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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第四十話 子どもの頃からずっと……

 目的を達成した一華と二宮は、車の中で一言も言葉を交わす事はなかった。

 一華は迷っていた。『良かったじゃないか』と言うべきか。『これから、時間をかけて接していけばいい』と言うべきか。二宮の表情は先程よりも穏やかで優しいものだったが、やはりどこか緊張している様子。よって、一華はただ無言で次々と流れゆく景色を眺める事しか出来なかった。

 そして数十分後、二宮が溜息を漏らした。


「着いて来てくれてありがとね、一華ちゃん」


 運転中の為、二宮はこちらを見ない。しかし誠意は感じられたので、一華は気にする様子もなく首を振った。


「私は何もしていないさ。私はあの場にいただけ。全部二宮兄さんが頑張ったから……」


「ううん。僕一人じゃ、そもそも私用で二人に会いに行く事すらしなかったよ」


「……どうして、今日このタイミングで?」


 『霞』との戦いが迫っているとはいえ、今日でなければならないといった条件は必要なかった筈だ。胸の内にあった疑問を投げ掛けると、二宮は「うーん……」と答えを濁す。


「……何故だ?」


 再度そう問い掛けると、車が停止した。一瞬だけ窓の外に目を向けると、白羽宅が映る。到着したとはいえ、二宮はまだ何か話したい事があるらしい様子でいたので、そのまま静かに言葉を待った。


「…………」


 二宮の視線が、前方から助手席に座る一華へと移された。


「どうしても今日、言いたい事があったから……」


 誕生日当日に、直接祝いの言葉を言いたかったのだろうか。しかしそれにしては、二宮の視線が少々痛く感じられた。


「た、誕生日おめでとう、って……?」


 一華が問い掛けると、二宮は静かに首を振る。そして頬を弛ませ、




「好きだよ、って」




 そう、言った。


「……あ、ありが――」


「違うよ」


 礼を言おうとするも、すぐさま否定される。


「兄妹としてじゃない。一人の女の子として見てる。僕はね、子どもの頃からずっと……一華ちゃんが大好きなんだ」


 頭で、そして心で理解してしまった。二宮は恋愛対象として一華の事を見ている。そして今紡がれた言葉は『日頃伝えるもの』ではなく『胸の内に秘めていた想いを伝えたもの』であると。


 彼の言った『好き』の意味は『愛してる』のそれであると。


「…………」


 言葉を失った一華に、二宮は薄らと頬を赤くして笑む。


「ずっと不思議だった。子どもの頃、君に掛けられた言葉の一つ一つが温かくて。君を見る度に、君の姿を思い出す度に、胸が苦しくなって息が出来なかった。でも君に会いたくて仕方がなかった。ずっと何かの病気だと思っていたけど、最近気が付いたんだ。僕は一華ちゃんの事が好きなんだ、って」


 シートベルトを外し、二宮はずいっと顔を近付ける。驚いて身を引くも、一華はシートベルトを着けたままだったので、自由に動く事は叶わない。


「に、兄さっ――!?」


 端正な顔が一気に近付いた。そのまま唇が重ねられる――


「…………」

「…………」


 ――前に、一華は二宮の口元を手で覆って防いだ。


二宮は本当にキスするつもりだったらしく、虚を突かれたように瞬きを繰り返している。ゆっくりと身を引いた二宮は、惜しかった、とでも言いたげな様子で肩を竦めた。


「嫌だった?」


「嫌、というか……」


 二宮と唇が触れ合う寸前で、白羽の顔が脳裏に浮かび、そして気が付けば防いでいた。




『……僕がどうしようもなく貴女の事が好きだ、って言ったら……どんな返事をしてくれますか……』


『僕は一華さんの事が好きです。恋愛対象として』




 先日告げられた告白が頭の中に響く。二宮からの接吻を拒否した理由は恐らくそこにあるのだろう。

 それが罪悪感なのかは、まだ分からなかったが。


「……白羽君、でしょ」


「!?」


 まるで心の中を見透かされたように、ピタリと言い当てられて一華は肩を揺らした。その反応を見た二宮は「やっぱりね」と困ったように眉尻を下げる。


「先越されたかぁ。……一華ちゃんは、白羽君の事好き?」


「……分からない。でも……」


「でも?」


「二宮兄さんにキスされそうになった時、白羽さんの事が頭に浮かんだ」


 先程思った事を、正直に二宮に打ち明ける。自分の事が好きだと告白してきた相手に対し少し失礼だとも思ったが、誤魔化すよりかはいいと判断したからだ。


「そっか」


「……すまない」


「いいんだよ。……白羽君は、いい子だから。信じていいよ」


 まるで白羽の事をよく知っているかのような口ぶりだった。一華の知る限り、二人の間に接点があるとは聞いていないのだが。


「うん、一華ちゃんの自由にしたらいい。でも、百パーセント『霞』に勝てるとは思えないな、僕は。それでなくても人間はいつ死ぬか分からないんだから……後悔だけはしないでほしい」


