第二十話 継承戦そのものをぶっ壊そうとしているんじゃないの!?
「よし。嬢ちゃんと一緒にいる男について教えてやるから、そこ座れ」
梓豪達が横並びに腰掛けている向かいの席に並んで座った七緒と八緒に、オレンジジュースが出される。用意したエレナは嫌そうな表情を残しつつも微笑んで見せる。
「どーぞ」
「サンキュー」「ありがとうございます~」
出された物を疑いもなく口に付けた二人。エレナが二人の目の前でいれた、というのもあるが、出された瞬間に口をつけたのだ。勿論変な物は入れていないだろうが、警戒して飲まないだろうと思っていた梓豪は戸惑いを覚える。
「ヤベェ超ウメェー!」
「うん、美味しいね!」
「そんでおっさん。早く教えてくれよ」
「誰がおっさんだコラ」
本気で怒りそうになったが、後ろに立っていた神美にぽんぽん、と肩を叩かれて窘められたので、ぐっと堪えて梓豪は話し始めた。
「嬢ちゃんの傍にいる男の名は一条白羽。本条家に忠誠を誓う一条家の倅だ」
「一条……あぁ、各条家とかいう奴等か。で、その白羽クン? は信頼に値すんの?」
「勿論だ」
梓豪はまっすぐに答える。嘘偽りない、心からの信頼を込めて。
「各条家は本条家の為に武器を取る。だがアイツだけは、嬢ちゃんの力になる事に特化した男だからな」
「……いや、意味分かんねぇ」
確かに言い回しが少しくどかったかもしれない。事情を知るステファーノですら苦笑いを浮かべているのだから。
「ま、そこはお前達が知る事じゃねぇな」
「なんだよケチー」
「ケチじゃねぇ」
「とにかく、一条さんは信頼しても大丈夫な人ですよね。それが分かったら安心だよ」
七緒と梓豪の間に割って入り、八緒はそう述べる。七緒もその意見には同意だったようで、「それもそっか」と口にしながら立ち上がった。そして、上着のポケットに入れていた黒い機械を梓豪に投げ渡す。
「何だ、これは?」
「それパソコンに繋げたら、発信機の場所の特定とか出来るしアンタ等にやるよ。俺等にはもう必要ねぇし」
七緒は発信機を、瀬波銀治と組んでいた反感を抱いている国主を探る為に、適当に取り付けたと言っていた。確かにリストを見つけたのなら、もう必要のない代物だろうが、それを梓豪に渡す理由が見当たらなかった。
「……一人、明らかに動きが可笑しい奴がいるんだ。多分、アンタ等の方が対処しやすいだろうし、好きにしちゃっていいよ」
(成程。これは、ステファーノやエドヴァルドの方が詳しそうだな……)
そう判断して、梓豪は七緒から投げ渡された機械をテーブルの上に置き、頷いた。
「それじゃ、ありがとねおっさん達」と言い残すなり、七緒と八緒は部屋を出て行ってしまった。二人は市子に案内されて、近くの新たな拠点に移るだろう。
完全に足音が遠ざかってから、おずおずとアクセルが頭を下げた。
「自分の不手際です。誠に申し訳ありません」
「謝る事はねぇさ。結果は上々だったしな」
「そうよ。むしろ、何でもかんでもアクセルちゃんに任せちゃって申し訳ないわぁ」
それまでの重い空気から一転して、ふっと軽くなる。アクセルは自分に厳しい男だ。今回の件は少し落ち込むかもしれないが、そこは主であるエドヴァルドに任せる他ないし、自分にどうにか出来る事でもない。それより、と梓豪は視線を従者達の立ち並ぶ後列に視線を向ける。
「倅への連絡は出来たか?」
「はい。滞りなく。一華様からも『味方が増えるのは此方としてもありがたい』と来ております」
にこやかに報告したのはジュリオだった。ジャケットの袖から開閉式の携帯を取り出し、その文面を見せる。画面には確かにその文字が表示されていた。
七緒と八緒にジュースを出すくらいの時間稼ぎしか出来なかったが、ジュリオにとっては充分だったようだ。
「了解だ。にしても……おっかねぇ双子だぜ」
交渉も手慣れているように見えた。自身等の目的の為に譲歩し過ぎていたような気がしたが、そこはまだ子どもなのだろうが、二人共タイミングが上手い。口が廻り態度が大きい七緒が交渉。その後の嘆願、仲裁には八緒が入る、というスタイルは珍しく思えるが。
二人で一つ、ではなく二人で無限の可能性をいくらでも引き出せる事だろう。
「ったく、銀治の息子ってのがもったいねぇぜ」
「ふふっ、これからが楽しみですね」
