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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第二十七話 とっ捕まえてやるぜ!

 《白羽宅》


 ──十月六日。


 コンコン、と扉をノックして白羽はその名を呼んだ。しかし返事は待てども待てども返ってくる事はない。


「一華さん、少しお話しない?」


 もう一度、名を呼んで問い掛けてみる。しかしそれにも返事はなかった。彼女が使用している部屋は、確かに人の気配があるのに、驚くほどに静まり返っている。


「……また来るね」


 そう言い残して、白羽は踵を返して歩き始めた。そのまま自室に戻り、開けっ放しにしていたカーテンを閉める。そしてすぐさま机の上に立ち、天井裏へと侵入した。


 そこには部屋に閉じ籠っているはずの一華の姿があった。憔悴している様子もなく、ただ無言でそこに座っている。


 一華は白羽に気が付くと、小声で話し始めた。


「継承戦に動きはないらしいな。先日は皆一度に動いていたし、休息期間と捉えれば納得はいくが……。なぁ白羽さん、一度五輝君と直接会って話したいんだが……」


「それは辞めておいた方がいいよ。表向きでは、一華さんは敗北により精神的ショックを受けている事になっているからね」


 九月二十九日。五輝に呼び出された一華は「自分達と協力して他の兄妹の網紐を狙う」という内容の作戦を口頭で伝えられた。


 しかし数時間も経たないうちに一華宛に手紙が届き、「協力するのなら明日、『作戦には乗らない』と宣言しろ」と指示が入った。


 呼び出されて伝えられた作戦は虚偽のものだったのだ。


 『霞』に監視、盗聴されている可能性が高かったため、五輝はあえてその手を使ったのだろう。いくら結界を張っていたとしても、相手は専門の手練れで、油断は出来ない。


 まず、作戦の実行メンバーとして一華、白羽、亜閖、五輝の四名。すでに知られているであろう『五輝、六月、四音のグループ』の裏でもう一つのチームが結束されていたのだ。その時点で五輝の真の作戦を知らない六月の前で、一華は虚偽の作戦に同意しない、という意思を見せなければならなかった。


 一華と五輝の共通の目的として『兄妹を死なせずに継承戦を終わらせる事』ともう一つ、『今回関わっている『霞』を排除する』という目的があったのだ。どちらにせよ銀治の依頼で動いている『霞』を抑えなければ、継承戦が終わった後も一華と九実は命を狙われ続ける事になってしまう。


 よって、五輝は敗退したメンバーで『霞』の制圧を考えていた。もし一華が継承戦に最後まで残っていた場合、狙われるのは確実。


 だが敗退したショックで、そもそも使い物にならなくなっている事を認識させておけば、一華の処分は後回しにされると踏んだのだ。そういった経緯があって、一華は敗退する道を選んだのだった。


(本当は自ら敗北するなんて嫌だったが……)


 目的のために妥協する事もまた強さだと、五輝は教えてくれた。

 手紙に書かれていた合言葉。


 『お前のすべき事は』と五輝に問われたら。

 『君と闘う事だ』と返す事が合意の印だった。


 それを確認してから五輝と戦闘。勿論、手を抜いたつもりはない。そして『霞』の手の者と思わしき気配を感じてから、予め細工をしていた刀が偶然折れたように見せかけ、隙を衝かれて敗北したように行動。


 この件は他の兄妹は勿論、五大権にも『霞』にもまだ知られていない。


 五輝との戦いを終えて、物陰で監視していた泉が話し掛けてくれたが、『勝てたのに負けた』という事実が想像以上に悔しくて言葉を発せなかったりもした。が、結果として上手く騙せたようだ。


