表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
46/128

第四十五話 隙を見せましたね

  《ホテル本条物置》


 薄暗い部屋の中、刃が交じり合う度に火花が散る。耳を劈くような金属音も聞き慣れたファリドだ。『ハージ』と名乗ったアルビノと思わしき少年(見た目は少女そのものだが)の攻撃を流し続ける。


「ほらほら! どうしたよォおっさん! 防いでばっかじゃ勝てねぇぜ!!」


「いちいち騒がしい小僧だ。昔のアンドレイやチャーリーでももう少し大人しかったぞ」


 『ハージ』の猛攻を防ぎながら、煽るようにそう言ってやる。ファリドの後ろからエカテリーナが援護射撃をしてくれているが、『ハージ』は軽い身のこなしで躱した。


「ハッ! 知ったこっちゃないねェ。襲撃任務から外されてイラついてたけど、オレは今気分がいい」


「ならその上機嫌のまま撤退しないかね。お前がいないと移動が出来ないのだよ。ボスの治療もしなければいけないのだ」


「水差すなよ『クージ』ィ!!」


 負傷したボスを、まるで米俵でも担ぐかのように抱えながら、カミーユ相手にサーベルを振りかざす『クージ』。成程、彼等はファリドと交戦している『ハージ』の存在がないと移動が出来ないようだ。


(つまり、まずはコイツから仕留めるべきという事か……)


 しかし、『ハージ』は中々の剣の使い手らしい。攻撃を見切る為に暫く剣戟を流し続けていたファリドは、そう解釈している。それは、今の今まで発砲した狙撃が一発も掠っていないエカテリーナも感じているようだ。ファリドの後ろで、小さく舌打ちした。


「……カチューシャ、マティスの傍について奴の援護に回りながら狙撃するといい。それと、一分後にそっちに向かう、と伝えておけ」


「御意。くれぐれも無茶だけはなさらず」


「今日は調子がいい。準備運動もしたからな」


「そういう事ではないのですが……」


 やや呆れたような声色だったが、エカテリーナはファリドの指示通りにマティスの元へと駆け寄って行った。『ハージ』は元よりエカテリーナの事は眼中になかったようで、視線を動かさずに、ファリドだけを見据えていた。


「従者が傍にいなくていい訳?」


「あぁ。巻き込んでしまうと申し訳ないからな」


「たった一分で? オレを仕留めようって? アッハハハ! 冗談キツイぜおっさん。オレ、そんなに弱く見える?」


「まさか、君は相当な手練れだよ。だが、少々お喋りが過ぎたな。隙が多い」


 数歩後ろに下がって、『ハージ』と少しだけ距離をとる。『ハージ』も細剣を構えつつ、表情を引き締めて準備を整えた。


「ナメやがって……」


「君の剣術は、まだまだ光るところがある。今回は見逃してやるから、次に俺の前に来た時にはもっと強くなっておけよ」


 そう告げて、ファリドは半身になって刀を構え直す。


 ――ファリドは昔、幼かった一華に剣術の指導をしていた事がある。唯一、当時最強と謳われていた本条零に一撃を喰らわせた、絶対に敵を仕留める為の抜刀術。この世に扱える者は数える程しか存在しないが、故に誰も防ぐ事が出来ないとされている一撃必殺の技だ。


〈――抜刀……!!〉


 床を蹴り、『ハージ』の横をすり抜けて刀を突き出す。


「は――!?」


 攻撃対象が自分ではないと気付いた『ハージ』が、慌てて振り返る。その時には既に、ファリドの刀の先は『クージ』に抱えられている『レージ』に向かっていた。


「なっ!?」


 それまでカミーユの剣戟をサーベルで防いでいた『クージ』も、ファリドの狙いが『レージ』である事に気が付いたようで、慌てて身を捻って『レージ』を庇う。

 刀を防ぐ為に構えられたサーベルも吹き飛ばして、ファリドは勢いのままに刃を沈めた。


「『クージ』!!」


仲間が攻撃され動揺した『ハージ』の一瞬の隙を、エカテリーナとカミーユは見逃さなかった。


「隙を、見せましたね」


「終わりです」


「しまっ――」


 『ハージ』が慌てて細剣で自身を庇おうとするも、少し遅かった。エカテリーナによって足を、カミーユによって手首を撃ち抜かれた『ハージ』は、バランスを崩しその場に倒れ込んだ。


 事前にエカテリーナに伝えていた要件を察してくれたようで、無事に『ハージ』を仕留める事が出来た。逃がさないように、と二人が『ハージ』に銃口を向けているし、『レージ』と『クージ』も身動きする事も厳しい状況だろう。


