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本条家当主継承戦  作者: 京町ミヤ
第五章 『大掃除会』
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第百七話 似ているには似ているな、と

 午後三時半。先に駅に到着していたアクセル、ジュリオの姿を見つけた白羽は、一華に呼びかけて彼らの元へ駆け寄った。


「お待たせしました。アクセルさん、ジュリオさん」


「白羽君……と、後ろ方が……」


 挨拶した白羽の後ろにいる人物を、ジュリオは覗き込むようにして見る。


 オーバーサイズの白いトップスで誤魔化しているが、もともと凹凸のはっきりとした体躯はなおも主張している。帽子の中に長い髪をしまい込み、仕上げに黒いマスクを着用している、少年のような装いの少女が立っていた。


「一華です」


 白羽の服を借り、遠目から見れば少年と間違えられるように簡単な変装を施した一華だ。被っていた帽子のつばを軽く持ち上げ、マスクを下げて、アクセルとジュリオにも顔を見せた。


 短い時間では、このくらいの事しか出来なかったが、それでも堂々も歩くよりかは誤魔化せているはず。


 アクセルとジュリオの反応を見る限りでは、問題なさそうだ。


「おぉ……一瞬、男の子かと思いました」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 アクセルの言う男の子のように見えた、というのは、変装として成り立っている、という事を指す。元々、ボーイッシュな装いに興味を持っていたのもあり、少しは気分も高ぶっているのだ。


 感想はあるだろうか、とジュリオにも視線を向ける。しかしジュリオは、何かを思案しているのか、顎に手を添えて考え込む素振りをとったまま、うーん、と首を傾げていた。


 もしや、変装として成り立っていないのだろうか。それとも、単に似合っていないのだろうか。一華の中で不安が渦巻くが、ジュリオはふと一華の耳元に口を寄せて、


「いわゆる、彼シャツというものですか?」


「!?」


 小声で囁かれた指摘に、一華は思わず肩を揺らした。そして、恥ずかしさのあまり、顎にズラしていたマスクを持ち上げて顔を隠す。


 一華の反応が肯定であると判断したジュリオは、にんまりと口角を上げて囁く。


「その服、前に白羽君が着ていたのを覚えていたので……もしやそうかな、と」


 そんな事まで覚えていたとは……、と一華は感心したと同時に少しの恐怖を抱いた。

 観察眼、そして記憶力も優れているジュリオを前に誤魔化す事は無意味かもしれないが、素直に「そうだ」とも言えず……。


「……かも……しれなかったり……ははは……」


 と、曖昧な返答をするしか出来なかった。マスクで顔を隠していても、一華が照れている事にはしっかり気付いているらしいジュリオは、くすくすと笑いながら身を引く。


「相変わらずなようで安心しました。それと、失礼をお許しください」


「ほどほどにしてくれよ……」


 一応、白羽との交際はまだ秘密なのだ。ジュリオはすでに知ってしまっているとはいえ、アクセルはその事を知らない。


 そして、この事は公に知られては不都合なのだ。今はまだ、こっそりと付き合う期間のはずだ、と白羽と話し合って決めたくらい、周囲を警戒している。


 変装しているボーイッシュな装いの少女が一華である、と確認も終え、話に区切りがついた頃合いで、白羽は


「では、切符を購入してきます」


 と、その場を離れていってしまった。

 一華、アクセル、ジュリオと残された三人は、特に会話をする事もなく、白羽が戻ってくるのを待つ。


「…………」


 しかし、一華はその沈黙に耐えきれなかった。顔を上げて、隣にいたアクセルを見つめてみる。


(そういえば……この前カミラさん達と会ったが────)


「あの、一華様。私の顔に何かついていますか……?」


 一華の思考を遮って、アクセルはそう聞いてきた。一華の視線を感じたのだろう、流石である。


「いや、やはり似ているには似ているな、と」


「……何の話ですか?」


「先日、カミラさんとニコラウスさんに会ったんだ。それで思ったんだが……アクセルさんは、カミラさん似なんだな」


 アクセルの髪の色や瞳の色、全体的な顔立ちは母であるカミラ譲りのものと見受けられた。一華が思った事を口にすると、話を聞いていたジュリオも同意する。


「あぁ、私もそう思います。カミラ様達とは何度かお会いした事がありますが……アクセルさんとは、性格が正反対で驚きました」


「むしろ、家族内では私が浮いてますからね……。祖父母も真面目な方ですが、曾孫の話になると……その……愉快になりますから」


「それは気になりますね」


 アクセルは家族や身内に対しても敬称をつけたり、堅い喋り方を徹底するほど、絵にかいたような真面目なひとだ。


 しかしアクセルの家族は、彼とは正反対である。


 一華も全員と会った事があるが、皆愉快な人物であった。とにかく喋る事が好きで、盛り上がり方が尋常じゃない。


 その事を知っている者達からすれば、表情もあまり動かず、真面目な振る舞いを貫くアクセルの方が浮いている、という認識になるだろう。


 アクセルと会う機会の方が多かった一華としては「面白い御家族だなぁ」と微笑ましく思ったのだが。


 ヴェランデル家の方も、相変わらず楽しくやっているようで安心した。ほっ、とマスクの下で顔を綻ばせていると、アクセルの話に相槌を打っていたジュリオの目線が、一華の方へと向けられる。


