第十五話 僕はいい兄さんだからね
《墓地》
振り下ろされた刃を花槍の柄で防ぎ、互いの武器越しに視線が交わる。四音の目には一華のような輝きがある訳ではないが、二宮にはないまっすぐさがあった。その視線が、心底気に食わない。
正直のところ、四音はとてつもなく強い。剣の腕なら一華よりも上の筈だ。二宮はそう認識していたし、だからこそ最大限に対策を練ってこの場に彼を呼び出した。
「やっぱり君を選んで正解だったよ。君は正々堂々闘ってくれる子だもんね」
口の端を釣り上げて、二宮は言う。無邪気な子どものような笑みと、殺意に満ち溢れた笑み。その両方を交えた表情に、四音が息を飲むのが分かった。
一度距離をとろうと後退する四音に距離を詰め、花槍を突き出す。が、こんな単純な攻撃は防がれるという事は目に見えている。だが、それでよかった。
二宮は真っ向勝負をする気など、始めからなかったのだから。
「────ッ!?」
突如四音を襲った身体の痺れは、瞬く間に全身に広がった。二宮から退こうとして力が入らなかったのか、尻餅をつくようにその場に座り込んだ。ガタガタと刀を握る手が震えているのを見る限り、しっかりと効いているらしい。
その反応を見てから、二宮は花槍を静かに下ろして問い掛けた。
「ねぇ、四音君。今どんな気分?」
「に……、にい……さっ……」
「ふふっ。毒の生成なんて初めてやったけど、案外苦しそうだね」
上着のポケットから、手の平に収まりそうなサイズの小瓶を取り出す。中には薄水色の液体が半分程入っており、それを見せつけるかのように四音の目の前に持っていく。四音は何かを言い返すでもなく、ただ顔色を悪くさせるだけであった。
心の中では二宮の事を「卑怯だ」と罵っているのだろうか。そんな事を考えながら、二宮は小瓶を仕舞う。
二宮は槍を武器としているが、一華や四音と渡り合える程の実力は持ち合わせていない。だからこそ、二宮は序盤の内に四音を退場させる必要があった。
一華は勘がいい。加えて警戒心も強いので、気化させた毒を吸わせるのは不可能だろう。二宮の生成した毒は身近にある物を少し改良させたもので、ある人物の助力ですぐに無毒化するように魔法的な要素も加わっている。
一般人を巻き込むのは御法度。序盤で、それもルール違反で敗退するなんて御免だ。
それに医者という職に就いている二宮には、患者を増やしたくないという思いもある。お互い接近戦に長けた武器を扱うし、少量の毒で四音を無力化させる事にしたのだ。
至近距離で毒を吸い込んだ四音は、ぐったりとした様子で気を失った。地面に仰向けで倒れ込んでからも、荒い呼吸音が口から漏れている。二宮は彼の手元にあった刀を蹴り飛ばし、首に巻かれている編紐に手をかけた。
編紐を首から外せば、その瞬間に四音は継承権を失う。数分後には無毒化されるが、彼に恨みはないので早急に解毒剤を飲ませてやるつもりだ。
しかし勝利を確信した瞬間、二宮の視界が急転した。
「!!!?」
空。
がくん、と顎に衝撃が訪れ、四音の青ざめた顔から一転して雲一つない青空が広がった。震える手を握り締めて、四音は二宮に一撃を入れてみせたのだ。今度は二宮が尻餅をつくように倒れてしまう。
(気絶した筈じゃ!?)
