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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第三十一話 皆の力を貸してほしい

 ――十月八日。


 アクセルから教わった人目に付かない、『霞』に見つからないような場所――『ホテル本条』からそれ程離れていない倉庫街の地下。そこで一華は他の兄妹達を待っていた。手紙で他の兄妹を呼び出したのはいいが、全員が応じてくれるかは曖昧だ。やや不安だが、兄さん達ならきっと来てくれる、とも信じている。


 初めにやって来たのは七緒と八緒だった。八緒は先日の傷がまだ癒えていないらしく、若干足を引き摺っているように見受けられる。二人は一華の姿を見付けるなり、駆け足で一華の元へやって来た。


「姉貴!」「お姉ちゃん!」


「七緒君、八緒ちゃん。あの後はすまなかったな。大丈夫、だったか?」


 先日、二人には怪我の様子を聞く事も出来ないまま別れてしまい、以降連絡も出来ずにいた。さぞ心配をさせてしまっただろうし、申し訳ない事をしてしまった、と後悔していたのだが、七緒と八緒は気にしている様子でもなかった。それよりも、二人は一華の周りをぐるぐると回って観察している。


「それより姉貴は……?」


「五大権の人達に、お姉ちゃんは敗北のショックで引き籠ってるって聞いていたけど……」


 心配そうに眉尻を下げる七緒と八緒。一華が嘘を付いているという事を知っているのは、五輝とアクセルだけだ。その旨も説明しなければ、と一歩引いて口を開こうとしたその時、


「わっ、」


 突如、後ろから誰かに抱き寄せられた。


「…………良かった……」


 耳元に、その言葉と共に吐息がかかる。その声は――


「二宮! 姉貴から離れろ!!」


 長男の二宮だ。

 二宮を見るなりあからさまに殺意を露わにする七緒。彼の後ろでは八緒が静かにナイフを構えようとしている。しかし当の二宮は何の反応も示さずに、一華を抱き締める腕に力を込めるだけだった。


「心配したんだよ」


「おい、二宮!」


「うるせぇ騒ぐな」


 七緒の怒声に被せて、五輝がやって来た。その隣には六月もいる。

 今日は「米派」等のふざけたシャツではなく、灰色の無地のシャツにジャケットを羽織ったスタイルだった。正直、かなりほっとしている。


「何の為にバラけて来たと思ってやがる」


 指定の時刻は午前十時丁度。本条家に隠されている隠し通路から来たのだろうが、怪しまれないように家を出る時刻をわざわざずらしてくれたらしい。という事は、すぐにでも三央と四音がやって来るのだろうか。


 二宮に身体を解放してもらい、二人を待つ。

 数分後。三央と四音は歩いてやって来た。三央に関してはもう身体が不自由なフリをする気も、表面を取り繕う気もないらしい。眉根を寄せて不機嫌そうに腕を組んでいた。


「全員揃ったな」


「確認だが携帯の電源は」


 いくらこの場所が覚られていないとはいえ、一華達の携帯端末は盗聴されている可能性がある。その為、秘密裏に会話する際は電源を切るようにしているのだ。呼び出しの手紙の際にも、一華は手紙にその事を記載していた。全員が頷いたのを確認してから、一華は話題を切り出した。


「まずは、皆に嘘を付いていた事について謝罪する。すまない、本当は精神的なショックなんて受けていない」


 負けた事は悔しいが、と付け足して真実を述べる。事実を知っていた五輝を除く兄妹達は、それぞれ反応を顔に出していた。安堵、困惑、動揺、それらを受け止めつつ、一華は続ける。


「皆、特別ルールが起用されている事は知っているか?」


「特別ルール?」


 何それ、と言いたげな表情で首を傾げたのは六月だった。五輝は知っているらしいが、彼女は聞いていないらしい。


「私が敗退した場合、各条家と呼ばれる者が参加の継続を許可されるんだ」


「何それズルい!」


 不満げに唇を尖らせるが、そもそも本条家の血筋でない彼女達が参加しているからこそ適応されたルールなので当然のハンデなのだが、一華がわざわざそれを口にする事はない。


「……何故ショックを受けたフリをしていたのかしら?」


「ぼ、僕も気になる……」


 三央、四音に問われる。


「継承戦においての作戦の一種だった。白羽さん……もう一人の参加者の存在を知られずに勝つ為の。それともう一つ」


 ここからが本題だと思うと、自然と身体が強張った気がした。


「『霞』と呼ばれる組織の手から、一時的に身を隠す為」


 『霞』。裏の世界に関わる者ならばまず知らない者はいない程有名な非公式組織。暗殺関連の仕事を多く請け負う掃除屋でもあり、その素性は一切明かされていない。メンバーの構成人数も不明。謎に塗れながらもそれが組織と成り立っているのは、国主達含めた裏の世界の者達から必要とされているからだ。


 そしてその組織が今、継承戦に大きく関わっている。それにいち早く気付き、対策を講じようとしているのが五輝だ。しかし最早、継承戦で争っている暇はないと判断した為、エドヴァルドの言っていた『兄妹達に協力を申し出る』という提案にのる事にしたのだ。


「『霞』の目的は私と九実君。それと五大権の命。期限は継承戦が終了し、勝者がその地位に着くまで」


「思ったよりゆっくりだな……」


 てっきり継承戦が終わるまでかと、と五輝が呟く。確かに長い気がする。勝者がその地位に就くのは継承戦終了から約一週間の間がある。つまり『霞』の任務遂行期間は少なくとも二か月以上あったという事だ。

