第十九話 素晴らしい考察ですね
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《ホテル本条》
静寂。
意外ともいえる七緒の言葉に呆然とした梓豪達は、静かに顔を見合わせた。白羽について話してもいいものか。普通に考えれば答えは駄目だ。以前確認した通り、一華と白羽は七緒と八緒に次ぐ有力なチームだ。その存在が知られるにはまだ早い。
一華達が大きな動きを見せていない以上、監査役である梓豪達が情報を漏らす訳にはいかない。それはしかと伝わったらしく、誰も口を開かなかった。
「さぁて、知らねぇな」
「……そっか。じゃ、取引としてだったらノッてくれる?」
「取引だと?」
シラを切った梓豪に、七緒はポケットから四つ折りにされた紙を取り出して見せた。
「そ。一華の姉貴の居場所教えてくれたら、この紙やるよ」
「それはなぁに?」
「親父の部屋で見つけた。反乱分子のリスト」
「「「!!」」」
「今モメてんだろ、国主達って。親父は反感抱いている奴等と連絡とってたみたいだぜ。悪かねぇじゃねぇか。この取引、乗らねぇ手はないんじゃね?」
ニッと細められたトパーズのような瞳が妖しく光る。彼の隣に立っている八緒は何言わずに、事の成り行きを見守っていた。
梓豪はチラッと他の国主に視線を向けた。梓豪個人としては、七緒が手にしている反乱分子のリストは喉から手が出る程に欲しいものだ。だが、一華を当主にたてたい身としては、七緒の取引を断るべきだろう。
どうするべきか迷っていると、ステファーノが手を挙げた。
「まずはその紙を見せてくれないかしら。お話はそれからでもいいでしょう?」
「おういいぜ」
あっさりと、七緒は四つ折りにされた紙を差し出した。それを受け取ったステファーノが紙を開くと、知っている名が多かったらしく、眉をピクリと動かした。
ステファーノから回って来た紙に目を通すと、確かに目星をつけていた人物の名が並んでいる。
「じゃあ、これを本物として仮定しましょう。何処でこれを見つけたの?」
「えっと確か……畳の下の封筒の中に入ってたぜ。他にも色々入ってたけど、俺達が必要だったのはそれだけだったし」
以前、アクセルが言っていた封筒の中に入っていたのだろう。場所について違和感はないが、問題は何故七緒がこの書類を必要としていたか、だ。それはステファーノも疑問に思ったらしく、梓豪よりも先に七緒に問い掛ける。
「一つ聞かせて頂戴。貴方達は、何をしようとしてた? 何が目的なの?」
ステファーノの問いに、七緒は静かに答えた。
「勿論、殺すつもりだったけど」
殺気も籠っていなければ、冗談めかしている訳でもない。純粋に彼女の問いに答えただけのようだ。
「……どうして?」
「女中さんに聞いたの。お姉ちゃん……一華お姉ちゃんが殺されそうになったって。お父さんはそのリストに載っている人達と手を組んでいた。その人達が継承戦に介入しようとしている事も知ってる。事が済んでからじゃ遅いの。未然に防がなきゃ取り返しがつかなくなる。私達、一華お姉ちゃんの味方になりたいの」
それまで黙っていた八緒が口を開いた。それに続くようにして七緒も、それまで挑発的だった態度から一転して叫ぶように言った。
「だから姉貴の居場所を教えて欲しい! 一緒にいる男が安全なのか……親父の差し金で動いてる奴なのか……姉貴の味方なのか確かめたいんだ!」
お願いします、と頭を下げる二人。梓豪が見る限り、その言葉に嘘はないようだ。
最終的な決定権は梓豪にあるし、ステファーノ達が口を出す様子もない。少し考えてから、梓豪は承諾する事にした。
「いいだろう。教えてやる」
「! ホント!?」
「あぁ。だが条件を付けさせてもらうぞ」
「えぇー……それでチャラにしてくんねぇのー?」
「馬鹿か。お前達は仮にも国のお偉いさんの集まる場所に攻め込んできたんだぞ」
