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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第五十話 私の仕事は――

 ポタポタ、と。銃弾が横腹を掠め、生温い血が伝った。間一髪の所で身を捩り銃弾を躱した一華は、刀を勢いよく引き抜いた。


「ってぇ……渾身の一撃避けられちった……」


「急所を捉えた筈だったんだが……まだ動けたとはな」


 出血している横腹を抑えつつ、一華はそっと白羽の方に視線を向ける。白羽の右目が光を帯びていた。それは彼の持つ『停止の魔眼』が発動している事を指している。銃を構えた『ナージ』の動きを停止させ、攻撃を防いだのだろう。ひとまず、彼の心配は必要なさそうだ。


「とはいえ、撤退命令が出た。作戦終了、ってね。ホテル本条にいる奴等も、既に退去してる。これ以上仕事はしたくないんでね。後輩にかけてる魔眼、解除してくんねーかな」


 自身に回復魔法をかけつつ、『イージ』は白羽にそう話し掛けた。


「……どうしますか、一華さん」


「構わない。私は彼を信じる」


 根拠のない言葉だったが、白羽は何も言わずに魔眼を解除してくれた。従者である白羽は、一華に従わなければいけない、というのもあるが、何より彼も、一華自身を信じてくれたのだろう。


 魔眼が解除され、身体の自由が利くようになった『ナージ』は、即座に『イージ』に駆け寄り、その身体を支えた。


「そんじゃ、また何処かで」


「失礼します」


 一方的に分かれを告げて、『イージ』と『ナージ』は姿を消してしまった。


 他の霞の者達も撤退したらしく、開戦前の静けさが戻っていた。敵の気配がなくなった事を確認してから、一華は刀を鞘に納める。地面に落ちていた白羽のサングラスを拾い、銃を仕舞っていた彼に手渡す。


「ありがとう。一華さん、怪我の手当てを」


「この位は大丈夫だ。それよりも、兄さん達の元へ行きたい」


 二宮達を信用していない訳ではないが、彼等の安否が気になる。白羽にそう言うと、困ったように頷いてくれた。


「分かった。行こうか」


 支えにしてくれていい、という意味合いだろう。手を差し出され、優しく微笑んでくれる。


「……あぁ」


 その手に自身の手を重ねて、一華と白羽は二宮達の元へと向かったのだった。





※※※※





 本条家から離れた県外に、別宅がある。周辺に人の気配がない閑静な土地に聳え立つ、洋館。普段は施錠されているが、今回、継承戦に参加しない九実の一時避難場所として、この別宅が使用されている。


 屋敷内の明かりは一つも点けられておらず、無人であるかのように静まり返っていた。

 そんな中、一部屋だけ微かに明かりが零れている場所があった。


 そこは本来、本条家当主しか立ち入れない書斎。本棚と大きな机だけが置かれたその部屋に、懐中電灯を片手に引き出しを漁る一人の男の影があった。


「目当ての物は見つかったか?」


 挑発気味に聞こえた声に、男はさほど驚く様子も見せずに顔を上げた。足首まである漆黒のコートに、顔を隠すように付けられたマスカレードマスク。その姿は、五輝が以前対峙した『レージ』その人だった。

 と、五輝の後ろに立っていた六月は疑問を抱いた。


「『レージ』!? 何で……『レージ』は今、ホテルにいる筈じゃ……」


「んなの替え玉に決まってんだろ。仮にも裏の世界の掃除屋のトップなんだし、コイツも本物かは知んねぇけどな」


「ははっ、君は本当に頭が良い。是非とも参謀としてうちの組織に入って欲しいものですね」


「丁重に断っておくぜ」


 以前病院で会った時よりも物腰柔らかな雰囲気から、やはり彼はあの時の彼とは別人なのだと実感させられる。


 『レージ』は机の引き出しを丁寧に戻して、語り始める。


「そうか。まぁ、冗談はさておき。君の言う通り、ホテル本条にいる私は『私』ではない。ロシア国主に致命傷を負わされたようだが、それが彼の仕事。そして私の仕事は――」


「メモリーカードの回収、だろ」


 少し前に、『レージ』と思わしき男が六月に渡したというメモリーカード。あの後、五輝とマティスで確認したのだが、データらしきデータは何も見られなかった。では何故、空のメモリーカードを六月に渡し、別宅の机の引き出しに仕舞うように指示したのか。


