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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第二十六話 異論はないな?

 《本条家屋敷裏庭》


 一華、五輝、六月の間に流れる耳が痛くなる程の静寂。やがて驚きに満ち溢れた表情で、六月は口を開いた。


「一華、どういう事……え、五輝から話は聞いてるんだよね?」


「あぁ」


「降りるって、あの作戦に協力しないって事!?」


「あぁ」


 肯定。

 一点の曇りなき眼で、一華は大きく頷いて見せた。

 彼女の反応を見た瞬間、六月の顔が引き攣ったのが分かる。五輝はというと、「ふぅん」と薄ら笑いを浮かべて一華を見据えていた。


「六月。作戦変更だ。お前は三央を屋敷の中に。くれぐれも殺さないようにな」


「ねぇ五輝! 一華は絶対に味方になるんじゃなかったの!? 話が違うじゃない! 何でよ……何で一華が敵になってんのよ!!」


 これまで間違いをしてこなかった、信頼を置いていた兄の外れた予想に、六月は声を荒げて問い詰める。そこにあるのは兄である五輝への信頼か、好いていた一華が敵に回った事への絶望か。だが一華も五輝も、今は六月の事など眼中になかった。


「うるせぇ喚くなよ。本来の目的は、“誰一人殺させる事なく継承戦を終わらせる事”だ」


「そんなの分かってるわよ! でも──」


「あぁクソ、説明させんな。お前のすべき事は、三央を屋敷の中へ連れて行って使用人に至急治療させる事。それ以上は望んでもそれ以下は望まない。俺の足を引っ張りたくないなら、強かに生きろよ妹ちゃん」


 五輝は六月をあしらって、銃口を一華に向ける。五輝は本当に、一華と闘うつもりらしい。


「なぁそうだろ? お前のすべき事は──」


「──君と闘う事、だ。異論はないな?」


「お前なら、そう言ってくれると思ってたよ」


 戦いに巻き込まれないように、六月は渋々だったが五輝の言う通りに動く事にした。背中から血を流している三央を背負って、裏庭から離れると同時に一華が地を蹴った。


 鞘から垣間見えた美しい刀身が月光に照らされるのを目に映しながら、五輝もまた両手の銃の引き金を引いた。



  ──第三戦目  次女・本条一華 VS 三男・本条五輝──




※※※※




 五輝が銃を発砲するも、それは一発たりとも一華には当たらなかった。彼女の動きを封じる為に的の狭い脚を狙っているのもあるだろうが、五輝は一華が銃弾を見切って避けている事を確信していた。


 銃口の向きと弾の速度。五輝のように計算は出来ずとも、一華は圧倒的な野生の勘、言い換えれば危機回避能力でそれらを躱している。


 避けきれなかった、または跳ね返ってきた弾すらも彼女は防ぎきっている。鞘に当てさせて、輝きを放つその刀で弾を斬ってと、異常な芸当を熟してみせていた。


 ──実際のところ、一華は化け物だ。


 どちらかと言えばば化け物扱いされる五輝がそう認める程の実力を、一華は確かに持ち合わせているのだ。完全に獲物を狩る瞳をしている彼女に、隙を与える事なく銃弾を放ち続ける。とはいえ銃は所詮銃なので、弾切れの際には装填しなければならない。


 カチッ、と弾切れのサインが訪れるなり、一華はさらに攻め込んだ。その瞬間を待ってましたと言わんばかりに──スパンッ、と、鉄の塊が斬られた。


「チッ……」


 仕方なく後退し、縦に美しく斬られた銃を適当に投げ捨てる。


「銃一丁いくらすると思ってやがる」


「さぁな。にしても、まさか君の武器が銃だとは思わなかったよ。扱える人は尊敬するが、生憎と私はそういった細やかな作業は苦手だからね。だが、君にはピッタリなんだろう」


「装填、発砲を作業ってか……流石脳筋。だが──」


 五輝は新たな銃をホルスターから取り出して、すぐさま構えた。


「装填を端折れば、隙は生まれねぇさ」


 迷わず二発発砲。それも回避されてしまうが、内の一発が微かに一華の太腿を掠めた。本当に浅い傷だったらしく、顔を歪める事もしていない。


「さて、まだもう少し時間を稼がせてもらうぜ」


「……望む所だ」


 一華が刀を構え直す。まるで、それまでの打ち合いが一切なかったかのように。実質、一華が太腿に受けた浅い掠り傷を除けば、ほぼ最初に向かい合った時と変わりはない。接近戦を得意とする一華だが、まだ体力の消耗は見られない。それは、五輝も同様だった。


