を向けられて、後ろに立っていた白羽が物凄い勢いで顔を逸らす。もしや彼が元々結んでいた婚約の相手は神美だったというのだろうか。だとすれば相当気まずい筈だ。


(話題を間違えたな……)


 後悔してももう遅い。だがここで、意外な発言をしたのは美朱だった。


「気に病まないで白羽君。こう言っているけれど、梓豪さん破談になってすっごく喜んでいたのよ。自分の娘となると寂しかったのね、きっと」


「美朱さんそれは言わない約束では!?」


「うふふ、ごめんなさいね」


 微笑ましい光栄だな、と一華としてはこのまま見つめていたい気もしたが、梓豪がわざとらしく咳払いをした事により、それは憚られてしまった。


「ごほん。まぁ……なんだ。お前等もそういう仲なら、明言なりした方がいいとは思うぜ」


「……そうだな。またいずれ」


 白羽への返事は、式の後でしようと思っている。だから、ここでは返事を濁した。


「何にせよ、私達の人生にも変わりはない。しっかりと考えていくつもりです」


「そうか。坊主もとんでもねぇのに惚れちまったな」


「ははは……でも、だからこそ魅力的じゃないですか」


 不意打ちで告げられた言葉に、一華は思わず顔に熱が集中しそうになる。折角上手く濁せたと思っていたのに、と誤魔化すように唇を一の字に結んで、少しだけ顔を俯かせて息を吐き出す。一華の照れ隠しに気が付いていないのか、梓豪は構わず話を続けた。


「だがそうだなぁ。当人達のしたいようになるのが一番いい選択だ。頑張れよ」


「あぁ。梓豪さんには、色々とお世話になってしまうかもしれない。頼んでしまってもいいだろうか」


「おうよ。俺で良ければ、な」


「ぜひ、私も頼って頂戴ね。少なくとも一華ちゃんよりかは経験豊富だと思うから」


「美朱さんも、ありがとうございます」


 それから一華は神美に視線を向けて、


「神美さんも、何かあったらよろしくお願いします」


 そう頼んでみる。

 こくり、と頷いたのを見る限り、神美もまた協力的なのだと見受けられる。年齢も近く、今後関わる機会も多いであろう彼女とは、一度ゆっくり話してみたいものだ。


 とはいえ、対面式に設けられた時間は、一人最高十分とかなり短い。部屋を後にする梓豪達に手を振って、一華は次にやって来る国主を待つ。


 少ししてから、部屋の扉が開けられた。


 色素の薄いブロンドの髪に、その顔一面を覆うようにして着けられたガスマスクが特徴的な青年。皺一つない質の良さそうなスーツを着こなして、悠然と部屋に足を踏み入れる。


 スウェーデン国主、エドヴァルド・ロヴネル・イェンス・ヴィッレ・アルバートだ。


「この度は御即位、誠におめでとうございます。スウェーデン国主・エドヴァルド、馳せ参じました」


「ありがとうございます。エドヴァルドさんには、本当にお世話になりました」


「私はただ指示を出しただけですよ。殆どアクセルが動いてくれましたから」


「アクセルさんもありがとうございます。それと、亜閖ちゃんも」


 深々と一礼したアクセルと、エドヴァルドの隣に立っている亜閖にも順番に視線を向ける。


 一条家の人間ではあるものの、白羽の妹である亜閖は、本来であればこのようなイベント事には参加しない。しかし彼女にはエドヴァルドの婚約者という立場がある。よって、今回は彼の婚約者という立ち位置で式に参加していたのだ。


 普段よりも控えめなメイクを施し、水色のワンピースドレスを身に纏った亜閖は、にこにこと笑みを浮かべる。


「自分はただ一華さんのフリをしていただけっすけどね……お役に立てたようで何よりっす。一華さんのその衣装、よくお似合いっす」


「着られている感じもするが……そう言ってもらえて有難いよ」


 慣れない正装に驚かされたのはついさっきの事。普段馴染みのない衣装だが、「似合っている」と言われて少し安心した。


「私自身、継承戦をこの目で見るのは初めてだったので、緊張していたのですが……中々波乱だったようですね」


「前代未聞だと各方面から言われそうだよ。というか、実際言われました」


「それは大変でしたね。しかし、今後似たような事例が発生するかもしれません。今回の継承戦をしっかりと記録して、今後に役立てていきましょう。さて、それもそれですが、一華さんにお話しておきたい事があるのです」


