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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第四話 貴女の味方です

  《――――》


 下腹部の痛みと共に、意識が覚醒する。視界に映った天井は見慣れない、否、見た事のない景色だった。一華の部屋とは何もかもが違う。畳ではなくフローリング式の床。床に敷かれた布団ではなくふかふかのベッド。襖ではなく押引する扉。全てが新鮮だった。


「ここは……というか一体何が……」


 下腹部へと目を向けると、あるべき傷がなかった。確かに攻撃を受け、下腹部から出血していた筈なのに。そこにあった傷が、綺麗になくなっていたのだ。


 一番有力な説は、この家の宿主が治癒魔法で治療してくれたというもの。治癒魔法を使えば、完治まで何ヵ月とかかる外傷を一瞬で癒す事が出来る。とはいえ、自然に治癒するよりも身体に負担がかかるので、基本的には緊急事態に際にしか使用されないと聞いているが。


「とりあえず現状を確認しないと……」


 一華を襲ってきた者の正体も、この家の宿主の正体も分からない今、気を抜く事は少しも出来ない。ひとまず解かれていた髪を結わえていると、タイミングよく扉が開かれた。


 扉を開けた銀髪の男性は、一言でいうと派手だった。耳には数えきれない程ピアスがついているし、室内だというのにサングラスをかけている。ピアスの数なら五輝よりも多い。服装も、以前五輝に見せてもらったストリートファッションに似ている気がするが、流行に疎い一華にはよく分からなかった。

 男性は起き上がった一華を見るなり、口元を軽く綻ばせた。


「目が覚めたんだね。良かった」


 透き通った、どこか安心感のある声だった。初めて会った気がしないが、一度見たら忘れられないような出で立ちの男性に覚えはない。あくまで警戒は解かずに、姿勢を正して男性に問い掛ける。


「手当てしてくれたのは貴方か?」


「治癒魔法を使ったのは妹だよ。今は学校に行ってていないけど」


 後ろ手で扉を閉め、男性はベッドに浅く腰掛ける。近くで見ると、サングラス越しに映る瞳の色が左右違うように思えた。が、やはりはっきりとは見えない。


「貴方は?」


「僕の名前は一条(いちじょう)白羽(はくば)。貴女の味方です」


 味方、言われて一瞬目を剥いた。

 勿論、普通に受け入れる気は毛頭ない。が、彼の妹が魔法術を使用出来るという事は、この白羽という男は本条家、または国主と関りがある裏世界の住人の一人という事になる。


 魔法術とは、一部の者が持っている体内の魔力を操る事で成立する。火を起こす、水を出す、風を起こす等の自然を操るものから、身体を強化させたり怪我を治す等、通常であればありえないような事象を起こす事が出来る。一華はそもそも魔力を持ち合わせていないので詳しい訳ではないが、魔法術の使用を得意としている三央から話は聞かされているので、ある程度の理解は及ぶ。

 しかし本来、その情報を持ち合わせているのは裏の世界に住む者達と、代々術を受け継ぐ家系にある者達。


 彼はどちらの人間だろうか。

 そんな一華の疑念に気付いたのか、白羽という男性は何も聞いていないのに話し始めた。


「本条家をサポートする役目を担っている一族の事は知っているかな。総じて『各条家』。僕はその一条の跡継ぎさ」


 各条家の話なら少しは聞いている。本条家当主を支える為の一族達で、一条から九条まで別れている。それぞれ決められた役割を持ち、本条家に忠誠を誓った従家だ。彼等は本条家にとって必要不可欠な存在だが、零が逝去して以降、姿を表に出す事は少なくなった。現に一華も屋敷にいる二条、三条、専属武器屋の九条以外に会った事もなければ記憶にすらなかったのだ。


 白羽の苗字である『一条』といえば、確か本条家当主の護衛役を務める一族だった筈だ。彼は本当にあの一条の人間なのか。その辺の情報は泉に確認を取ればすぐにでも真偽が分かるし、わざわざ自ら名乗ったという事はおそらく真実なのだろう。

