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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第二十八話 どんな返事をしてくれますか……

《都内》


 昼下がり頃の都内の街は、平日休日関係なく人の波が多い。

 スーツを着た会社員、制服を着た学生、買い物に来た主婦、遊びに行くらしい子連れの家族、そして仲睦まじいカップル。


 黒髪ショートカットのウィッグを被り、大きな赤縁の伊達眼鏡をかけた花柄ワンピースの女性。偽名を一分(いちわけ)(はな)。本名は裏世界のトップに君臨する家系に生まれた、本条一華だ。


 そんな彼女と恋人繋ぎをしている茶髪に青い瞳をしている男性は白露(はくろ)一成(いっせい)。本名は本条家に忠誠を誓う家系の元に生まれた、一条白羽である。


 裏の世界では知らない人はいないほどの有名人である二人は、名前まで偽装しなければ誤魔化せないし、話し方も普段とは違ったものを意識しなければならない。


 とはいえ、一華は約一週間ぶりに外に出る事もあってか、清々しいまでの解放感を感じていた。しかし同時に、顔にこそ出していないが動揺もしている。


──何故、恋人設定なのだろうか、と。


(兄妹、とかでも良かったんじゃないか……?)


 一華には男性との交際経験などない。そもそも恋愛感情を理解しているかすら怪しいレベルだ。距離感というものが分からず、とりあえず手だけ繋いでいるのだが、はたしてこれが正解なのかは分からない。


(め、滅茶苦茶緊張する……いやいや、大丈夫だ。バレてるはずがない……!)


 チラッ、と服屋のガラスに映った自身に目を向ける。普段なら着ないような可愛らしいワンピース。眼鏡を含めて服以外は亜閖から借りたものだが、誰が見ても一華だとは気が付かないだろう。それは白羽にも言える事なのだが。


「なぁ、はく──」


「口調、名前」


 即座に指摘され、慌てて口を噤む。深呼吸してから、改めて偽物の名を口にした。


「白露君、これから何処に行くの?」


 精一杯の裏声である。正直言って穴があったら入りたいほどに恥ずかしいが、ぐっと堪えた。余談かもしれないが、『一分華』のキャラは六月と八緒の辺りをイメージしている。


「華ちゃんはスイーツとか好き?」


「え、えっと……好き、かな」


「近くにいい店があるから、そこにしよっか。妹にも土産として買ってあげたいし」


 甘い物は、自分から進んで食べる事はなかった。しかし嫌いではないし、たまに六月にそういった場所へ連れて行かれたものだ。


 まさか、異性とデートという形で行く事になるとは思わなかった……、と思いかけてハッとした。


(いやいや、これはデートだが本当のデートじゃないんだ……! 気を抜くなよ、本条一華……いや、一分華!)


 そのためにはまず、心から『一分華』になりきらねば。そっと決意を固めて、一華は白羽と繋いでいる手に力を込めた。






 白羽に手を引かれてやって来たのは、三央の職場であるドレミ・シャープの数軒隣にあるスイーツ店だった。


 ピンクの壁紙に白い床。柱にはヘリウムの入れられたハートの風船が括り付けられている。そんなファンシーな店内に見惚れながら案内された席に座る。


 席に座ってからもまだきょろきょろと落ち着かない様子で店内を見渡していた一華だが、白羽にそっと諭されてハッとする。


(いかんいかん……さっき決意したばっかりじゃないか……)


 だが可愛いもの好きの設定であるならば、むしろいいのではないだろうか。そんな甘んじた考えが一瞬脳裏を過るが、慌てて首を振る。


「こういうところは初めて?」


「い、いえ……妹と一緒に何度か来たんだけど、こんなファンシーなお店じゃなかったから」


 一華が六月と訪れたのは、デパートの一角にある出張版の店。ちゃんとした店舗で食事するのは初めてだった。


「そうだったんだね。飲み物とかもバイキング形式だから、好きなの取っておいでよ」


「う、うん。白露さんは何がいい?」


「飲み物は紅茶がいいかな。他は華ちゃんに任せる」


 明らかに一華よりも詳しいであろう白羽に任されるとは、と少しの不安を覚えつつも、任された事への責任感の方が上回っている。一華は立ち上がって、強く頷いた。


「任せろ……じゃなかった。ま、任せて!」


 気を抜けば声と口調が戻ってしまう。いかんいかん、ともう一度首を振り、バイキングのコーナーへと足を運ぶ。


 不器用な一華とて、紅茶を淹れるくらいの事は出来る。カップにティーバッグを入れ、湯を注ぐ。トレイに乗せて蒸らしている間にケーキを皿に盛りつける。勿論、ケーキの形を崩さないように気を付けて。


