第四十四話 君達も刮目して下さい
至近距離での銃の使用は不適応だと判断したアクセルは、銃をホルスターに仕舞って素手での応戦を決める。
凄まじいスピードで動く曲剣の刃の流れを読み、ダメージを最小限に留められるように徹底する。一華や四音のように刀剣を扱う事は苦手なアクセルだが、サバイバルナイフの扱いには心得がある。
熱を通しにくく、斬れないように特殊加工が施された手袋をしているとはいえ、素手で刃を止めるような事は出来れば避けたい。腰のポーチからナイフを三振り取り出し、『ロージ』目掛けて投擲する。
案の定、『ロージ』はウルミを巧みに操りナイフを弾いた。この程度では隙は生まれないと分かっているので、手摺を足場に再度ナイフを投擲。
「ですから、飛び道具は無意味だと――」
「そうですね」
ナイフを弾く為、ウルミを持つ手を外側へと向けた『ロージ』。アクセルはこの一瞬の胴体が空く瞬間を狙っていたのだ。
「やはりその武器は厄介なので、私の得意分野に持ち込むのが吉と見ました」
狙うは胴――ではなくウルミを持っている右手。『ロージ』の右手首をナイフで切り付ける。
「っ、」
力を込める手首に浅くでも斬り付けられれば、武器はもう手には出来ない。手離され、重力に従って『ロージ』が手にしていたウルミが地面へと落下していくのを視界の端に捉えながら、アクセルはその勢いのままに回し蹴りを入れる。
「ぐ、あぁっ」
ぐらり、と倒れそうになった体躯を手摺に掴まって堪えた『ロージ』。武器を手離してしまった焦りからか、その表情は切羽詰まっているように見えた。
「……ふ、ふふふっ」
しかし『ロージ』の口から零れ出たのは、焦りの言葉ではなく、堪え切れないといった小さな笑い声だった。
間違いなく何かを企んでいる。『ロージ』が動く前に仕留めなくては、とサバイバルナイフを構え直して駆け出すアクセル。
しかし『ロージ』の瞳の中に薄らと見えていたハート模様が、段々と色濃く鮮明に浮かび上がってきたのを目視した瞬間、接近は危険だと本能が告げた。
「まさか……!」
慌てて目を逸らして立ち止まるも、少し遅かった。直撃は免れたようだが、僅かに指先の感覚が麻痺している。
「あら、お気付きになりましたのね。『蠱惑の魔眼』、どうでして? 貴方のような警戒心の塊のような男に通用するかは少し不安だったのでしたけれど……杞憂だったようですわね」
『蠱惑の魔眼』。アクセルも少しばかり耳にしただけの知識しか持ち合わせていないものの、その効果は厄介なものだと記憶している。目を合わせた対象を自身に集中させ、一時的に動きを止めるといったものだ。
魅了魔法術と類似している為か、元々持ち合わせていた人物が所有権を放棄したと聞いている。
(まさかこんな形でお目にかかる事になるとは……)
「貴方を五大権の元から引き離し、魔眼で動きを封じる。これにて私の任務は完了致しました。それではごきげんよう。二度と会う事がありませんように」
膠着状態のアクセルを見据えたまま『ロージ』は漆黒のケープを揺らして、その場でくるりと回ってみせた。カランカランッ、と階段に落ちる幾つもの手榴弾が目に映った瞬間、アクセルは「まずい」と悟る。
『ロージ』の自爆行為に等しいそれに目を剥きつつも、今は手榴弾による被害を防ぐ事を優先すべきだろう。硬直している身体を強引に動かし、手摺に背をつけて、そのまま体重を後ろへと傾けた。
――落下。そしてすぐさま耳を貫く爆発音。
『蠱惑の魔眼』の使用者から離れれば術が解けると踏んでいたのだが、それは間違いだったらしい。むしろ無理に身体を動かした反動がやって来たのか、今度こそ身体がいう事を聞かなかった。
爆風により落下速度が速まってしまい、高さこそないものの、このままでは非常階段に直撃してしまうかもしれない、という焦りが浮かんできた。
人生において最も危機的状況の今、成す術なく地面へと吸い寄せられていく。
しかし、突如アクセルの身体が何者かに抱きかかえられた。そして一切の衝撃もなく、風が途切れる。
「御無事ですか、アクセルさん!?」
落下したアクセルを横抱きで受け止め、着地した女性。ルーマニア国主従者、もとい妻のアリーナ・ティトゥレスクだった。
「………………アリーナ様ッ!!!!!?????」
