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愛の伝道師

愛の伝道師とはロマンス作戦実行委員のことです

作者: 牧野りせ

お越しいただきありがとうございます。


この作品は『愛の伝道師は人間観察がお好き』の単発続編です。

 広く豪奢な部屋に黄色い声が木霊する。


 「まぁ、見て見てシェリア!北の領地では箱の風習なるものがあるそうよ!私も色々教養のお勉強はして参りましたけどこれは地学の先生もおっしゃらなかったわ!」


 可愛らしい部屋の主の声にそばにいる侍女が興味を惹かれてその手元を覗き込んだ。


 「あら、王妃様もしかしてマリアの新刊でございますか?箱とは私も初めて聞きましたが……。」


 「そうなの!彼女を私のそばに置けて本当に良かったと新刊を読むたびに思うわ!」


 書斎机の上に手製の本を広げたまま、若い王妃は紅茶の入ったカップを優雅に口にする。


 王妃付き侍女。それが回覧雑誌作家マリアことマリアフィール・ガストは王妃が打ち出したロマンス作戦の実行担当者である。


 この国は5年前に隣国で起きた戦争に巻き込まれ多くの犠牲者を出した。それは貧富問わずの大変な損失で戦地に行った男だけではなく女子供にも犠牲者が出た。


 五年たった今では国も落ち着いてきたが人工の減少は見るからにひどく、国を上げての人口増加政策がうちだされ、まずは手本となるようにと王侯貴族が率先して婚姻するようにとお触れが出た。この際多少の身分差もやむ無しと匂わせる王の発言はあったが酷い身分意識が根強いこの国でいくら貴族の男が減ったといえ、それを良しとするものは少なかった。


 そこで王妃が打ち出したのがロマンス作戦。これの実行役として指名されたのが中堅貴族の末娘マリアフィール・ガストだった。


 彼女の趣味は人間観察。茶会や夜会に出ては気配を消して背景と化し噂話や恋話に耳を傾けてはせっせとそれを独自のメモにまとめ、それらをネタに自身で物語を紡ぐ。


 ある夜会でも早速仕入れた恋話が刺激的過ぎて書くのを家まで我慢できずバルコニーの済で肌身はなさず持ってるメモ帳に猛然と書き込んでいると、気配を消して近づいてきた王妃に内容までガッツリ見られた。咎められるかと思いきや王妃はそのメモを夢中で読むと『これをロマンス小説として広めましょう』と言うが早いか、王妃は側付きにそれを3冊書き写して1つは貴族女子に密かに回すように、あと1つは女性騎士に回すように、そして最後の一つは貸本屋に持ち込むようにと指示をした。


 これがきっかけとなりその回覧雑誌が始まった。すると現実に近い物語はまたたく間に人気となり『自分もこんな恋がしたい』という妄想女子で溢れた。戦争から立ち直りつつある国は良くも悪くも娯楽が追いついていないのが現状で人々の求めるものがそこにあったのだ。


 しかしながら物語になるロマンスは早々落ちていない。ならば作ればいいではないか!と王妃がある日近衛の前で侍女たちに言い聞かせる。

 

 『マリアフィールは恋の伝道師。彼女に相談すればどんなお相手もイチコロなのよ。気になる相手を見つけたら彼女に相談なさい。』


 と。


 もちろん侍女たちは仕込みでこの話を近衛に聞かせるのが目的なわけだが、それを聞いた一人の騎士が彼女に相談しに行った。するとたまたまお相手も彼を気にしていたご令嬢で、上手く行くように雰囲気のいい店やお相手令嬢の好みそうな流行りのプレゼント、景色のいい寄り添い会える穴場をアドバイスすると、トントン拍子で結婚してしまった。その話を多少の作り話をぶっこんで回覧雑誌で流すと、このお話は○○子爵夫妻のことではないか!とまたもや大ブームとなった。


 その物語は社交界でも噂となり、事のきっかけを作ったマリアフィールのことを愛の伝道師と呼び騎士団では『恋に悩んだら伝道師に会いにいけ』とまことしやかに囁かれることとなった。 


 「私もいつも楽しみにしています。今回はどんな内容なのですか?」


 「今回は騎士とその幼馴染が身分の壁を乗り越えて恋を成就させるお話と、ときめくプロポーズ・花のシュチュエーション編、北の地域に伝承する箱の真実と、侍女は見た!女と男のラブゲームの4本建てよ!」


