第百二十五話 ジェームズが幸せならそれでいい
年末最後の国主会議も終わり、あとは自宅で仕事をしながらゆっくり過ごす国主が大半だろう。
しかしアメリカ国主、ジェームズ・ジョーンズにはまだやるべき事があった。物陰から目的である赤茶髪の女性の姿を確認し、深く息を吐き出す。
〈うわぁぁぁ……緊張するなぁ……〉
〈そう言って、三日間を無駄にしたんだ。今日こそ誘ってくれ〉
〈わ、分かった。当たって砕けろ! だね。いざ尋常に散ってくるよ!〉
〈散る前提で行くな〉
従者であり幼馴染でもあるヘンリーに笑みを向けてから、ジェームズはもう一度息をつく。
〈まぁ、フラれた時には僕がなぐさめてやるから〉
〈ありがとう。多分断られるから準備しておいて〉
〈何故そうマイナス思考なんだ?〉
ヘンリーにツッコまれながらも、ジェームズは〈よし〉と気を引き締める。ともかく、まずは彼女に話し掛けなくては話にならない。
駆け出す前に、ジェームズは亡き父の言葉を思い出していた。
《一度や二度フラれた程度で落ち込むな! フラれても追いかけ続けろ!! 通報されるまで気張るんだ!!》
……流石に、そこまでは無理だな。とジェームズは熱く励ます父を頭の隅へ追いやった。
まずは自分の事を認知してもらわなくては。自身の両頬を叩いてもう一度気合いを入れ直したところで、ジェームズはようやく走り出す。
「こ、こんにちは!」
思い切って話しかけると、目当ての女性はくるりと振り返る。
セミロングの赤茶髪に、血のように赤い瞳。普段は着物姿だが、今日は洋服に身を包んでいた。
ジェームズは現在、本条家長女の三央に片想い中だ。即位式で少しだけ言葉を交わした程度だが、彼女の凛とした佇まいに惚れ、以降彼女の姿を思い出しては悶絶している。
少しでも仲良くなりたい。あわよくばお付き合いしたい。最終的には結婚までいきたい。
そんな下心もありつつ、ジェームズはとうとう声をかける事に成功した。声をかけるだけで、三日かかったのだが。
「…………」
突然声をかけられた三央は、ぱちくりと目を瞬かせてジェームズを見つめている。
そして、ゆっくりと首を傾げた。
「……どちら様だったかしら」
「ジェームズです。ジェームズ・ジョーンズです。えっと……ジョーンズ家当主の、じゃなくてジャスティスとヘーゼルの子どもの……じゃなかった。アメリカ国主のジェームズです!」
「顔、真っ赤だけど大丈夫? 名前三回くらい言ってたわよ」
「だ、大丈夫です!」
イメージトレーニングこそしていたが、実際に彼女の前に立つと緊張で頭がパンクしそうだった。バクバクと心臓が音を立てるのを感じながら、一度咳払いをして背筋を伸ばす。
「今日話しかけたのは、貴方にお話があったからでして……」
「話? なんでしょう」
じっ、と見つめられる。デートの誘いの言葉を口にするまでの、一瞬の間がとても長く感じられる。
顔に上っていた熱に眩暈がしてきた頃、ジェームズは震える唇を動かして――――。
「お……俺と、結婚してください!!」
間違えた。
三央も、まさかプロポーズの言葉が来るとは思っていなかっただろう。目を見開いて、固まっていた。
「ヤバッ、間違えた! すみません、違います! まだ結婚じゃないです! まだってなんだ!? とにかく違います! デートのお誘いに参りました!」
「そ、そう……」
慌てて訂正すると、三央は安心したように息をつく。
「ごめんなさい。これから仕事の打ち合わせがあるの」
……まぁ、断られる事は目に見えていた。ジェームズとはほぼ初対面のようなものだし、望みは薄かったのだが無念である。
「十七時以降なら時間が取れるけれど……それでも大丈夫かしら」
しかし、落ち込みかけていたジェームズの耳に、意外な言葉が届いた。
「……えっ、いいんですか!?」
「誘ってきたのはそっちでしょう」
「あ、ありがとうございます! 本当に、嬉しいです!」
まさか承諾してくれるとは思っていなかっただけに、ジェームズの心は舞い上がっていた。満面の笑みを浮かべていると、三央も少しだけ笑みを浮かべてくれて。
(う、美しいっ……!!)