 互いに拮抗した状態のまま、数秒の時が経過する。


 五輝は視線を彷徨わせ、一華は耳を研ぎ澄ませている。お互いに相手の出方を伺っているようでいて、その実周辺の様子に気を配っているようだった。


 勿論、継承権を持つ者同士の戦いには監視役もいる事も把握しているが、二人が気に掛けているのはそちらではないようだ。


「…………完璧だ。」


 そう呟いた瞬間にジャリッ、と砂の音を鳴らして五輝が駆け出した。彼は銃ではなく、懐から取り出したナイフを手に、一華の胸元へと振りかざした。ナイフを防ぐべく、一華は刀を以て対処する。その時、誰もが予想していなかった事態が起こった。


「────!」


 一華の手にしていた刀の刃が、消えた。

 中途で折られた刃はくるくると回転し、遠い地面に突き刺さる。思わず一華が身を引くも、五輝のナイフが一華の首元に吸い寄せられるように近付いていく。


 それはすんでのところで止められ、血が出る事も傷がつく事もなかった。その代わりといった風に、朱色の編紐がはらり、と地面に落ちてしまう。


 放心状態らしい一華に目もくれず、五輝は無言で落ちた編紐を拾い上げた。原則として、首から外れた瞬間にその者は継承権をなくすので──ここで、一華の負けが確定した。


「俺の勝ちだ」


 あまりにも呆気ない終結に、その戦いを(正確には三央と八緒の戦いから)監視していた二条泉は目を見開いたのだった。



  ──第三戦目  次女・本条一華 VS 三男・本条五輝──


  ──勝者・本条五輝──





※※※※




 《ホテル本条・最上階》


 ダンッ、と強く机を叩いて声を荒げたのはドイツ国主、エッダ・ハイデルベルクだった。長い沈黙の末に開かれた言葉にしては荒々しく、品位を疑うものだったが咎める者は誰もいない。


「どういう訳だ二条泉! 本条一華が負けただと!? この場に嘘はいらない!! 真実のみ答えろ!!」


「真実で御座います」


 淡々と答えた泉に怒りの籠った視線を向けるも、隣に座るマティスに静かに制されて大人しく席に座るエッダ。動揺を隠しきれていないのは、彼女の前に座る五大権もそうだった。


 特に梓豪の顔色が真っ青だ。相当焦っているらしい。飄々とした表情と口調の彼は意外にも小心者なので、不測の事態には覚悟していたとしても堪え切れなかったのだろう。ましてや武器トラブルなんて想像もしていなかったのか、今にも気を断ってしまいそうな雰囲気だった。


「困った事になりましたねぇ。まぁ、普通に敗退しただけなので、まだ白羽さんが出られますよ。そう落ち込まないで下さい、梓豪さん」


 エドヴァルドは緊迫した空気の中、一人にこやかに(本当に笑っているかは分からない)そう口にする。

 もし、今回の敗退理由が一華のルール違反だった場合、彼女の代理として参加する白羽も同様に参加資格を失う。しかし幸か不幸か、正々堂々闘った上で敗退した、と言う形で収まっているのだ。ここは素直に喜ぶべきだろう、というエドヴァルドの励ましでもある。


「あ、あぁ……すまねぇな……」


「それに、まだ切り札は残っています」


 五大権と裏で協力関係にある七緒と八緒。二人はまだ敗退していないが、エドヴァルドがここで二人の名を出さなかったのは、ある(・・)理由(・・)があった。ここでは割愛するが、どうしても確認したい事があったのだ。


「まだ、あの二人が残っていますからね」


 意味深にそう呟いて、また沈黙を貫いた。

 するとルーマニア国主、アンドレイ・ティトゥレスクがへなへなと笑いながら首を傾げる。


「まぁここでキリキリしていても仕方がないさ。この後予測される動きとして、何かある?」


「確かに、私も知りたい」


 アンドレイに続いてエッダも同意する。梓豪は「どうだ」と泉に視線を送るが、彼は静かに首を横に振っただけであった。


「それが全員、ピタリと動きを止めました。全員、です」


 念を押すかのように二度言った後、ですが……、と続きを口にする。


「一華様は相当堪えていらっしゃるようで……呼びかけても無反応でした」


 戦いを終えた後、五輝は一華に何かを小声で告げていたようだったが、少し離れた位置から見ていた泉には聞き取れなかった。裏庭を去って行った五輝を見送ってから、泉は一華に呼び掛けたが、目は虚ろで反応がなかった。

 一華は白羽に連れられその場を去って行ったが、未だに不安は拭えないでいる。それは、泉の口から聞かされたステファーノも一緒だった。


「あらぁ……それってちゃんと帰れたのぉ?」


「はい。白羽君が外で待機していらっしゃったので」


 良かったぁ、と息をつくステファーノをよそに、今度はアーサーが目を細めた。


「心配は心配として……まずい状況には変わりないよ」


「こればっかりはな……どうしようもないさ。本人が立ち直るのを待つ他ない」


 原則、こちらから参加者に接触する事は禁じられている。継承戦が終わるまでは、堂々と話し掛ける事すら難しいのだ。どうしたものか、と頭を悩ませる一方で、他の者達の動向にも気を回さなくてはならない。


