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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第五章 『大掃除会』
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第百二十六話 俺の気持ちは本物です

 ジェームズは一旦ヘンリーと別れ、駅前の街頭の下で三央を待っていた。


 「今仕事が終わりました。駅で待ち合わせしましょう」と電話を受け取ったのがおよそ十五分前。


 ジェームズはそわそわと辺りを見渡しながら、三央が来るのを待っていた。


 まさか、本当に誘いを受けてくれるとは思っていなかったので、緊張は高まる一方だ。ジェームズは三央の事を詳しくは知らないし、相手も同様だろう。


 少しでも彼女の事を知りたいし、あわよくば少しでもお近付きになりたい、というのがジェームズの本音だった。


 すぐに着くと言っていたし、そろそろだろう。とジェームズは背筋を伸ばした。


 すると、人波の向こうから大量の紙袋を下げた三央の姿が目に映った。彼女も、ジェームズを見つけるなり、急ぎ足でこちらに向かってきてくれる。


「お待たせしました」


「い、いえ! お仕事お疲れ様でした! 早速ですが、どこか行きたい場所はありますか?」


「プランは考えていなかったの?」


「お店とか、娯楽施設とか色々調べてはみたんですが……疲れているでしょうし、三央さんに合わせようと思って……」


 ヘンリーに意見を求めながらも、何通りか考えてはみた。しかし、仕事帰りに会ってもらう事を考慮すると、いっそ三央と話し合って決めた方がいいかもしれない、と判断したのだ。


「あと、好みも分からなかったので……まずは、貴方の事を知りたいです」


「……そうですか。では、少し早いですが食事にしませんか」


「はい!」


 腕時計で時間を確認した三央の提案を受け、ジェームズは前のめりになって頷いた。食事に誘おうと思っていたのはジェームズも一緒だ。


 彼女の分の食事代も用意してきたので、ここは紳士らしいところを見せたい。心意気は充分だった。


「何が食べたいですか? 私も、貴方の好みは分からないので……」


「えっと……三央さんは何が食べたいですか?」


「質問を質問で返さないで」


「うっ……すみません……」


 以前会った時と同じ、厳しい言葉だ。たしかに、質問を質問で返されたら困るよな、とジェームズは肩を落とした。


 しかし、三央は「でも、そうですね……」と考えてくれている。やっぱり、優しい人だ。


「お寿司とか、レストランに行くのが正解なのでしょうが……」


 ────少しの躊躇いはあった。しかし、三央は基本的に嘘をつけない。何でも正直に言ってしまうのである。


「私は今、無性に焼肉が食べたいです」


「焼肉……お腹が空いているのですね」


「そうなの。臭いとか気にしていられないくらいに……」


「では、行きましょう! お店は三央さんに任せます。オススメの焼肉屋さんに連れていってください」


 ジェームズとしては、三央と食事が出来るのであればどこでもいい。


 笑顔で頷くと、三央は驚いたように目を瞬かせる。


「……え、本当に?」


「はい、俺もよくバーベキューとかしますし、大好きなんです。焼くのは任せてください!」


「……そう。それじゃあ、行きましょうか」


「はい。あ、荷物持ちます」


 仕事の荷物か、三央は両手いっぱいに紙袋を下げている。それも、かなり重そうだ。

 ジェームズが手を差し出すと、三央は反射的に身を引いた。


「結構よ。私の荷物だもの」


「遠慮しなくて大丈夫ですよ。お仕事が終わって、すぐに来てくれたんですよね」


「待たせるわけにはいかないでしょう。それとも、服装とかも変えた方が良かったかしら」


「いえ。その服、とても似合っています。俺が強引に誘ってしまったようなものなので、どうか頼ってください」


 以前会った時、三央は着物を着ていた。今日は藍紫色のシャツに、黒いチェックのスカートという洋装に身を包んでいる。髪も緩く巻かれていて、ジェームズとしては新鮮だった。