 二宮が今日この日に一華を呼び出したのも、そんな思いからだろうか。五輝を待たせてしまった事は申し訳ないが、二宮の呼び出しに応じて良かったと思う。


「分かったよ、兄さん。どちらにしてもこの後は五輝君と話し合いがあるから、暫くは考える余裕もなさそうだがな……」


 苦笑を浮かべながらシートベルトを外す。そしてドアを開けようと手を掛けた時だった。


「――――」


 一華の頬に、何かが当てられた。そっと優しく、それでいて押し当てるように。吐息が頬にかかり、自分の身に何が起こったのか理解するのに時間は要さなかった。


「頬なら、セーフでしょ?」


「ふ、みや兄さん……!!」


 いたずらを仕掛けた子どものように、ニッと目を細める二宮を軽く睨みつける。

 完全に油断していたと言っていいだろう。そんな一華に構わず、二宮は一華の手を取って何かを手の平に乗せた。


「!? ふ、二宮兄さん、これ……!」


 一華の手の平にそっとのせられたもの。それは継承権を持つ者の証である編紐だった。一つは始め四音が身に着けていた物。そしてそれまで二宮の首に巻かれていた編紐が、一華の手の中にある。それはつまり、二宮は今この時を持って継承権を失った、という事になるのだ。


「二個目の誕生日プレゼント。受け取って」


「あ、あまり嬉しくないんだが……!?」


「いいのいいの。もう必要ないだろうし……どうせなら一華ちゃんに貢献したいからね」


 そうまで言われてしまったら受け取らざるを得ない。腑に落ちない、と眉根を寄せながらも渡された編紐をコートのポケットに仕舞い、車から降りる。


「それから、もう一つ面白い事を教えてあげる」


 思い出したかのように二宮はそう前置きして、


「父さんの死因はね、失血死じゃなくて心臓麻痺によるものだったそうだよ」


「……えっ?」


 二宮の父、つまりは一華の義父・銀治は自室で喉元を斬られており、壁や天井にまで血が飛び散っていたらしい。しかし二宮の話によると、死に至った原因は失血ではなかったようだ。


 その話を聞いた瞬間、一華の脳裏にある可能性が浮かび上がってきた。しかしまさかそんな筈はない、と慌てて掻き消す。


「……頭に留めておくよ。それじゃあな、兄さん。誕生日プレゼント、ありがとう。それと……好きだと言ってくれて」


 あくまで動じていないふりをして、一華は早口気味に述べる。


「どういたしまして。僕の事は気にせず、一華ちゃんのしたいようにしてね」


 自分の事を気遣わなくてもいい。そう言ってくれている気がした。一華は一度だけ頷き、白羽の自宅へと帰っていったのだった。




「…………恋人同士になれたらって、何度も思っていたけど……。一華ちゃんが幸せなら、僕は満足だからね」


 正直の所、『好き』という言葉を伝えただけで、二宮は満足していた。勿論、それ以上の関係を望まなかった訳ではないが、白羽とならいいかもしれない。そう思っている自分がいるのだ。

シートにもたれ掛かり、二宮は自嘲気味に笑みを漏らしたのだった。


 ――本条二宮・棄権――





※※※※





 白羽宅に戻り、リビングへと足を運ぶ。そこには既に五輝の姿があった。長らく待たせてしまったせいか、その表情は不機嫌そうに歪んでいる。


「よう。おかえり」


「ただいま……待たせてしまってすまないな」


「いいや。ほんの一時間程度、待った内に入らねぇよ」


 嫌味じゃないか、と零しながら彼の向かいに座る。するとそのタイミングで白羽もリビングへと入って来たので、彼が座ってから五輝は口火を切った。


「さて、とりま全員の協力は得た。俺が想像していた最悪の結末は免れそうで良かったよ」


 彼の言う『最悪の結末』とは、兄妹同士で殺し合う事を指しているのだろう。一華自身も、それだけは絶対に阻止したかったので、同意するように頷いた。


「これからなんだが、どうするつもりだ? 『霞』には私が動ける事がバレてしまっているだろうし……」


「あぁ。その件について考えた。今残っているのは俺と六月、二宮と七緒と八緒。そんで白羽だ」


「あ、二宮兄さんさっき棄権したぞ」


 コートのポケットから先程受け取ったばかりの二宮の編紐を取り出し見せる。五輝が「は?」と目を細めたのを見る限り、棄権されたのは都合が悪かったらしい。


「勝手な事しやがって……まぁいい。て事は今の自分の合わせた合計の所持数は俺、一華、八緒が二つずつ。そんで六月と七緒が一つか……」


 二宮、三央、四音、そして一華は既に継承権を失っている。一華の場合は特別ルール起用による各条家の参加により、白羽が勝てば当主の座に就けるのでまだ敗北が決定した訳ではない。