 盛り付け終えてからティーバッグを捨て、白羽の元へ戻る。とても緊張したのだが、すべて上手く出来たので一華の表情はどこか満足げだ。


「お待たせ」


「ううん。ありがとう」


「……白露さんは、幸せそうにケーキを見つめるね」


 ケーキを見つめる彼の瞳は見た事がないものだった。眼鏡越しにキラキラとした眼差しでケーキを見つめる白羽にそう問いかけると、にっこりと微笑んで


「華さんが選んでくれたからだよ。それが、とても嬉しい」


 と、口にする。


「…………。」


 一瞬言葉の意図が読み取れず、一華は返事をする事が出来なかった。伊達眼鏡越しに白羽を見つめていると、そっと頬に手を添えられる。突然縮まった距離に肩を揺らしたが、白羽にまっすぐに見つめられ、不思議とその視線から逃れる事は叶わなかった。


(ふ、フリ……だよな……?)


 周りに『本条一華』と『一条白羽』だと悟られないための演技だと。一華は自分に言い聞かせる。そうでなければあの白羽が、急に本当の恋人同士のような距離感で接するはずがない。彼は、紳士的な男性なのだから。


「はく……ろ、さん……」


 白羽さん、と言いかけて慌てて訂正する。そんな一華を、目を細めて見つめる白羽の視線が、いつになく真剣で熱烈で。




「……僕がどうしようもなく貴女の事が好きだ、って言ったら……どんな返事をしてくれますか……」




 とうとう、一華は察してしまった。


(白羽さんは……本当に私の事を……?)


 恋愛経験のない一華でも、まっすぐな眼差しを向けられてはそう感じてしまう。到底、演技とは思えない視線と表情。加えて、『白露一成』を演じている時の一人称は『俺』のはずなのに、今彼は『僕』と言った。それは『一条白羽』という男から出た言葉に、相違ないのではなかろうか。


 自分は鈍感だから、恥ずかしい勘違いをしてしまっているのかもしれない。

 しかし一華の頬は紅潮する一方で、白羽に言葉の意味を聞き返す余力すら持ち合わせていなかった。


「……あ、……えっと……」


 高まる心拍音は、経験した事のない苦しさと心地よさがあって。


「その……」


 何か答えなければならないのに、口から出るものは言葉として機能してくれなくて。


「わっ、私は……」


 ついには自分の置かれている状況すら忘れそうになったところで、白羽が手を離した。


「…………この話は後で。残念だけど、急いで食べて店を出ましょう」


「えっ……?」


 突然解放された事に安心感と寂しさを覚えつつ、白羽の言葉に疑問を抱く。ここは時間制なので、まだ時間はあるはずだ。何を急ぐ必要があるのだろうか。


「どうやら、僕達に会いたがっている人がいるみたいだからね」


 意味深に告げられて、やっと理解した。店の前に誰か立っている。待ち合わせ……にしてはその視線の先がずっと此方に向いている。一華達のいるところからはその正体までは目視出来なかったが、穏やかではないのは確かだ。


 そっと頷いて、一華は先程までの気恥ずかしさを掻き消して、紅茶を口に運んだのだった。






 店を出るなり、その人物は一華達の元へと歩み寄って来た。一華と白羽は警戒したまま、その人物を睨み付ける。


 目深に被られた帽子のせいでその顔は伺えないが、目測180㎝を超える高身長の持ち主だ。その人物は帽子の鍔に手をかけ、少しだけその顔を覗かせる。その顔に、一華のみならず白羽も目を見開いた。


(あ、アクセルさん!?)


 スウェーデン国主、エドヴァルドの従者であるアクセルが、そこに立っていた。正装以外の彼を見るのは初めてで、少し新鮮に感じられる。


「……お時間頂けますか? どこか、人気のないところで」


 流暢な日本語でそう口にするアクセルは、一華と白羽の変装を見破っているらしい。そして、二人が店を出るまで待っていた。


(流石……しかし、何故……)


 一華は敗北による精神的ショックを受けており、白羽の自宅で連日閉じ籠っている。例外なく彼にもそう伝えられているはずだ。


 しかしアクセルは、それが嘘であると見抜いているらしい。一華が返答を迷っていると、白羽は上着のポケットから取り出したメモに、何かを書き記してアクセルに手渡した。


「……了解しました。」


 白羽に手渡されたメモに目を通したアクセルは、一礼してその場を去っていった。その背を目で追うも、すぐさま彼は人の波にのまれて消えてしまう。


「僕の家に来るように伝えました。別ルートで戻りましょう」


 そう白羽に小声で告げられ、一華は一連の行動に納得がいった。恐らくだが、白羽の家は『霞』に監視されている。この変装のままアクセルを家に招き入れては、せっかくでっち上げた嘘が無駄になってしまうだろう。


