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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第十八話 教えてほしいんだよね

  《ホテル本条前》


 それから数時間後。目的地に到着した八緒は、先に到着している七緒の姿を探した。しかしどこを見渡してもその姿は見当たらない。


 もう一度電話を掛けようとスマホを取り出した瞬間、ガバッと後ろから誰かに抱き着かれた。その気配と感覚には覚えがある。


「お兄ちゃん!」


「遅かったじゃねぇか八緒!」


 ニッと笑みを浮かべる七緒に、八緒は頬を膨らませて不満を告げる。


「もう。近いとしても時間はかかるんだからね!」


「悪かったって。そんじゃ、行こーぜ」


 八緒の文句を聞き流されているような気もしたが、さして怒る内容でもないので溜息をついて終わりにする事にした。


 七緒に腕を引かれて、ホテル本条の入り口に足を踏み入れる。その瞬間、受付にいた女性が慌てて駆け寄って来た。


「申し訳ありません。此方関係者以外立ち入り禁止となっておりまして」


「客じゃねぇし部外者でもねぇよ。ちょっくら五大権に会いに来ただけ」


 七緒がそう問うた瞬間、その場にいる従業員達の顔色が変わった。次の瞬間には、今し方八緒達が入って来た入口と、奥へと続く通路のシャッターが下ろされ、七緒の目の前に立っていた女性が銃を構えていた。


「何処の手の者だ!」


「……軸がブレてねぇのはいいけど……銃を出すまでの動きはイマイチだな」


 女性が持っていた銃を蹴り飛ばすと、七緒の陰から飛び出した八緒が女性を羽交い絞めにする。それによって他の従業員達の動きも止まった。

 全て、数秒を要さない一瞬の出来事だ。


「ごめんなさい~。怪しい者じゃないんです。ただ聞きたい事があって」


「ふざけるな! 名を名乗れ!!」


「待ちなさい」


 ふと、『支配人 二条市子』とかかれたネームプレートを胸につけた、黒髪の女性が奥から現れた。二条といえば、秘書役を務めているというが、彼女もその二条家の一人なのだろうか。


 八緒が一人そんな事を考えていると、支配人の女性は静かに口を開いた。


「その方々は本条七緒様と八緒様です」


「ほ、本当なのですか、支配人……」


「はい。……従業員の者達は、まだ貴方方のお姿を知らされておらず。どうか、ご無礼をお許しください」


 深々と頭を下げられては、責め立てる事も出来ない。それに、三年も日本にいなかったのだから、むしろ知っている彼女の方が凄い位なのではないだろうか。銃を向けてきた女性を解放して、八緒は改めて七緒の隣に並び立つ。


「別に分かってくれたならいいんだけどよ。それで、どこにいんの?」


「ご案内致します。五大権の方々も、お二人を連れてくるように仰せですので」


 市子の後ろをついて歩いていると、下ろされていたシャッターが解放された。廊下をしばらく歩いた先にあるエレベーターに乗った所で、七緒は市子に話し掛ける。


「なーなーお姉さん名前は? 何て呼んだらいい?」


 七緒もネームプレートを見ているだろうし、名前も知っているだろうに。エレベーターに乗っている時間(まだ三秒も経っていない)が退屈だったのか、市子に話し掛ける事にしたようだ。


 市子は少し間を空けつつも、答えないのも失礼だと判断したのか、渋々名前を口にする。


「……二条。二条(にじょう)(いち)()と申します」


「和風な名前だ~。可愛い~!」


「どうも」


 本心から褒めたつもりなのだが、市子の反応はイマイチだった。もしかすると、思ったより感情が籠っていなかったのかもしれない。他にも言葉はないだろうか、と探る八緒をよそに、七緒は頭に浮かんだらしい疑問を口にする。


