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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第四十三話 不敬者に、死の鉄槌を。

「ファリド様! 御身体に障ります!」


 従者のエカテリーナ・マクシモヴナ・トルスタヤも息を切らしながらファリドの後を追って駆け込んで来る。倒れ込んだ男の首筋にそっと刀身を這わせ、ファリドは自身の従者に呆れたように視線を向けた。


「一国の国主のピンチに体調もクソもあるか」


「そうやってまた吐血するんでしょう!? この前の脱走事件然り、貴方様は危機感というものが欠けているのではありませんか!?」


「脱走……?」

「事件……?」

「ファリド様が……?」


 一体何をしたんだ、とエッダ、レギーナ、アリーナは怪訝そうな視線をファリドに送る。ファリドに無断外出を持ち掛けたマティスと、件の内容を知っているカミーユは笑いを堪えるのに必死だった。

 とはいえエッダは先日のファリドとマティスの無断外出、もとい脱走事件を知らないので、首を傾げる事しか出来なかったのだが。


「その分の説教は受けただろう。それよりもコイツを――」


 と、ファリドが言い掛けた所で、『レージ』と呼ばれた男の周辺から煙幕のような真っ白な煙が巻き起こった。咄嗟に『レージ』から距離をとったファリド。それぞれ武器を構え、警戒を強める。


「情けねぇザマだぜ、ボス様よォ。やっぱ年か?」


「君はその口調を改めろと何度言えば分かるのだね」


「ウッセ。黙っとけ」


 煙幕が晴れた頃、新たに二つの影が現れた。両者共足元まである漆黒のコートを着用していたが、隠しきれていない殺気がひしひしと伝わってくる。

 口の悪い者の言葉から察するに、彼等は『レージ』の部下に当たる者達らしい。


「少し油断しました……ここは引いて下さい」


 『レージ』がそう口にする。逃げられる前に捕まえないと、とファリドが駆け出した。振り下ろした刀は、部下の一人に受け止められる。


「良い動きじゃねぇかオッサン。今度オレと遊んでよ」


「生憎と、礼儀のなっていない餓鬼は嫌いでな」


「ヘェ……じゃっ、仕方無しに名乗ってやるぜ」


 バッ、と漆黒のコートを脱ぎ捨て、その姿が露わになる。まるで色素が抜かれてしまったかのように真っ白だった。肌も、腰まである癖一つない髪も、雪化粧を施したかのように白い。所謂アルビノなのだろうか。


 少年のようなキリッとした顔立ちと、白と黒のフリルたっぷりの服との違和感があったが、それを気にさせない程の圧倒的美貌。

 そして、高らかに名乗りを上げる。


「オレの名は『ハージ』。覚えとけよ、オッサン」


「やれやれ……仮にも国主が三人もいるのだぞ。不利だとは思わないのかね。それに何より、今撤退指示が出たではないか」


 『レージ』の身体を抱えながら、もう一人の部下がそう呆れたように口にする。しかし『ハージ』は気にしていないらしく、挑発的な笑みを張り付けたまま両手に細剣を握り締めた。


「黙っとけって言っただろうが『クージ』。そんなに国主様が怖いなら先に帰っててもいいんだぜ? こちとら監視ばっかで身体が鈍ってんだからよォ!!」


 地を蹴って、『ハージ』は細剣をファリド目掛けて振り被る。『ハージ』の攻撃の波を読み取っていたらしいファリドは、至極落ち着いた様子で刀を使って攻撃を防いだ。


「エッダちゃん、貴様はそこで固まってる従者と先に避難していろ!」


「なっ、」


 反射的に自分はまだ戦える、と言いかけてエッダは口を噤んだ。両手に短機関銃を持てているとはいえ、負傷した彼女が満足に戦える筈がない。自分でもそれを痛い程理解していたからこそ、噛み付こうとして諦めたのだ。


「……任せたぞ」


「あぁ」


 そんな短い返事を耳にしながら、エッダはレギーナとアリーナの元に向かう。アリーナは銃器が扱えるそうだが、レギーナは武器の所持を禁じられている。つまりは敵に襲撃されれば、確実に勝てる保証はない。