 雇い主である銀治がいつ頃依頼したのかは不明だが、その期限の日まで刻一刻と近付いているのは事実。


「この『霞』だが。私は一度奴等に狙われた。私の母さんも……恐らく。依頼主は義父で、私達継承権を持つ者達は監視、及び盗聴されている」


「それでスマホの電源をね……」


「って、依頼主が父さん!?」


 納得する二宮の隣で驚きを露わにする四音だが、他の兄妹達は何を今更、といった表情だった。


「むしろ父さん以外に誰がいるのさ」

「ツッコミどころそこじゃないのよ四音」

「親父は裏社会の人間なんだから不思議じゃないだろ」

「それ位アタシにも分かる」

「むしろ気付いてなかったのかよ」

「四音お兄ちゃん今までよく生き残っていたよね」


 一華を除く他の兄妹達から憐憫の眼差しを向けられ、四音はぐっと押し黙るしかなかった。あまりにも不憫で見ていられない、とわざとらしい咳払いをしてから、一華は事の詳細を簡潔に纏める。


「まぁ……つまりは時間がないという事だ」


「確かに。だが何故俺達にその話をする必要がある。自分の味方の存在まで語って」


 五輝の声色には若干の苛立ちが籠っている。

 継承戦特別ルールを知っていて、尚且つ一華が精神的ショックを受けている演技をするように指示したのは五輝だった。彼にしてみれば一華の行動は裏切りとも言える。そこを問い詰めたいのだろうが、一華はあくまで表情を崩さずに、


「皆を守る為だ」


 と、決意の籠った瞳でそう告げた。


「誰も殺さずに。誰も殺させずに。兄妹全員で家に帰ると……九実君と約束した。そしてそれは私の信念でもある。どうか……皆の力を貸してほしい」


「…………」


 暫しの沈黙が訪れる。最大の難関は慣れ合いを嫌いとする三央と、先程から苛立ちを隠そうともしない五輝だが……。一華は順番に二宮達の顔を見渡した。誰も、その表情には何も映っていない。ただ淡々と、思案しているようだった。


 そして一番初めに口を開いたのは、


「いいぜ! 姉貴の頼みなら!」

「うんうん! 賛同するよ!」


 七緒と八緒だった。その言葉にほっと肩の力が抜けたのが分かる。


「そうか……」


「……っ、僕は……とっくに負けているけど……。力になれるのであれば協力したい……!」


 続いて賛同したのは四音だ。誰かに押された訳でもなく、彼は彼自身の意思で一華と協力する事を選んだのだ。その決意が、一華には嬉しかった。四音の横から溜息をついて三央も、


「仕方ないわね。お父様の思い通りになるのも、見ず知らずの人に身内が殺されるのも不愉快だもの」


 と口にする。


「まぁ一華ちゃんの頼みを断る気は毛頭ないからね。何なりとどうぞ」


 にこやかに、二宮も答えた。その際一華の肩を抱き寄せようとしたのだが、七緒にきつく睨まれたので諦める様子が見えた。と、残るは五輝と六月だ。六月は兎も角として五輝は前向きに検討してくれるだろうか、と微かに緊張感が訪れる。


「…………ま、血の繋がった兄妹の危機と考えればいいか。元より、そういう目的だしな。これで動かねぇのも兄のメンツが立たねぇし」


 この場において一華は誰とも血が繋がっていないのだが、五輝にとって、それは九実を指す言葉だった。一華は自分自身を守るだけの技量を持ち合わせているし、最も幼い九実を守るというのは理に適っている。


 しかしその言葉を耳にした六月の表情が、一気に曇った。


「――――。」


「何だ。私の為ではないのか?」


 しかしそんな六月の様子には気付かずに、一華は冗談めかして五輝を睨み付ける。同様に、六月の様子に気が付いていない五輝も、嘲るように言った。


「お前には護衛がいるじゃねぇか。ただでさえ強いのによ」


「確かにそうだが……」


 失笑を漏らす一華。そしてやっと、六月の方へと視線を向けた。


「六月ちゃんは……」


 しかし一華が名を呼んでも、六月は反応を示さなかった。若干目を見開いて、何かに怯えているかのように虚空を見つめている。


「六月ちゃん?」


 彼女の異変に気が付き、再度名を呼ぶ。するとハッとして六月は「何?」と目を瞬かせた。もうそこに何かに対する怯えの感情はない。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


「う、ううん!? アタシが自己管理を怠る訳ないじゃん!?」


「そ、そうか……」


「でー、あー……うん! もちいいよ、協力する!」


 あからさまに何かを誤魔化している様子だが、詮索しない方がいいのかもしれない。そう悟った一華はあえて何も聞かずに、話題を戻す事にした。


「皆ありがとう。これからの動きなんだが――」


「ご、ごめんやっぱ、アタシ帰る!」


 と、説明しようとした矢先、六月がそう言い残して走り去ってしまった。一華が彼女を呼び掛けるも、そのまま暗闇に姿を消してしまう。反響する六月の靴の音すら聞こえなくなった頃、三央と七緒が顔を見合わせて困惑を共有した。


「ど、どうしたの彼女……」


「変な奴だなー」


 六月は基本的に無邪気な少女で、いつも五輝に甘えている印象だ。そこが彼女の可愛い所だし、一華もそんな彼女の愛嬌の良さを羨ましいとも思っている。しかしそんな六月にも、悩み事や誰にも明かせないような秘密がある。それを知っている一華だからこそ、すぐに追いかけないと、と思わせられた。


(……もしかして……あの言葉に……)


 呆然と六月が去って行った方向を見つめる二宮達に「追って連絡するから、今日の所は解散しよう」と一方的に提案して、返事を聞かずに六月を追いかけた。


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