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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第一章 新たな当主
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第十一話 約束は守る主義です

 ──三年前のとある夏の日。


 それは本条家の屋敷の客間で起こった。


 悲鳴と、鈍い音と、怒声と、何かが弾ける音と。

 色んな音が混ざり合って、正確に聞き取れない。

 それでも屋敷にいた者達全員が確信した。


 あぁ、何か良からぬ事が起こっている、と。


 やがて、音がピタリと止んだ。

 次いでやって来たのは、何かが燃える異臭。黒煙と共に火の粉が舞い上がり、凄まじいスピードで客間を火の海に変化させていく。


 襖を開けると、その空間は地獄だった。

 一刻も早くこの場から離れなくては、と思わせられる熱が襲い掛かって来るが、マティスは黒煙と炎の向こうに見える人影を見つけた。


 腹部から血を流している青年が、酷い火傷を負った少女を担いで客間から出て来た。青年も酷い怪我で、歩く度に激痛が走っているのだろう。少女は気を失っているようだったが、服の向こうに薄らと見えた火傷は、とても直視出来るものではなかった。


 屋敷の者達が青年達を離れた場所へと連れ出していったので、心配はいらないだろう。


 しかし部屋の中央にはまだ、呆然と立ち尽くしたままの少年がいる。だらん、と力なく下ろされている腕の先を辿ると、その右手にはしっかりと包丁が握られていた。刃先から持ち手まで、真っ赤に濡れたそれが、全てを物語っていた。少年の足元に転がっている、女性だったもの。炎に包まれていて、それが誰だったのかは識別出来ない。


 壁も、床も、天井も。襖や障子、花瓶や置物も。客間を彩っていた豪華な空間は、血と炎と煙で汚されていた。


 幾度となく人が死ぬ現場を見てきたマティスが目を見開き、息を飲んだ程に、その光景は悲惨だった。マティスの後ろには騒ぎを聞きつけ駆け付けた使用人達や、銀治、一華もいる。誰もが悲鳴をあげる中、何があったのかを口にする中、少年はゆらりと静かに振り返った。


 まだ幼さが残りながらも、整った顔立ちをしている。男にしては少し小さく感じられる唇を動かし、少年──七緒は瞳孔を開いて言った。


「………■■■……、■■、■■■■■………?」




※※※※




 マティスが語った出来事に、室内にいた者達は黙る以外の行動を起こさなかった。あのエッダですら、驚きを隠せない様子で呆然と口を開きっぱなしにしている。


「……あぁ、思い出しただけでも恐ろしい……彼もまた被害者ですが、それ故に、酷いものでした……」


 なおも静かに語る彼に視線を送って、梓豪ズーハオは続く沈黙を破った。


「何故、今までそれを言わなかった?」


「口止め料を頂いておりましたから……約束は守る主義です……」


 誰からの口止め料だろうか、それは。おそらく口止めをしたのは銀治なのだろうが、火事まで起こっていたというのに誰もその事を知らなかったというのも不自然な気がする。


「な、何で今になって話したのよ……」


「はて……約束主が死んでしまえば……その情報を生かすも殺すも私の自由ですから……。何か異論でもおありですか……?」


 さも当然の事のように語るマティスに冷めた視線こそ向けたものの、ステファーノは否定しなかった。口止め料を貰っていたにもかかわらず、今この場で話してしまう彼の事は理解しがたいが、咎める事は出来ない。