事態を把握出来たのは、アリーナの声を聞いて暫く経ってからだった。
かぁっ、と顔に熱が集中するのを感じながら慌てて降りようとするも、まだ身体が動いてくれない。
女性に横抱きに抱えられ、至近距離でその可憐な顔立ちが目に入ってしまう。女性恐怖症の彼に取り繕う余裕等なく、情けなくもさっ、と視線を逸らすしかなかった。
「爆発音がしたかと思えば、まさか貴様が落ちてくるとはな。アクセル・ヴェランデル」
レギーナに支えられながら、エッダが溜息交じりにアクセルを見下ろした。またもや女性が、とアクセルは恥ずかしさを誤魔化す為に一度目を伏せる。
「御無事で何よりです。そして大変見苦しい姿で申し訳ありません」
「諸々聞きたい事があるのですが……その御様子だと身体が麻痺しているようですね。回復するまで私が抱えましょう」
身長百八十を超える長身の男性が、身長百六十もない女性に抱えられている。女性恐怖症で耳まで真っ赤に染めているアクセルと、軽々とその身体を持ち上げにこやかに微笑んでいるアリーナ。
傍から見れば中々シュールな光景だが、目撃者がエッダとレギーナだけだったのが有り難かったのかもしれない。
女性に抱き抱えられている、という堪え切れない恥ずかしさと、任務遂行出来ずに敵の攻撃を喰らってしまい、主であるエドヴァルドの顔に泥を塗ってしまうのでは、という不安。アクセルの心情は穏やかではないものだったが、「今はあくまで緊急事態」と、根本にある真面目な性格が救いだったのかもしれない。
非常階段を降り切って、ホテル本条の向かいの物陰で一旦降ろしてもらい、まだほんのりと赤みのある頬のまま情報の共有を始める。
「最上階に『霞』の者達計三名が侵入、及び攻撃してきました。コードネームと思われる名称が、それぞれ『ニージ』、『サージ』、『ロージ』です。私が先程まで交戦していたのは『ロージ』で、『蠱惑の魔眼』を所有していました」
「貴様の今の状態はそのせいか。それで、その『ロージ』とやらは何処に?」
「魔眼使用後、手榴弾の中心にいましたから……」
「……そうか。丁度私達はあの下にいたからな。自滅という線もあるだろうが、恐らくは撤退だろう」
エッダの考察も尤もだった。アクセルの目を以てしても、爆風の中に『ロージ』の姿は見付けられなかった。爆発が起こる直前か、爆風に紛れて姿を消したのだろう。
「……ですね」
「で、でも無事で良かったです。大きな怪我もないみたいで……」
レギーナはそう言うが、実は無傷、という訳でもない。ウルミの攻撃こそ躱せていたものの、最後の手榴弾による攻撃は多少なりと受けてしまった。スーツの中に来ている防弾チョッキがその機能を果たしてはくれたが、腕や足には薄らと血が滲んでいる。
「はい。ありがとうございます。アリーナ様達が来て下さいましたから」
「とはいえだ。避難指示が出ているとはいえ、まだ李梓豪達も中にいるのだろう。マティス・サンジェルマンや、ファリド・ラファイロヴィチ・アスタフィエフ一行も『霞』の奴等と対峙している。更にはアンドレイ・ティトゥレスクの行方も分からないまま。他の国主達は既に避難しているだろう」
「え、アンドレイ様が!?」
「そうだ。『霞』のボス……『レージ』と呼ばれていた。ソイツがアンドレイ・ティトゥレスクに成りすましていたそうだ」
「そ、そんな事が……」
「…………」
エッダから事情を聞き、アクセルはアリーナへと視線を向ける。夫の安否が分からずホテルの外に避難してきた彼女の心情を思うと、掛ける言葉が見つからなかった。ならば、自身の持つ『透視の魔眼』でアンドレイの姿を探すべきではなかろうか。
「でしたら、私の魔眼でアンドレイ様をお探ししましょう」
「し、しかしまだ麻痺が……」
「今の状態で魔力回路を動かせば、回復が遅くなるだけだ。多く見積もっても魔眼の効果は数分……自然回復するまで待つのが賢いだろう」
正論だった。エッダの言う通り、無理に魔眼を使用してしまえば、失明の可能性もあり得る。焦らず、魔眼の効果が落ち着くまで待つしかないのだが、アクセルは素直に首を縦に振る事が出来なかった。
そんなアクセルの心情を察してか、本来ならば一番アンドレイの事を心配しているであろうアリーナが眉尻を下げながら言った。