「一華様は、何かありますか? 御家族特有のエピソード等」


「うーん……父に似ているとはよく言われるが……私は、あんなに仏頂面ではないと思う」


 父親譲りの髪の色に、瞳の色。顔立ちに関しても父に似ている、とは言われてきた。


 それが不満なわけではないが、母のように、もう少し女の子らしい大きな目が良かったなぁ、なんて思った事は何度もある。


 鋭いつり目もいいかもしれないが、「怖い」と言われるのは少し不服だった。むっ、と眉を寄せて、マスクの下で顔を顰めると、それを見たジュリオが小さく笑った。


「ふふっ……」


「笑うところだったか?」


「すみません……むっ、とした表情が、そっくりで……」


「なんだと〜!?」


 と、身を乗り出した時だった。


「────あれぇ、もしかして、お嬢様ですかぁ〜?」


 ぞわり、と背筋が凍りついた。


 一転して、一華の目から光が消えた。

 よく知っている気配、声、喋り方。間違いなく、二条蝶花だ。


 何故ここにいるのか、という疑問よりも、アクセル達の前で情けないところを見られたくない、という本音が上回っていて。


 一華は思わず、その声を無視して帽子のつばを下ろして目元も隠す。


 けれども、蝶花は確実に一華だと見抜いているらしい。背後から顔を覗き込むようにして、蝶花は一華と目を合わせてきた。


「やっぱり、お嬢様じゃないですかぁ〜。そんな格好をなさって、どうしたんですかぁ〜?」


「…………」


 すぐに、答えられなかった。不自然な沈黙。ただ一言、「こういう気分なんだ」と答えれば済む話なのに。


 口の中が渇いて、上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。じっ、と向けられる青緑の瞳から逃れるように、蝶花から距離をとる。


 このまま無視を貫き通して、走り去ってしまいたいくらいだ。しかしアクセルとジュリオは、本条家と各条家の間にあるわだかまりを知らない。


 それに何より、一華達にはアーサーとエレナを救う、という任務が課せられているのだから、穏便に対処しなくてはならない。


 責任感で、せり上がってくる恐怖をかき消して、一華は大きく息を吐き出した。そして、光を取り戻した黄金の瞳で、まっすぐ彼を見据える。


「……こういう気分なんだ。私がどんな格好をしていようと自由だろう」


「まぁ、一華様がどのような格好をなされていても、全部御自身に返ってくるだけなので宜しいんですけれどねぇ〜。正直微妙ですよ。男のようで」


「そうか。男らしくイメージしたから安心したよ」


 いつも通り、接する事が出来ただろうか。蝶花は一華を見つけた際からずっとにやにやと目を細めていたし、その表情が変わる気配もはい。


 ちらっ、と横目でアクセルとジュリオの方を見ると、二人共感情を表に出さず、見定めるかのように蝶花に視線を向けていた。


 そういえば、初対面かもしれない、と悟った一華は慌てて、


「彼は二条蝶花さんだよ。泉さんのお父さんで、祖母や父さんの代に秘書をやっていたんだ」


 と紹介する。

 それを受けてから、アクセルは口を開いた。


「左様でしたか。お初にお目にかかります」


「あぁ……貴方があの二条家当主の。初めまして」


「……どうぞ、よろしく」


 突然蝶花が現れた時ほどではないが、一華は嫌な感覚を覚えた。


(名乗らなかった……アクセルさんとジュリオさんが……?)


