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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第二十四話 本条三央

 幼い頃、三央はクラスメイト達にいじめられていた。

 基本的には無視されるだけだったので、彼女自身、それを辛いと思った事はなかった。たまに私物を捨てられる事があったが、主犯は分かっていたので、椅子に接着剤を塗りたくるという陰湿な仕返しをしてやって。


 「コイツ等は頭が可哀想なお子様だ」と鼻で笑い飛ばせるくらいにはまだ余裕があった。勿論、初めからそうだった訳ではない。何故自分は皆から無視されるのだろうか、どうして自分の物を捨てられるのだろうか、そう悩んで布団の中で夜を泣き明かした事もある。だが母に相談して言われた事はただ一つ。


「泣いた方が負けなのです。泣き寝入りする位なら仕返しでも何でもしてやりなさい」


 味方になど、なってはくれなかった。母の言葉を聞いて以降、三央はいじめに耐えるよりも、された事を倍以上にして返す事を善しとするようになっていた。それがエスカレートしていく内、ニュースに取り上げられる程の問題となってしまったのだが。それを機に三央は転校。父・銀治の采配だった。その際、三央は母・金代に強要された事が一つあった。


 それは車椅子での生活だった。病気なんて持っていなかったのに。けれど三央は心臓に病を持っていて、激しい動きが出来ない。そういう事になっていた。母曰く「確かな強かさを持つ為に」。


 理解に苦しんだが、すぐにそれは理解する事となる。三央を含め、銀治の子ども達は皆彼の駒、来たる継承戦の為に作られた人形なのだと。


 三央は車椅子で生活し、普段は弱者を演じる。だが一年に数回、療養だと言って人の来ない別荘に移っては訓練を行った。そんな生活を気付けば十年以上繰り返して、静かに刃を研ぎ澄ませてきた。

 常日頃から己を磨いている兄妹に比べると劣っているのは明らかだったが、だからといって卑屈になる必要はない。三央には三央なりの強さがある。そう思う事にした。


 だが、三央の人を見下す癖がそれを邪魔していた。


 人を卑下する癖は未だに治らず、最早諦める領域にまで達している。しかし誰でも彼でも見下している訳ではない。自身の気に障る者を見下すのだ。大差ないように感じられるが三央にとっては重要な事だ。

 何故なら彼女は、本当に大切だと思っている者は見下さないから。一華も、二宮も、四音も、五輝も、六月も、七緒も、八緒も、九実も。紛れもない大切な家族なのだ。


 それでも四音に「謝るならば初めからするな」と言ったのは、彼が三央の想いを否定したからである。三央は四音の事を大切に思っているのに、彼は姉の顔に泥を塗ったと思っている。


 謝らないでほしかった。


 人の謝罪など、一番信用していないから。弟にその言葉を口にして欲しくなかった。

 薄っぺらい、信用に値しない、心が動く事もない、くだらない言葉だ。


 感情に任せて言ってしまった事は後悔している。もう少し穏やかに窘める事も出来た筈だが、気が付けば口が動いていた。自分で自分を殴りたい衝動に駆られたものだ。


 だがその自己嫌悪も、八緒の前ではどうしてか働かなかった。それどころか彼女が間違っている、と。それ以外の思考が意味を成さなかった。

 自分の考えに合わせてやりたい訳ではない。だが認めさせたかったのだ。


「貴女が許す必要はない。恨んでいい」と。


 三央は当主になりたい訳ではない。元より興味もなかったし、タイミングを見計らって棄権するつもりでいた。それでも八緒を呼び出したのは、単に話がしたかっただけだったのだが、戦いが始まってしまったのなら致し方ない。だが今この瞬間に、三央の心は決まった。


 「八緒ともう一度話をする。その為に彼女に勝つ」と。




※※※※




 八緒によって放たれた矢は一度に三本ずつ、それも正確に三央の元へ向かって来る。普通ならば力が分散され、まともに的を射る事すら出来ない。むしろ飛ばない可能性の方が高いのに、彼女はそれをやって見せている。防御魔術を常に展開していなければ、三央はすぐにでも射抜かれてしまうだろう。


(あと一歩前に踏み込んでくれないと……!)


 八緒が一人で来る事は少々意外だった。七緒がついて来ると思っていたし、その為の罠も仕掛けている。とはいえ首に巻かれている編紐を取ればいいだけなので、強めの地雷式催眠魔法術を準備しただけなのだが、発動さえしてくれれば充分だろう。


 場所は八緒が立っている一歩手前。術式が発動するには八緒が一歩踏み出てくれなければならない。今魔法による攻撃を繰り出しても、後退されてしまっては意味がない。


 戦いが始まって、すでに数分は経っている筈だ。長年の車椅子生活もあって、いくら健康体とはいえ体力は人並み以下しかない。防御魔法で防ぎつつ、駆け足で後退している三央の体力は半分を切っていた。