「『二条』なのになんで『いち』なの? ねーねーなんでー?」


 純粋に褒めるだけの八緒と違い、七緒は名前の由来まで聞きたいらしい。段々と苛立ちを覚えているらしい市子は、僅かに目元を引き攣らせながら答えた。


「兄が『いずみ』と書いて『せん』と読むからです」


 彼女の兄は二条泉だったのか、と八緒は一人抱いていた既視感から解放される。継承戦開幕の際、ルール説明をしていた秘書役の男性の妹らしい彼女は、ここ、ホテル本条で支配人を務めているようだ。確かに、自分達の事を知っていても不思議ではない。


「じゃあ『じゅう』とか『まん』になる可能性もあったって事? 『おく』とか『ちょう』とか」


「知りません」


「何で知んないのさー」


「知りません」


「……な」


「知りません」


「まだ何も言ってない」


 確かに最上階に着くまでそこそこの時間はかかる。七緒も暇なのだろう。市子に質問していたものの、彼女も彼女でそれ以上答えようとはしなかった。


 無視されるよりかはまだいいと思うが、八緒はただ苦笑いを浮かべていた。とはいえ到着すればその流れも消える。扉が開くと七緒の質問攻めはピタリと止んだ。


「お、着いた」


「此方です」


 依然として苛立った様子の市子に視線を向けつつ、八緒はホテルの内装を見渡した。外見は……正直言ってしまえば安っぽい感じがしたのだが、中はかなり豪華に見受けられる。


(あぁでも、そっちの方が好都合か)


 八緒なら少しでも設備が整っていそうな、綺麗な外見のホテルを選ぶ。各国の重鎮達を安全に囲うには、有名な高級ホテルよりも都合がいいという事は感じ取れた。


(ネットで検索しても出て来ないのは、一般向けに営業してないって事だろうし……)


 先程移動中にネットで検索したのだが、何故か『ホテル本条』という建物は存在しなかったのだ。どういう手を使ったのかは不明だが、妙に腑に落ちた気がする。一人納得したように頷いていると、五大権がいるという最奥の部屋の前に到着した。


 市子が扉をノックし、ゆっくりと扉を引き開けた。


「失礼致します。七緒様、八緒様をお連れしました」


「どーぞ」


 中から声がして二人は部屋の中に通される。市子は足を踏み入れなかったが、足音が遠ざからないので外で待機しているのだろう。


 部屋の中にいたのは八人。その中で椅子に座っている四人が五大権と見受けられる。其々の背後に控えているのは彼等の従者だろうか。見た事のある顔ばかりだ。


「よっ。アンタ等が五大権?」


「口を慎めよクソガキ! 何の用でここに来た!」


 キッと睨んできたのは金髪の男性だった。否、声が低いが女性かもしれない。かなり口が悪いが、本当に従者なのだろうか。


「落ち着きなよ、エレナ」


 エレナ(名前からしてやはり女性らしい)はアーサーに諭されて口を閉じたが、質問したいのは他の者達も一緒だった。痛いくらいに鋭い視線を浴びながらも、七緒はまっすぐ動じる事なく、エドヴァルドの背後に立っていた男性を指さした。


「靴の裏」


「……?」


 きょとん、と目を瞬かせる男性に、エドヴァルドは靴を脱ぐように指示を出す。右足の靴底の凹んだ部分に、小さな黒い機械が取り付けられていた。


 あれはたしか、発信機だ。屋敷に到着した時に、七緒がこそこそと何かをしていたのは見ていたが、まさか発信機を取り付けていたとは思わなかった。


「!?」


 まさか靴底に発信機が付けられているとは思っていなかったのだろう。アクセルは至極動揺しながらも、発信機を取り外して靴を履き直した。


「他にも何人か、ランダムに取り付けたんだよねー」


「へぇ……中々良い仕事しやがるなぁ。それで、本当の目的は何だ?」


 梓豪ズーハオの重い声が響き渡る。それに怯む様子もなく、七緒はそれを口にした。


「一華の姉貴と一緒にいる男について、教えてほしいんだよね」


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