「つまり、七緒さんと八緒さんが不在だったのは、留学ではなく謹慎だったという事ですか?」


「……彼等が飛ばされたのは紛争地だったか……内乱のある地域だったか……。少なくとも留学ではなく……戦地送りですね……」


 淡々と言うマティスだが、ステファーノは絶句するしかなかった。それは他の者達も同様だった。引きつった表情で、エレナはおずおずと問う。


「そ、それって……まさかあのクソジジイが……」


「……以外に、考えられませんね……」


「ふぅん。あわよくば死ねって意味かよ、それ」


 心底機嫌が悪そうに、アーサーが呟く。その声は普段よりも低く、少年みがあった。


「アーサーちゃんの言う通りだと思うな。そうなるとこの双子ちゃんは尊敬に値するよ。過酷な地での暮らしを三年。それはそれは成長した事だろうね」


 嫌な方向に、と付け加えるようにして言うアンドレイに、梓豪ズーハオはニッ、と口の端を釣り上げる。


「なぁに、こんな時の為の“本条家当主継承戦特別ルール”じゃねぇか」


「特別ルール?」


「そのようなものが存在するのですか?」


 首を傾げるエドヴァルドとアクセルに頷きを返して、梓豪ズーハオ神美シェンメイに視線を向けた。


 神美シェンメイはしばらく「何の事か分からない」といった風に頭を悩ませていたが、やがて思い出したかのように腰のポーチに手を伸ばした。ポーチから取り出された巻物には“持ち出し厳禁”の文字が書かれている。思わず梓豪ズーハオにじろり、と白い目を向けるが彼はどこ吹く風で、巻物を開いて見せた。


「これには継承戦のルールが二百に渡って記載されている」


「二百!?」


「とはいえ細やかなものだ。行事が入った場合。禁止武器の記載。参加者の権限等々、当たり前の事からいつ適応されるのか分からないものまで。年々増えているようだがな……」


「持ち出し厳禁、って書いているように見えたのだが?」


「『複製の魔眼』でコピーしたものだ。あと小一時間もすれば消えるさ」


 『複製の魔眼』を使用すれば、機密文書等もそっくりそのまま持ち出す事が出来る。しかしそれは一時的なもので、三時間程で消滅してしまうらしい。梓豪ズーハオが早急に会議を始めたかったのも、そういった理由もあったからなのかもしれない。

 指摘したファリドはやや納得出来ない、といったふうに眉を顰めていたが、それ以上口を挟む事はしなかった。


「長々とした文なんで端折るが……要約すると、本条の血を引く者以外が参加する場合には、二つの例外が認められる」


「二つの例外?」


「一つは各条家……この場合は一条の倅だ。そいつの参加が認められる」


 ハッと、ステファーノが目を見開いた。


「確かに有利ね。各条家はいわば本条家の腹心。忠誠心は勿論、特別な訓練だって受けてると聞いたわ」


「そういうこった。さらにだ……万一、一華の嬢ちゃんが負けたとしても、この倅が参加の継続を認められている」


 負ければその場で継承権を失う。だが一華だけは、一度負けたとしても白羽が勝ち進めば当主の座を手に出来るという事だ。ルールは初めに泉から説明されるので、改めて文書を読む者はいないに等しいし、一華のバックに白羽がいる事を知っている者も少ないのではないだろうか。


「一条の倅は(わたし)もよく知っているが……ありゃ従者は従者でも騎士だぜ。少し(・・)()恨み(・・)はあるが、そこは買ってんだからよ」


「恨み?」


「くだらないから聞かない方が身の為よ」


 ステファーノにそういなされて、何だそれは、と疑問を抱くアーサーをよそに、エドヴァルドは軽やかに笑いながらガスマスクを外した。どうやら出された珈琲を飲むらしい。


「白羽さんはいい男ですよ。私からも保証します」


「そういやお前の婚約者は一条の娘の方だったな。名は確か……」


「亜閖様、です」


 一度に珈琲を流し込んだと思えば、さっさとガスマスクを着けてしまった。じっくり見る暇もなかった、と少しの後悔を覚えるが、身を乗り出してまで覗き込むのもはしたない。

 誰から見てもエドヴァルドは美青年の部類だが、それを隠すようにガスマスクで顔一面を覆っている。何かしら理由はあるようだが、それは教えてはくれなかった。

 ふぅ、と一息ついてから、エドヴァルドはガスマスクで覆われた顔を梓豪ズーハオに向ける。


梓豪ズーハオさん、お話は以上でしょうか?」


「そうだな。そろそろいい時間だし……この辺で切り上げるか」


 解散、と梓豪ズーハオが手を叩くと次々と部屋を後にする国主達。部屋に戻り一息つくのか、仕事に戻るのか、娯楽施設に赴くのか。そこはもう自由時間でもあるのでステファーノが気にするところではない。


 ステファーノも同様に立ち上がって、小会議室を後にする。


〈ジュリオ、部屋に戻ったら紅茶を淹れ直して頂戴〉


〈畏まりました〉


 ステファーノは、部屋から見える景色を眺めながらティータイムを楽しむつもりだ。まだ時刻は夕方にも差し掛かっていないが、今日は早く休もう、と思わせられたのだった。


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