「攻め込んでねぇよ……ちゃんと受付も通ったし」
不満げに唇を尖らせる七緒を無視して、梓豪は人差し指を立てて話を続ける。
「情報についてはしっかりと教えてやる。だが、お前達は屋敷を離れるんだ」
「え、どうして?」
「嬢ちゃんと一緒にいる男の情報を他の奴等に漏らさない為だ。一応は隠密に動いているようだからな」
「でも、五輝お兄ちゃんは知ってるみたいだったよ?」
八緒から告げられた衝撃の事実に、梓豪は目を見開いた。五輝が白羽の事を知っているのは予想外だった。そしてそれは他の者達も同様らしい。
「五輝お兄ちゃんから聞いたの。特別ルールが起用されているから、一華の傍にいた男がもう一人の参加者だろう、って」
「それは、他の奴にも言っていたか?」
「言ってないと思うよ。私にこっそり教えてくれたの。五輝お兄ちゃんは、私達が一華お姉ちゃんの味方になりたいって知ってたみたいだから……」
「五輝の奴は六月と一緒になって動いてるみたいだし、実質チーム戦になってるかもな」
「うんうん。二宮お兄ちゃんと三央お姉ちゃんは一緒になって四音お兄ちゃんを陥れたみたいだし……。その二人が手を組むのは正直読めてたよね。だってあの二人同類だもん。利害さえ一致すれば外道じみた事もすると思う。
あと四音お兄ちゃんも元々は五輝お兄ちゃん達と一緒だったよ。五輝お兄ちゃんが何か企んでいるのは違いないし、六月お姉ちゃんは自分に力がないのを知ってるから媚び諂ってでも五輝お兄ちゃんに取り入ってる筈」
「四音がそっちにいたのは意外だったよな。てっきり一華と手を組むと思ってたぜ」
「となると……決断が遅い四音お兄ちゃんの事だから、継承戦が始まる前に五輝お兄ちゃんが何か唆したのかもしれないね」
(コイツ等……)
五輝の先読みもそうだが、そこまで自力で辿り着いた二人もなかなかのものだ。息を飲む梓豪に反して、エドヴァルドは興味深そうに頷いていた。ガスマスク越しのくぐもった声を若干弾ませて、
「素晴らしい考察ですね。此方にいらしたのも五輝様の進言でしょうか?」
と、問う。話の流れを遮らずに直球的に確信を衝く質問である。エドヴァルドの問いに七緒は首を横に振った。
「いいや? 俺達日本に到着したのギリギリだったんだけどさ、到着した時すでにアンタ等の靴が置かれていたから……ランダムに十人、発信機付けといたの。親父と手を組んでいた奴等を探すには、アンタ等に聞いた方が早いと思ったから。ま、結局部屋で書類見つけたからここに来る予定はなかったんだけど」
「そうでしたか。しかしよく我々に教えて下さりますね。敵とは思わなかったのですか?」
「敵なら殺す。それだけ」
「……そうですか。まぁお二人が我々を騙していたとしても、此方にはそれ相応の処分を下せるだけの力は備わっているのです。さて、梓豪さん。お二人をこれからどうなさるおつもりですか?」
聞きたい事は聞けたらしい。エドヴァルドはそこで区切りをつけると、梓豪に話の流れを委託した。マイペースな彼に戸惑う事はない。常に身構えていれば心臓への負担は少ないから。そう思う事にして梓豪は頷いた。
「場所についてはここから少し離れたアパートの空き部屋を使うといい。我から泉に連絡しておこう。お前達の行動を縛る訳ではないが、ある程度は此方の指示に従ってもらう。異論はないな?」
「ま、そんくらいは妥協か」
「お兄ちゃんがいいなら私はいいよ」
「お前がいいなら俺もいいぜ。のった!」
七緒の返答を聞いて梓豪は口の端を上げた。召集会議でも名の上がっていた要注意人物の二人を駒として扱える。それも本人達は一華の味方になりたいという。好都合な事この上ない。
此方から介入する事は禁忌でも、参加者本人達から協力を申し込まれては仕方あるまい。指示を出す分にはルール違反にならないのだから。




