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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第二話 こんなところで何をしているんだ

 ドレミ・シャープから数分の位置にあるショッピングモールに入り、エレベーターを使って文房具が置かれている階まで移動する。学校帰りの学生が多い店内をきょろきょろと見渡し、目的であるノートが売られているコーナーに向かう。


「えっと……あ、あった」


 ノートを手に取り、さっさと会計を済ませようとした矢先、見慣れた姿が視界に映った。

 一華と同じブラウンのブレザーを羽織り、派手な金髪に毛先は青、と中々奇抜な出で立ちの少年。左耳にはピアスが三つ付けられており、まず真面目な生徒であるとは思えない。何かから隠れているらしく、棚の陰に身を隠すようにしてしゃがみ込んでいた。


 知っているから、というよりも彼は身内の一人なので、躊躇う事なく話し掛ける。傍から見れば怪しさ全開の彼の挙動を見過ごせなかったのだ。


「君はこんなところで何をしているんだ」


「!? バッカ話しかけるんじゃねぇ!」


 少年は勢いよく振り返って、空のような水色の瞳で一華を捉える。鋭いつり目の瞳が、凛々しい雰囲気を兼ね備えていた。年頃の女子が言う所の「ワイルド系」に当てはまりそうな容姿をしている印象だ。


 本条五(ほんじょういつ)()。本条家の三男で一華と同い年の少年だ。


 五輝は立ち上がって一華に詰め寄り、眉を吊り上げる。


「見て分かれよ俺今アイツから隠れてんだよ」


「アイツ?」


「あー! 見つけた!!」


 首を傾げた一華の声に割って入るようにして、少女の声が二人の耳に届いた。一華は視線を少女の方へ向けたが、五輝はそっと視線を逸らす。

 五輝と同じ、派手な金髪に赤いメッシュが入れられた髪をサイドテールにまとめ、星の髪飾りで留めている。年頃の少女らしい、ピンク系のメイクが良く似合っている彼女は五輝を指さして、きりっとしたつり目を更に吊り上げた。


「五輝ー! まだ買い物の途中でしょ!? なにこんなとこで一華と逢引きしてんのよ!」


 彼女は本条(ほんじょう)六月(むつき)。本条家の三女にして一華と年後の妹である。


「お前、逢引きの意味微妙に分かってねぇだろ」


 怒りを露わにしている事は、一華にも十分に伝わってくる。六月に冷静なツッコミを入れながら、五輝は頭をがしがしとかいた。見つかってしまったからか、もう逃げる気も隠れる気もないらしい。


「知ってるもん! こそこそして女の子と会う事でしょ」


「合ってるけどちげぇよ馬鹿」


「馬鹿じゃないもん!」


「二人共、店内で騒ぐんじゃない」


 五輝と六月の額を軽く小突く。五輝は舌打ちしながら額を摩り、六月は数歩後ろによろけてしまった。力加減を間違えた訳ではなさそうだが、二人には少し衝撃が強かったのかもしれない。


「六月ちゃん。買い物なら私が付き合うぞ?」


 見た目や性格が違えど、六月は一華にとって可愛い妹だ。買い物の荷物持ちだろうとなんだろうと付き合ってやれる。少なくとも、嫌々付き合っている五輝よりかはその方が効率も良い筈だ。しかし六月はううん、と首を振って、五輝の腕に抱き着いた。


「今日は五輝とデートなの。一華とはまた今度!」


「デートじゃねぇだろ……買い物付き合わされるこっちの身にもなれっての」


 つん、と尖った態度で反論する五輝だが、その頬は薄らと赤みを帯びている。そういう事であれば、邪魔をする訳にもいくまい。


「そうか。じゃあ私は帰るとするよ。あんまり遅くまで出歩くんじゃないぞ」


「もう子どもじゃないんだから! 大丈夫よ」


「あぁ……そうだな」


 とはいえ、六月は可愛らしいし、五輝が一緒とはいえ不審者に目をつけられたら大変だ。内心不安を抱きながらも、これ以上口うるさく言っても聞いてはくれないだろう、と一華は二人から背を向ける。


「それじゃあ、二人共仲良くな」


「うへぇ、めんど」


「なんですってー!?」


 ガツン、と教科書が沢山入れられているであろう、重みのあるスクールバッグを振るい、五輝の背を殴る六月。周りの店員や客が何事かと様子を見に来たので、いよいよ注目されてしまう。レジに向かって進めていた足を、二人の方へと再度向けた。


「二人共。それ以上やるなら気絶させて持って帰るぞ」


「チッ、ゴリラめ」「あ、アタシは悪くないし……!」


 一華が若干の圧をかけてそう言うと、五輝と六月は悪態をつきつつも迅速に距離をとる。別の意味でも不安だが、これ以上無益な争いをする事もないだろう。やれやれ、と肩を竦めた一華は今度こそ、と二人から背を向けて歩き出したのだった。


 会計を済ませ、購入したばかりのノートをスクールバッグの中に仕舞う。時刻を確認し、早足気味にショッピングモールを後にした。

 時刻は午後六時頃。外はすでに暗くなっており、建物の明かりと街灯だけが道を照らしていた。空を見上げれば、ちらほらと星が輝いて見えるが、街の明かりに押されているので美しい満天の星とは言えないだろう。


 陽が沈んでも、街は機能したまま。いくつか向こうの通りに入れば、こことは違った雰囲気の歓楽街がある。一華は行った事はないし、どんな店があるのかも、主に二宮からしか聞いた事がない。いずれは赴く事になるのだろうが、どちらにしてもそれはまだ先の話だ。