眩しさのあまり目がくらみそうだった。ぐっ、と唇と結んで表情が緩むのを堪えていると、三央は手にしていたスマホに視線を落として。
「では、終わったら連絡します。番号を教えてくれるかしら」
「は、はい!」
三央の連絡先が、自分のスマホの端末に入っている。その事実だけで笑みがこぼれてしまいそうになった。
「それでは、また後で」
「えぇ」
ともかく、想像していた以上の収穫を得る事が出来た。
スキップ交じりにその場を離れたジェームズには、その後の声が聞こえていなかった。
「熱烈なお誘いだったわねぇ」
「あれは周りが見えていないやつだわ」
「超可愛い~! 本条さんいいなぁ」
「恥ずかしくてたまらないわ」
ぽ、と、三央が顔を赤くしていた事も。
三央とデートの約束を取り付け、ジェームズはあからさまに浮かれた足取りでヘンリーの元へ帰ってきた。
〈ヘンリー! オッケーもらえたよ!〉
〈お前……あんな大声出したら断れないだろ〉
〈え……?〉
ヘンリーから指摘されて、ようやくジェームズは周囲から向けられている視線に気付く。先程のジェームズの告白交じりのデートの誘いを耳にしていた人達が、微笑ましそうにこちらを見ていたのである。
そして、同時に思い出す。
あまりにもめちゃくちゃな、デートの誘いの言葉の数々を。
天にも昇りそうな気持ちから一転、今すぐに隠れてしまいたい衝動に駆られたジェームズは、真っ赤に染まった顔を手で覆った。
〈うわっ、本当だ。恥ずかしい、信じられない、帰りたい……〉
〈オッケーもらったんだろ。帰りたいとか言うな〉
ヘンリーに励まされながら、逃げるようにその場を去る。デートまで、あと四時間しかない。出来る限り(心の)準備をしておかないと、とジェームズは気を引き締めた。
※※※※
――――十六時三十分。
街灯の下で三央を待っているジェームズを、ヘンリーはファストフード店のカウンター席から見つめていた。夕飯であるハンバーガーを頬張りながら、ヘンリーは呟く。
〈クソッ、まさかオーケーもらうとは思わなかった……〉
心の内に湧き上がる苛立ちと一緒に飲み込むように、コーラに手を伸ばす。一気に半分ほど飲み干してから、ヘンリーは頭を抱えた。
〈フラれたジェームズをなぐさめて、僕に振り向いてもらう計画が台無しじゃないか……!! クソッ!!〉
ヘンリーは主であり、幼馴染であるジェームズに長年恋心を抱いている。
〈クソッ、クソッ……あんな不愛想な女のどこがいいんだ……僕の方が可愛いだろうが。……いや、可愛くはないな。可愛いのはジェームズだし。うんうん〉
嬉しそうに三央を待つジェームズを見つめながら、ヘンリーは独り言をこぼす。同時に、これからやって来るであろう三央の事が恨めしくて仕方なかった。
いっそ、ここから狙撃してやろうか。そんな考えが浮かび上がってきて、慌てて首を横に振る。
(そんな事をしたらジェームズに嫌われるしな……ここは我慢だ、ヘンリー)
とはいえ、感情を律する事は難しい。怒りを誤魔化すように食事に専念するが、ジェームズを見ていると溜め息がこぼれてしまって。
〈……いいなぁ。僕だって、ジェームズとデートしたかったなぁ〉
つい、そんな願望を呟いてしまう。
すると――――
〈へぇ、彼の事が好きなんだ〉
〈!?〉
英語で話し掛けられ、ヘンリーの肩が跳ねた。
声は、すぐ隣から聞こえてきた。おそるおそる顔を向けると、群青色の髪に血のように赤い瞳をした青年がにこやかな笑みを向けていて。
〈あ、貴方は……〉
ヘンリーの記憶が正しければ、彼は本条家長男の二宮ではないか。
〈初めまして……久し振り? 会った事あったかな〉
〈多分……ほぼ初対面です〉
〈まぁ、お互いの事はある程度知ってるでしょ。僕は本条二宮。改めてよろしくね〉
〈ヘンリー・ウォーレスです。よろしくお願いします〉
そんな言葉を交わしてから、ヘンリーは視線を再びジェームズに戻す。まだ、三央は現れていないようだ。
「三央……様は、貴方の妹ですよね?」
「あぁ、うん」
「ジェームズの事、何か言ってましたか」
「いや、何も聞いてないけど?」
という事は、二宮がこの場にいるのはただの偶然らしい。
「そもそも、僕達あんまり会話しないからね。気は合うけど、特別仲良しってわけじゃないよ」
「そうですか」
「ヘンリー君って兄妹いるの?」
「弟が一人」
「弟かぁ」
「…………」
「…………」
会話が途切れてしまった。
二宮とどんな話をすればいいのか、さっぱり分からない。
それは二宮の方も同じらしく、飲み物を飲むふりをしながら視線を逸らしている。
「あ、三央ちゃんだ」
二宮の呟きを拾ったヘンリーは、慌ててジェームズの方を見る。
両手に大量の紙袋を提げた三央が、ジェームズの元へと駆け寄り、なにやら言葉を交わしている。
「…………」
そして、心底嬉しそうに三央に話し掛けているジェームズを見て、胸に穴が開いてしまったかのような虚無感を抱いた。
デートの誘いに乗り、待ち合わせ時刻に姿を現したという事は、三央の方もその気があるのだろう。
もとより、叶うはずのない恋だったのだ。そう、ジェームズへの想いに気付いたと同時に察していたのもあってか、ヘンリーは涙を流す事はなかった。
(しばらくは引きずるかもなぁ……)
自分だって、将来的には親が決めた相手と結婚するのだろうから。時間が経てば、恋心を忘れる事だって出来るはずだ。
今はそう思う事にして、ヘンリーは感情を飲み込む事にした。
「……なるほどね。三央ちゃん達、デートするんだ」
状況を把握したらしい二宮は、確認するかのように言った。
肯定も否定もしないヘンリーを一瞥してから、
「僕もあの二人のデート追いかけようかな」
と目を細めた。
「僕は最初からそのつもりですが、二宮様に得はあるんですか?」
「ないけど、好奇心は満たされる。三央ちゃんが誰とデートしていようが僕には関係ないけど、このまま家に帰るよりかは楽しいかな、って」
「へぇ……」
正直、来ないでくれとヘンリーは思った。一人でいた方が気が楽だし、とくに接点のない二宮と一緒にいても、先程のように会話が切れてしまうのが目に見えているからだ。
「あと、何かの手違いで二人がホテルにでも入ろうものなら、君をなぐさめる役が必要でしょ」
「余計なお世話です。僕は……ジェームズが幸せならそれでいい」
口ではそう言っていても、心のどこかでは納得いっていないのかもしれない。とても、ジェームズの幸せを祝福する気にはなれなかった。