 「まぁ、幼馴染見で困難を乗り越えて育む恋なんて素敵ですわ!私殿方の幼馴染がおりませんので、そういうものに憧れてしまいますわ。」


 人間というものはとても都合良くできていてイチを聞いてジュウを妄想する。本編を読まずとも内容のシュチュエーションだけでもすでに二人は大盛り上がりで、部屋に控える別の侍女たちも興味深いを通り越して何を思っているのかうっとりとした目で見つめている。


 「あら、今回のラブゲームは伯爵の浮気みたいね。あらぁ、いくらなんでも婦人のファッションライバルのご婦人と浮気はいただけないわねぇ。」


 扇子の下で口元を隠してはいるが、明らかにその口調は楽しんでいる。


 「まぁ、それは伯爵のマナー違反ですわねぇ。でも相変わらずマリアの本は純愛とゴシップが入っているなんてとても変わってるとは思いますけど手作りならでわですわね。」

 

 ゴシップとは言うものの、マリアフィールの作品は人を貶めたりしない。浮気と見せかけて妻のために長年のライバルに頭を下げて素敵なプレゼントを用意する健気な話である。実はこれも実際にあった話でそのことを発端としてるのかいないのか噂のご夫婦には新たな命が宿ったとか。結婚しても仲睦まじくあれば子は増える。という若者だけがロマンスではないを提唱すべく取り上げられた記事なのだ。


 「あら?王妃様、そちらの紙袋は何なのです?」


 侍女は回覧雑誌の下の厚みある紙袋を目ざとく見つける。


 「ふふっ。見てみる?これは殿方の御心をくすぐる桃色教本なのよ。」


 「桃色教本……でございますか?」


 桃色本、桃色絵画といえば男の嗜み、もとい男性特化の情熱的な本や絵のことを指す。世の中にはご婦人の目をかいくぐりコレクションしている者も少なくないのだという。


 「そうよ。どうも男と女では意識の向き方が違うということに気がついたマリアが男性向けに女性が喜ぶ恋の駆け引きを印した本なの。」


 「つまり、乙女心を学べと……。それならこれまでのものを男性にも流せばよいのではありませんか?」


 「まぁ、そういうことね。でも女性向けと違うのはこれまでのマリアの経験からきちんと成功率を計算し、細かい仕草指導まであるんだから。」


 そう言いながらごそごそと紙袋から取り出したのはシンプルな黒い表紙に四角い枠だけが桃色で囲ってあるタイトルにも見えない1と書かれた綴り本。


 「ずいぶんアッサリした本ですね。ただの書類綴りにしか見えません。」


 「あら、そこがいいのよ!ただの書類綴りと見えるほうが回覧のために持ち歩きやすいでしょう?書類と本当に見分けがつかないとまずいから色はつけてあるけど、熟読しなければ中身はわかりにくいっていうのがいいの。」


 「まぁ、それで中身はなんでございますか?」


 「ご令嬢のときめく3大ドン!の使い方、婦人を溶かす10の言葉だそうよ。これがなかなかに面白いの。」


 「あの……。ドンとは?」


 「壁ドン、足ドン、床ドンらしいわ。用語の説明からその効果と使い方とシュチュエーション、おすすめの殺し文句まで紹介されててすごいわよ。これも書き写して貴族、騎士、国民に広げるわ。ひとまずは陛下にお見せして極秘に騎士団と宰相に流して頂きましょう。国民用は貸本屋の主人から商家の読書家にこっそり流させればいいわ。」


 こうして王妃による人口増加政策・ロマンス作戦(マリアフィール曰く、国民お花畑化政策)が着実に進められていることを国民は知る由もない。



マリアフィール・ガスト……中堅貴族の末娘、人間観察と夢小説を書くのが好き。


クリストファー・ジョイフル……騎士団所属28歳足フェチ。ロマンス作戦実行中のマリアフィールを見つけて興味を持つ。


アリスティア・ロイヤルホスト……若き王妃。戦争による国民の減少を憂いて人口増加政策を打ち出し、ロマンス作戦をマリアフィールにそれを押し付けて楽しんでる張本人。ただの読書家。


シェリア・バーミヤン……王妃付き侍女。マリアフィールの書いた回覧本を複製して回す係をしている。

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