「あぁ。……よし。ステファーノとエドヴァルドは、発信機の解析を頼みたい。我とアーサーでリストに載ってるメンバーを──」
「待って梓豪おじさん」
会話には一切参加せずに、今の今まで優雅に紅茶を飲んでいたアーサーが、梓豪の言葉を遮って勢いよく立ち上がった。その拍子に音を立てて椅子が倒れたので、慌ててエレナが主の椅子を起こしに行く。
「あの双子の妹……『その人達が継承戦に介入しようとしている事も知ってる』って言っていたよね……?」
「あ、あぁ……だがそれは、嬢ちゃんを狙った件だろ?」
「違う! 奴等は……継承戦そのものをぶっ壊そうとしているんじゃないの!?」
アーサーの言葉に、梓豪達は言葉を失った。
──事実、水面下で彼等が動き始めている事を知っているのは、現時点でほんの一握りの者達だけだった。
※※※※
二条市子は困惑していた。
この世に生を受けて二十九年。本条家に命を捧げる覚悟で訓練や礼儀作法を叩き込んできた。しかし魔法術も使えなければ銃の命中率も低く、筋肉もつきにくい体質であった。
完璧に物事を熟す兄とは正反対の才能のない自分。だが本条家に命を捧げる覚悟が潰えた訳ではない。結果として、国主達をもてなすホテル本条の支配人、という地位に若くして就く事が出来た。
日々サービス向上を目標に、従業員達を纏め上げるカリスマ性が自身にはあったのだ、と自信を持てたのが数か月前。そしてつい先日、自身の新たな能力に気が付いてしまった。それは“スルースキル”である。
帰りのエレベーターでも七緒の質問攻めに動じる事なく、感情の波を荒立てずに話を右から左へと流すスキルである。なお、この能力は頭の可笑しいクレーマーに有効だ。話を聞いている振りをしていればいいのだから。
だがどういう訳か七緒には通用しなかった。
この男、確実に市子が話を聞き流している事に気が付いている。目を見ていれば分かる。これは嫌がらせを好んでするタイプの目だ、と。
面倒臭がられていると気付いたのなら諦めて大人しくしておけばいいのに。意地になっているのか、はたまた阿呆なのか、質問攻めを辞める気配はなかった。
「なーなーなー市子ちゃーん。質問に答えてよー」
ゆさゆさと肩を揺られるが気にせずに無視を決め込む。忠誠を誓う本条家の子息であっても分けるところは分けなければならない。
「じゃあこれは答えてくれる? 従者って皆ガラケーなの?」
「!?」
七緒のこの質問には、スルースキルが働かなかった。一瞬動じてしまった市子を見て、七緒はニッと笑みを深める。
「袖にガラケー仕込んでるでしょ、市子ちゃんも。ガラケーならスマホと違って後ろ手で文字も打てるし、便利だよなぁ」
「でも、読むのはどうするの?」
「そりゃイヤホンだろ。届いたメールを自動で読み上げるように、とか出来そうじゃん」
(当たっている……)
市子は生唾を飲み込んだ。
七緒の言う通り、従者が使用する緊急用の端末は開閉式の携帯だ。袖の裏側に隠し、有事の際に取り出す。実際ジュリオは手を後ろに組むフリをして白羽にメールをうった。白羽からの返信はすぐさま彼のワイヤレスイヤホンに読み上げてくれる仕掛けだ。
ジュリオとて素人ではない。だが七緒と八緒は見抜いてみせたのだ。驚きを隠せないまま、市子は息をついた。
「……確かに、その通りでございます」
「へっへーん。俺の観察眼は生きてるな! そんじゃ、ありがとな市子ちゃん!」
いつの間にか一階まで到着していたらしい。七緒は手を振って、八緒は一礼して去って行った。取り残された市子はフラッとその場にしゃがみ込んだ。何事か、と様子を見に従業員が駆け寄って来てくれる。
「支配人!」
「大丈夫ですか!?」
「えぇ……足の力が抜けただけよ……」
話には聞いている。継承戦はまだまだ序盤だと。八名の内まだ一名しか脱落していないとも。
「……可笑しいのは、彼だけだと思っていたのに……」
まだいるのか、と眉根を寄せる。だがすぐにハッとして首を左右に振った。
「さ、仕事に戻りましょう。もうすぐ昼食の時間だから、急いで!」
指示を出すと従業員達は渋々持ち場に戻っていった。身を案じてくれるのはありがたいが、自分達の本職は国主達をもてなす事だ。
どんな小さな失敗も、ホテルの所有者である本条家の名に傷をつける事となってしまう。気持ちを切り替えて、市子も仕事に取り掛かったのだった。