「夫はきっと無事です。ですから、まずは体制を立て直しましょう」
「言っておくが、今の私では迎撃が精一杯なんだぞ。アクセル・ヴェランデル。私は先の襲撃で肋骨がやられている。お前が頼りだ、回復したら私達も動くぞ」
「え、避難なさった方が、宜しいのでは……?」
国主であるエッダの決断に物申すのも気が引けたが、負傷しているのであれば避難所へ向かった方がいい気がする。アクセルがそう口にすると、エッダは呆れたように溜息をついた。
「放っておけないんだと。この従者共は中々に頑固だ」
「はは、成程」
自分にも他人にも厳しい彼女が折れる程に、レギーナとアリーナの意思は強いものだったのだろう。そうともなれば、アクセルがこれ以上意見するのは無意味だ。
「了解しました」
視線だけを、ホテル本条に向ける。『サージ』と呼ばれた金髪の者が発動させようとしていた武器。「発動までジャスト三分」と言っていたが、とっくに三分を過ぎている。阻止するのに成功したのか、はたまた失敗したのか。
ジュリオやエレナ、そして自身の主達もいるので別段不安という訳ではないのだが、確認が出来ないという歯痒さが堪らなかった。
どうか無事で。そう心の中で、アクセルは呟いたのだった。
※※※※
《ホテル本条最上階》
「発動までジャスト一分半! 『ニージ』パイセン、頼んだッスよ!」
「言われなくとも」
「ジュリオさん、何としてでも止めるぞ!!」
「勿論です!」
エレナとジュリオが『ニージ』、『サージ』と交戦して一分半。
アクセル目掛けて放たれた三本の矢を撃ち落としたのは、エドヴァルド、ステファーノ、アーサーだった。それぞれライフル銃、自動拳銃、回転式拳銃と発砲音がバラバラだったのもそのせいだ。
そしてアクセルと『ロージ』がホテルの外に落下してすぐ、五大権の者達は部屋を出て避難所へと向かった。一応、彼等も護身術の類や銃器の扱いには心得がある。彼等の為にも、エレナ達が侵入者を排除しなければならない。
着々と『サージ』の武器に膨大なエネルギーが溜められているのは、嫌でも伝わってきた。エレナの『魔力視の魔眼』を使うまでもない。もしもあの武器――形状からしてバズーカ砲だと思われるのだが、あれが射出されてしまえば、ホテル本条だけに留まらず、周辺の建物にも危害が及ぶだろう。
そうなれば、国主達も周辺の人々も無傷では済まない。そうなる前にアレを何とかしなければ。
エレナはジュリオの援護を受けながら、『サージ』目掛けて鉤爪を振り下ろす。鉤爪の刃先には毒を塗布してあるので、掠り傷さえ与えられれば致死に至らせる事が可能だ。そしてエレナが遠距離から矢を放ってくる『ニージ』ではなく、身動きを取れない『サージ』を執拗に狙うのには訳があった。
しかしその時にはまだ早く、エレナは勘付かれないように攻撃に徹する。『サージ』は軽やかに鉤爪による攻撃を躱し、『ニージ』に援護を任せている。どうやらエレナの鉤爪に毒が塗ってある事に気が付いているらしい。
「ちょちょちょ『ニージ』パイセン! 発動まで一分切ってんスから、ちゃんと守って欲しいッス!!」
「毒耐性位あるデショウ。ワタシに頼らないで欲しいデス」
「いやいや、普段オイラ後方支援だしっ! 後ろからチュドーンッ★ 担当っスから! 前線に駆り出すならそれらしい守りは徹して欲しい的な!?」
「黙るデス」
発動まであと一分。その言葉に若干の焦りが湧き上がるが、ジュリオの凛とした声に意識を引き戻される。
「エレナさん! 魔眼を使用します!」
「! おう!」
ジュリオの持つ『機械視の魔眼』は、その名の通り『機械』というカテゴリに属するものであれば、自在に操る事が出来るというもの。『サージ』のバズーカ砲のような漆黒の十字架も、機械的な構造が組み込まれていれば、ジュリオの魔眼で操作出来る。
彼の安否に気を配りつつ、エレナは一度後退して『サージ』から距離をとった。
瞬間、普段前髪で隠されている顔の左半分が露わにされる。痛々しい火傷の痕に目がつくが、ジュリオの菜の花ような黄色の瞳が一層の光を帯びた事により、そちらに意識が集中される。『機械視の魔眼』が発動した合図だ。
しかし――
「ッ、ぐっ!!?」
バチンッ、と電流が走ったような音と共に、ジュリオが左目を押さえ蹲った。