 三央は困ったように眉を寄せていたが、やがて手にしていた紙袋を差し出す。


「……ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして」


 三央の荷物を手に、「では案内お願いします」とジェームズは笑いかける。三央も、少しだけ微笑んでくれた。




※※※※




 十七時。

 二宮とヘンリーは、焼肉屋へと入っていった二人を眺めていた。


「焼肉……ですか」


「それでいいのか、って感じはするね」


 しかし、二宮は思い出していた。


 三央は、仕事が終わって疲れている時、「お肉が食べたい……」とお約束のように呟くのだ。普段は外食をしない彼女だが、まさか初デート先を焼肉屋に選ぶとは思ってもみなかった。


 まぁ、本人達が話し合って決めたのだからいいか、と二宮達は区切りをつけて、出てくるまで待っていよう、とベンチに腰掛ける。


 季節は十一月下旬。あまりの寒さに、二宮は思わず立ち上がり、傍にあった自動販売機に向かった。コーヒーを二つ買って、一つをヘンリーに渡してやる。


「え、いいんですか?」


「うん。無糖だけど大丈夫かな」


「大丈夫です」


 本音を言うなら、二宮達も暖房の効いた屋内に入りたかったが、三央達が入っていった焼肉屋は、道路に面している。


 入口を見ておきたい、とヘンリーは言ったし、ここは我慢して付き合おう、と二宮は不満と一緒にコーヒーを飲み込んだ。


 熱いコーヒーが身に染みる。

 自分も早く帰って熱燗とか飲みたいな、と想像を膨らませるが、三央とジェームズのデートの行方が気になるのも本音だ。


 熱燗は帰ったら飲むとして、二宮はぼんやりと焼肉屋を眺めた。二人が入ったのは今さっきなので、出てくるとしたら短くとも一時間後になるだろうか。


 もっと厚着にしておけばよかった、と二宮は少し後悔した。ちらりと横目でヘンリーを見やると、こくこくとコーヒーを飲み進めている。


 はぁ、と一息ついたヘンリーに、二宮は話しかけた。


「そういえばヘンリー君、さっきハンバーガー食べてたけど、あれ晩ご飯?」


「はい。ジェームズ達は食事に行くと思ってたので、先に済ませておきました。二宮様こそ、ハンバーガーとか食べるんですね」


「たまにだけどね。今回は運が良かったよ」


 本当に、運が良かった。

 「なんだか無性に、塩の効いたものが食べたいなぁ」と思い、衝動的にファストフード店へ足を運んだら、三央とジェームズがデートをする、という話を聞きつけたのだから。


 そして、ヘンリーがジェームズに想いを寄せている、という事も。からかう事はしないが、何故ジェームズなのか。二宮は気になった。


 時間もあるだろうから、いっそ聞いてしまおうか、と二宮はもう一度質問を投げかける。


「ジェームズさんの、どこが好きなの?」


「……あいつは子どもの頃から些細な事でショックを受けたり、先代当主様や僕の後ろにひっついているような、そんな奴なんですけど……。絶対に人前では泣かないんです。そんな強いところが、好きですかね」


 そういうタイプだったんだ、と二宮は「へぇ、そうなんだね」と相槌を打つ。


「先代が突然亡くなって当主……国主にもなった。すごく大変なはずなのに、『大丈夫』って笑うんです。日本語だって苦手で、この前まで『聞きとるので精一杯』って言ってたのに……」


 ジェームズも、まだ国主になって三ヶ月ほどしか経っていないと聞いている。年も若く、巨大な力を操れていないのではないかと噂されているのは、二宮も知っていた。


「その点、三央様には感謝しています。『彼女とたくさんお話したいから』って、ものすごいスピードで覚えていきましたからね」


「愛の力ってすごいねぇ」


「全然そうは思ってなさそう」


「そんな事ないよ」


 ヘンリーにツッコまれてしまったが、二宮には他人事でしかないのだ。時間潰しに、そして何かの役に立つんじゃないかとヘンリーに話を振ったのだが、他人の恋愛話にはいまいち興味を持てなかった、というのが本音だ。


 聞いておいてそれはないだろう、と言われるのが目に見えているので、愛想笑いを返しておくだけに留める。


 そんな二宮を、ヘンリーはじっとりとした目で見ていたが、とやかく言ってくる事はなかった。少し間を開けてから、話を戻す。


「本当は、すごくしんどいと思う。それを支えるのが、僕の仕事。僕を頼ってくれる……その時だけ……ジェームズの中で、僕が一番なんだ、って安心出来るんです。そのうち、僕の助けなんてなくても、一人でやっていけるようになる。その時の事を考えると寂しくもありますが、高みを目指して頑張るアイツが大好きなので、楽しみでもありますけど」