 現在『霞』が監視しているであろう一華の部屋にいるのは、一華に変装した亜閖である。こちらの動向が露見しないように、敗退したその日から一華は屋根裏で身を潜めていた。


 が、五輝はそろそろ新たに行動を起こそうと思っているようだ。彼から送られてきた手紙を、白羽に見せる。


「『霞』に対抗するメンバーを、今日決めるらしい。憶測だが、三央姉さんと四音兄さんは選ばれるだろう」


 敗退した二人には、言ってしまえば誰からの監視の目がない。負けてしまえば、そこで終了なのだから。一華は例外としても、この二人は確実だろう。


「七緒君と八緒ちゃんはどうでしょう。戦闘能力の高さなら選ぶべきだろうけど……」


「それも尤もだが、おそらく五輝君は選ばないだろうな。五輝君は何より効率を求めるところがあるし……七緒君達が二宮兄さんに抱いている復讐心を、利用出来る材料と捉えていそうだ……」


「成程ね」


 言い方は悪いがな、と付け足して一華は手紙を丁寧に仕舞った。同封されていた御札を貼ってしまえば、第三者に見られる心配もない。


「まぁ、これは憶測にすぎないから、五輝君の連絡を待つしかないんだが…………やれやれ、こうも陽の光に当たっていないと頭がモヤモヤするな」


 正直言ってしまえば、一華は退屈しているのだ。スマホの電源は盗聴対策で常に切っているので、暇潰しと言えば五輝から届いた手紙を読み返す事くらいしかない。


 仕方のない事と言えば仕方のない事なのだが、ほんの少しの期待を込めて白羽の事を見つめてみる。


「……じゃあ、お忍びデートしてみる?」


「……んん?」


 まさかそう来るとは思わなかった。しかし先に期待の眼差しを向けてしまったのは一華なので断れるわけもなく……。


「どうする?」


「い、行く」


 気が付けば、頷いていた。





※※※※





 歓楽街を通り抜けた先にあるひらけた場所に、アクセル、ジュリオ、エレナの三人は訪れていた。三人共、普段着用しているスーツではなく、ラフな私服の装いでいる。傍からみれば道に迷った外国人観光客のようだが、三人は仕事としてこの地に赴いているのだ。


 魔眼を発動させていたエレナの空のような青い瞳が、光を収束させていく。それと同時に、エレナは濁った声を口から洩らした。


「ああぁぁぁ……目がシパシパする……」


「目薬、お貸ししましょうか?」


「ありがとうございます! 部屋に忘れてきてしまったんで助かります」


「どうりで鞄の類が見当たらないと……次からは気を付けてくださいね」


 ジュリオが上着のポケットから取り出した目薬を、エレナに手渡す。


 魔眼を酷使し続けると、最悪命の危険も考えられるので、定期的に休めたりメンテナンスを行ったりしなくてはならない。ジュリオが持っているような目薬も、手段の一つだ。


 エレナが目薬をさしている間に、ジュリオはアクセルの手元を覗き込む。


「アクセルさん、どうですか?」


「端末情報では、丁度ここを指しているのですが……」


 此度、アクセル達がここにやって来たのは、先日七緒から受け取った発信機の位置情報の調査のためだった。特定の位置から全く動かない不審な人物の正体を探るべく、エドヴァルドから端末を受け取り、示されている場所までやって来ている。


 しかし、端末の示すこの場には、人一人いない。加えて建物も建っていないので、探す場所はないに等しかった。


「誰もいらっしゃいませんね。身を隠せそうな場所もないですし……だとしたら残るは地下、ですね」


「では、次は私が視てみます」


 アクセルは『透視の魔眼』を発動させ、地下の透視を試みる。黄金の双眸に淡い光が帯びた次の瞬間、バチンッ! とアクセルの瞳に電流のような刺激が流れた。その衝撃に思わず魔眼を解除し、数歩後退ってしまう。


「ッ!?」


「アクセルさん!」「大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄るジュリオとエレナを片手で制して、アクセルは言った。


「問題ありません。この下……魔眼対策がなされているようです。何かあるに違いありません」


 魔眼は、“視る”事においては何物にも劣らない力がある。似たような効果の魔法が存在していたとしても、魔眼よりは劣ってしまうのだが、無敵ではない。


 魔眼対策は何重にも重ねられた術式によって成り立っており、視る事そのものを封じてしまう強力な封印術。アクセルの場合、『透視の魔眼』で地下に到達するより先に妨害を受けてしまい、その際に目の奥に電流のような刺激を感じてしまうのだ。