「おいどうした!? 止められなかったのかよ!?」
「へへっ、魔眼対策をしてない筈がないんスよ! こっちだって、一応はプロなんスからねぇ!」
魔眼対策がなされているという事は、エレナの『魔力視の魔眼』も弾かれるという事。つまり、『サージ』の武器の発動を食い止めるには、物理的に破壊するしかないのだ。接近すれば躱され、『ニージ』による援護射撃が待っている。
だが、今回はエレナ達の出番ではない。
「それじゃあ、物理的にぶっ壊してやってもらおうぜ!」
「そうですね。君達も刮目して下さい、我等が主の力を――」
それは、『霞』に向けられた言葉ではなかった。
先程、五大権含む国主達に高々と宣言した少年達に向けて、放たれた言葉だった。
どこかで『霞』と闘っている彼等は、誰かの協力を得てこの場の映像すらも手にしているのだろう。だからこその、この作戦だった。
落ちかけている本条家の力を見せつける為に『霞』の襲撃をも利用しようという魂胆なのであれば、我等も利用して全員に見せつけてやろうではないか。
我等が、五大権の力を。
裏の世界に君臨する、その者達の実力を。
「「――――!?」」
バンッ!! と、天井を突き破って、先程避難した男性の姿が現れた。その手には口金に牡丹の文様にあしらわれた六合大槍が握られている。
「ゲェッ!? 中国国主ぅぅう!?」
「期待通りの反応ありがとよ……!!」
鋭い風切り音を響かせながら、二メートルを優に超える槍を振るう梓豪。すれすれの所で躱した『サージ』が、助けを求めるように『ニージ』へと視線を向ける。
「に、『ニージ』先輩!!」
「分かって――!?」
クロスボウの焦点を梓豪に向けた瞬間、二発の銃声と共に『ニージ』の腕から鮮血が溢れ出た。装着していたクロスボウも破壊され、血溜まりの中に音を立てて落ちる。
「最近銃を使う機会がなくて不安だったけれど、まだまだ衰えていないみたいねぇ」
「ま、少なくとも狙った場所に撃てる位はね」
自動拳銃を右手にしたステファーノと、回転式拳銃の薬莢を排出しているアーサーの姿が、エレナ達の視界にも映った。
「アーサー様マジカッケェェェ!! 写真撮りたい! そして撃ち抜かれたい!!」
「心の声が漏れてますよ」
魔法が得意分野のアーサーは滅多に銃を扱わない。彼の使用している銃がそこそこ重い、というのもあるが、本人曰く使い勝手が悪いそう。しかし、一度銃を手に持てば「かっこいい」以外の言葉が出て来ない。
エレナがアーサーの姿を目に焼き付けている傍らで、梓豪が『サージ』のバズーカ砲のような武器を破壊しようと槍を振るい続けている。武器を破壊された『ニージ』には後方支援も出来なくなったようで、
「『サージ』! 射出したら撤退しなサイ!」
「えぇぇぇぇ!? まさか、この数相手にオイラ一人で相手するの!? マジムリゲーなんですけど!」
「口答えするナ!」
と、困惑する『サージ』を置いて、『ニージ』は姿を消してしまった。何という逃げ足の速さだ、と呆れたものの、ホテル内にまだ残っているようだ。『ニージ』の魔力が微かにだが感じられる。
「あらぁ、逃げちゃったわねん」
「梓豪おじさん、早くしないとここら一帯吹っ飛んじゃうよ」
「なら手伝って!?」
ステファーノとアーサーに催促された梓豪は、ぐっと六合大槍の柄に力を込める。長物を軽々と振るっていた彼だが、『サージ』を自身が突き破り出て来た穴の開いた天井の元へ追いやると、攻撃の数を減らした。
「神美!」
「好的, 爸爸」
小さく聞こえた中国語。それとほぼ同時にジャラッ、と音を立てながら鎖が『サージ』の身体を拘束した。その鎖は梓豪の娘・神美の鎖標。漆黒の十字架も思うように動かせないらしく、『サージ』は露骨に顔を歪める。
「あぁぁもう!! こうなったら自爆しか――」
「そうは、させませんよ」
バシュッ、と一発の銃声が鳴り響く。
エドヴァルドが発砲した弾丸は、拘束された漆黒の十字架の中心部を貫いていた。バチバチッ、と音を立てながら、次第にそれに集まっていたエネルギーが飛散していくのが分かる。
『魔力視の魔眼』を使用するまでもない。ホテルが破壊される事態も免れ、敵の一人を拘束した。この瞬間、エレナ達の勝利が確定したのだ。
