第二十五話 何か企んでるんじゃないでしょうね!?
三央の首から外した編紐を手にした八緒は、ニッ、と効果音の付きそうな笑みを浮かべ、両手を挙げて喜びを露わにする。
「やった~編紐ゲット! 黙って出てきちゃったし、早く帰らないとお兄ちゃん心配しちゃう!」
三央がただ話をしたいが為に呼び出した事は、八緒も理解していた。だからこそ常に一緒にいる七緒に行き先を黙って出て来たのだ。
八緒は七緒こそ心から好いているが、あくまで今回は穏便に事を済ませたかったので、無意味に戦闘を焚きつけられては困る。
(ムカついたからほとんど衝動だったけど……仕方ないよね)
三央が謝罪を嫌う事を知っているからこそ、八緒は「ありがとう」と口にした。皮肉として言ってやっても良かったのだが、それは大人げないというもの。
編紐をズボンのポケットに仕舞い屋敷を出ようとした瞬間、身体が固まった。シュルルッ、と布が擦れ合う音がして初めて、八緒はその事態に気付く。
(拘束されてる!? え、誰!?)
だがもう遅かった。銃声が二回鳴り響いて足首に鈍い衝撃が訪れる。成す術なくその場に倒れると、眼前にその姿が現れた。
「五輝お兄ちゃんと、六月お姉ちゃん……?」
「ご苦労さん。悪いが時間がないんでな、さっさと出てきてもらう。六月、拘束布放すなよ」
五輝は愛用する拳銃の銃口を八緒に向けながら、六月に指示を仰ぐ。
八緒を拘束している拘束布は、六月にしか扱えない特殊な代物。御札と呼ばれる、自身の血液で文字を記した一種の魔法道具が彼女の武器。御札そのものを武器として扱う事は難しいと聞いたが、六月もまた希少な魔法術の使い手のようだ。
御札の力が強いのか、八緒の得意とする身体強化魔法術が使用出来ない。拘束されたままではナイフも振るえないので、どうしようもなかった。加えて撃ち抜かれた両足首が痛い。これでは逃げる事もままならないではないか。
「時間? 出てきてもらう? それよりもどうして二人がここに?」
五輝達の目的が読めず、彼が言った言葉を聞き返すしかなくて。二人を交互に見上げていると、六月がその気配に気が付いた。
「! 五輝!!」
六月の呼びかけにハッとした五輝は、八緒のこめかみに銃口を突きつけた。すると五輝の喉元に近付いていたナイフがピタリと止まる。
突如姿を現したのは、アパートで待機している筈の七緒だった。八緒の後をついてきたのだろうか、何にしてもほっと安心感が押し寄せてくる。
「八緒を離せ」
「意外と早かったな」
「七緒! 五輝から離れて!」
六月も七緒に銃を向けて応戦する。勿論、八緒を拘束している拘束布を離さずに。七緒は殺気を隠す事なく、怒りの籠った瞳で五輝だけを睨み付けた。
「汚ぇ手で触るんじゃねぇよクソが。ぶっ殺されたくなかったら八緒を返せ」
「離しても俺の事殺すだろ。シスコンも大概にしとけよボケナス」
「聞きなさい七緒! 八緒の編紐二つとアンタの編紐、それを外してアタシの方に投げ渡して。そうすれば八緒に手を出したりしない!」
現状、両足を負傷している八緒が戦う事は出来ない。拘束され、五輝に銃口を向けられている状態では、まず動く事は叶わない。
八緒を救いに来た七緒も、動けば八緒の命がない事も理解している。状況は八緒達が圧倒的に不利、大人しく編紐を渡すべきだろう。
「────」
「────」
七緒はしばらく何かを考えた後、小さく頷いた。五輝に向けていたナイフをその場に置いて、両手を挙げて立ち上がる。
「オーケー」
「ッ、何か企んでるんじゃないでしょうね!?」
こんなにも大人しく従うとは思っていなかったのか、六月はぎょっとした様子で畳み掛ける。脅しておいてそれはないだろう、と思わずツッコミたくなった。
「八緒が人質に取られてんのに抵抗する馬鹿がいるかよ。こんなもんくれてやる」
七緒が右手を編紐にかけた瞬間、六月が手にしていた拘束布の核である御札が、突如として炎を上げて燃え始める。それが、七緒と八緒が動き始める合図でもあった。
六月が驚いて拘束布を手離した瞬間、拘束が解けて身体の自由が利くようになったのが分かった。八緒は瞬時に身体強化魔法術を発動させ、当てられていた銃を掴み、そのまま握り潰す。頭上で五輝の息を飲む声を聞きながら、七緒が置いたナイフを手にして彼の鼻根に目掛けて勢いよく振り下ろした。
それと同時に、七緒も動いていた。六月が手にしていた銃を蹴り上げ、彼女の腹部に拳をめり込ませる。身悶えた六月に構う事なく、流れるようにナイフを懐から取り出して振り下ろす。