 考えられる可能性は二つ。


 魔法術による介入がなければ中身が見られない仕組みである。

 もしくは、メモリーカードはカモフラージュで、別の物を目的としていたか。


 そして五輝は、後者だと考えたのだ。


「あれには何も入っていない。何故なら、本来の目的は『六月に本条零の懐中時計を見せる事』。懐中時計のハンターケースにメモリーカードを仕舞う人間なんて、普通じゃ見掛けないからな。記憶にも残りやすいだろ」


「ふむ。仮にそうだとして、何故そんな事をしなくてはいけないのかな」


「『本条零が生きていると情報を流して、親父と関りのあった国主を混乱させる為』」


 そう即答した五輝は、『レージ』を真っ直ぐに見据えて続ける。


「この位は俺じゃなくても、少し考えれば分かる事だ。問題は、何故そんな事をする必要があるのか。本条零はとことん厄介者だったが、味方にいる限りはこれ以上ない位に有用だった。奴を敵に回したくなかったからこそ、裏の世界では奴に対する反抗がなかった」


「だが、反感を抱く者は多くいた」


「そうさ。だからこそ親父が本条零への暗殺を企て、本条家に入るとなった時、後ろ盾となる者が多くいた。前・現の五大権が裏から根回しする事が出来ない程に、親父を受け入れる声が多かった。だが、そいつ等に嘘でも『あの本条零が生きているかもしれない』という情報がいったらどうなる」


「……報復を恐れ、逆に瀬波銀治を裏切るように動く、だろうな」


「今回の一華や国主への襲撃も然り、暗殺ならまだ勝機があるのに、お前等はそれをしなかった。俺に情報を探らせたのもわざとだろ」


 『霞』の仕事には、当たり前かもしれないが穴がない。完璧だからこそ、中立という立ち位置で裏の世界で生きていけるのだ。だからこそ五輝は疑問を抱き、ある結論に辿り着いた。


 ――全て、誰かの依頼による犯行だったのではないだろうか。


 そしてそこから導き出せる答えは、一つだけだった。


「俺達は結局、最後まで『霞』の掌の上で遊ばれてただけ。違うか?」


「…………ふむ。九分九厘、正解です。依頼者まで答えられたならば満点でしたが……そこはまだ子どもですね」


 『レージ』はゆっくりと、五輝達の元へと歩みを進めた。五輝が銃を構え、六月が捕縛用の札を手にする。しかし『レージ』はすんでの所で立ち止まり、スーツの内ポケットから一台の端末を取り出した。


「総員、撤退せよ。十月十一日午前五時半、これにて作戦の全てを終了とする。」


 そう告げた後、『レージ』は手にしていたメモリーカードを五輝に投げ渡す。


「それにはパスワードが必要だ。本条家当主なら、見られる代物です」


「………………。そういう事か……」


 構えていた銃を下ろし、受け取ったメモリーカードをズボンのポケットに仕舞う。五輝には、『霞』の目的が理解出来た。しかしこの場で『レージ』の口から聞かされることはなかった。瞬きをしている間に、『レージ』は姿を消してしまっていたから。


「消えちゃった……?」


「だな。呆気ない気もするが、これで終わりだ。帰ろうぜ、九実も連れて」


「うん!」


 窓からは薄らと朝日が差し込んでいる。

 五輝は六月と九実を連れて、本条家への屋敷へと戻ったのだった。




 十月十一日午前五時半。

 『霞』が撤退し、五輝、七緒、八緒が編紐を外し棄権した事により、半月に渡って繰り広げられた本条家当主継承戦は、静かに幕を下ろした。


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