 本来ならば、一華が蝶花の事を紹介して、二人も名乗るのが礼儀のはずだ。真面目な二人が、そんなミスをするはずがない。


 つまり、アクセルとジュリオは、わざと名乗らなかったのだ。


 二人は一華と違って変装をしていないし、いつもなら名乗っているところである。何か、理由があるのだろうか。


 一華が不審に思っていると、チケットを買いに行っていた白羽が駆け足で戻ってきた。


 白羽は蝶花の姿に気付いたものの、軽く会釈しただけで挨拶の言葉すら口にしなかった。こちらも驚きである。


「お待たせしました。一番早いものを取ったので、急いで乗り場に向かいましょう」


 挙句の果てには、そう一華達を急かす始末。一華的にはありがたいものだったが、彼等の蝶花に向ける敵意の正体はつかめなかった。


 とはいえ、今は早く目的地へ向かわなくてはならない。一華は白羽に頷きを返して、もう一度だけ蝶花に視線を戻した。


「……だ、そうです。失礼します」


「えぇ、行ってらっしゃいませ」


 にこやかに、蝶花は手を振って見送ってくれる。相変わらず嫌な笑顔だ、とマスクの下で唇を結んで、一華は背を向けて歩き始めた。


 ────一華達が去っていった後で、蝶花は振っていた手をぴたり、と止めて呟く。


「……本当に……性格以外は百枝様そっくりですね……」


「悪趣味じゃのぉ。女の子いじめて楽しいか?」


 蝶花の後ろから声を発したのは、今の今まで気配を押し殺していた人物。その男は、癖のかかった栗色の髪に、穏やかな緑の瞳をしていた。にんまりと唇に弧を描きながら、嘲るように首を傾げる。


 それに負けじと、蝶花も肩を竦める素振りをとった。


「人聞きの悪い……ちょ〜っとからかっただけですよぉ〜」


「ふぅん……ま、ほどほどにしんさいよ」


 とはいえ、男はすぐに話を切り上げて、腕時計に視線を落とした。


「ほいじゃあ、俺も帰るけぇな」


「えぇ。ではまた。お仕事、頑張って下さいねぇ」


 蝶花にひらり、と手を振って、男は歩き始める。乗り場の方へ移動していくと、先程見送ったばかりの一華達の姿があった。


 声をかける事はせず、またじっと見つめる事もしなかったが、男は静かに呟いた。


 「……あれが本条家当主か……」と。




※※※※




 普段よりも早い歩調で移動していた一華一行。このまま乗り場へ向かうのかと思いきや、ふと白羽は立ち止まって口角を上げた。


「では、どこかで時間を潰しましょうか」


「うん? すぐに出るんじゃないのか?」


 一華が聞くと、白羽はチケットを見せながら言う。


「時間を間違えていたようです。僕達が乗るのは、これの次です」


「おや、白羽君ってば、うっかりさんですね」


「二条さんに悪い事をしてしまいましたね」


 ジュリオと、アクセルも困ったように笑いながら肩を竦めた。


 成程、分かっていなかったのは一華だけだったらしい。一華としては願ったり叶ったりであったが、やはり違和感は残ったままだ。


 時間もあるらしいし、少し詳しく聞いてみてもいいかな、と一華は口を開く。


「それにしても驚いたよ。苦手なタイプの方だったのか?」


「まぁ……僕は苦手ですが……」


 白羽も各条家の人間なので、蝶花と接する機会は多いだろう。会釈だけしたのを見る限り、白羽もまた相当な苦手意識を持っているようだが……。


(アクセルさんとジュリオさんの方は、理由が分からないな……)


 答えてくれるだろうか、と視線を向けると、アクセルは渋々といった様子だったが説明してくれた。


「……母から、各条家の当主達とはあまり関わるな、と言われていたので……向こうは知っているかもしれませんが、念のため名前を伏せたんです」


「そうだったんですね。アクセル君が名乗らないなんて、よっぽどだなぁ、とは思っていましたが……」


 聞く限りでは、ジュリオの方はアクセルに合わせただけらしい。


 アクセルの母────カミラから注意するように言われていた、という事は、蝶花とヴェランデル家の間にも何かしらのわだかまりがあるようだ。


 流石にそこを追求する事ははばかられたので、一華は「なるほど……」と相槌を打っておく。


「……まぁ、各条家に関わりたくない理由は、他にもあるのですが……」


 アクセルは一華にも聞こえるか、聞こえないかくらいの呟きを残してから、背筋を正した。


「とはいえ、一華様の従者の方に対して失礼な態度を取ってしまいました。どうかお許しください」


「私の方も、すみませんでした」


「お二人が謝る事はない! その……正直、助かりました。ありがとうございます」


 「むしろ、彼の方こそ失礼だったと思う」という言葉は飲み込んでおいた。そこそこ交流もあり、気を張らずに接する事の出来るアクセル達でも、一華と蝶花の不仲さは言うべきではない。


 けれども、一華が蝶花に苦手意識を持っている事は、もうバレてしまっているかもしれない。

 一華の隠しきれなかった動揺に気付いたから、庇ってくれたのかもしれない。


(そうだとしたら……どこか、嬉しいかもしれない)


 マスクの下で、一華はこっそりと表情を緩めた。



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