 どうやら、『一華の身を案じたアクセルが白羽宅にやって来た』という建前を作り出すらしい。


 そうと決まればすぐにでも帰宅せねばなるまい。頷き合って、隠し通路のある道に向かって歩き始めた。





※※※※





 ──ピンポーン。


 インターホンが鳴らされてしばらくして、白羽は玄関を開けてその人物を出迎えた。輝かしい銀髪に、室内にいたはずなのに掛けられているサングラス。耳には沢山ピアスが付けられており、現代の若者らしいストリートファッションに身を包んでいる。


「あれ、アクセルさんじゃないですか。何か御用ですか?」


「一華様の様子を見に。身内として心配で……」


 そう要件を伝えるスウェーデン国主・エドヴァルドの従者、アクセル。此方は白羽とは違って、シックな紳士服を着こなしていた。灰色のスカーフが良く似合っている。


 アクセルを家に招き入れ、白羽は玄関の扉をゆっくりと閉めた。




 一条宅を見下ろせる、信号を挟んで向かいの通りにあるアパートの屋上で、ある人物はその様子を窺っていた。近くのコンビニで購入したサンドイッチをある程度咀嚼してから、牛乳で流し込む。


 口の中が空っぽになってから、その人物は右耳につけていたインカムのスイッチを押して


「此方『イージ』。スウェーデン国主の従者、ターゲットを匿っているイチジョウの住処へ入って行ったっス」


 と報告する。数秒の沈黙の後、


『引き続き監視しなさい』


 と返ってきた。

 御意、と短く返答し、再びサンドイッチを頬張った。


 『イージ』というコードネームを名乗るその人は、継承戦が始まった月である九月から今日まで、一条白羽を監視し続けていた。監視するなら女の子がいい、と抗議したが当然却下されてしまい、嫌々ながら神経をすり減らして白羽の住まう黒い屋根の家を見つめ続けている。


 端的に言えば、『イージ』は退屈しているのだ。


 『イージ』の役割は『一条白羽の監視』。

 それ以上でもなければそれ以下でもない。彼の動向を常に監視し、こまめに報告するだけ。


 とはいえ各国の代表を纏める本条家に忠誠を誓う一条家。事前の調査でも侵入は不可能とされているし、深く介入すれば正体が露見されかねないので、少し離れたアパートの屋上から見える範囲で監視を行っている。


 白羽達の会話の盗聴、及び報告はまた別の誰かが行っているのかもしれないが、『イージ』にも詳しい事は教えてもらっていないので、現状はイマイチ把握出来ていない。それが退屈極まりないのだが、深く詮索しては何をされるか分からない。


 サンドイッチを嚥下し、『イージ』はスーツの裏ポケットからスマホを取り出す。その際、白羽の自宅から目を離す事なく。


「オレんとこがこんなに暇なんだから、イチカ担当の後輩はもっと暇してんだろうなぁ」


 ニマニマ、と目を細めながら後輩に電話を掛ける。数回のコール音の後、聞き慣れた声が静かに耳に届いた。


『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』


「いやいや出てるじゃーん」


『……何の用ですか、先輩。今任務中でしょう』


 電話越しに呆れたような後輩の声が聞こえてくるが、無視して要件を伝える。


「めっちゃ暇してんだ──」


『さようなら』


 ──ブチッ。

 冷たくあしらわれるだけでなく、最後まで言う前に通話を切られてしまった。『イージ』は悲しみを誤魔化すために牛乳を一気に飲み干し、渋々スマホをスーツの裏ポケットに仕舞う。


「はぁ~、つれねぇなぁ。ま、『ナージ』はボスも認める堅物だし、仕方ないっか」


 『ナージ』とは先程電話を掛けた後輩のコードネーム。昔、『ナージ』の才能を見込んで組織に連れ帰り、暗殺者として仕事をこなせるように指導した『イージ』だが、個人情報は何も知らない。知っている事といえば真面目でクールで、白飯に練乳をかけて食べる恐ろしい味覚の持ち主という事だけだ。


 仲間、なんて綺麗な言葉では語れないが、少なくとも『イージ』は『ナージ』の事を可愛い後輩と認識している。あちらがどう思っているかは分からないが。


 引き続き、家の中にいて動向が分からない白羽の監視を続けよう、と気を入れ替えたところで、左耳に装着しているインカムからザザッと音がした。


 『イージ』に限った話ではないが、全員共通して両耳にワイヤレスイヤホンを模したインカムを装着している。右耳は報告用――マイクの機能も兼ね備えた、いわゆる一般的なインカムだ。そして左耳に装着している物は──


『『1』から『9』に告ぐ。至急他の者と交代し撤退せよ』


 ボスから直々に命令を下される、『霞』幹部専用のインカムだ。絶対に従わなければいけない命令に返事は不要という事で、マイクの機能は備えられていない。


 『イージ』はごみをコンビニの袋に入れ、交代で来た者に会釈してから音もなく姿を消した。


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