だが四音も激しくは動けないらしい。ゆっくりと立ち上がったものの、呼吸も荒く今にも気を断ちそうな顔色だった。放っておいてもまた動けなくなるだろう。そう理解していたが、二宮は完全に頭に血が上っていて。
「やりやがったなクソが……」
殴られた拍子に舌を噛んでしまったのか、口の中に独特の鉄の味が広がる。それがまた二宮を苛立たせた。今にも倒れそうな四音の胸倉に掴みかかり、頬に拳をめり込ませる。
「が、ぁっ!!」
続けざまにもう一度殴り、無造作に手を離した。不意打ちを喰らったとしても、素早く動けない彼を殴る事は簡単に出来る。再び倒れ込んだ四音は、起き上がる様子を見せない。今度こそ、と二宮は不機嫌な様子のまま、四音の首に巻かれている編紐を外した。
「ちょっと手こずったかな。にしても、まさか動けたとは……効きが悪かったのかな」
毒はすぐに分解されるし、あくまで四音を無力化させて編紐を外す為だけに使用した。殺すのは自身のプライドが許さないから──その考えが今になって無意味に思えてきて。四音の編紐をズボンのポケットに仕舞い、地面に突き立てていた花槍の刃先を四音に向けた。
「…………。」
だがすぐに思い直したのか、二宮は溜息ついて槍を収める。用意していた解毒剤を飲ませてから、
「駄目駄目。僕はいい兄さんだからね」
四音から背を向けて歩き始めた。四音はどこかで状況を見ている関係者が回収してくれるだろう。何事もなかったかのように、二宮は普段通りの笑みを浮かべていたのだった。
──第一戦目 長男・本条二宮 VS 次男・本条四音──
──勝者・本条二宮──
※※※※
《白羽宅》
「四音兄さんが負けた!?」
一華は驚きのあまり、手にしていたカップを落としそうになる。今しがた彼女にその旨を伝えた白羽は、静かに頷いた。
「はい。僕も、四音さんがこんなに早く敗退するとは思っていなかったよ。でも、この戦いで分かった事がある。二宮君は確実に、誰かと手を組んでいる」
「ふむ、兄さんと手を組むと考えられる人……あの兄さんだしなぁ……」
「その二宮さんって嫌われてるんすか?」
目星はすぐについたものの、いまいち確証が得られない。よって、悩むふりを決め込んでいたのだが、亜閖の直球的な問いに一華は思わず失笑を漏らしてしまった。
「二宮兄さんはな……義父に似ているんだよ」
「? 親子なんだから当たり前じゃないっすか」
「そうだな。でもかなり似ていたから、皆も苦手意識を抱いていたんだと思う。兄さんは兄さんだって分かっているのに、失礼な話だよな」
銀治も元々は二宮と同じ群青色の髪をしていた。そして血のように赤い瞳。銀治の昔の写真をたまたま目にした事があるが、髪型を除けば二宮とほぼ瓜二つだったのだ。あまりにも似すぎたその容姿は、他の兄妹にとって気分の良いものではなかったのだろう。
「あとはまぁ……単に性格が悪い。自他共に認める程にな」
「そ、そうなんすね……」
あはは、と返答に困った亜閖は苦笑いを浮かべた。
一華は手にしていたカップをテーブルの上に置いて、白羽に向き直る。
「何にしても、これで継承戦が本格的に始まるぞ」
正直のところ、一番初めに動いたのが二宮だったのは意外だが、これで一華も動く事が出来る。
「白羽さん、二宮兄さんは、四音兄さんに手を下さなかったな?」
「うん。最後の最後で思い直したような感じだったよ」
二宮と四音の戦いを、白羽はしかと目にしていた。二宮が動いたと報告を受け、朝からずっと監視してくれていたのだ。勿論、どちらかが相手を殺そうとしていたら止める気だったし、結果として二宮がその場を去って行ったので白羽も戻って来た、という訳だ。
「そうか。兄さんは人を救う役職に就いている、というのもあるが……何より正直な人だからな。人殺しには至らないと思う」
先程の戦いを見た限り、二宮は四音を騙し嘲っていたような気がするが……、という言葉を飲み込み、白羽は続く言葉を傾聴する。
一華は白羽の疑問に気付いたらしく、詳しく補足してくれた。
「とはいえ正直の意味合いが少し違うかな。でも、約束もしたから。兄さんは絶対に約束を破らないよ」
「……貴女がそこまで言うなら、僕は信用するよ」
ここまで言われてしまっては、白羽がそう言うしかあるまい。半ば妥協にも近かったが、長年共に暮らしてきた一華の言葉を否定するのも野暮というものだろう。
「じゃ、じゃあ逆に、あの人は警戒した方がいいなぁ、って人はいるんすか?」
そんな亜閖の問いに少し頭を悩ませた後、一華は静かに目を伏せた。少し憂うような、そしてどこか確信しているような、そんな雰囲気を纏いながら。
「……────。」