 しかし彼が一条家の人間と仮定しても、一華をこの場に連れてきた目的が分からない。手当てをしてくれた事には感謝しているが、何故屋敷に連れて行かなかったのだろうか。一条の者だと言えば、屋敷内にも入れただろうに。


 心の内を探るように白羽に視線を向ける。怪しまれていると分かっていたようだが、白羽がとやかく言ってくる事はなかった。とはいえ、一華は二宮や五輝のように人の心理を読む事は苦手だ。


 傷はまだ痛みが残っているし、体力も回復していない。いざとなったらこの場から逃亡する事も視野に入れて、一華はひとまず白羽との対話を試みる。


「各条家の事なら聞いている。貴方は当主の護衛役……になる者、という認識で間違いないか?」


「合っています。前当主と現当主の護衛役は僕の父が務めています」


 父と母の護衛は、はっきり言って見た事がない。父や母の隣には、二条泉がいる印象の方が強かったからだ。しかし護衛役、というからには、姿を見られないように努めていたのかもしれないし、一華が知らなくても可笑しくはないだろう。

 そう思う事にして、一華は続けて質問を投げ掛けた。


「では何故、手負いの私を屋敷に戻さなかった? 窓から見える景色を見る限り、ここは屋敷からかなり離れているように思える。一条を名乗る襲撃者だと捉えられても可笑しくないと思うが」


 窓から見えた景色から、ここが住宅街である事は伺える。しかし遠くに聳え立つ街の象徴でもある時計塔が、本条の屋敷がある方向とは正反対を向いていて。

 一華は帰宅途中で襲われたし、手当てをするのなら本条の屋敷の方が近いに決まっている。それなのに、遠く離れたここにいるという事は、白羽に他の目的があったという事。もしくは、本条の屋敷に近付けたくない理由がある筈だ。


 一華の問い掛けに、白羽は少しの間沈黙した。まるで言い淀むような態度でいる白羽に催促するように、一華もまた無言で視線を向ける。やがて、白羽は意を決したように口を開いた。


「一華さん、落ち着いて聞いてほしい。今朝方、貴女のお母さんが亡くなられた」


「……はぁ!? どういう事だ!?」


 白羽に掴みかかるようにして詰め寄り、声を荒げる。自身の母親が死んだと聞かされて、平静でいられる訳がない。


「何者かに殺されたらしい。おそらく……瀬波銀治の差し金です」


「くそっ……!!」


 堪え切れない怒りと悲しみを込めて、拳を布団に叩きつける。衝撃は柔らかいマットに吸収されて、手にも痛みはない。埃が少し舞うが、一華も白羽も気に留めなかった。


 普通ならば、今さっき会った人に母親の死を告げられても、信じる人はまず少ない。が、一華は白羽の言葉を信じたのではなく、“義父ならやりかねない”と感じたのだ。

もし本当に彼が行動を起こしたとなれば目的はただ一つ。本条家当主の座だ。


 現当主である母が亡くなったら、早くても来週には継承戦が開催される。確認と準備、そして対策を急がねばならない。


「とりあえず母さんの元へ行かないと……」


「待って」


 ベッドから下りようとした矢先、白羽に手首を掴まれ引き止められる。それに苛立ちが湧き上がって、思わず声を張り上げてしまう。


「何だ!?」


「貴女は今、外に出るべきじゃない。貴女は昨日、お義父さんの手の者に襲われた。確実に葬ろうとしていた」


「そうだとしても母さんが……!」


「分かってる。けれど、貴女が死んだら誰が本条家を継ぐんですか」


 白羽の問いに、一瞬時間が止まったような感覚に襲われた。

 母である数予が死んだ今、残された本条家の正当な血を持つのは一華のみだ。数予と銀治の子である九実もいるが、彼はまだ幼すぎる。


 元々、本条家はその血筋を絶やさない為に、近親婚、もしくは他国の国主との結婚を主としてきていた。が、一華の父である零はどちらも受け入れずに、裏の世界との関りが一切なかった数予と婚姻を結んだ。