 ならば、負傷していてもまだ動けるエッダが二人の身の安全に気を配りながら避難場所に向かった方がいいだろう。


「急げ、二人共!」


「ひゃいっ!」「はい!」


 最後に救援に来てくれたマティス達を一瞥して、エッダはレギーナに支えてもらいながら階段を駆け下りたのだった。




※※※※




  《ホテル本条・最上階》


 従家とは。

 国主、ならびに家系に忠誠を誓い、命に代えてでもその身を守護する家系の者達の事を指す。本条家に一から九の各条家と呼ばれる従家が存在するように、各国の国主達に付き従う従家は沢山ある。


 中でも、今代の五大権の従者は並外れて有名だ。


 スウェーデン国主従者、アクセル・ヴェランデル。

 スウェーデン陸軍大佐を父に持ち、自身も軍事学校を卒業している。裏の世界に通じる者であれば、彼の実力を知らない者はいないだろう。

 グロック17を始めとした銃器全般の扱いに長けており、『透視の魔眼』も合わさる事で絶対的な強さを誇っているのだ。


 イタリア国主従者、ジュリオ・イウラート・バッチェッリ。

 バッチェッリ家の養子で正当な後継者ではないものの、主に歯向かう敵は容赦なく殲滅する実力と忠誠心の持ち主だ。

 物腰柔らかな性格と態度からは想像もつかないような、危険を顧みない任務を軽々とこなす兵士(ソルダート)でもある。


 イギリス国主従者、エレナ・ガードナー。

 その素性は一部の人間にしか知られていないが、アーサー曰く「首輪をしていないと一国の都市部を滅ぼしてしまいかねない猛獣」だそう。

 鉤爪を武器とし、その荒々しい戦いぶりから『狂犬のエレナ』と異名が付けられる程。


 彼等の恐るべき所は、純にその強さだ。


 対人戦、銃器、刀剣、魔眼、魔法術。果てに車両・戦車・飛行機器の操縦。多彩ながらその一つ一つが達人級で一切の隙がない。正しく国の代表が所有する個体兵器だ。


 しかしそれは裏社会で数々の修羅場を掻い潜ってきた『霞』にも言える事。実力はほぼ互角といえるだろう。


 黒いローブを脱ぎ捨て、三人の姿が鮮明にエレナ達の視界に映った。

 中央に立っていた少し片言の人物。茶色い髪をおかっぱに切り揃え、黄土色のくりっとした目をしている。左手にクロスボウを持っているのを見る限り、後方支援が主と見受けられる。


 そして先程『ロージ』と呼ばれていた、きつくウェーブがかけられた桃色の髪をした人物。大きなたれ目の瞳の中にハートのような形が見えた。三人の中でも唯一スカートを着用しているが、本当の性別は分からない。


 それよりも、エレナの目が釘付けになった物体があった。。


(な、何だアレは……!?)


 それは三人目の人物が背負っている武器。アーサーの身長と大差ない大きさの漆黒の十字架。金髪の左サイドを後ろに固めた、少年のような蟹股に似合わない少女のような顔立ちが霞む程に異色だった。