「う、ぁぁあ……あ、あああぁぁぁぁぁ!!!! オイラの……この日の為に改良を重ねたブラッククロスキャノンがぁぁぁあああ!!」
ダサい……。
両目いっぱいに涙を浮かべて泣き叫ぶ『サージ』を除く全員が、同様の感想を抱いた。ブラッククロスキャノンについてはさておき、と、ライフル銃を片手に部屋へと戻って来たエドヴァルドが『サージ』に歩み寄る。
「神美さん、もう暫くそのままでお願いします」
「…………」
こくり、と神美が頷いたのを見てから、エドヴァルドは『サージ』に問う。
「『サージ』さん……でしたっけ。貴方に一つ聞きたい事があるのですが」
「ううぅぅぅっパイセン達に怒られるッスぅぅぅ……最悪ボスにも殺されちゃう的なぁぁあ……」
「『霞』の目的を教えて下さい。従者に持たせている盗聴器の会話からして、貴方方はボスさんの目的を知っているようなので」
薄らと涙目になっている『サージ』を無視して、エドヴァルドは質問内容を口にした。エドヴァルドはアクセルに盗聴器を持たせているらしく、離れていた時のアクセルと『ロージ』の会話内容を把握しているようだ。
「!? まさか『ロージ』パイセン、ゲロッたんすか!?」
「いえ。『ロージ』さんは自爆したか撤退したようですよ。ですが、まだホテル内に敵がいる……それもボスさんがいるみたいですね」
エドヴァルドの発言に、神美の後ろに立っていた梓豪がぎょっと目を剥いた。
「はぁ!? 侵入者ってコイツ等だけじゃねぇのか!?」
「あらあら、それは大変ねぇ」
まるで他人事だが、最上階にいるエレナ達の耳に、下の階で繰り広げられている戦闘の気配は集中しないと探れない。ホテル内のアナウンスでも避難を促されているので、エレナ達も本来であれば避難所へと向かわなければならないのだ。
「取り敢えず、ソイツ連れて降りた方がいいんじゃない」
「そうねぇ。ジュリオ、彼を見張りなさい。逃げようとしたら……そうね、手足位ならぶっ壊していいわ」
「畏まりました」
サラッと当たり前の事を述べるように言うのだから恐ろしい。そしてそれににこやかに答えるジュリオもジュリオだ。出来るなら敵には回したくはないな……、と思いながら、エレナはアーサーの元へと駆け寄る。
「アーサー様、お怪我はないですか?」
「うん。でも、ちょっと遊び過ぎたんじゃないの? エレナ」
「うっ……そんな風に見えました……?」
『サージ』達が侵入し、確かに始めはエレナ達が処分するように命令を受けた。しかしアーサー達が部屋から出た次の瞬間には、左耳に付けているインカムに指示が入ったのだ。
『自分達が処分するから、それらしく時間を稼げ』と。
命令を受けたジュリオと頷き合うだけに留めて、エレナ達は彼等を食い止めるだけに専念したのだ。言うなればジュリオが魔眼を発動させたのもブラフだった。『機械視の魔眼』を持ち合わせる彼が、それを使わなければ逆に怪しまれるから。魔眼対策の攻撃を喰らう事を覚悟で、ジュリオは魔眼を発動させてくれた。
エレナも、『サージ』を仕留めようと鉤爪を振るっていたのは本気だった。エレナなりに全力で行ったのだが、アーサーにはそうは見えなかったらしい。
「一応は頑張ったんですけど……ほら、集中し過ぎは駄目だって旦那様にも言われてたし……あはは、加減って難しいなぁ」
「ちーがーう!」
がっ、とエレナの腕を掴むアーサー。その瞬間、エレナの手首に軽い痛みが走った。
「ッ」
「何怪我してんのさ。お前は私の従者なんだろ? 小さな傷一つ作るなって何度言えば分かるの?」
「あれ、攻撃受けた覚えはないけど……」
「駄犬に戻りたくないなら、主の言う事はちゃんと守ってよね。後で治してやるけど、次はないからね」
その言葉は何度目だろうか。何度も彼を怒らせて、心配させてはそう言わせてしまっている。掠り傷程度、唾を付けていれば治るのに。始めの内はそう口にしていたが、今ではもう言わなくなった。それは、アーサーがエレナの身を案じての発言だと知ったから。
「すみません。気を付けます」
「何ヘラヘラしてんの。キモいよ」
「えへへっ、すみません」
「おいそこの二人、行くぞ」
呆れたような梓豪の声に諭されて、エレナ達も廊下へと出る。アーサーの身に危険が及ばないよう、警戒心は解かないまま。