「……なるほどね」


 ヘンリーはきっと、心のどこかでは三央とジェームズの仲が進展するのを望んではいない。それでも、ジェームズの相談に乗ったりするのは、頼ってもらえる存在でありたいから。その時は、一番になれるから。


 二宮も、気持ちは分かるかもしれない。


 自身が好いていた一華は、白羽という青年に夢中になっている。従者として、そして恋人として、一華には必要な存在だろう。


 だから、二宮は何も言わない。


 こうして比較すると、自分とヘンリーは似ているのかもしれない、と二宮は思った。これもまた、口にはしなかったが。


「当主からすると、味方が多い、ってとても安心する事だと思うよ。僕は違うから分からないけど、一華ちゃんはそんな顔をしてる。だから実は、ジェームズさんにとって、ヘンリーさんはいなくてはならない存在なのかもしれないね」


「…………」


 代わりに、そんな言葉を送っておく。


「……だと、いいな……」


 ヘンリーは小さく呟いて、缶の中に残っていたコーヒーを飲み干した。




※※※※




 ふと、三央が鼻を抑えた。


「やだわ、くしゃみが出そう。誰か噂しているのかしら」


「くしゃみを出さずに言うパターンは初めて見ました……」


 そこは、くしゃみをしてから言うセリフではないのだろうか、とジェームズは苦笑いをこぼした。すると、三央も小さく笑ってくれる。


「私もよ。駄目ね、私には場を和ませる話題とか提供出来ないみたい。あ、そっちのカルビ焼けてるわよ」


「そんな事はありませんよ。こうして一緒にお食事出来るだけでも嬉しいし、楽しいと感じています。あ、こっちのロースも食べられますよ」


 結局、お互いに好きなものを注文して、焼いて、食べて、少しずつ会話を重ねている。想像していた初デートとはかけ離れていたが、こういうのも気負わなくていいかもしれない、とジェームズは満足していた。


 三央の方も、食べたいものを食べている満足感からか、目に見えて表情が柔らかくなっていた。


 その表情を盗み見ていると、視線に気付いた三央が「なんですか」と聞いてきたので、咄嗟に「な、なんでもないです」と顔を逸らしてしまう。


 我ながらベタな事をしていると思う。しかし、不意に目が合うと照れてしまうのだ。


 すでにこんなやり取りを三回はしている。三央の方も慣れてきたのか、「そうですか」と気にしていない素振りで焼けたばかりの肉を口に運んでいた。


 そしてふと、聞いてきた。


「貴方、お酒は飲まないの? 少しだけなら付き合うけど」


「あ、俺まだ飲めないんです。十八歳なので」


 そういえば、年齢は伝えていなかったな、とジェームズは思い出した。


 三央はジェームズの年齢が意外だったらしく、「十八歳!?」と、今までで一番大きく反応した。そして慌てて、咳払いをして口元を隠した。


「失礼、大きな声を出してしまったわ。貴方、未成年だったのね」


「はい。……老けて見えますか……?」


「そうじゃないわ。同い年くらいだと思っていたのよ。意外だわ、四音と同い年なのね」


 三央はたしか、二十代前半頃だったはず。彼女から見れば、ジェームズは弟と同じ歳の青年。もしかすると、恋愛対象としてみてくれないかもしれない、と一抹の不安を抱いてしまった。


「……三央さんから見ると、俺は子どもっぽいでしょうか」


 気がついた時には、すでに言葉にしてしまっていた。


「思わないわ。年齢を知った今、もう少しはっちゃけでもいいんじゃないか、って思っているもの」


 三央の回答に、ジェームズの不安が静かに消え去っていくのが分かった。


「その歳で、国主を務めているんだもの。すごい事だと思うわ」


「あ、ありがとうございます」


「という事は、婚約者候補を探しているのかしら」


「えっ……?」


 けれども、すぐに頭の中が真っ白になった。今の三央の口振りではまるで、ジェームズが誰でもよかったと思っているかのようではないか。


 ジェームズの嫌な予感は的中したようで、三央は不思議そうに首を傾げて言った。


「? 違ったの? 一華ちゃんからも『政略結婚するかもしれない事を頭に入れておいてくれ』と言われていたから……てっきり、そういう目的で私を誘ったのかと思っていたわ」