しかし、それは結果論だ。


「最終的に、編紐が全部白羽の手元に集まれば目的は達成だ。お前は晴れて当主になれる」


「しかし今の君の口振りだと、何かデメリットがあるんじゃないのか?」


「御名答。一番手っ取り早いのは、俺達全員が棄権する事だ。だがそれじゃあいけねぇのさ」


「……国主、か……」


 ハッとしたように、白羽が呟く。


「そうだ。『霞』を潰す為とはいえ、この方法・結果は五大権以外の国主が納得しねぇ。落ちつつある本条家の名を取り戻す為に必要なのは、正統な血を引くお前が就く事だろうよ。だが、本当の意味で再建したいなら、お前が上に立つに足る人物だって事を証明しなくちゃなんねぇ」


 五輝の言葉が、重く聞こえた。分かっていた事の筈なのに、途方もない重責に押し潰されてしまうのではないだろうか。そんな考えが一瞬頭を過る程に、事は重大なのだ。


「そんで一度、お前は俺に負けてる。敗北も全部巻き返さなくちゃな」


「……あぁ。五輝君、君の作戦を聞こう」


「おう。勝者も敗者も審判もギャラリーも全部使ってやる。継承戦、そんでもって『霞』を。俺達(・・)の手で派手に壊してやろうぜ」





※※※※





 十月十日 某時刻 某所。


 明かり一つ点けられていない部屋の中。椅子に腰掛け、外の景色を眺めている男がいた。黒紅色の髪と黄金の瞳が特徴的な男は、無表情のままにグラスにワインを注いでいる。


 そんな男の後ろでは、とある組織のボスが部下に指示を仰いでいた。


「――明日、動き出す。狙いは以前言った通りだ。本条家の者達、各国主。その他邪魔する奴等は全て殺せ。その(・・)よう(・・)()動きなさい(・・・・・)


 静かに、抑揚のない声が響く。それに返事をする事もなく、部下達は一礼だけして去って行った。男は黄金の目を細めながら、ボスにワインが注がれたグラスを差し出す。


「何故勝手に上がり込んで、人が大事にとっていたワインを開けているのでしょうか」


 今日は我が子の誕生日だった。しかし会う事は出来ないから、仕方なくお前と晩酌しようと思ったんだ。一緒に祝え。


 と、答えになっていない返答をされて、ボスは呆れたように溜息をつくしかなかった。継承戦の間、この地に戻って来た男は、ボスがずっと宿泊しているホテルの部屋に居座ったまま。本当に我が子の事を想っているのかどうか、怪しく感じられる。


「……おめでとう、娘様」


 せめて、形だけでも付き合ってやるか。そう区切りをつけて、ボスは出されたワインに口をつけた。


「ところで、聞きたい事があります。貴方が以前本条家の三女に渡したメモリーカードの情報を上書きする為に、私は貴方にメモリーカードの回収を頼みました。それが何故ロシア国主とフランス国主と交戦する羽目になったのでしょう。別荘へ取りに行くだけだったでしょうに」


 男の存在は、裏の世界の者達に知られてはいけない。万が一の事を考えてボスの名と姿を使わせたのだが、まさか思いっきり知られてしまう事になるとは思わなかった。


 本来ならば、誰にも接触する事なくメモリーカードを回収して来る予定だったのに。じろりとマスカレードマスク越しに目を細めて、男を睨み付けてやる。しかし男は悪びれる様子もなく、どの机の引き出しに仕舞ってあるのか分からなかったから直接聞こうと思った、と言い訳を口にする。


「本当、私の変装をさせて正解でしたね。貴方は自分の都合で動きすぎです。我々の作戦が終了するまでは、もう何もしないで下さい、本当に」


 受けた依頼は、いかなる理由があっても完遂しなければならない。それがこの組織の信条だ。念を押すように言うと、男は分かった、と潔い返事をする。本当に大人しくしてくれるかはさておき、ボスも準備を進めなくてはならない。


 ワインを一気に飲み干して、席を立つ。


 向かう先は、とある秘書役の男性の元。彼に変装道具を二種(・・)()渡して、ボスは最終確認を進めるのだった。


 継承戦終了、もとい彼等の任務完了まであと少し――。


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