「また何かあったら知らせてくれ」


「承知致しました」


「今日はその報告だけだ。また動きがあったら知らせる」


「……分かった」


 エッダ達が席を立ち、泉が一礼してから部屋を出ると、会議室に本日何度目かの沈黙が訪れる。この場に残っているのは梓豪、エドヴァルド、ステファーノ、アーサー。そして娘の神美、彼等の従者であるアクセル、ジュリオ、エレナだ。

 扉が完全に閉められてから、ステファーノは口を開く。


「白羽の坊やからも報告書が届いたけれど……一華ちゃん、食事もまともにとれていないそうよ」


「武器を破壊され動揺した所を衝かれた、と聞いているが……運が悪かったとしか言いようがねぇな」


「自分に厳しい子だもの。そういった少しの隙が許せないのでしょうねぇ……」


 心から心配しているステファーノに頷きだけ返し、梓豪は頬杖をついた。やるせない気なのは彼も同じなのだろう。


「だが落ち込まれたままでは白羽の方にも支障が出かねない。それにあの件も確認しねぇとだし、早々に手を打っておきたいが……」


「あ、でしたら、ここは従者達に任せてみませんか?」


 名案でしょう? と言いたげなエドヴァルドの発言にアクセル、ジュリオ、エレナは思わず声を発してしまいそうになる。勿論、命令されれば実行するだけだが、一体全体どうすればいいのか皆目見当もついていないのだ。


「それはいいわねぇ、と言いたい所だけどぉ……大丈夫なの? 特にアクセルちゃん」


「御命令とあらば勿論、速やかに対処し――」


 と、そこまで言いかけて、アクセルは顔を真っ赤にして目を見開いた。突如、自身の目の前にステファーノの整った顔が近付いたからである。


「ひっ、わああぁぁぁっ!?!?」


 常に無表情な彼からは想像もつかないような甲高い裏声の悲鳴。物凄い勢いで後退りして、部屋の壁に後頭部を打ち付けてしまった。余程勢いが強かったのか、目を細めて痛む後頭部を擦っている。


「心配だわ。まだ治ってなかったのねぇ、女性恐怖症」


 ステファーノの口から発せられた通り、アクセルは女性恐怖症なのだ。とはいえ彼もまた一華と同じで自分に厳しい人間。

 仕事や日常会話に支障が出ないようにと、女性と会話する時はわざと視線を額の辺りに移しているし、普段目に見えて悟られる事はない。しかし先程のように突然視線が合ったり、触れられたりすると耳まで赤くなってしまうのだ。


「す、スススステファーノ様! 心臓に悪いのでお辞め下さいっ!」


「『ス』が多いわよぉん。ギャップとしては満点だけど、不意打ちに弱いのは事実でしょう? 本当に任せられるのぉ?」


「えぇ。むしろ、例の件は彼等を通した方が良さそうですからね」


 エドヴァルドが言った言葉の心意が汲み取れず、首を傾げるジュリオ達。ガスマスク越しに、エドヴァルドは笑みを深めたような気がした。




※※※※




  《ホテル本条》


「あなた、珈琲を淹れたわ。少し休憩しましょう?」


 トレイにカップをせて運んできたアリーナ・ティトゥレスクは、仕事に励んでいる夫のアンドレイに優しく微笑みかけてそう言った。彼女が隣にやって来た事に気付いたアンドレイは返事をして、机の上に散らばっていた資料を適当に端に寄せる。空いたスペースにカップを置いて、アリーナは彼の隣に腰掛けた。


「大変な事になったわね……」


「そうだね。でも、そうなった以上は仕方のない事だよ」


 アリーナも一華とは面識がある。幼い頃から交流もあったし、だからこそ心配で仕方がなかった。悩むアリーナの横顔を見つめて、アンドレイは励ますかのようにそっと肩に手を置いた。


「大丈夫だよ。今頃梓豪ちゃん達が七緒ちゃんや八緒ちゃんと連絡を取っている筈だからね。事はいい方向へ進むよ、きっとね」


「…………そうね」


「珈琲、有難く頂くね」


 珈琲を口に運んだアンドレイに気付かれないように、アリーナはふと抱いた疑問を心の中で呟く。


(どうしてそこで七緒さんと八緒さんの名前が出るのかしら……)


 自分と夫は、離れている時間の方が圧倒的に少ないので、アリーナも交えて行われる会議であれば内容もしっかり覚えている筈なのに。


 ――何故継承戦に参加中の七緒と八緒へ連絡をする話が、夫の口から漏れたのか。その時はまだ小さな疑問だった。


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