「発動までジャスト三分! 『ニージ』パイセン! 『ロージ』パイセン! シクヨロッス!!」


「気安く名前を呼ばないで下さいまし」


 『ロージ』が、腰にベルトのように巻いていた鞭のような武器に手を掛ける。シュシュッ、という鋭い風切り音を響かせながら、『ロージ』がそれを振るう。


「覚悟なさい! 動くと痛い目見ましてよ!!」


「だから意味一緒的なー?」


「お黙りなさい!!」


 鞭にしてはしなりが悪いように見受けられる。加えてまるで金属のようだ。装着した鉤爪で防ぐ為一歩前に出た瞬間に、エレナは悟る。


 ――受けるのは危険だ、と。


 シュンッ、とエレナの頬ギリギリにそれが掠った。すっぱりと斬れた傷口から血が伝うのを感じながら、次に来る攻撃に備え体勢を変え後退する。


「だぁぁああクソッ!! 何だアレ!?」


「避けたのは賢明な判断です、エレナさん。あれは恐らくウルミと呼ばれる長剣です」


 グロック17を両手に、アクセルがそう解説した。


 『ロージ』が使用しているウルミとは、主にカラリパヤットで使用される柔らかい鉄で作られた鞭のような長剣。肉を削ぐ分には十分な鋭さを持っている危険な武器だ。


「当たれば肉が削ぎ落される可能性が高いです。注意して下さい」


「ウルミもそうですが、何よりあの方の武器が気になります」


 ジュリオもアクセル同様、愛銃を構え、発砲しながら言う。

 エレナもずっと気掛かりなのが、恐らく三人の中でも一番後輩に当たる金髪の人物の武器だ。漆黒の十字架をまるでバズーカのように構え、魔力を集中させているのが感じ取れる。


「下手な事をさせる前に片付けましょう」


「はい!」「おう!」


「そう簡単に負ける程、私達は弱くなくてよ!!」


 エレナの目では、その動きを捉える事は出来なかった。ほぼ勘で、攻撃を受けないように徹するしかない。しかし刃の動きを見切り、あまつさえ攻撃を躱す事が可能な人物が一人だけいた。


「では、貴方のお相手は私が務めましょう」


 声と共に、アクセルが駆け出す。

 『透視の魔眼』もさる事ながら、高速で変則的な動きをする刃を読み切る程の超人めいた視力の良さこそが、彼の一番の強みとも言えよう。


 ――しかし、それだけではない。


「させマセンヨ。『サージ』伏せナサイ!」


 『ロージ』の元へと駆け出したアクセル目掛けて、クロスボウの矢が放たれる。しかし彼は動じる事なく、真っ直ぐに目標に向かって突き進む。クロスボウの矢が自身には当たらないと確信していたからだ。


 室内に響き渡る三発の銃声。その後にアクセルの元へと向かっていた矢の全てが、軌道をずらして部屋の壁へと突き刺さった。


 音としてはどれもバラバラだ。それは全て違う銃器から発砲された事を指しているのだが、事態を把握する前に『ロージ』の身体が宙に浮いた。ウルミによる攻撃を防ぎ、『ロージ』の胸倉を掴み上げる。


「気安く触るんじゃっ――」


 『ロージ』がウルミを振るう。それよりも早く、アクセルは『ロージ』を窓の外へと放り投げた。そしてその後を追うかのように、命綱もなしにアクセルも飛び下りる。


 国主を置いての無謀な行動。浅はかを通り越して、ただの愚者である。嘲るように口の端を釣り上げた『ロージ』だったが、すぐさまその行動の意味を理解する事となる。


「――――。」


 アクセルが、小さく口を動かした。日本語でもなければ英語でもない、自身の母国の言語だったのだろう。日本語、英語、自身の出身国だけの言語を理解している『ロージ』には伝わらないその言葉だが、確かな殺気は嫌という程に伝わってきた。


「失礼、今のは伝わりませんでしたね。では改めて――」


 地面に向かって急降下しているにも関わらず、アクセルは涼し気に黄金の瞳を細めて、日本語で言葉を紡ぐ。


「不敬者に、死の鉄槌を。」





※※※※





 現在軍用、警察用として各国で使用されている自動拳銃グロック17。アクセルがこの銃を愛用している理由は、やはり父や兄が使用していて馴染みがあるからなのだが、それだけではない。


 手に馴染むか、否か。


 銃の冷たさを手に感じてもう二十年以上経つが、その頃からアクセルは直感的に感じる事が多かった。


 『この銃は調子がいい』、『こっちはあまりしっくりこない』。根拠はないが、自身の波長に合う武器を手にした日はすこぶる調子が良かった。中でも安定して波長が合ったのがグロック17だったという話。