 そして今から十二年前。

 零が逝去すると、ここぞとばかりに出て来たのが、数予の幼馴染の銀治だった。まるで、零の死を分かっていたかのように、連子と共に本条に姓を変えた。


 零がいなくなった時点で、他国の国主や各条家の人間は本条家を避けるようになっていた。正統な本条家の血を引く者が、一華しかいなくなったのだから。本来なら数予は路頭に迷っていても可笑しくない状況だが、一華という存在が、彼女を本条家に繋ぎ止めている。それが結果として彼女を追い詰める事となってしまったが。


 ただでさえいい感情を向けられていない今の本条家の新たな国主に、一華以外の者が立ったとしたら。間違いなく、不信感が爆発する。

 今の所、国主達が争う様子も見られないが、動いてしまえば最後、取り返しがつかなくなってしまう。それこそ、表の世界に影響を与えてしまうかもしれない。それだけは、絶対に避けなければいけない。


「本条家を。国主を纏めるのは、一華さん以外にいないんだよ」


「…………」


「もう一度言う、僕は貴女の味方だ。課された役目は守護。貴女を命に代えても守る」


 騎士の誓いのような言葉に戸惑いを覚えつつ、一華はくすりと笑ってしまう。

 一華には、白羽同様に生まれた時から課された役目があるのだ。


 必ず、自分が当主にならなくてはならない。呪いのように刷り込まれている役目とは別に、一華自身、当主になって成し遂げたい事がある。

 それを阻む義父は障壁でしかない。だからこそ一華は、目の前の、会ったばかりの青年を信じる事にした。


「あぁ。お願いします」


 父と母の為にも。そして、兄妹達の為にも。まずは冷静になって、考えるべきだろう。何より、味方は一人でも多い方がいい。一華が手を差し出すと、白羽はすぐにその手を握ってくれた。


(裏切れば、容赦はしない。それだけだが……)


 何故か、白羽の目を見ると安心感が生まれてしまいそうになる。サングラス越しに見える、左右色の違う双眸を見つめつつ、一華は唇を噤んだ。油断してはいけない、と戒めるように。

 白羽と握手を交わしていると、ふと部屋の外から可愛らしい少女の声が聞こえてきた。


「ただいまー」


「あ、妹が帰ってきたみたい」


 彼女が怪我を治してくれたという子か、と一華は手を離して、少しの警戒心を抱きながら扉が開かれるのを待つ。


 扉を開けて入ってきた少女は、白羽と同じ銀色の髪をツインテールに結び、黒いマスクを着けていた。この兄妹は顔の一部を隠す理由があるのだろうか、と一瞬疑問が浮かぶ。彼女が着用している制服は、一華と同じ音城学院のものだった。

 少女は薄紫のアイシャドウが塗られた大きな目をぱちぱちと瞬いて、黄色の瞳を一華に向ける。


「あ、おはようございます」


「おはよう。君が手当てしてくれたのか?」


「僭越ながら……元気そうでなによりっす」


 にこりと微笑む小柄な彼女が可愛く見えて仕方がない。まるで死神のような小悪魔のような濃いメイクをしているが、それすらも可愛く思えてしまう。


一条亜閖(いちじょうあゆり)といいます。学年は一緒だったはず……二年なんですけど」


「あぁ。同い年だな」


 一華とはまったくもってタイプの違う少女だが、話していて苦ではない。むしろ小動物のようで心が温かくなるのを感じた。もしかしなくとも、一華は妹気質の女の子に弱いのかもしれない。


 と、挨拶もそこそこに、亜閖も交えて話を進める。

 第一に、一華は正式に継承戦が始めるまで身を潜めて待つ事となった。もし一華の居場所を悟られた場合、また命を狙われる可能性があるからだ。開催宣言の際、名前を呼ばれる瞬間に間に合えば大丈夫なので、白羽の案に従う事にした。


 白羽曰く、すでに継承戦を開始する為に、各国の国主達を呼び寄せる手紙が出されたらしい。来週には、継承戦が幕を開ける。白羽は各条家と協力して、事が有利に運ぶように手配してくれる。手配といっても不正ではなく、武器の準備や情報の把握だ。


 最後の正当な後継者として、一華は何としても勝利しなければならない。

 どんな邪魔が入ろうと、必ず――――



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