そこまでほぼ同時に起きた一瞬の出来事。五輝と六月が優位に立っていた状況から一転、狩られる側にへと変化した瞬間────。
「止めろ!!!!」
ピタリ、とその声を聞いた七緒と八緒の動きが止まった。
五輝の眼前に迫ったナイフの刃先が止まった事による安堵感からか、彼はゆっくりと息を吐き出して八緒から距離をとる。
七緒からの一撃を受けてしまった六月は腹部を抑えて、呻き声を上げながらその場に膝をついた。
声がした塀の上へと視線を向けると、そこには一人の少女の姿があった。黒紅色の髪をポニーテールに纏めた少女は黄金の瞳でその場にいる全員を見下ろす。
まるで、今日ここで戦いが起きる事を知っていたかのように、屋敷を離れていた一華が姿を現したのだ。
「姉貴!?」「お姉ちゃん!?」
「……七緒君。武器を収めてくれ」
「なっ、何でだよ!? コイツ等は八緒を──」
「その八緒ちゃんが怪我をしているんだぞ。この場は私が引き受ける。君は八緒ちゃんを連れて引くべきだと言っているんだ」
「あ……姉貴は、コイツ等の味方をするのかよ……!?」
七緒の声色は至極落ち込んでいるようだった。
信じていたのに。そう言いたげな七緒の弱々しい声を、一華は鋭い視線と言葉で切り捨てる。
「七緒君。ここは戦場じゃないんだ。八人の内の誰かがこの家のトップになる。そういうしきたりだという事を、私より聡い君なら分かる筈だ。君もまた当主を目指す者なら、誰が味方で誰が敵かくらい判別したらどうだ。君がやるべき事はただ一つの筈だが」
言い終わるなり、一華は屋敷を取り囲むようにして建てられた塀から飛び降りる。軽やかに着地した後は、ただ無言で七緒を見つめるだけだ。真っ直ぐで美しい黄金の瞳には一点の曇りもなく、強い意思だけがそこにはあった。
「…………八緒。行くぞ」
七緒は最終的に、一華に任せてこの場を去る事にしたようだ。七緒の決断に八緒が口を挟むつもりはない。
「分かった、お兄ちゃん」
両足を負傷した八緒は、七緒に背負われてその場を去った。最後に七緒は少しだけ振り返って、鋭い眼光で五輝を睨み付けて。
「ぜってぇ殺す」
「……そうかよ」
塀を飛び越えて七緒は急いで屋敷を離れる。八緒が一華達の会話に耳を澄ませていると、妙な言葉が聞こえてきた。
「なぁ五輝君。例の作戦、私は降りるよ」
五輝が一華に何かしら作戦でも持ち掛けたのだろうか。そしてそれを降りる、と一華は口にした。
静かに、不穏な空気が流れ始めた。
※※※※
《本条家屋敷外》
七緒と八緒には、二人だけにしか伝わらない技がある。言葉に出さずとも目線や指の動き、口の僅かな開き方や呼吸の仕方、さらにはまばたきの回数に至るまで。それらを駆使した二人だけの会話は、十年以上も続けている。
先程、七緒と八緒が同時に動けたのも、その行動があったからこそ。五輝や六月には悟られないように、だが確実に旨を伝える事が出来たのは、二人の間に確かな信頼があるからだ。
拘束布を魔法術で燃やし、それに怯んだ隙に七緒は六月に攻撃を仕掛ける。拘束が解けたと同時に八緒も七緒が置いたナイフを使用するように、と。寸分の狂いもない作戦だったが、一華が登場するのは想定外だった。
(確実に仕留められたのに……!)
だが一華の言う事も尤もだ。八緒は両足を撃ち抜かれていて、不意打ちが出来たとしてもそれを躱されてしまっては負けるのが目に見えている。だが六月だけでも手を下せたのは事実だ。苛立ちを覚えながら七緒は先を急ぐ。
「八緒、痛むか?」
「大丈夫だよ。こんなのは……うん。お兄ちゃんがいるから、痛くないよ」
「…………」
返事は出来なかった。勿論七緒だって、八緒の身に起こっていた惨状は知っている。だからこそ二宮を殺したいと思う程恨んでいるし、母親を殺した事を後悔していない。
「なぁ八緒。お前はさ……もし俺がいなかったら──」
「お兄ちゃんがいなかったら、私もいないよ」
質問の途中に被せて八緒はそう口にした。
背負っているので八緒の顔は見えないが、その声はいつもの通りに明るいものだ。だがそれは、七緒にその先を言わせない為の言葉だと、同時に理解している。
「……だよな。俺達、ずっと一緒だもんな!」
八緒の気配りを汲んでやるしかなかった。ぎこちない笑みを浮かべて、呪文のような言葉を並べるしか、七緒には出来ない。
(俺がいなかったら……お前は二宮を恨めたのか……。)
八緒に投げかける筈だった質問を、頭の中で繰り返してから静かにかき消した。きっと聞いても、彼女は答えてくれないから。