 厄介なものだが、何もない場所に封印術が使用される、なんて事はありえない。隠匿したい何かがあるはずだ、とアクセルは考察したのだろう。


「この下は……地図には出ねぇけど、本条家が所有してる地下倉庫があったはずだ」


「……そちらの建物から、地下に通じる階段が見えました。無人のようですし、今のうちに」


 魔眼対策がなされている以上、直接侵入するしか手はない。エレナも準備は出来ているようだし、アクセルも問題ないようだ。


「そうですね。一応気をつけて、参りましょう」


 状況が掴めない以上、最大限に気を張っていかなければ。コートの内側に隠してある愛銃に手を伸ばしつつ、無人の建物の扉を押し開けた。


 建物にこっそりと侵入して、地下へと続く階段を警戒しながら降りる。今のところ人の気配は感じられず、三人の微かな足音だけが耳に入ってきた。階段を降りきると、錆びついた扉が映った。


 目を合わせて突入する意を伝えて、ジュリオは勢いよく扉を押し開けて銃を構える。


「…………。」


 中には、やはり誰もいなかった。隠れている様子もなく、罠を仕掛けられている様子もない。ジュリオの後ろから顔を覗かせたエレナが、すんすんと鼻を鳴らす。


「微かにだけど、今の今まで人がいた匂いがする。食事も摂っていたみたいだ。でも、対策がされているなら、『魔力視の魔眼』を使って"誰がいたか"までは探れねぇけど……」


 エレナは生まれた時から鼻がいいらしく、匂いで人を識別出来るという特技もある。『狂犬のエレナ』の二つ名も、そこから取られていたりするのだろうか。いずれにしても、助かっているのは事実だ。


 ジュリオはそれまで構えていた銃を一旦降ろして、労うようにエレナの肩に手を置いた。


「人がいた形跡が分かっただけでも収穫ですよ。それはつまり、我々に気が付いて逃げたばかり、という事ですからね」


「じゃあ、すぐにでも追おうぜ! 匂いも覚えたし、外に出れば魔眼も使える。とっ捕まえてやるぜ!」


「そうですね。エレナさん、よろしくお願いします」


「おう!」


 でも、とジュリオは少しだけ目を細めて、言い放った。


「もう少し、言葉遣いに気を付けてくださいね」


 傍から見れば、少し怖い笑みだっただろうか。注意されたエレナは、びくりと肩を揺らしてアクセルの後ろに隠れてしまった。


「す、すんません……」


(狂犬の方はおっかないが、こちらは子犬みたいで可愛いな)


 子犬が叱られて怯えているようだ、とジュリオは思わず吹き出してしまいそうになる。ここで笑ってしまうと気が緩んでしまいそうだったので、肩を竦めるだけに留めておく。


 一方で、男装しているとはいえ女性のエレナにしがみ付かれているアクセルは、表情にこそ出していないが、頬が薄らと赤くなっているような気がした。逃げ出さない辺り、エレナに接触される事は慣れたようだ。


「さて、外に出て追いますよ」


 もう少しからかってやりたいところだが、生憎と任務中だ。ジュリオの一言で、二人も改めて気を引き締めたようで、力強く頷いてくれる。


 来た道を戻って、一度アクセルの持っている端末で発信機の位置情報を確認すると、それまで微動だにしなかった発信機が途端に移動し始めていた。位置情報に従い、歓楽街に向かって三人は駆け出した。


 細い路地を通り、最短距離でターゲットを追いかける。地下倉庫があった場所から離れてしばらく、それらしき影が視界に映った。


 黒いローブでその姿は詳しくは見えないが、ジュリオ達が追っている人物だと確信を抱く。同じく目視したアクセルが、声を張り上げた。


「目標は前方の者で間違いありません!」


 確認も取れた事だ、とジュリオは高く跳躍し一瞬にしてローブを羽織った人物に接近する。手を伸ばして首根っこを掴んだ瞬間──ローブを着ていた人物がこつぜんと姿を消した。まるで初めから人間が存在しなかったかのように、黒いローブだけがジュリオの手元に残っていた。