 誤解されていた。顔から血の気が引いていくのを感じながら、ジェームズは慌てて否定する。


「ち、違います! 俺は、貴方に一目惚れして……貴方ともっと仲良くなりたくて、誘わせていただきました」


 即位式で初めて出会った時、ジェームズは三央の事を、強くて美しい女性だ、と感じた。少ししか会話を交わしていないのに、彼女の姿を思い出して、どんどん気持ちが募っていって。


 手順を踏んで、最終的には結ばれたいな、なんて思っていた。


 しかし三央は、ジェームズの想いを知らない。適当に、相手を探しているだけだと思われている。


 それがたまらなく嫌で、ジェームズはまっすぐに三央を見つめながら、言葉を紡いだ。


「俺の気持ちは本物です。けして、本条家に取り入りたくて言っているとかではなくてですね……。えっと……だから、つまり……」


 告白の言葉も、いくつか考えていたのに。すべて無駄になってしまった気がする。


 けれども、三央を想う気持ちは、すんなりと口から出てきてくれた。


「俺は、三央さんの事が好きなんです。恋をしています」


「…………」


 三央は驚いたような、照れているような、そんな表情をしていた。薄らと赤くなった頬を隠すように、ジェームズから視線を外す。


「……正直、誘いを受けた時、断ろうと思っていたの。言い寄られた事がないので、怖かったんです」


「三央さん、とても美人なのに……?」


 てっきり、ライバルはたくさんいると思っていた。こんなにも綺麗で、強い女性なのだから、きっとモテているのだろうな、と不安になっていたくらいだ。


 しかし、本人曰くそうではないらしい。


「性格がキツイ、って言われるのよ。ほら、貴方にだって、この態度でしょう」


「そこが魅力的だと思います」


 即座に、ジェームズは言い切った。


「俺は、はっきりと警告してくれた貴方に惚れたんです。だから、それがいいです」


 三央はまたもや、面を食らったように目を開いた。先程よりも、頬が赤くなっている気がするが、三央は何も言わない。


「……どうも」


 やがて、小さな返事が返ってきたのだった。


 食事も終えて、ジェームズと三央はゆったりと歩いていた。ジェームズが告白の言葉を口にして以降、三央はあまり話を振ってこなくなった。


 もしかして、不快な思いをさせてしまったのではないだろうか。不安になって問いかけようとした瞬間、三央の方から口火が切られる。


「その……先程の返事なのですが、少し待って頂けませんか。告白されたのも初めてで、まだ気持ちの整理がつかないと言いますか……」


「も、もちろんです! いつまでも待ってます!」


「……なるべく、待たせないようにするわ」


 断られるかもしれないし、交際出来るかもしれない。断られた時は、ちゃんと立ち直れるか不安だが、その時はその時だ。


 けれど少しでも、彼女の中で自分の存在が大きくなってほしいな、とジェームズは祈った。


 人の波が増えてきた頃、三央はジェームズを見上げて提案する。


「未成年の子を遅くまで連れ回すのも良くないわよね。今日は食事だけにしておきますか」


「そう、ですね……」


 欲を言えば、もう少し一緒にいたい。

 けれども三央の気遣いを無下にはしたくないし、彼女自身考える時間が欲しいのだろう。


 離れ難い気持ちを押し殺して、ジェームズは頷いた。


「あの、またお誘いしてもいいですか?」


「…………」


 意を決して問いかける。三央は少し悩んでいる様子だったが、


「その時は、ちゃんと休みを取っておくわ」


 と、微笑んでくれて。

 今度は、ジェームズの頬が赤く染った。


 前向きな返事が、こんなにも嬉しいとは。

 ジェームズは昂る気持ちを抑えながら、ヘンリーに〈ホテルに戻る〉とメッセージを送る。


 ジェームズ達の見えないところで、デートの様子を見守っていたヘンリーは、駆け足で物陰から出てきた。


 運良く空車のタクシーが見えたので、それを捕まえて乗り込んだ。


「それでは、また」


 ドアを閉める前に、三央は手を振ってくれる。


「はい。今日は突然の誘いにも関わらずありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとう」


 ジェームズも三央に手を振ってから、ドアを閉めた。ジェームズが会話をしている間に、ヘンリーが運転手に行き先を告げてくれていたらしく、ドアを閉めるなりすぐに走り出す。