 刀を引き抜き、付着した血を払っていると、苦笑交じりに『クージ』がファリドを見上げた。


「成程……初めから狙いは、ボスだったという事かね……」


「真正面から闘い続けても意味がなさそうだったのでな。不本意だが、姑息な手を使わせてもらったぞ」


「……そんな事は、微塵も思っていないくせに……」


「やかましい」


 横目でマティスをじろりと睨み付けながら、刀を鞘に納める。そんなファリドの隣に並び立って、『レージ』を見下ろした。ファリドに背中を深く斬られた為、起き上がる事もままならないようだ。


「……さて、お聞きしたい事があります」


 そう前置きしてから、マティスは問い掛ける。


「……『レージ』さん。貴方は一体何者ですか」


「……それは、どういう意味でしょうか?」


「貴方……先日、病院に現れた方とは別人のようです。影武者なのでしょうが……どこかでお会いした感じがします……」


 マティスが抱いていた違和感は、ファリドもどこかで感じていたものだった。マスカレードマスクや姿は同じだが、以前のような不躾な態度がまったくない。それに、目の前の『レージ』という男は、本気でエッダを殺そうとはしていなかった。だからこそファリドは真っ直ぐに切り込めたのだが、確かに奇妙な話だ。


「さぁ、存じ上げませんね」


 とはいえ、素直に話してくれる訳がない。予測していた通りの返答に、マティスは溜息を零した。


「……エレナさんがいらっしゃれば、魔力から正体を探る事も出来たのでしょうが……残念です」


「影武者から情報を探る事は不可能だ。致し方ない、諦めろ」


 『ハージ』等に聞く事も考えたが、いくら口数の多い彼等でも組織の秘密をペラペラと喋るとは思えない。情報を探る為に交戦したはいいが、結局何の収穫も得られないのは悔しいものだった。


「ファリド様、どうなさいますか」


「縛って転がしておけ。部屋の外にこいつ等の仲間がいる」


「!」


 先程から、部屋の外に人の気配が感じられる。上の階から避難してきた者かと思ったが、じっとこちらの様子を窺っているようで動く気配が一向にない。


「げほっ……外の奴も負傷しているのだろう。恐らく、上から入って来た奴だ。襲ってはこないだろう」


「……了解」


 一瞬咳込んだファリドの様子から、連戦は不可能とエカテリーナは判断したようだ。マティス等も異論はなかったようで、ファリドの言う通りに『レージ』等を拘束し、部屋の入口に固めておく事にする。


 途中で『ハージ』が「クソがぁ……任務失敗したらプリン一週間食べられなくなるんだぜ……」と弱々しくぼやいていたが、ファリド達の知った事ではない。


「では俺達も――」


 ホテルを出るぞ、と言い掛けた所で、天井から物音が聞こえてきた。何かを叩きつけるかのような、金属同士がぶつかり合うような嫌な音だ。

 まだ敵が残っていたのか、とエカテリーナとカミーユがそれぞれ武器を構えた瞬間、換気口を突き破って何者かが天井から落ちてくる。それは襲撃というには荒々しく、まるで脱出する為に出て来たかのようなものだった。


 薄暗い倉庫に埃を舞わせながら、段々と鮮明にその姿がファリド達の目に映った。


「アンドレイ!?」「アンドレイじゃないか」「アンドレイ様ぁ!?」「アンドレイ様ですね」


「ん~~~!!」


 手足を魔力封じの枷で拘束されていたアンドレイは、着地が思うようにいかず頭から落ちてしまったらしい。見るも無残な体勢で呻き声を上げていた。布を噛まされていたので、ファリド達を見上げながら目で何とかしてくれと訴えている。


「エカテリーナ、外してやれ」


「了解」


「……カミーユ、手伝いなさい……」


「畏まりました」


 体勢を起こし、エカテリーナに口布を取ってもらったアンドレイは、息を吐き出した後、酸素を味わうかのように大きく息を吸った。


「空気が美味しい~~~!!」


「物置の空気だが良かったな」


 ファリドとしては少し空気が悪いように感じられるが、ここよりも更に埃っぽい天井裏(出て来た場所から察するにダクトかもしれないが)にいたアンドレイにとっては気持ちがいいものだろう。


 魔力封じの枷はその名の通り、掛けられた者の魔力を操れなくする為の代物。拘束を解くには、外側から魔力を流し込んでもらう必要があるのだ。エカテリーナが魔力を流し、カミーユが枷を外す。一分も経たない内に、アンドレイは解放され、ぐっと身体を伸ばした。