 突如、人が消えた。

 その事実に面を喰らって、ジュリオは着地した後も、確かに目標の身体を掴んだはずの右手を見下ろしていた。


「ジュリオさん! それは……」


 追いついたエレナの声にハッとして、ジュリオは顔を上げる。


「掴みはしましたが……着ていた人はすっぱり消えてしまいました」


「私も視えていました。人間が突然姿を消すなんて、ありえるのでしょうか……」


 アクセルも怪訝そうに眉を顰めている。その場から姿を眩ませること自体は出来るだろうが、ジュリオは確かに捕まえていた。そこから逃げ出す事は不可能なはず、と疑問だけが残される。

 しかしその件について、エレナは差程驚いた様子を見せなかった。


「不可能ではないですよ。特級魔法術に分類されるんで、使える人はそれほどいないけど……」


 確かに、何らかの魔法が使用されたのは確かだろう。そちらについてもう少し聞いておきたかったが、「それよりも」とエレナは黒いローブを指さした。


「このマントから二人分の匂いがするぞ」


「二人分? どういう事でしょうか」


「一つは、暗殺者がよく使う匂い消しがあって判別が出来ないんだが、もう一つの匂いは────」


 エレナが告げた名前に、ジュリオもアクセルも驚きを隠せなった。それは、二人がよく知る人物の名前で、つい今朝も顔を合わせたばかりの人だったからだ。


 今の今まで動かなかった人物と、突如として姿を消した人物と、ローブに残っている二人分の匂い。


(仮にあの方が、何者かに誘拐及び監禁されていたとすれば? 辻褄は合うが、だとすればホテルにいるあの方は一体誰なんだ……)


 考えられるのは『誰かが変装している』という可能性だが、彼の言動は普段通りのもので、違和感も抱かなかった。


「……アクセルさん、端末ではどうなっていますか?」


「移動はしているようですが……この位置、海を指しています」


「発信機の存在に気付いて、靴を捨てた可能性がありますね。こうなってしまっては、どうしようもありません……」


 ホテルにいるであろう本人(・・)に聞くのも手だろうが、万が一の場合、他の国主達に危害が及ぶ可能性がある。ジュリオ達は同じ“従者”という立場の人間だが、優先する命はそれぞれの主が一番に決まっている。だとすれば、この件は黙っているのが得策。それが、ジュリオの下した決断だった。


「じゃあ一度、戻って報告した方がいいのか?」


 と、エレナはそうではないかもしれない。というより、考えが及んでいない、といった方が正しいのだろうが。


 純粋な目で問い掛ける彼女には申し訳ないが、ジュリオは誤魔化すようにそれとなく伝えるしかない。


「そうですね。ですが、エレナさんが気付いた匂いの件は、黙っておいた方がいいかもしれません」


「私も賛成です。誰かに悟られた場合、混乱を招くでしょう」


「それに、その方の信用問題にもなりますからね」


「そ、そうか……分かりました」


 アクセルの補足もあって、エレナは納得いったようだ。


 信用問題、といえば気を遣っているように聞こえるが、実際は主の安全のために、人質に取られているかもしれない人物を助けない、という事でもある。追いかけるための情報もない今、その選択をするしかなかった。


「では、ホテルに戻りましょうか」


 それでも、主のためならば全てを犠牲にしても構わない。そんな誓いを立てたのが“従者”という人間なのだから、心苦しいとは思わない。少なくとも、ジュリオはそうだ。


 アクセルは別件を済ませてからホテルに戻るとの事で、この場で解散となった。手掛かりになるかは分からないが、ローブを証拠として持ち帰るために丁寧に畳んでおく。


 エレナと共にホテル本条に戻り、一連の報告書を書かねばならない。まだまだ休めそうにはないな、とジュリオは小さく溜息をついた。


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