 歓楽街とは反対方向にある住宅街に入ると、先程までの人々の喧騒が嘘のように静まり返っていた。たまにサラリーマンらしき男性とすれ違うが、靴音以外の音が響く事はない。チカチカと街灯が点滅し、それに群がる蛾にも気を留める事なく帰路を歩む。


 一華が住まう屋敷は、住宅街に分類される区画の最奥に位置しており、学校からおよそ徒歩三十分の距離に建てられている。繁華街からの帰宅となると更に時間が掛かってしまうが、まだ走らなければいけないような時間ではない。


「…………。」


 ふと、一華は歩みを止めた。

 自身に向けられる、ただならぬ殺気を感じ取ったからである。


 ここから屋敷までまだ距離がある。加えて、現在持ち合わせている武器もない。あるとすれば己の拳くらいだ。その場にスクールバッグを置いて、姿の見えない敵の気配を探る。


 少しだけ肌寒く感じられる秋風が吹き抜け、一華の長い髪と制服を揺らしていく。風が静まった頃、事は起きた。一華の耳に数発の銃声が届いた。


 人の気配は感じられない。暗殺を得意とする者からの襲撃だろうか。向かってきた銃弾を、身を捻って躱す。銃弾に込められた微かな殺気だけを頼りに、方向(・・)()予測(・・)して(・・)それ(・・)()対応(・・)する(・・)しか(・・)ない(・・)

 全てを躱す事は出来なかったものの、致命傷を負わなかったのが幸いだろう。


「厄介だな……」


 致命傷ではなかったが。一発の銃弾が腕を掠め、生温い液体が伝うのが分かる。眉を顰めながら、周囲の動向に気を配る。いつまた発砲して来るか把握出来ない上、一般人を巻き込む可能性もある。それだけは、絶対に避けなければならない。

 投げ捨てたスクールバッグをそのままに、一華は走り出した。静かな住宅街だ。銃声が聞こえれば騒ぎになるのは間違いない。相手もそう迂闊に何十発も発砲出来ないだろう。


 ひとまず屋敷に戻れば人がいる。防犯用に結界も張ってあるので、屋敷まで逃げ込めば一華の勝ちだ。が、そう上手く事は運ばなかった。


 音もなく、一華の下腹部を貫通して鉛玉が地面に沈んだ。銃声がなければ、避けられるものも避けられまい。下腹部に受けた衝撃に目を見開き、縺れそうになる足を奮い立たせて物陰へと身を潜める。


(一体誰だ……テロ、ではないだろうが……)


 銃声は聞こえなくなったが安心は出来ない。むしろ状況は悪化しているのだ。どくどくと溢れ出る血を抑え、深呼吸を繰り返す。


 通常ならば感じる、殺されるといった恐怖感はないものの、疑問と動揺が頭の中を埋め尽くしていく。焦ってまともな思考は出来ないし、下腹部がじくじくと熱を持って、そこから痛みが広がって。冷や汗も止まらず、ぐにゃりと視界が歪む程の強い眩暈が襲ってきた。


 建物の塀にもたれ掛かって辺りの様子を探っていたものの、足の力が失われてずるずるとその場にしゃがみ込んでしまう。意識がだんだんとぼんやりしていく中、一華の方へと近付いてくる足音がした。

 一刻も早くここから離れないと。そう思いながらも身体は動いてくれない。


 靄が掛かったような視界で最後に捉えたのは、輝かしい銀髪をした男性の姿だった。





※※※※





  《音城大学病院・405号室》


 白で統一された病室で、一人の男性の喋り声がしていた。

 部屋の中は明かりが一切点けられておらず、窓から差し込んで来る月光だけが頼りだ。


 窓際でスマホを片手に会話を続ける男性は、黒い髪の毛先に水色のメッシュを入れており、左側だけを後ろに固めている。左目にかけられたモノクルは耳に付けられているピアスへと繋がっており、すらりとした細身の黒スーツを着こなしていた。


 彼はスマホ越しに聞こえてくる声に返事をした後、通話を切ってスマホをスーツのポケットへと仕舞う。そして目の前に横たわる水色の髪の女性に、身体ごと目を向けた。


「動き始めたようです」


 男性の声に、女性は頷く事もしない。光のない緑の瞳はどこまでも淀み、虚ろな目をしている。本当に聞いているのか曖昧ながらも、女性は静かに、ゆっくりと口を開く。


「……私も、死んでしまうのね……殺されてしまうのね……」


「…………」


 女性の譫言に、男性は返事をしない。ただじっと、濁った緑の瞳を見つめるだけだ。そんな彼に、女性はか細い声で呼び掛けた。


(せん)君、お願いがあるの」


「はい」


 女性は上体をゆっくりと起こして、泉と呼ばれた男性に耳打ちする。その内容は、泉本人にしか聞き取れない程小さく、か細いもので。しかし、泉へのお願いという名の命令は、誰にも知られてはいけない秘密だ。

 泉は女性が放った言葉をしっかりと聞き取り、頷いた。


「必ずや。数予様」


 女性――数予は泉の返答に、弱々しい様子からは想像もつかない程力強く頷いた。「任せた」と託すかのように。次の瞬間には、泉の姿は病室から消えてしまっていた。


 それと入れ替わるかのように、病室の扉がゆっくりと開かれた。面会時間はとうに過ぎている。数予への客人は、呼び付けた()か、数予を殺しに来た()しかいない。濁った瞳のまま、数予は扉を開いた主を睨み付けた。




 ――翌日、405号室に入院していた本条数予が、遺体で発見された。



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