〈……どうだった?〉


 タクシーが走り出すなり、ヘンリーが問うてきたので、ジェームズは満面の笑みを浮かべて答えた。


〈超楽しかったよ! 幸せすぎて三回くらい天に召したかもしれない!〉


〈頼む、戻ってきてくれ〉


 ヘンリーの冷静なツッコミを受けながらも、ジェームズはあれやこれやと語り始める。


〈…………〉


 ヘンリーは、静かに聞いてくれていた。時折、〈よかったな〉と頷いてくれる。


 告白した、という話に到着したあたりで、ヘンリーはぴくりと眉を動かした。あまり表情は動いていないが、どこか、寂しげな目をしている気がして、ジェームズは思わず口を閉ざしてしまう。


 すると〈続きは? どうなったんだ?〉と、急かしてくる。気のせいだったのだろうか。


 慌てて、ジェームズは続きを話し始める。




 ────まぁ、ジェームズが楽しそうだしいいか。


 ヘンリーは、諦めたように微笑んだのだった。




※※※※




 ジェームズ達が乗ったタクシーを見送って、三央は大量の紙袋を手に屋敷に向かって歩き始める。


 なかば衝動的に「焼肉が食べたい」と言ってしまったが、まさか了承してくれるとは思ってもみなかった。


 そして、告白されるとも思っていなかった。人生初の経験である。


(むしろ、嫌われていると思っていたから、余計に驚きだわ……)


 人への当たりがきつく、正直にものを言ってしまう三央は、人に嫌われる事の方が多かった。気に入らない、といじめを受けた事もあるし、自覚していたからこそ意外で仕方がない。


 あんなに真っ直ぐ言葉を伝えられると、変に緊張してしまうじゃない、と三央は歩きながら溜息をこぼす。


 返事を考えなくては、と思い至った頃、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「三央ちゃん、今帰り?」


 振り返ると、仕事用の鞄を手にした二宮の姿があった。こんな時間に合流するとは意外だった。残業でもしていたのだろうか、と疑問を抱きながら、三央は返事をする。


「えぇ、ちょっとお食事に」


「そう。楽しかった?」


「……楽しかったですわ」


 突然決まったにしては、楽しい時間だった。互いに質問をして答える、というものだったが、だからこそ彼の事を知れたと思う。


 また、誘ってもらえるかもしれない。そう思うと、少しだけ胸の辺りがあたたかくなった気がする。


 自分にしては、珍しく前向きに、素直に物事を受け止められていた。


 いつもよりも柔らかい表情の三央に、二宮は問う。


「それってデート?」


「さぁ……どうでしょう。そういうお兄様は、何をなさっていたのですか?」


 答えるのは気恥しいので、軽く流して、こちらからも質問をしてみる。


「友達と食事」


「……………………」


 せいぜい残業かしら、と思っていただけに、三央は思わず黙り込んでしまった。


「何で無言になるの?」


「いえ……お兄様にもお友達がいたのね、と」


「三央ちゃんにだけは言われたくなかったなぁ」


 不満げに眉をひそめた二宮に「というか、手が空いているのなら持ってください」と、大量に下げていた紙袋を渡す。


 ジェームズは気付いてくれたのに、どうして二宮は気付かないのだろうか、と不満を抱いた。


(……あの人、とんでもなく優しい人なのね……)


 だからこそ、心配になる。ジョーンズ家当主、アメリカ国主という肩書きを背負っている彼の優しさにつけ込もうとする者は、たくさんいるに違いない。


 今日だって、三央が手にしていた荷物を持ってくれたり、要望を聞いて焼肉屋で食事をしたりと、かなり彼の優しさに甘えてしまったではないか。


 少し反省しなくてはならないな。

 そして次に会った時には、今回よりも素敵なデートにしたいな、と。そう思っていた。


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