「『霞』についてか」


 梓豪は先程、「『霞』に関してはエドヴァルドが話してくれるだろう」と言っていた。一体どこから仕入れたのか分からない情報を、エドヴァルドは手に入れてくる。そんな彼の手腕こそが、現五大権という地位を手に入れたのかもしれない。


 エドヴァルドは「えぇ」と一度頷いて口を開いた。


「お気付きかもしれませんが、『霞』の行動は妙なものでした。裏の世界で中立を保ち、あらゆるの専門のプロと情報網を持つ組織にも係わらず、情報漏洩や得意である暗殺術を全く持ち出してこなかった。一組織に対しての信頼としては異常かもしれませんが、誰しもが彼等の行動は可笑しいと断言出来るでしょう」


 五輝も全く同じような事を言っていた。

 一華含める国主達は常に裏切り、裏切られの世界にいる。そんな中、金で動く絶対中立の組織は都合がいい。徹底した公約の元で行われる暗殺、それこそが国主が望む『霞』の姿であり、国主が最も恐れる『霞』の姿だ。


 一華も最初に『霞』が関わっていると聞かされた時は、お得意の暗殺術を使用するのかと思っていた為肝を冷やしたものだが、その実脅威には成り得なかった。


「つまり、彼等はわざと情報を我々に漏らした。我々に情報が行き渡っていると知っていながら、何の対策もせずに現れた。継承戦への介入と、私達への襲撃。これには何か意味があるのだろうと思って調べようとしたのですが……、継承戦終了以降、彼等の消息も掴めずです」


「痕跡を消した、という事か?」


「はい。少なくとも、半年前には日本に拠点を置いていた筈ですが……綺麗さっぱり、初めから存在していなかったかのように消えましたね」


 それでこそ『霞』だ。五輝やエドヴァルドの考察通り、『霞』の掌の上で踊らされていたと考えるのが妥当だろう。


「今後会う事があるとすれば、それこそ彼等に依頼した時ですね。今の所予定はありませんが」


 くすくすと小さく笑いながら、エドヴァルドはソファーから立ち上がった。


「私からは『情報と言える情報はない』という報告だけです。何かありましたらアクセルを通しますね」


「分かりました。ありがとうございます」


「頑張って下さいっす!」


「亜閖ちゃんも、楽しんで。……あぁ、アクセルさん」


 一礼して部屋を去ろうとするアクセルを引き止め、一華は気になっていた事を聞く。


「怪我の方は大丈夫ですか?」


「はい。暫くは絶対安静と言われましたが、日常生活に不備はなさそうです」


「そうか。沢山迷惑もかけてしまったな。どうかゆっくり休んでくれ」


「お気遣い感謝致します。一華さんも、ちゃんと休息を取って下さいね」


「あぁ」


 それでは、と去って行く三人を見送って、一華はほっと息をついた。


「一華さんも怪我、大丈夫?」


 白羽が心配そうに問う。

 先日、『イージ』に攻撃を受け、一華は横腹に怪我を負った。掠り傷なので支障はないが、心配してくれたのは純粋に嬉しい。


「問題ない。白羽さんの方こそ、辛かったら言ってくれ」


「うん」


 白羽も先日の戦いの傷が癒えていない筈だ。彼の身を案じていると、扉の方から強めの咳払いが聞こえてきた。そうだ、ここには泉もいたんだった、と思い出して少しばかり恥ずかしさが込み上げてくる。


「宜しいでしょうか」


「す、すまん……入ってもらってくれ」


 弛みそうになっていた表情筋を引き締めて、一華は次の対面相手を迎え入れた。



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