 感情を顔に出す事が少なく、必要な事柄しか口にしないアクセルは、良くも悪くも嫌煙されがちでもある。しかしその腕前は確かな物という事は周知の事実。そして何よりも、その実力を、自身が決めた者の為にしか振るわないという確固とした意志の強さ。


 資料や聞いた情報だけでは感じ取れなかった圧のある殺気は、幾度となく過酷な任務をこなしてきた『ロージ』の身体を震わせた。


「ッ、――――」


 空中では銃弾が避けられない。このまま抵抗しなければ銃弾に射抜かれるか、転落死するかしか道はない。しかし考える猶予等ある筈もなく、銃声が『ロージ』の耳に届いた。そして、ほぼ同時に訪れる右肩の痛み。


「く、ぅっ!!」


 自動拳銃は薬莢の排出、弾の装填を自動で行ってくれる。続けざまにアクセルは発砲した。

咄嗟に『ロージ』が身を捩ると、すぐそこに非常階段の鉄柱が迫っていた。落とされた場所からの落下速度を考えて、直撃すればまず無事では済まない。『ロージ』は手を伸ばし、鉄柱に掴まった。


「!」


 落下していた勢いのままに、ぐるりと鉄柵の上に一度降り立つ。自身の腕の細さ程しかない足場でも、辛うじて姿勢を保つ事は出来る。


「はぁ……っ」


 右肩に感じる熱と痛みを堪えながら、『ロージ』は同じく非常階段の鉄柵の上に着地したアクセル目掛けてウルミを振るう。


 空を切る音と共に銃弾が弾かれた。その間にアクセルも鉄柱の上に着地し、間合いを取る為に非常口階段へと移動する。


「アクセル・ヴェランデル……ただの堅物かと思いきや、とんだ弾けた事をなさるじゃありませんか。そりゃあ、あの場から離す必要がありますわ……流石の私も、少し焦りましたわ。えぇ、少しですけれど」


「随分とお喋りですね。私とは正反対なようで」


「無駄口は嫌いですが、お喋りは好きですのよ」


「……では、お喋り好きな貴方に一つ、お聞きしたい事があります」


 とはいえ、『ロージ』も手練れが集うと称される『霞』の一員だ。そう簡単に口を割るとは思っていない。彼女の細やかな動きから、真相を探るしかないだろう。


「貴方方の目的は五大権の皆様の抹殺、でしたね。メリットは何ですか」


「メリット等ありませんわ。ボスに命令されたから、そして私が明日を生きる為に必要な事だから。依頼されたら何が何でも完遂しなければならない。それが私達の組織の在り方だとご存知でしょう」


「では、『霞』のボスは何を最終目的としているのでしょうか」


「……何ですって?」


 『霞』は瀬波銀治の依頼により『本条一華、九実、そして五大権の抹殺』を任務として動いている。しかしアクセルは気掛かりだった。


「貴方方は『霞』。裏の世界の中立、金で動く掃除屋。その割には今回、情報漏洩が酷いのです。我々もそうですが、高校生にまで継承戦の背後にいる事が知られている。そんな初歩的なミスを、『霞』がする筈がないんです」


 常軌を逸した頭脳を持つ五輝だったとしても、誰かに情報を探られる――ましてや情報が露見するといった事態は信用に関わる問題だ。それもプロ中のプロが、そのようなミスを犯す筈がない。

それはアクセルが、『霞』の実力や意識の高さを知っているからこそなのだが、恐らくは誰もが疑問に思っているだろう。


「それに、貴方方の本業は暗殺でしょう。堂々と乗り込むなんて浅はかにも程があります。まるで、何かを試しているかのようですね。それか……何かの舞台を整えているかのよう――――」


 以降、言葉を続ける事は出来なかった。「それ以上は話させない」といった風に、『ロージ』がウルミを振るったからだ。高速で動く刃を躱すと、そのまま非常階段の手摺に独特の金属音を響かせてウルミの動きは停止した。


「そろそろ無駄口の域ですわよ。お喋りはここまで、私の任務を遂行致しますわ」


「……その言葉、そのままお返し致します」


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