 肩で息をしている三央を気遣うように、八緒は矢を番えたまま告げる。


「身体を動かしてないブランクはあるだろうし、無理はしない方がいいよ~。降参するなら攻撃もしないから」


「余計なお世話ね。私の身体の心配をしてくれるのなら、武器を収めて私とお話しましょうよ」


「嫌だよ~。私、お説教は嫌いなの。そんなまどろっこしい事しなくても私は受け入れてあげるのに」


「受け入れる必要はないわ」


「もぉ~三央お姉ちゃんは心が狭いよ。性格悪いって言われた事あるでしょ」


「私にとっては誉め言葉よ」


「それ悲しいよ~」


「理解出来ているならまだ救いようがあるわね。貴女は優しすぎたのよ。やっぱりまだまだ子どもだわ。それとも、相手を許し続けないと死ぬ呪いにでも掛かっているのかしら」


 三央の無意識的な挑発に、八緒はピクリと眉を動かした。

 それまで浮かべていた無邪気な笑みを消し去り、分かりやすい程に不機嫌そうに嘲笑う。その表情は、二宮や七緒にそっくりだった。


「……私、三央お姉ちゃんが分からない。意地になってるようにしか見えないよ。拗ねて許さないって言ってる子どもと同じ……ううん、それ以下だよ。我慢以上に偉い事はないって」


「そんな事ない!」


「そんな事あるの!」


 衝動的な筈なのに、軸が全くブレていない。同時に番えられた三本の矢の箆に、淡い輝きを帯びる青い線のようなものが見えた。


「!」


 瞬間、三央は悟った。これは防御魔法を以てしても防ぎきれない威力だ、と。

 放たれた矢の一本が、三央の太腿を掠めた。着物が裂け、淡紅藤の生地に赤黒い液体が滲んでいく。そこで初めて、三央は気が付いた。


「貴女……魔法術が使えたのね」


「えへへ、流石に気付かれちゃったか」


 八緒が使用するのは、基礎能力値を大幅に向上させる身体・物体強化魔法術。無から火や水を創造する魔法術を扱える人間こそ少なく希少だが、強化付与型の魔法術を扱える人間はさらに希少な存在だ。


 そもそも魔法術を扱う人間にとって、身体や物体を強化する魔法術は相性がよくないとされている。遠距離での攻撃や援護がメインの魔法術士にとって、物理攻撃を強化する魔法は無意味に等しいからだ。


 しかし八緒の場合、ナイフでの接近戦も得意としていると聞いた。無意味とされている強化魔法は、彼女にとってこれ以上ない有益なスキルなのではないだろうか。


 その強化が矢にまで施されたところを見る限り、八緒はとうとう本気を出し始めたらしい。


「私はね、我慢以外の方法が分からないの。私が我慢すれば全部丸く収まるの! 誰も喧嘩しない、誰も怒らない、誰も傷つかない、誰も悲しまない、誰も苦しまない、誰も不幸にならない。誰かが我慢しないとそれ以上に誰かが不幸になるの。三央お姉ちゃんも分かるでしょ? 自分が耐えていた時の方が、マシだって……」


 まるで三央の心に訴えかけるかのように紡がれる言葉には、感情が一切込められていない。これもまた彼女の本音の一つなのだろうが、どうにも演技をしているようにしか見られないのだ。


「大丈夫だよ、私にはお兄ちゃんがいるから……辛くても二人一緒なら大丈夫なの。お兄ちゃんの傍にいるだけで私は幸せだからいいの。死にたい程苦しくても、私が死んじゃえば私をこんな目に遭わせた二宮お兄ちゃんが自分を責めちゃう。誰かを不幸になんてしたくないの。分かってくれるよね三央お姉ちゃん。私、三央お姉ちゃんの事は嫌いだけど、きっと分かってくれるって信じてる!」


「……口角が上がっているわよ、八緒ちゃん」


 彼女は終始、笑っている。三央を説得する気なんて、初めからないのだろう。そうでなければ、堪え切れないといったふうに顔に出す筈がない。


 しかし八緒の言いたい事も分かる。思い返せば、無視をされても、私物を捨てられても、大人しく耐えていた時の方が良かったのかもしれない。反抗するにつれてお互いに意地になっただけだという事を、三央も理解しているから。


 だが、それでも自分は間違っていないと、はっきり言える。先に手を出したのは彼女達だから。八緒は三央が正しいとして起こした行動を否定しているのだ。それには流石に、頭の血管がはち切れそうになった。


 八緒も、こういった感覚だったのかもしれないが、嘲笑うかのように言われては我慢ならない。


「まったく、どこまで人の気を狂わせるつもりなのかしら……ここまで清々しいと呆れてこっちまで笑いが込み上げてくるわ」


「本当の事だよ。三央お姉ちゃんだけじゃない。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、二宮お兄ちゃん達も大好きなの! だって、私の兄妹だもん! 嫌いな理由なんて、ないもんね!」


「……撤回、するわ」


 ふふっ、と三央の口から乾いた笑みが漏れた。


「貴女……もう手遅れだわ……四音も大概だったけれど、あんなの非じゃないわ。間違いない、誰よりも貴女は……異常だわ……」


 ふわり、と気が付けば八緒が目の前に立っていた。音もなく静かに、憐れむようにして三央の瞳を覗き込む。


「そうだね。でも、私は普通に見えるようにしているから大丈夫だよ。明らかに壊れている訳じゃないから、誰も気づかない。心配してくれてありがとう、お姉ちゃん!」


 ぎゅっと三央の細い身体を抱き締めて、八緒は微笑んだ。いつも通りの無邪気な笑顔で。


 三央の背中には、深々と一本のナイフが突き刺さっていた。三央の首に巻かれている編紐を外して身体を離すと、支えを失った彼女の身体は地面へと吸い寄せられていく。




  ──第二戦目 長女・本条三央 VS 四女・本条八緒──


  ──勝者・本条八緒──


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