「ああぁぁぁ……身体の節々が痛い……ホントあの野郎乱雑にしやがって」


「お前が拘束されるとは……何があったんだ」


「九月の二十日だったかな……シャワー浴びようと服脱いでたら突然背後から薬吸わされたっぽい。暫く眠ってて、気が付いたら拘束されてたって訳」


 普段きっちりとした正装に身を包んでいる彼が、着崩された状態でいたのはその為だったらしい。納得したようにファリドが頷いていると、あっ、とアンドレイが声をあげた。


「待って今日何日!? 俺どの位あそこにいたんだろ!? 臭いヤバくない!? 最近下の娘に『加齢臭がするから近寄らないで』って言われたばっかなんだけど!! アリーナちゃんにも嫌われたらどうしよう!?!?」


「…………少し、臭うかもです……」


「やっぱり!?!?」


「言ってやるな。仕方がない」


「ファリドちゃんが言うなんて実はよっぽど酷い!?!? 嘘でしょ死にたくなるんだけど!!」


「そこまで気になる程でもありませんよ、アンドレイ様。悪ふざけですよ……多分」


 苦笑いを浮かべながらそうフォローするエカテリーナ。カミーユはと言うと何も言わず、ただ事の成り行きを見守っているばかりだ。


「だといいけどさぁ……こんなにも風呂に入りたいと思ったのは久し振りだよ……」


 よっぽど気になるのだろう。顔を覆って溜息をついていた。


「一段落終えたら風呂の手配位はしてやろうじゃないか。用意するのは俺じゃないがな」


「……そうですね……その位は、友人として……」


「うわぁぁぁん二人共大好きだよ~!!」


 マティスの肩を借りて歩き始めるアンドレイ。本当はファリドが肩を貸そうか、と言ったのだが、「戦闘直後はなるべく身体を休めて下さい」とエカテリーナに諭されて大人しく引き下がったのだ。


 避難ルートである階段を降りていると、下の方から避難した筈のエッダ達が手を振っているのが見えた。心配で戻って来たのだろうか。彼女達の先頭には、アクセルの姿も見受けられる。


 その内の一人、アリーナが血相を変えて階段を駆け上げってきた。アンドレイの姿を見てか、その目には薄らと涙が浮かんでいるように見える。

 階段の隅に寄って、アリーナがアンドレイの元へ行けるように道を作ってやる。マティスもアンドレイから離れて、再会の邪魔にならないようにファリドの隣に並び立つ。エカテリーナやカミーユも同様だ。


 そして――


「アンドレイ様!!」


 ばっ、と勢いよくアンドレイの胸元へ飛び込んだ。余程勢いが強かったのか、バランスを崩したアンドレイは階段の段差に尻餅をついてしまう。


「いってて……心配かけてごめんねアリーナちゃん。何かされたりしなかった? 怪我とか何もない? あと俺今すっごい臭うと思うから少し離れて欲しいなぁ……なんて」


「絶対離れません! 怖かったです……あなたじゃないって気付いた時、私、私……」


「え、え、どゆ事? 俺じゃない?」


「『霞』のボスを名乗る男が、貴様に成りすましていたんだ」


 アンドレイに説明したのは、アリーナの後をついて歩いて階段を上ってきたエッダだった。まだ襲撃された際の痛みがあるのか、従者のレギーナに支えられながら階段を上ってきたようだ。


「その変装を見破ったのは他でもない、貴様の妻だ」


「そうだったんだ……ありがと、アリーナちゃん」


 安心したように、そして心底嬉しそうに、アンドレイは自身から離れる気配のない妻の髪を撫でる。仲睦まじい夫婦の姿を見れば、自然と自身の妻の顔を思い出してしまう。それは隣にいたマティスも同様だったらしい。


「……いいですねぇ……」


「……だな」


「まぁ、新たな国主が就く就任式には、妻も呼ばないといけませんし……意外とすぐに会えます……」


 各国国主により事情は変わるが、大半の国主は就任式、そして式の後に行われる対面に伴侶を連れてくる事が多い。ファリドは当日、妻であるライーサを呼ぶ予定だし、マティスも妻を呼ぶ事は聞いている。


 しかし、ファリドには一つ不安があった。


 以前、電話した時にライーサから「次に会う時が楽しみですね」と言われているからだ。それに、電話を切る直前で愛の言葉を伝えたりもしたのだが、反応は見ていないし聞いてもいない。


 直接会えば何を言われるのか、何をされるのやら、顔には出さないが結構怖いのだ。


「いやぁ……楽しみだ……ぶふっ」


「何を笑っている」


「すみません……」


 二人の会話を、エッダは不審そうに横目で見つめながら聞いていたが、思い出したかのように声を発した。


「そうだ。ホテルの支配人から連絡があった。『霞』のメンバー全員の姿が消えた為、全員の安否を確認次第二号店へ移るとの事だ」


「そうか。そこの二人も感動の再会の中、申し訳ないが行くぞ」


「はぁ~い」


 マティスに代わり、アリーナがアンドレイの身体を抱えて階段を降り始める一行。階段の下で待っていたアクセル、レギーナと合流し、避難場所へと向かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